今年は越せない

司(つかさ)

2話(脚本)

今年は越せない

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〇男の子の一人部屋
響「身辺整理たってなぁ、この量じゃ」
響「(漫画は友達から勧められ読み始めた)」
響「(学生時代の俺は漫画だけが唯一の趣味で、コイツらは俺にとって宝の山だった)」
響「(でも、今はどうかと言われると分からない)」
響「(漫画か・・・・・・昔の俺なら目を輝かせてたんだろうがな)」
響「(当時の俺は典型的な優等生で、勉強して家族や教師に認められる事ばかり意識していた)」
響「(その流れである時期、生徒会長を目指す事になった)」
響「(生徒会選挙は勉強とは違って、周りに訴える力が必要だった)」
響「(しかし勉強しかしてこなかった俺にそんな能力はない訳で)」
響「(どんな事を言えばいいかも分からんし、そもそも何も分かってなかった)」
響「(そんな時俺を見かねた友達が「漫画を読め」って勧めてくれたのが始まりだ)」
響「(漫画なんて読んでる場合じゃなかったが、友達の頼みならと試しに読んでみる事にした)」
響「(そしてまぁ、見事にハマった)」
響「(内容は王道の冒険ファンタジーで、勇者様御一行が強敵を打ち負かす度、現実の辛さを忘れることが出来た)」
響「(そして読んでいくうちに気づいた)」
響「(漫画の主人公は一人だと頭が悪く失敗ばかりだった。でも仲間がいたから協力して敵を倒す事が出来た)」
響「(そうか。俺も一人だから駄目なんだと)」
響「(それから漫画を貸してくれた友達に生徒会選挙の協力を頼んだっけか)」
響「(まぁ結局会長にはなれず、そいつも転校して終わったが)」
響「(現実なんてそんなもんだ)」
  響はホコリの被った漫画を一冊手に取る
  中身は茶色みがかっていて、所々折り目が付いているのがわかった
  響は漫画本をまじまじと見つめた後、再度ダンボールの中を覗き動きが止まった
響「そういや、彼女とも一緒に読んでたっけ」
響「(アイツはラブコメが好きだった)」
響「(当時の俺はリアルの恋愛の楽しさをよく分かってなかったが、漫画の恋愛描写は好きだった)」
響「(現実にはあり得ない出会い方や進展の仕方、温度の高いイベント、やたらと青臭いリアクション)」
響「(フィクションだからこそ面白かった)」
響「(よく隣でアイツの読んでいるラブコメを覗きながら「こんな事現実には絶対起きないけどなw」って馬鹿にしてたっけ)」
響「(するとアイツは「それを叶えるのが彼氏の役目だ」とか皮肉を言ってたな)」
響「(俺は鼻で笑っちゃいたが、アイツはあの時どこまで本気だったんだろうか)」
響「(まぁ今となっちゃあ、どうしようもないがな)」

〇男の子の一人部屋
  懐かしさに駆られて響が漫画を読み進めていると、時刻はすでに夕方になっていた
  一階の台所からは年越し前の慌ただしい声が聞こえる
響「(あの声は、優の嫁さんも来たか・・・・・・)」
響「(思ったより、全然片付け出来てないな)」
  響の目の前のダンボールには、まだ数十冊の漫画が積まれたままだった
響「(漫画を漁れば漁るほど、手にした時それを読んでた記憶を思い出す)」
響「俺は今からあの輪の中に入って、年を越せるんだろうか」
響「(漫画と向き合っていたせいか、俺の気持ちは過去に戻っていた)」
響「(あの頃に帰りたいとは別に思わない)」
響「(ただ、世間ってのは前に行くことばかり言ってくるだろ)」
響「(だからたまにはさ。立ち止まったっていいと思う)」
響「ずっと前だけ見てると、自分がどこにいんのか分からなくなる時もあるんだよ」

〇シックなリビング
  ため息を飲み込んで、響は居間にいる優の嫁に挨拶をした
  すでに食卓には食事が並び出されていて、付けっぱなしのテレビからは年末恒例の歌番組が流れていた
  母親が食材を切りながら、後ろにいる響に片付けが終わったかを尋ねた
響「悪い。俺の身の周りの物はさ・・・・・・来年、ゆっくり片付けてくよ」
響「あの漫画を片付け終えたらさ、そしたら・・・・・・新しい彼女でも作ってみるわ」
響「(そう言った瞬間、包丁の音が止んだのがわかった)」
響「(そしたら母親が目の前まで来て「頑張りなさいよ」なんて言って俺の肩を叩く)」
響「子供じゃないんだからさ。やめろって」
響「(つい反射的に言い返した。でも俺は・・・・・・自分でも気づかないうちに肩が震えていた)」
響「(改めて見ると、食卓には俺の好物ばかりが並んでいた)」
響「(また・・・・・・アイツと一緒に食卓を囲んだ記憶がよみがえってくる)」
響「(俺は今どんな顔をしてるんだろうか。せっかく新年を迎えるってのに・・・・・・)」
響「(だけどまぁ・・・・・・)」
響「(少なくとも今は一人じゃなくてよかったなと、そう思った)」

次のエピソード:エピローグ

コメント

  • まさに「消化不良」という感じで、様々な想いがじわじわと顔を出してくる状況ですね。このやるせなさのリアリティ感、読んでいて自分のことのように感じられます

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