2.魔術師の少年(脚本)
〇西洋の街並み
幾つか車を乗り継ぎ、大分遠くの町まで来た。
湊 月冴「さて、そろそろ自由に動いていいか」
此処まで王都から離れれば、最高魔術師に繋がる様な奴は居ないだろ。
車を乗り継ぎながら、此れからどうするか考えた。
小さい頃から騎士になるしかないと思っていたから、特に逃げる以外にやる事は・・・・・・
湊 月冴「・・・・・・あ」
「ん?」
ふと視界に入った書店。
その一角に置かれている・・・・・・神話の本。
湊 月冴「懐かしいな・・・・・・」
「ああ、その話かい。教育本にも乗ってるからねぇ」
湊 月冴「ええ・・・・・・それに、よく読んでいました」
「そうだったのかい?」
何度も読み返した本だ。
どうしても、分からない事があった。
湊 月冴「・・・・・・この本、幾らだ?」
「毎度あり」
つい懐かしくて購入してしまう。
俺は近くのベンチに座り、数年振りに読み始めた。
内容は昔読んだものと変わらない。
湊 月冴「・・・・・・やっぱり分からないな」
呟いた直後、視界の端を何かが駆けて行く。
それに視線を上げれば、男の子が駆けて行く所だった。
その子供は何かを抱えている。
きぃ君よりも幼いな・・・・・・可愛・・・・・・
湊 月冴「!!」
男の子が向かう先と同じ方向に向かう猛スピードの車が向かっていた。
咄嗟に駆け出し・・・・・・
子供「ぁ」
「危ない!!」
湊 月冴「・・・・・・っと!」
男の子を抱えて飛び退く。
俺達のギリギリを車が通って行った。
湊 月冴「大丈夫か?」
子供「う、うん!ありがとう、お姉・・・」
湊 月冴「お兄ちゃんな」
子供「あ、お兄ちゃん!」
男の子の頭を撫でる。
・・・・・・俺はそんなに女顔か?
子供「あ・・・・・・」
湊 月冴「どうした?」
子供「お母さんにあげるお花が・・・・・・」
男の子の手の中の花は、潰れて何枚か花弁が散っていた。
この子は母親に花を・・・・・・
〇英国風の部屋
母「『月冴、よく聞いてね』」
月冴「『?』」
母「『私は・・・・・・』」
〇西洋の街並み
嫌なものを感じて振り返る。
鐙 総平「失礼」
子供「!」
振り返った先に居たのは男。
少し離れた所に車が止まっていて扉も開いていた。
車の主人か?
男の子がビクリと震えたのが分かる。
鐙 総平「落とされた様だ」
差し出されたのは俺が購入した本だった。
さっき駆け出した時に放り置いた覚えがある。
鐙 総平「どうやら迷惑を掛けた様だ。もし良ければ我が屋敷に泊まられるといい。我が屋敷ならもっと良い本もありますし」
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・多分、コイツ俺が誰か分かってて言ってるな。
男の子の手に花代を握らせて立ち上がった。
鐙 総平「さぁ、此方へ」
子供「お、お兄ちゃん・・・・・・」
男の案内される通りに車へと乗り込む。
〇走る列車
鐙 総平「出せ」
???「はっ」
隣に座った男の指示で車が動いた。
鐙 総平「お噂はよく聞いている。騎士は辞められたそうだが?」
湊 月冴「・・・・・・ええ。今は気儘に旅でもと」
・・・・・・何か、コイツ嫌だな。
気持ち悪い。
鐙 総平「それはお疲れだろう。屋敷で休まれるといい」
湊 月冴「・・・・・・どうも」
愛想笑いだけ向け、視線を窓の外へと向ける。
・・・・・・下手に騒ぎにしたくないから乗ったけど・・・・・・暫く拘束されるヤツだな。
〇お化け屋敷
軈て、男の屋敷に着いた。
鐙 総平「ああ、自己紹介がまだでしたな。私は鐙総平(あぶみそうへい)」
車から降りると名乗られる。
鐙・・・・・・?
