エピソード9(脚本)
〇けもの道
ルシア「そろそろ休憩にしようか?」
成崎ユキオ「ええ、そうしましょう!」
広葉樹の隙間から漏れる木漏れ日のコンスラストが強くなり始めた頃、
先頭を歩むルシアが休息を提案し、ユキオは喜色を浮かべながら賛成の意志を伝える。
二人が出発してから、およそ一時間半が経過しており、ユキオの息は上がり気味になっている。丁度良いタイミングと言えた。
ユキオもバックパックキャンプのベテランであるだけに、悪路の走破には慣れていたし、
靴も最新のトレッキングシューズを装備していたがが、ルシアの歩行ペースはやや早かったのである。
彼女の荷物は少ないように思えるが、鎧と武器、
更に肩に担いだオーガーの首入り麻袋を考慮すると、総重量はユキオと大して変わらないだろう。
また、ルシアが履いているなめし革のブーツは膝下まで足を保護するタイプで、
相当に丈夫な代物だと思われるが、その分、重量が増して動きが制限されるはずである。
こんなブーツで森の中を平然と歩き続けているのだから、大変な健脚と言えた。
〇けもの道
成崎ユキオ「水の補給はどこでします?」
ルシアの体力に驚きつつも、ユキオは気になっていた水について尋ねる。
これまで節約していた水だが、この休憩でとうとう全て飲み尽くしてしまったのである。
ルシア「ん? 水か? なら〝私の水〟を分けてやろう!」
ユキオの問いにルシアはどこか癖のある笑顔を浮かべながら答える。
成崎ユキオ「あ、ありがとうございます」
革で出来た水袋を差し出すルシアに、ユキオはやや困惑しつつも礼を告げる。
彼としては彼女が持っている水を融通してもらうのではなく、近くの水源を知らないかという意味だったのだ。
それでも善意を蔑ろにするわけにはいかず、まずは自分の水筒を差し出した。
成崎ユキオ「あ、あれ?!」
だが、ルシアの水袋から注がれた水の量にユキオは驚きの声を上げる。
彼女の水袋の体積は1リットル弱くらいだろう。
それに対してユキオが使っている水筒はチタン製で容量は同程度の750mlある。
余談だが、チタンは軽量で頑丈と、登山家やキャンパーにとって最適の金属素材だ。
その分、値段が割高になるのだが、この水筒は直火に掛けることも可能なので、ヤカンとしても使用することが出来た。
そのチタン水筒の中がルシアから注がれた水で、あっという間に一杯になり、更には幾分か溢れて森の土に消えていく。
溢れたことで彼女は水袋を水平に戻すが、その中にはまだ水が相当に残っているように見える。
どう見ても不思議な現象だった。
ルシア「ふふふ、私の水袋は〝重たい蒼〟・・・水の精霊王の加護が与えられている」
ルシア「この水袋に果てはない。これがある限り、私が水に困ることはないんだ!」
種明かしとばかりに、ルシアは笑いながらユキオに告げる。
どうやら先程の顔色はユキオの反応を予想したニヤケ笑いだったらしい。
成崎ユキオ「・・・つまり・・・いくらでも水が出て来るってこと?!」
もっとも、魔法とその文明に疎いユキオからすると、理解するまでに誤差が出る。
〝重たい蒼〟が如何なる存在なのかは不明だが、水の精霊王と言うからには、この世界の水の元締めみたいな存在なのだろう。
パズルのピースを照らし合わせるように、ユキオはルシアの真意を導き出した。
ルシア「そういうことだ!」
成崎ユキオ「ま、まじか!!」
やっと、目の前で起きた現象の事実を理解したユキオは、これまでで一番の大声を上げる。
魔法が実在する世界である。今更ではあったが、無尽蔵に水が湧き出る水袋の存在は、まさに驚愕に値した。
〇水中
人間が生きるのに最も必要な物資は何かと問われたら、誰しも水と答えるだろう。
単純に飲料だけでなく、農業や漁業、そして様々な産業の基礎となるからだ。
キャンプでも、ユキオが真っ先に意識するのが水源である。
水はかなり重いので野営で使用する水を全部持っていくことは、あまり現実的ではない。
特にバックパックキャンプでは。よって現地での確保が常識となる。
水道が敷かれていない野営地もあるので、ユキオは小型の浄水器も持参している。
これで井戸や川、沢の水を濾過(ろか)して飲料や料理に使用する。
当たり前だが、水のない場所では人は生活することが出来ないのだ。
ルシアが持つ無尽蔵の水袋、無尽蔵と言っても口が小さいので出せる量には限界があり、
大規模な農業等で使うには現実的ではないだろう。
だが、それでも個人レベルなら、まさに無制限に使用が可能と思われる。
ユキオからすれば、いや現代人からすれば、とんでもないチートアイテムだった。
〇けもの道
ルシア「ふふふ。そんなわけだから、水が必要な時は遠慮なく、いつでも言ってくれ!」
成崎ユキオ「わ、わかりました・・・」
成崎ユキオ「ところで・・・その水袋はこの世界じゃ、誰でも持っているような道具なんですか?」
自慢げに告げるルシアにユキオは疑問を伝える。もし、簡単に入手出来るなら自分も欲しいと思ったのだ。
ルシア「いや、残念だが、これはこの世界でもそう簡単には手に入る代物ではないな」
ルシア「私も・・・とある任務の褒美として授かった滅多にない魔導具だ」
成崎ユキオ「やはり、そうですか・・・」
さすがに持ち運べる無尽蔵の水源、こんなチートアイテムはこの世界でも激レアのようだ。
ユキオは個人的には残念と思いながらも納得する。
ルシア「さて、そろそろ再出発としよう。陽が暮れるまでには村に着きたいからな」
休憩はそれまでと、ルシアはユキオに出発を合図する。
彼女のペースが早いのは一先ずの目的地である村に、今日中に着く為らしい。
成崎ユキオ「ええ!」
ユキオとしても、異存はなく快諾する。
少なくてもルシアと行動を供にしている限り、これから水に困ることはないのである。
これはバックパッカー、旅人にとって、相当に頼もしいことだった。