第1話 私は宇利杉瓜夫と申します(脚本)
〇シックなカフェ
俺がその話を聞いたのはバイトの最中でのことだった。
小林啓介「・・・謎の訪問販売員?」
篠田弘子「うん。名前も性別もわからない、売っている物すらわからないんだって」
篠田弘子「何を売っているのかはわからない、でも売られたものに応じて購入者は幸福にも不幸にもなるって話」
オカルトや超常現象が何より好きな弘子が喜々として語る。
つまりは真面目に聞かなくていい話だ。
小林啓介「・・・へえ、怖いな」
篠田弘子「ちょっと啓介、真面目に聞いてないでしょ!」
小林啓介「いや、要は都市伝説だろ? 俺興味ねえって」
篠田弘子「都市伝説じゃないってば! 最近の話だし!」
小林啓介「都市伝説に昔も最近もないだろ・・・」
篠田弘子「ほらほら、あそこにいるお客様とか、それっぽくない? ってか、あの人見て思い出したんだけどさ」
弘子がこっそりと指をさした先には、靴もスーツもかっちりと決めた男がいた。
足元にはシルバーのアタッシュケース顔は始終にこやかだがどうにも胡散臭い。
カウンターの席で、店長の辰さんと盛り上がっている。
男性客「これは美味しいコーヒーですねぇ! 味も香りも実に私好みです」
古屋辰郎「わかってくれるとは嬉しいね。5年前に思い切って店を開いた甲斐もあったよ」
男性客「おや? 結構新しいお店なんですね」
古屋辰郎「まあ、色々あってよ。その頃、まとまった金が入ってな──」
ドヤ顔で弘子が俺に振り返る。
篠田弘子「どう? あの会話怪しくない?」
小林啓介「普通の世間話だろ・・・」
この時、急に店の出入口が騒がしくなった。
原綾音「ふたりとも団体客が来たわよ! サボってないで仕事仕事!」
小林啓介「いや、サボってたわけじゃ・・・」
原綾音「いい訳無用! そもそも仕事中にイチャイチャしない!」
腰に手を当ててお母さんのように綾音さんは怒る。
その時、綾音さんの右耳がきらりと光った。
篠田弘子「今行きまーす! ・・・あれ? 綾音さん、ピアス新しいの買いました?」
原綾音「わかる? 副収入があったから奮発しちゃった。シャンディの新作なの」
篠田弘子「超高級ブランドじゃないですか! いいなあ、綾音さんによく似合ってます!」
原綾音「ふふ、ありがと」
古屋辰郎「おおい、三人とも早く来てくれ!」
小林啓介「すみません、今行きます!」
俺達は大量の注文をさばきにかかる。
忙しく働いているうちに、いつしか俺は弘子が話した都市伝説も胡散臭そうな客のこともすっかり忘れてしまった。
〇散らかった部屋
バイトも終わり、俺はアパートのリビングでだらけていた。
スマホで適当な動画をながめていたら、突然、チャイムの音が鳴り響いた。
小林啓介「お? 今月の仕送りかな?」
宅配便かと思いドアを開けたら、予想に反してそこにはスーツの男が立っていた。
手にさげた銀のアタッシュケースと胡散臭そうな笑顔にたちまち数時間前の記憶がよみがえる。
小林啓介(こいつ、バイトの時にいた客か・・・!)