確か、辺境へと追われた貴族だった筈。
鐙 総平「此方へどうぞ?湊月冴殿」
湊 月冴「・・・・・・どうも」
やっぱり知ってたか。
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・?」
視線を感じて上を見た。
直後、微かにカーテンが揺れる。
誰かが俺を見ていたのか・・・・・・?
鐙 総平「さぁ、どうぞ」
屋敷に案内され、彼の後に続いた。
〇貴族の応接間
幾つもの扉の前を通り過ぎ・・・・・・奥へと案内される。
鐙 総平「さて、良ければお話でも」
湊 月冴「・・・・・・大したお話は出来ませんが」
応接室の様な部屋のソファへと座らせられた。
直ぐに出される紅茶。
目の前に座った鐙殿に視線を向ければ、彼はニコニコと微笑むだけ。
それに紅茶を一口だけ飲む。
湊 月冴「・・・・・・それで、俺にどんな用が?」
鐙 総平「貴方は騎士の中でも随分慕われている様だ」
湊 月冴「お世辞を・・・・・・それに既に辞めた身です」
鐙 総平「例え、辞めた身でも多くの者が貴方の言葉に耳を傾ける・・・・・・それに、どうやら魔術師からもおモテになるようだ」
成程、それが目的か。
騎士団とも関りがあり、王都の魔術師が狙っている存在。
鐙の家には抱えの魔術師が居ると聞くし、俺も抱えようとしているのか?
鐙 総平「・・・・・・やはりよく似ておられる」
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・は?」
鐙 総平「貴方のお母様とは生前会った事があってね」
母さんと・・・・・・?
鐙 総平「貴方はお母様によく似ている」
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・」
鐙 総平「特に、何を言っても表情が変わらない所等」
・・・・・・正直、母さんは俺が小さい頃に亡くなったから、殆んど覚えていない。
だから、重ねられても複雑だ。
〇花模様2
貴方のお母様はとても美しい方でね。魔術師ではあったが、貴族の中でも彼女に焦がれる者も多かった。
まぁ、彼女は幼馴染みである貴方の父を選んだ様だが・・・・・・
〇貴族の応接間
聞いてないのに母さんの話になった。
惚気なら父さんに聞けば教えてくれるから知ってるんだが・・・・・・。
湊 月冴「・・・・・・いい加減、本題へ移っては如何ですか」
鐙 総平「おお、此れは失礼・・・・・・貴方には是非我が屋敷にて休んで頂こうと思いましてね」
湊 月冴「はっきり言って頂いて構いませんが」
鐙 総平「では、はっきり申し上げましょう・・・・・・貴方には此の屋敷に住んで頂こうと思っている。ずっとね」
湊 月冴「・・・・・・申し訳無いが、俺もそう易々と抱き抱えられるつもりはありません」
湊 月冴「今日は折角の誘いを受けたので、好意に甘えさせて頂きますが、明日にでも発つつもりです」
鐙 総平「それは残念」
鐙が手を挙げると、武装した男達が出てくる。
湊 月冴「・・・・・・紅茶には何か?」
鐙 総平「ええ、ちょっと眠くなるものを」
湊 月冴「・・・・・・備えていて正解だった様だ」
一口目。
それだけなら薬の効果を打ち消すものを口に含んでおいて正解だった。
湊 月冴「・・・・・・そちらが手を出すなら、俺も容赦出来ませんよ」
鐙 総平「おや、それは物騒だ」
鐙の手が降ろされる。
それに武装した男達が向かってきた。
湊 月冴「元とは言え・・・・・・隊長格を舐めるな」
鐙 総平「!」
男達の武器を靴に仕込んでいる重しで折り、そのまま首に手刀を落として気絶させる。
そして、武器の一つを持って鐙の首に当てた。
鐙 総平「・・・・・・流石は“瞬神”」
瞬神というのは、周りが勝手に付けた名。
確かに俺は騎士の中でも速い方だとは思う。
鐙 総平「だからこそ、本当に惜しい・・・・・・貴方に魔術師の才がない事が」
嫌な感じがして、咄嗟に飛び退いた。
鐙 総平「ほう、避けられたか」
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・」
視線を入り口へと向ける。
其所には大きめな鏡を抱えた少年が立っていた。
まさか・・・・・・件の抱えの魔術師か?
