エピソード10(脚本)
〇原っぱ
西の空が鮮やかな橙色に染まる頃、ユキオの視線の先に横に広がる木製の柵が映る。
柵自体は粗末な代物で高さは彼の胸元くらいしかないが、
その柵で囲われている中に多数の家屋が建ち並んでいるのが確認出来る。
予定通り、ユキオ達は完全に日が暮れる前に目的地の村に辿り着けたのである。
成崎ユキオ「ふう・・・」
それらの人工物を見たことでイクオは安堵の溜息を吐く。
既に森から抜け出して踏み固められた土の道を歩いていたが、
人間の営みが感じられる場所まで来たことで、張り詰めていた緊張が和らいだのである。
ルシア「もう一踏ん張りだ!」
ユキオの溜息を聞いたルシアは励ましとも警告とも取れる一言を告げる。
成崎ユキオ「そ、そうですね! 安心するのはまだ早いですね!」
気を抜き掛けていたユキオは自戒しながら頷く。事故や失敗は油断している時ほど起こるモノなのである。
ルシア「うむ。それと、君が異世界人であることは村人達には言わない方がいいだろうな」
ルシア「田舎の・・・街や都市から離れて暮らしている彼らの多くは・・・迷信深く、未知の存在を必要以上に恐れる傾向がある」
ルシア「私が上手く誤魔化すから、適当に合わせてくれ」
成崎ユキオ「ええ・・・それでお願いします!」
ユキオが発言の主旨を正しく理解したことで、更にルシアは村での対処の仕方を打ち合わせするが、
彼としても奇異な目で見られたり、理由なく忌み嫌われたりしたくないので、好都合と納得する。
日本でも都市部から離れているほど、人間は保守的になる傾向がある。
一晩だけすれ違う者達にまで詳しい経緯を説明していては、余計な面倒を誘発するだけなのだ。
だが、ルシアのこの助言は逆に彼女の適応能力の高さを際立たせた。
異世界人である彼の存在を理解して認めるだけでなく、保護まで買って出てくれた事実である。
これまでの話からして、ルシアはこの地方を納める王国の軍か警察機関に所属しているはずだ。
そんな彼女の立場からすればユキオの保護は単なる善意だけでなく、
彼の存在と異世界の知識を王国の知的階級に紹介して、何かしらの発展に役立てることを意識していると思われた。
だが、仮にそうだったとしてもユキオとしては身の安全を保障してくれるのである。
協力の引き換えに衣食住を提供してくれるなら、取引としては悪くない条件だろう。
生きてさえいれば、日本に戻れる可能を摸索することが出来るのだから。
もっとも、ルシアが常に冷静沈着でいるのは己の戦闘力に絶対の自身を持っている為だとも、ユキオは見抜いていた。
彼女は魔法の使い手であり、話しぶりや細かいところの配慮まで気が回るので、
インテリのようにも見えるが、その根底はかなりの脳筋だ。
実際にルシアがオーガーと戦っている場面は見ていないが、間違いなく嬉々としてその首を刎ねたのが想像出来る。
彼女の本質を再認識したユキオは『絶対にルシアを本気で怒らせてならない!』とこの時、胸に誓うのだった。
〇児童養護施設
夕暮れ時の村にひょっこりとユキオとルシアの二人組が現れたわけだが、
既にルシアがオーガー退治の為に一度この村に立ち寄っていたらしく、
村人達から警戒されるようなことはなく、むしろ麻袋の中身を見せたことで村は一気に歓迎ムードに包まれた。
この村の主な産業は羊の飼育なのだが、
ここ最近どこからか現れたオーガーの縄張りと羊の放牧地が被ってしまい大きな被害を受けていた。
そして、このままでは羊だけでなく人的被害も覚悟しなくてはならないと心配していた矢先に、
ルシアが現れ、オーガー退治を引き受け、そして成功させたのである。歓迎されるのは当然だろう。
