おとなりさん

マヤマ山本

第4話『英雄と小百合さん』(脚本)

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〇アパートの玄関前
  英雄と小百合さん

〇整頓された部屋
真下 英雄「家出って・・・この距離で?」
向井 音「距離は関係ないじゃん」
真下 英雄「それはそうだけど・・・勘弁しろし」
向井 音「『ダメ』とは言わないんだ?」
真下 英雄「で、何があったの?」
向井 音「え? 別にいいじゃん」
向井 音「理由、要る?」
真下 英雄「絶対必要でしょ」
向井 音「まぁ、お母さんと揉めただけ」
向井 音「思春期あるある」
向井 音「以上」
真下 英雄「揉めたって、何でまた・・・?」
向井 音「だから、それは──」

〇ダイニング(食事なし)
向井 小百合「え、志望校変えたい?」
向井 小百合「1回模試の結果が悪かったくらいで、そんな事言わないの」
向井 音「そんな事言ったって、本番がこの出来だったら落ちちゃうじゃん」
向井 小百合「でもさ、音はこの高校行きたいんでしょ?」
向井 音「それはそうだけど・・・」
向井 小百合「お母さんは、こんな事で音に妥協して欲しくないの」
向井 小百合「だから頑張って・・・」
向井 音「『頑張って』って、頑張ってんじゃん」
向井 音「それとも何、ウチが『頑張ってない』って言いたいの?」
向井 音「頑張れば、全員合格出来んの?」
向井 小百合「音・・・」
向井 音「落ちたらウチ、中学浪人なんだよ?」
向井 音「お母さんじゃなくて、ウチが」
向井 音「それとも、私立の滑り止め受けさせてくれるの!?」
向井 小百合「申し訳ないけど、それは・・・」
向井 音「塾も行けない、滑り止めも無理」
向井 音「でも、レベルは下げるな?」
向井 音「何それ?」
向井 音「お金出さないくせに、口ばっか出さないでよ!」
向井 小百合「・・・・・・」
向井 音「!?」
向井 小百合「・・・だよね、頑張んなきゃいけないのはお母さんなんだよね」
向井 小百合「申し訳ない」
向井 音「・・・もういい!」

〇整頓された部屋
向井 奏「──という事があったのです」
真下 英雄「なるほど・・・」
真下 英雄「ごめんね奏ちゃん、話しづらい事を」
向井 奏「いいのです」
向井 奏「こういう事は、第三者による客観的な視点が不可欠なのです」
真下 英雄「大人だねぇ」
向井 音「どうせ、ウチは子供みたいですよ」
真下 英雄「そんな事、一言も言ってないでしょ?」
向井 音「じゃあ、どう思ってんの?」
真下 英雄「別に、年相応だよ」
真下 英雄「音ちゃんの言った通り、思春期あるある」
向井 音「・・・なら、いいけど」
向井 奏「ママの事、まだ怒っているのですか?」
向井 音「・・・別に」
向井 奏「じゃあ、帰るのです」
向井 音「嫌だ」
向井 奏「何故なのですか?」
向井 音「・・・・・・」
真下 英雄「・・・・・・」
真下 英雄「チョコいる?」
向井 音「(コクリ)」
「(もぐもぐもぐ・・・)」
向井 音「・・・泣かせちゃった」
向井 奏「?」
向井 音「まさか、お母さんが泣くと思わないじゃん?」
向井 音「だからもう、申し訳すぎて」
向井 音「家に居らんないっていうか・・・」
向井 奏「お姉ちゃん・・・」
真下 英雄「・・・・・・」
真下 英雄「ねぇ、奏ちゃん」
真下 英雄「悪いけど、もう少しココに居てくれる?」
向井 奏「奏はいいのですけど・・・どこかへお出かけされるのですか?」
真下 英雄「お出かけ、ってほどの距離じゃないけどね」

〇ダイニング(食事なし)
向井 小百合「いつもいつも、申し訳ないです」
向井 小百合「女手一つで育てていると、お金の面やら何やらで負担をかけがちで・・・」
向井 小百合「特に音は上の子なので、今まで我慢してきた事が爆発しちゃったんですかね・・・」
真下 英雄「爆発なんて、大袈裟に考えすぎですよ」
真下 英雄「ただのガス抜き、ちょっとしたメンテナンス」
真下 英雄「そんなもんじゃないですか?」
向井 小百合「そんなもんですかね・・・?」
真下 英雄「まぁ、ガスの抜き方はあんまり上手くないみたいですけど」
向井 小百合「申し訳ないです」
真下 英雄「・・・なんて、俺が偉そうに言える立場じゃないんですけどね」
向井 小百合「え?」
真下 英雄「俺の方が、よっぽど下手くそですから」
向井 小百合「ガス抜きが、ですか?」
真下 英雄「羨ましいくらいですよ、親子喧嘩なんて」
真下 英雄「俺の家でそんな事やったら、ぶっ飛ばされて終わってましたよ」
真下 英雄「だから我慢して、ため込んで」
真下 英雄「ガスも抜けなくて、メンテナンスも出来なくて」
真下 英雄「その先にあるのが、爆発」
向井 小百合「真下さん・・・?」
真下 英雄「爆発しちゃうと、もう手遅れですからね」
真下 英雄「何もかも、跡形もなく消し飛んで・・・二度と元には戻らない」
真下 英雄「その点、家出なんて可愛いもんじゃないですか」
真下 英雄「音ちゃんは、大丈夫」
真下 英雄「だから、許してあげて下さい」
向井 小百合「私は別に、音の事を許してない訳じゃ・・・」
真下 英雄「『音ちゃんを』じゃなくて、『ご自分を』」
向井 小百合「え?」
真下 英雄「そんなにご自分の事、責めない方がいいですよ?」
真下 英雄「音ちゃんも、きっとわかってくれてますから」
向井 小百合「そうでしょうか・・・?」
真下 英雄「向井さんが思っている以上に、向井さんは好かれてますよ」
真下 英雄「もっと自信持って」
向井 小百合「・・・ありがとうございます」
真下 英雄「音ちゃんもね!」
真下 英雄「音ちゃんが思っている以上に、音ちゃんは好かれてるから」

〇整頓された部屋
「だから自分の事、許してあげな」
向井 音「(コクリ)」
向井 奏「奏は? 奏はどうなのですか!?」

〇ダイニング(食事なし)
向井 小百合「素敵なお言葉ですね」
真下 英雄「いや、ただの受け売りですよ」
真下 英雄「1番パクりたくなかったヤツの」

〇オフィスのフロア
大家 健「おいおい、誰だ俺の噂してんのは?」
大家 健「まったく、モテる男はつらいぜ」
大家 健「な?」

〇通学路
向井 音「わっ!」
真下 英雄「うおあっ!?」
真下 英雄「何だ、音ちゃんか」
真下 英雄「今帰り?」
向井 音「まぁね」
向井 音「それより、何買ったの?」
真下 英雄「晩飯とお茶と・・・あとチョコ」
向井 音「あとで頂戴」
真下 英雄「それはいいけど・・・もうちょっと離れてくんない?」
向井 音「申し訳だけど、しばらくこのままで」
向井 音「あ、理由要る?」
真下 英雄「出来れば」
向井 音「何か、ストーカーされててさ」
真下 英雄「なるほどね・・・」
真下 英雄「・・・って、えぇっ!? ストーカー!?」

次のエピソード:第5話『隣の真下さん(前編)』

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