鐙 総平「さて・・・・・・大人しくして頂こうか」
湊 月冴「・・・・・・本当に出来ると思っているのか」
鐙 総平「ええ・・・・・・貴方は優しい事でも有名なのだから」
ジャキン
湊 月冴「!?」
少年の後ろから現れた男が、少年の頭に銃口を向ける。
鐙 総平「次は当てなさい。外せば撃つ」
その言葉に少年がビクリと体を震わせた。
コイツ・・・・・・日常的に少年を傷付けているのか・・・・・・!!
鐙 総平「優しい貴方なら・・・・・・どうするべきか分かりますな?」
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・チッ」
鐙 総平「やれ」
また嫌な感じがする。
だが、今回は動かなかった。
バチバチバチッ
湊 月冴「ぐ・・・ぁあ・・・!」
直後、体を雷が走り・・・・・・痛みと痺れに倒れる。
鐙 総平「お運びしろ」
???「はっ」
〇城の客室
湊 月冴「・・・・・・あの野郎っ」
目覚めると、何処かの部屋のベッドに寝かされていた。
首に違和感を感じて触れると、何か・・・・・・首輪か?が付けられているらしい。
湊 月冴「悪趣味め」
少年「ぁ・・・・・・だ・・・・・・大丈夫ですか・・・・・・?」
湊 月冴「君・・・・・・」
少年「起きたら・・・・・・飲ませる様にって・・・・・・」
先程の魔術師の少年がそっと水の入ったコップを差し出してくる。
よく見れば、少年の首にも首輪が付けられていた。
湊 月冴「ありがとう・・・・・・君はどうして此の家に?」
少年「ぁ・・・・・・僕、此処で雇われてるって・・・・・・」
湊 月冴「雇われてるにしては扱いが雑だな。ああ、俺は月冴。湊月冴と言うんだ。君は?」
少年「え・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・僕、名前無いです」
湊 月冴「名前が・・・・・・無い?」
少年「は、はい・・・・・・母親も気味悪がって付けなかったって・・・・・・言われました」
名前が無く、親に捨てられた・・・・・・か。
同情してる暇は無いし、生まれてきた環境が違うからあまり偉い事は言えないが・・・・・・
湊 月冴「そうか。頑張ってるんだな」
少年「・・・・・・・・・・・・」
少年の頭を撫でながら呟く。
さて、此れからどうするか・・・・・・
湊 月冴「悪いが、此れが・・・・・・どうした?」
目を丸く見開いている少年に問い掛ければ、彼はブンブンと首を横に振った。
湊 月冴「?・・・・・・あー、此れが何か分かるか?」
少年「えと・・・・・・敷地の外に出たら、爆発するって」
湊 月冴「・・・・・・本当に悪趣味だな」
逃がさない為の処置、か。
どうせ無理に外したら爆発するんだろうな・・・・・・。
湊 月冴「さて、どうしたもんか・・・・・・」
少年「・・・・・・・・・・・・」
試しに窓を確認すれば、開かない様になっている。
それから部屋の隅々を確認し、側の本棚を確認すると、天井と本棚に監視カメラを見付けた。
下手な行動を取れば、直ぐに向こうにバレる。
因みに少年は不思議そうに俺の後をついて回っていた。
湊 月冴「少年・・・・・・ん、呼びづらいな。桔梗と呼んでいいか?」
少年「桔梗・・・・・・?僕は・・・・・・うん、いいよ」
湊 月冴「ああ、桔梗」
桔梗「うん?」
湊 月冴「君は何時から此処に居る?」
桔梗「えっと・・・・・・ずっと?」
湊 月冴「外に出た事は?」
桔梗「お庭になら・・・・・・体を動かさないと、駄目だからって」
湊 月冴「敷地の外には?」
桔梗「無いよ」
湊 月冴「雇われてったって、何か給料は貰ってるのか?」
桔梗「きゅうりょう?えと、住まわせているから働けって」
湊 月冴「最後に、あの男やその部下に痛い事をされたか?」
最後の質問に、桔梗はビクリと体を震わせる。
此れは、されていたと見ていいか。
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・」
此れだけでも騎士への通報は可能だ。
外にさえ連絡を取れれば、様子のおかしかった街の子からも情報を得て通報出来るんだがな・・・・・・。
まぁ、一先ず大人しくしておくか。
湊 月冴「・・・・・・・・・・・・」
ベッドに座れば、桔梗が隣に座ってきた。
桔梗「・・・・・・あ、あの」
湊 月冴「ん?」
桔梗「大丈夫・・・・・・?」
湊 月冴「ああ、大丈夫」
心配してくれる桔梗の頭を撫でる。
焦って脱出するのは得策じゃない。
冷静に対処しないと・・・・・・
桔梗の頭を撫でながら考え込んだ。
コンコンコン
「?」
開かない窓からノックが聞こえた。
それに視線を向けると・・・・・・監視カメラから死角になる位置に見覚えのある銀色が居る。
湊 月冴「・・・・・・何で居るんだ」
呟くと向こうに伝わったらしく・・・・・・椿桔がにこりと微笑んだ。
彼は何か話すが、声までは届かない。
すると、彼は指を3本立て、太陽を指差す。
3・・・・・・太陽・・・・・・日・・・・・・3日、か?