そんな村の英雄となったルシアが、ユキオを途中で知り合ったオーガー退治の協力者と紹介したことで、
彼も村人達から同等の歓待を受けたのだった。
〇可愛らしいホテルの一室
成崎ユキオ「本当に良いんですか?」
村長の屋敷で羊料理を主にした晩餐を受けた後、ユキオは案内された客室でルシアと寛いでいた。
本来なら異性である二人なので、別々の部屋を用意されるべきなのだが、
村長の屋敷と言っても小さな村である、客室は一つしかなく二人はそこに通されたのだった。
ユキオとしては寝袋を始めとした野営道具を持っているので、屋根のある家の中ならどこでも、
それこそ廊下でも良かったのだが、ルシアが村長にユキオとの同室を希望したのである。
これはありがたい申し出だったが、ルシアは若い女性である。ユキオは改めて本人に確認したのだった。
ルシア「ああ・・と言っても、君と男女の関係を望んでいるわけではないぞ」
ルシア「君を一人にする方が、なにかと面倒になりそうだからだ」
ルシア「それに、ユキオが寝ている私に、よからぬ劣情を催すほど愚かではないのは・・・」
ルシア「昨日の晩に確認済みだからな!」
成崎ユキオ「そうですか・・・」
ユキオは内心の落胆を隠しながら頷く。万が一の可能性として、
同室の合意はそういう関係に至っても良いという意思表示なのかと、淡い期待を抱いていたからだ。
とは言え、ルシアの回答は、自分が彼女から一定の信頼を得ていることを意味している。
どうやら昨日の晩、彼女はユキオの人間性を推し量っていたようだ。
成崎ユキオ「まあ、昨日の晩は・・・全く意識しなかったわけではありませんが・・・」
勘の良いルシアに惚けても仕方ないとばかりに、ユキオは苦笑を浮かべて本音を告げる。
ルシア「うむ。若い男なら私のような麗しい美女が直ぐ近くで寝ていたら、気になるのは正常な反応だ」
ルシア「寝顔を見たくなるのも理解出来る・・・」
成崎ユキオ「き、気付いていたんですか!」
ルシア「むろんだ。初対面の男の近くでそのまま熟睡する女がいるか!」
ルシア「まして人里離れた森の中でだぞ!」
悪戯を咎められたような表情を浮かべるユキオに、ルシアは畳み掛けるように窘める。
成崎ユキオ「それは・・・そうですね・・・」
ルシア「うむ。そんなわけだから、寝顔くらいは見ても良いが、」
ルシア「それ以上は変な気は起こさないように頼むぞ!」
ルシア「村長の客室を血で汚したくないからな・・・」
恐ろしいことを口にしながらユキオに念を押すルシアだが、寝顔を眺めるのはセーフらしい。
自分で麗しい美女と宣言するだけあって、彼女は変なところで寛大のようだ。
成崎ユキオ「わ、わかりました・・・けど、今の状況だと、」
成崎ユキオ「俺がルシアに襲われる可能性もありますよね!」
ルシアに釘を刺されたユキオだったが、軽口で応酬する。
ルシア「わ、私が君を?!」
ルシア「・・・ふふふ」
ルシア「・・・面白いことを言うな! ユキオは!」
最初はその言葉の意味に戸惑っていたルシアだが、
冗談であることを理解したのだろう。屈託のない笑みを浮かべる。
ルシア「そうだな・・・」
ルシア「その時は、諦めてくれ!」
だが、これで会話はおしまいとばかりにルシアは真顔に戻って言い放つと、
粗末のベッドに腰を掛けて自身の武具の手入れを始める。
ここからは、それぞれプライベートな時間を過ごそうという意味らしい。
意図を理解したユキオも、それ以上は余計なことを口にせず、ルシアに背中を向けてストレッチを開始する。
何しろ今日は朝からずっと歩き続けたのである。明日に備えて可能な限り疲れを癒す必要があった。
こうして二人は長旅に備えてそれぞれの夜を過ごすのだった。