???「突然、失礼致します。私はこういう者でして」
尋ねる暇すら与えず、男は名刺をさしだした。
飾り枠もロゴもない簡素な白い長方形に簡素な情報だけが記載されていた。
『うらない販売員 宇利杉瓜夫
TEL:×××―××××―××××』
小林啓介「うらない・・・? あの、何を売ってるんですか・・・?」
宇利杉瓜夫「いえいえ物の売買ではなく、未来の運勢を判断するほうの占いでございます」
宇利杉瓜夫「なお私は占いの結果だけでなく、アフターケアまでするのがモットーでして、はい」
つまり彼は占い師であったのだ。
そして『うらない』が『占い』であることに結びついた瞬間、嫌悪感がわきあがった。
小林啓介「悪いけど、俺興味ないんで・・・」
宇利杉瓜夫「不躾なのは承知です。ですが一度だけでもお試しになっていただけないでしょうか?」
小林啓介「その一回もいりません。と、いうか、すでに一度経験してるんで!」
何を隠そう俺の母親が自称高名と豪語する
占い師に占ってもらった過去がある。
母はその占い師の言われるがままに高額の開運グッズとやらを買わされてしまい100万以上の大金を失ってしまったのだ。
お人よしだが同時に人を疑わない母の性格が裏目に出てしまったともいえる。
小林啓介「大体、占いなんて当たりそうなこと言ってるだけだろ! バーナム効果ってヤツか?」
小林啓介「金払うだけで未来が簡単にわかったら苦労はしねーよ!」
過去の苦い記憶のせいで、つい八つ当た
りをしてしまう。
しかし、宇利杉は気を悪くした様子は見せず、相変わらず胡散臭そうな笑顔を浮かべていた。
宇利杉瓜夫「なるほど、あれこれご説明するより、実際に見ていただいたほうがご理解も早いかもしれませんな」
宇利杉瓜夫「では、少々失礼して・・・」
そういうなり、宇利杉は懐から銀色のスマホを取り出すと、俺に向けた。
続いてカシャリとシャッターの音が。
小林啓介「お、おい・・・!」
宇利杉瓜夫「昔はポラロイドだったんですがね。いやはや、便利な時代になりましたなぁ」
宇利杉は撮った俺の写真をマジマジと見つめてから、それから俺を見た。
宇利杉瓜夫「お名前は小林啓介様、私立浦辺大学に通う二年生、年齢は20歳」
宇利杉瓜夫「お父様、お母様、お兄様、お妹様の5人家族」
宇利杉瓜夫「昨年の7月に篠田弘子様と出会い、お付き合いをされていると・・・」
小林啓介(なんでこいつ・・・俺のことを・・・!)
さらに宇利杉はスマホを時計回りにぐる
りと回してから写真を見る。
宇利杉の顔から笑顔が消えた。
宇利杉瓜夫「――これから、あなたはとんでもない事態に遭遇しますねぇ。それも間もなくです」
打って変わった重い口調に、俺の背中に冷たいものが走る。
宇利杉瓜夫「あなたの大事な方も危ない目に遭うかもしれません」
一呼吸分の間を置いてから、宇利杉は元の胡散臭い笑顔を浮かべた。
宇利杉瓜夫「・・・・・・これから先のことがお知りになりたいのなら、別途料金が発生いたしますがいかがでしょう」
宇利杉瓜夫「初めての方にはお得なプランもありますよ」
明るい商売姿勢に、俺はようやく我に返った。
小林啓介「いいから出ていけ!」
そして、状況を把握するなり、強引に宇利杉を外に追い出した。
3分経ってもチャイムは鳴らなかったから、諦めてくれたのだろう。
小林啓介「ったく、何がうらない訪問販売だよ・・・」
思わず、信じかけた自分に腹が立つ。
俺に関することをベラベラしゃべっていたが、あんなの事前に調べただけに決まっている。
最近の訪問販売は凝っていると聞いたが、ここまでとは思わなかった。
小林啓介「ってか弘子の話が半分当たってるじゃねーか・・・」
あいつこそ占い師じゃないだろうなと、弘子にあらぬ疑いをかけそうなったその時、スマホに着信音が鳴った。
着信名は辰さんだった。
通話ボタンを押して電話にでた。
小林啓介「もしもし? 辰さん、どうしたの・・・」
古屋辰郎「・・・こ、小林くん! 大変なことが起きたんだ。落ち着いて聞いてくれるか」
辰さんの様子は尋常ではなかった。
固唾をのんで次の言葉を待つ。
古屋辰郎「・・・綾音ちゃんが、殺されたんだ」
笑うせーるすまん的な雰囲気からどうなるのかと思ったら…😱