頷けば、彼はさっと身を翻して立ち去った。
湊 月冴「・・・・・・気にしなくていい。俺の味方だ」
桔梗「うん・・・・・・」
コンコンコン
今度は扉からノックされる。
鐙 総平「お目覚めになられましたか」
湊 月冴「・・・・・・お陰様で、あまり良くない目覚めだけどな」
鐙 総平「・・・・・・ほう、貴方は不思議だ」
湊 月冴「?」
鐙 総平「普通の・・・・・・それも才がない者なら、目覚めた後も暫くは動けない筈だが・・・・・・」
鐙は俺の前へとやって来た。
鐙 総平「一つ、交渉でもしますか」
湊 月冴「相応しい対価があればいいがな」
鐙 総平「ふふ・・・・・・貴方には表向き、我が屋敷の護衛として雇われた事にしたい」
湊 月冴「断る。折角自由の身なんだ。こんな屋敷に閉じ込められるのは御免だ」
鐙 総平「まだ途中ですぞ?ご心配しなくても、貴方に危険な事はさせませぬ・・・・・・そういった事はその子供の役目」
鐙の視線を受け、桔梗がビクリとする。
そんな彼を俺の体で隠した。
鐙 総平「今も表向きはその子供の護衛として同じ部屋に入れておりますが、貴方の身に何かあれば身を呈して護るのが子供の役目」
湊 月冴「随分可愛がってくれるじゃないか」
鐙 総平「貴方がこの屋敷に居て下さるなら、どんな物でもお渡しする位には」
にこりと笑いながら言ってくる鐙。
その笑顔が正直、気味が悪い。
湊 月冴「何度も言うが・・・・・・俺をそう簡単に飼い慣らせると思うな」
鐙 総平「時間はあります故・・・・・・ゆっくりお話しするとしましょう」
・・・・・・三日間耐えられるかな。
鐙 総平「さて、貴方の事はまた後程・・・・・・時間だ」
桔梗「!」
冷たい瞳を桔梗に向けたかと思うと、鐙が出ていく。
桔梗は細かく震えていた。
湊 月冴「桔梗?大丈夫・・・・・・じゃないよな?」
桔梗「・・・・・・僕・・・・・・」
桔梗を抱き締めようとすると、俺を捕まえようとした男達が入って来て、彼の腕を掴んで連れて行こうとする。
湊 月冴「やめ・・・・・・ぐぅっ」
其れを止めようとしたら、首輪が締まって硬直してしまった。
そのまま桔梗は連れて行かれる。
湊 月冴「くそ・・・・・・」
マジで三日耐えられないかもしれない。
〇城の客室
それから三日後。
何とか色んな意味で耐え、遂に約束の日になった。
湊 月冴「・・・・・・いい加減にしろ」
鐙 総平「ほう?」
連れて行かれそうな桔梗を今度こそ抱き締めて捕まえておく。
其れに首輪が絞められるが・・・・・・
