エピソード9『メリークリスマス』(脚本)
〇荒廃した街
【2033年、イバラキ。『飼葉 タタミ』】
わたしたちは街で『コブタ』を拾った。
コブタと言っても本当の豚ではなく、『コブタ』と呼ばれた人間の男の子だった。
ぷくぷくと可愛い、円らな瞳の『コブタくん』だ。
〇田園風景
コブタ「僕は子豚じゃない! 食おうとするな!」
わたしが笑いかけると、『コブタ』は顔を引きつらせて怖がる。
この子はこの世界でたくさん怖い想いをしたんだろう。守ってあげたかった。
コブタ「おい! あんた、コイツをどうにかしてくれ!」
助けを求める『コブタ』を、わたしが先生に紹介した。
タタミ「先生。この子、弄られてないのにすごく頭がいいの。 きっと心強い味方になってくれる」
コブタ「当然さ僕は上流階級の生まれだからね。 って、オマエ、お腹の肉を引っ張るな!」
その子はわたしたちチーム『化けクリ』が保護することにした。
彼も親に捨てられた子、わたしたちと同じ名前を持たない貧民『ジャンク』、わたしたちと同じ『要らない子供』だった。
だから、守らなければ! そう思った。
彼は高慢でヒトの話を聞こうとしなかった。
たぶん、ヒトに拒絶され続けたからだろう。
・・・信じる事を良しとしない。
その気持ちは、痛い程よく分かった。
だからわたしは『コブタ』の友達になれるよう、彼へ笑顔を送り続けた。
〇村の眺望
わたし『飼葉タタミ』には秘密がある。それはきっと誰にも話せない。そして、
・・・・・・誰も信じてくれないと思う。
けれどわたしは意を決して、その秘密を打ち明ける事にした。
タタミ「わたし、本当は『タタミ』って名前じゃないの。飼葉コーポレーションの嫡女でもないの」
先生は腰を降ろし、真剣な表情でわたしの話を聞いてくれた
タタミ「けどね、本当の名を、素性を知られてしまったら、わたしは外を歩くことが出来なくなってしまうの」
タタミ「知られてしまったら、それこそあの『フォーチュン』のように顔を隠して生きていくしかないの」
──先生は目を閉じ時間をかけて、わたしに応えた。
緋色「・・・よく分からないけど、知られちゃいけない名前を持ってるんだな、『タタミ』は」
その時の先生は、何故かものすごく考え込んでいた。藁の椅子に座り、眉間にシワを、寄せに寄せている。
わたしは先生に心配をかけたらいけないと思い、ただただ微笑んでみせた。
聞いてくれるだけで良かった。先生が一番、
・・・・・・大好きだったから。
〇店の入口
裕福なヒトにとって今日はクリスマスイヴ。
わたしは『化けクリ』のみんなにケーキを配りたかった。
けれど、わたしたちに余裕なんてあるはずが無い。
でもただ1人、ただ1人にだけは喜んでもらいたくて、わたしはたった1つ、小さなケーキを買ってきた。
〇村の眺望
そっぽを向いてその品を渡すと、先生はその片方だけの腕を振り上げ、あからさまに驚いた。
緋色「お、俺に? こんな高いものを?」
あまりのびっくり様に、わたしの方が困惑してしまう。焦っていると『楽々』が余計な事をチクった。
楽々「それ『タタミ』が『緋色隊長』の為に! って、鼻息荒げて買ってきたんだよ!」
楽々「どれがいいかすっごい悩んだ上に選んだ、1個なんだよ!」
タタミ「な、何を言っているのかな『楽々さん』や。べ、別に、先生の為ってわけじゃ、」
緋色「いいのか? 俺にだけ、こんな、」
「・・・・・・ま、まぁそんなに欲しいなら。」と、わたしは頷く。
先生は農場隅のテーブルに座り、スプーンで一口ずつゆっくりと噛みしめた。その指が緊張のせいか? 震えていた。
緋色「美味い。美味いなぁ、このチーズケーキ!」
そして先生は頷き、何度も、何度も、・・・美味しいと繰り返した。
緋色「こんな美味いの、俺生まれて初めて食べたよ!」
って、体格に似つかわしくない切れ長な瞳に、大きな涙を浮かべて話してくれた。
〇アパートのダイニング
食事を終えた先生が、農場の裏へわたしを呼び出す。もしかしてジャガイモのつまみ食いがバレタ?
わたしは、ちょっとだけ身構えてその場所へ向かった。
〇村の眺望
緋色「前に『タタミ』言ってたよな、名前の話」
タタミ「え? うん」
意外な話だった。
先生はわたしの前で、小さな包みを持っている。
緋色「もしよかったら、俺から『タタミ』へ『名前』を贈らせてくれないか? 『タタミ』が人前でも堂々と名乗れる『名前』を」
この世界で、『名前』はもっとも貴重なモノの1つだった。
お金をかけ、申請し、許可されないと手に入らないモノだった。
・・・何にも代えられない、世界のただ1つだった。
緋色「今日、このクリスマスに因んだ名前なんだ。 魔を遠ざける聖なる飾り、『クリスマスリース』から名をとって、」
優しい笑みで、先生がその名を口にする。
緋色「『柊《ひいらぎ》 真衣《まい》』って名前、・・・どうかな?」
先生が包みを開き、中から名前の札を取り出す。覚束ない手つきでこの胸に針止めした。
わたしは何度もその『新しい名前』を呟いた。名前の札の内側で心臓が脈打つ。
それはわたしの中で起きた、1つの革命だった。
他人《ひと》に誇れる名前が出来た。
その事実に瞳のフチから零れるものが抑えられない。
溢れるような月明かりの下、わたしは先生の頬に唇を押し当てる。
それは青臭いのにどこか優しい、・・・お日様のような味がした。
𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