湊 月冴「あんまり俺を舐めるなよ」
鐙 総平「!」
首輪に隙間が作れる様に細工をしておいた為、少々息苦しくなる程度だ。
・・・・・・悪い、椿結。
湊 月冴「よっと」
桔梗「え!?」
鐙 総平「!捕まえろ!!」
桔梗を担ぎ、俺は駆け出した。
そのまま鐙達の上を飛び越えて部屋を出る。
〇洋館の廊下
桔梗「つ、月冴・・・・・・」
湊 月冴「口開くと下噛むぞ」
桔梗「で、でも・・・・・・痛っ」
湊 月冴「言っただろ?舌噛むって」
口を押える桔梗に小さく笑いながら、屋敷の中を駆け抜けた。
さて、この首輪がある限り外には出れない。
〇教会内
湊 月冴「桔梗、お前ならこの首輪取れるんじゃないか?」
桔梗「え?」
湊 月冴「お前にも外を見せてやりたい。こんな屋敷から出る為に、この首輪を外してくれないか?」
桔梗「僕・・・・・・やってみる」
完全に奴等を撒き、人気が無い所で彼を降ろす。
桔梗は鏡を持ち、俺の首輪を映した。
桔梗「・・・・・・・・・・・・」
湊 月冴「・・・・・・“大丈夫。強く想像するんだ”・・・・・・“優しいお前なら出来る。自分を信じて”」
桔梗「うん」
湊 月冴「・・・・・・!」
俺の首輪から光が放たれる。
???「見つけたぞ!!」
パキィン
奴等に見付かると同時に、俺の首輪が外れた。
湊 月冴「いい子だ、桔梗。次は自分のを外すんだ」
桔梗の頭を撫で、鐙達の前に出る。
刀は無いが・・・・・・元騎士。
無くとも戦える。
その時だった。
パリィィイン
「!?」
椿桔「月冴様!!」
湊 月冴「!」
近くの窓が割れる。
そして、其処から突っ込んで来た椿桔が俺にあの黒刀を差し出してきた。
湊 月冴「・・・・・・ありがとう、椿桔。桔梗を頼む」
椿桔「桔梗・・・・・・この少年ですか」
湊 月冴「ああ」
俺は刀を構える。
湊 月冴「・・・・・・好き勝手してくれた礼をしないとな」
鐙 総平「くっ・・・・・・!!」
俺は鐙以外の男の武器を破壊し、そのまま昏倒させた。
湊 月冴「鐙、お前の所業は目に余る」
鐙 総平「くっ・・・・・・」
???「全くその通りです」
「!」
いつの間にか開かれている扉。
其処に居たのは・・・・・・
湊 月冴「晴彦殿」
環 晴彦「久し振り、月冴君」
環 晴彦「・・・・・・さて、鐙殿。今回の、未成年の不当な労働、湊月冴君の監禁の件で貴方を拘束します」
鐙 総平「・・・・・・証拠はあるのですかな」
環 晴彦「それは此方に」
晴彦殿は懐から写真を数枚取り出す。
・・・・・・あの写真、窓から撮った盗撮?
まさか、椿桔が情報を集めて通報したのか。
鐙 総平「っ何をしている!!さっさと魔術で追い払わんか!!」
鐙の声に桔梗がビクリとした。
だが・・・・・・其れでも彼はしっかりと前を見る。
桔梗「僕はもう、貴方の言う事を聞かない・・・・・・!」
鐙 総平「・・・・・・なに?」
桔梗「僕は、自由になる!」
よく言った桔梗。
鐙 総平「くぅ・・・・・・」
そして、鐙は騎士団によって拘束される事になった。
鐙 総平「・・・・・・・・・・・・」
最後に俺を切なそうに見てきたが、それを無視する。
〇お化け屋敷
環 晴彦「さて、後はこの子ですね」
湊 月冴「ええ」
桔梗「・・・・・・・・・・・・」
俺は晴彦殿と共に桔梗と椿桔を連れて屋敷を出た。
子供「あ、お姉、お兄ちゃん!」
湊 月冴「何でお姉ちゃんが出た」
前に助けた子供が俺に駆け寄って来る。
子供は俺に抱き着き・・・・・・そして、桔梗を見て硬直した。
子供「ひっ・・・・・・」
桔梗「・・・・・・ぁ・・・・・・」
湊 月冴「桔梗!」
桔梗は俯き、屋敷の方へと駆け込んでしまう。
椿桔「お任せを」
桔梗の後を椿桔が追い掛けて行く。
俺は子供の前にしゃがんだ。
湊 月冴「あの子の事、何か知ってるのか?」
子供「あの子・・・・・・あの怖い人の手下、なんでしょう?」
子供の言葉を聞き、少し離れた所で俺達を見ている大人達に視線を向けると、何処か怯えた瞳で桔梗が去った方を見ている。
湊 月冴「晴彦殿、聞いてもいいでしょうか」
環 晴彦「あの子の事かな」
晴彦殿の方でも鐙を捕らえる際にある程度は調べていたらしい。
あの子は鐙の命で魔術を使い、街の人々を従わせるのに利用していた。
つまり、あの子は鐙同様に街の人々にとっては恐怖の対象になっている様だ。
湊 月冴「・・・・・・あの子は、鐙に利用されているだけだ」
街の人々にも聞こえる様に言う。
子供「利用?」
湊 月冴「そう。あの子は、桔梗はそういう生き方しかまだ知らないんだ」
子供「生き方・・・・・・」
湊 月冴「・・・・・・怖いのは分かる。鐙がそうやって彼を利用して、お前達を支配していた」
それでも、あの子は優しい子だ。
あの子自身が鐙の恐怖に支配されながらも、たった三日一緒に居た俺の為に其れを克服した。
湊 月冴「・・・・・・誰か、あの子の事を知っている者はいないか?」
???「え?」
湊 月冴「できる事ならあの子を家族の元に送り届けてやりたい」
俺の言葉に街の人々は顔を見合わせる
〇教会内
それから俺は桔梗と椿結を捜して屋敷の中を歩いた。
湊 月冴「桔梗ー?椿桔ー?」
椿桔「此方です」
椿結の声を頼りに進むと、首輪から解放された所に二人を発見する。
湊 月冴「桔梗?」
桔梗「僕・・・・・・あの人に言われて、嫌な目に遭わせた・・・・・・僕、きっと居ちゃダメなんだ」
湊 月冴「桔梗」
俺は桔梗を抱き締めた。
湊 月冴「・・・・・・居ちゃいけない訳ないだろう。俺はお前のお陰で助かったんだからな」
桔梗「僕・・・・・・」
湊 月冴「・・・・・・すまない、桔梗」
こんな事になるのは、分かっていた筈なのに。
それでも俺は・・・・・・桔梗から居場所を取り上げてしまった。
〇西洋の街並み
この後、一週間程俺は屋敷に滞在したまま、桔梗と共に過ごす。
少しずつ桔梗と一緒に街を歩き、無害である事を街の人々に説明した。
それ以外にも街の人と会話し、交流して少しでも桔梗の情報を集めて行く。
そんな事をしている間に、騎士団によってこの街にも落ち着きが取り戻されていった。
街の統治も元騎士だった貴族が協力してくれる事になり、取り敢えず大丈夫そうだ。
湊 月冴「さて、俺もそろそろ移動しないとな」
いきなり長居してしまった。
あくまで晴彦殿の活躍、という事なので王都に居る魔術師にはまだ伝わっていない筈。
とはいえ、これ以上滞在する訳にはいかない。
俺は身支度を整え、街を離れる事にする。
湊 月冴「で、お前も来るのか」
椿桔「勿論です」
俺の後をぴったりと付いて来る椿桔。
湊 月冴「・・・・・・お前は湊の使用人だろう」
椿桔「私は月冴様にお仕えしているのです」
・・・・・・こうなったら、絶対について来るぞ。
椿桔「月夜様からの許可も頂いております」
湊 月冴「・・・・・・はぁ。仕方ないか」
許可出したのか、父さん・・・・・・。
本当に、何で此処まで俺に仕えたがるんだか。
湊 月冴「分かった。一緒に来い、椿桔」
椿桔「はい、月冴様」
俺は彼を連れて晴彦殿の元へと訪れた。
桔梗「あ・・・・・・」
環 晴彦「おや、月冴君。そろそろ行くのかな」
湊 月冴「はい」
晴彦殿の所には正式に騎士団に保護された桔梗が居る。
湊 月冴「桔梗の事、お願いします」
環 晴彦「・・・・・・うん、任せて」
桔梗は此れから家族の元へ帰される・・・・・・若しくは誰かの養子となるだろう。
湊 月冴「桔梗、元気でな」
桔梗「・・・・・・月冴・・・・・・」
湊 月冴「一緒に居てやりたいが、俺も事情があって各地を旅しないといけない。少なからず危険が伴う・・・・・・すまない」
桔梗の頭を撫で、俺は彼に背を向けた。
環 晴彦「・・・・・・本当にいいのかな?」
桔梗「僕、僕・・・・・・」
環 晴彦「折角自由になれたんだ。少し我儘を言ってもいいと思うよ?」
〇草原の道
そして、俺は椿桔と共に街を出る。
桔梗「・・・・・・・・・・・・待って!」
「!」
声に振り返ると、其処には駆け寄って来る桔梗の姿があった。
湊 月冴「桔梗・・・・・・」
桔梗「僕も、僕も一緒に行く」
桔梗が俺に駆け寄り、抱き着いてくる。
湊 月冴「桔梗、だけどな」
桔梗「僕の魔術もきっと役に立つ・・・・・・僕は月冴と一緒に居たいんだ」
だが、俺の旅は魔術師から逃げる旅。
その分危険も・・・・・・
椿桔「連れて行ってもよろしいのでは?」
湊 月冴「椿桔?」
椿桔「恐らくこの子も私と同じ。貴方様の元に居たいのです」
・・・・・・椿桔にまで言われてしまうとはな。
俺は桔梗を見詰めた。
見つめ返してくる瞳に迷いは無い。
湊 月冴「・・・・・・仕方ない。一緒に行くか」
桔梗「!うん!」
椿桔「はい。共に参りましょう」
という事で、俺達は一緒に旅に出る事になる。
環 晴彦「月冴君が独りぼっちなのは、やっぱり嫌だからね」
そんな俺達の背を見て晴彦殿が呟いていたのは知らなかった。
椿桔「さて、と」
湊 月冴「紙を取り出してどうした?」
暫く談笑しながら徒歩で次の街に向かう途中、慣れていない桔梗の事を考えて休憩を取っていると、椿桔が紙を取り出す。
椿桔「月の皆様から約束させられました。合流後、貴方様の様子を手紙で知らせる様にと」
湊 月冴「・・・・・・必要か?」
椿桔「皆様ご心配されておりましたから。月の皆様から月夜様や剱様に伝えて下さるそうですし」
湊 月冴「マジか・・・・・・」
そんなに俺が変な事しないか心配なのか?
そんな事を考えていると、桔梗が俺の裾を引っ張った。
桔梗「つき?お空の?」
湊 月冴「ああ、其処は話した事なかったな。俺は元騎士で、月っていう部隊の隊長しててんだ」
桔梗「やっぱり月冴凄い」
湊 月冴「凄くない」
椿桔「その通りです」
湊 月冴「凄くない」
否定しても凄い凄い言って来る二人を置いて歩き出せば、慌ててついて来るのを見て思わず笑う。
そんな俺達の上空を、何時の間に懐かせたのか鳩が飛んで行った。
〇シックなリビング
『月の皆様へ。月冴様は相変わらず誰かを助ける為に無茶をしてしまう様です。
今回、桔梗という名前を月冴様から頂いた少年が旅に同行する事になりました。
月冴様にとても懐いていて、まるでご兄弟の様です』
橘 恵哉「桔梗君、ですか」
「会ってみたい」
要 彰久「うむ」
筧 紫苑「・・・・・・どんな子だろ」
柊 真優「兄弟じゃなくて、姉妹に見られそう」
〇上官の部屋
湊 月夜「・・・・・・・・・・・・」
梵 劔「・・・・・・養子の申請書はまだ早いのではないか、兄者」