さすらい駅わすれもの室 もう片方の靴(脚本)
〇田舎の線路
〇森の中の駅
さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、
〇田舎駅の改札
わすれもの室。
ここがわたしの仕事場です。
〇古書店
ここでは、ありとあらゆるわすれものが
持ち主が現れるのを待っています。
〇コンビニの店内
傘も鞄も百円で買える時代。
わすれものを取りに来る人は、減るばかり。
多くの人たちは、
〇田舎駅の改札
どこかに何かをわすれたことさえ
〇渋谷のスクランブル交差点
わすれてしまっています。
だから私は思うのです。
ここに来る人は幸せだ、と。
〇田舎駅の改札
駅に舞い戻り、
窓口のわたしに説明し、書類に記入する、
そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。
〇田舎駅の改札
女性「わすれもの、ありませんでしたか」
その若い女性がわすれもの室にやって来たのは、窓をつららが固めてしまうほどの寒い日のことでした。
〇古書店
扉をおずおずと開けた彼女の手は、手袋をはめていませんでした。
指先は、しもやけで腫れ、手の甲は、あかぎれになっていました。
駅の人「何をお探しでしょうか」
女性「靴です」
ひび割れた唇が裂けてしまうのを押しとどめるように、彼女は短く答えました。
靴と聞いて、何気なく彼女の足元に目をやると、裸足に粗末な靴をはいています。
穴のあいた爪先から飛び出した親指は、しもやけで膨れ、黑ずんだ紫色になっていました。
継ぎ当てだらけの服には、汚れのしみついたエプロンをかけています。
氷点下に冷え込んだ町を、上着も羽織らず、駅までやって来たのでしょうか。
駅の人「その靴を、どこで落とされたのですか?」
女性「お城の舞踏会の帰りに」
駅の人「舞踏会!?」
思わず聞き返したわたしの大きな声が、わすれもの室の壁を震わせました。
駅の人「すみません。つい、びっくりしてしまいまして。舞踏会なんて、わたしのような駅員に
は、まるで縁のないものですから」
あわてて言い訳をすると、今度は嫌味を言っているようになってしまい、わたしは口をつぐみました。
失礼ながら、わすれもの室には、時々、思い込みを抱えたお客様がいらっしゃいます。
宝石。
金の延べ棒。
王朝時代から伝えられているティーカップ。
豪華客船の一等船室の乗船券。
嘘をついているつもりは、当人にはないのです。
なくしたものを取り戻そうとしていることには変わりません。
しかし、探しものは決して出てきません。
なぜなら、それは、その人の頭の中だけにある「幻」なのですから。
駅の人「お探しの靴について、くわしく教えてください。どんな材質ですか。どんな色ですか。どんな大きさですか?」
女性「ガラスの靴です。わたしの足にぴったりな」
〇西洋の城
ガラスの靴といえば、あの人です。
世界的に有名な、おとぎ話のヒロイン。
わたしは、子どもの頃、繰り返し読んだ絵本の挿絵を思い浮かべました。
目の前の彼女の貧しい身なりが、美しく変身する前のヒロインの姿に重なりました。
〇古書店
女性「これが、落とした靴の、もう片方です」
彼女が差し出したのは、たしかに、わたしが知っている物語に登場するガラスの靴でした。
ヒロインが物語から飛び出して、外の世界に姿を見せる。 そんなことがあるのだろうか。
これは夢? それとも、お芝居なのだろうか。
駅の人「お芝居!」
駅の人「そうだ、そうに違いない」
駅の人「彼女は駆け出しの女優で、役作りの練習のために、有名なあのヒロインを演じている」
駅の人「そして、その演技が通じるかどうか、わたしを相手に試しているのだ」
ひまを持て余していて後腐れがない、駅のわすれもの室の係員。
腕試しをするには、打ってつけの相手です。
駅の人「そういうことなら、この余興を楽しませてもらうとしよう」
わたしは、灰かぶり姫と呼ばれる貧しい娘になりすました彼女のお芝居につきあうことにしました。
道化を演じるような気持ちで。
駅の人「あなたは、真夜中の十二時の鐘が鳴るのを聞いて、あわててお城の階段を駆け下りた」
駅の人「そのときに靴を落としたのではありませんか?」
女性「そうです。どうしてそれが......?」
彼女は大きな瞳を見開きました。
見事なとぼけっぷりです。
駅の人「お城には、問い合わせてみましたか?」
女性「いいえ」
彼女は悲しげに目を伏せました。
女性「わたしは、あの夜、あの場所にいないはずの人間です」
女性「舞踏会に呼ばれていないのに、 勝手に忍び込んだのです」
女性「ですから、お城に問い合わせるわけにはいきません」
これが演技だとしたら、大したものです。まったく揺らぎがありません。
駅の人「もしかしたら、今頃、王子様は、あなたが落としたガラスの靴を持って、 国中を探し回っているかもしれませんよ」
駅の人「おふれを出し、おともを引き連れ、 その靴にぴったりな一人が見つかるまで、娘という娘にガラスの靴をはかせるのです」
女性「そんなことが......?」
女性「いいえ、そんなこと、あるわけがありません」
自分に言い聞かせるようにそう言った彼女の声は、小さく震えていました。
彼女の胸のおののきが伝わってくるようで、
わたしは、ぐっと彼女の演技に引き込まれました。
女性「身分違いなのは分かっています。もう一度会いたいなどと、ぜいたくは申しません」
女性「せめて、あの夢のようなひとときの思い出に、ガラスの靴を持っておきたいのです」
彼女の目から、涙がすうっと零れ落ちるのを見て、わたしは、はっとしました。
その涙は、作りものではありませんでした。
駅の人「これは、彼女が演技力を試すためのお芝居ではない」
駅の人「わたし自身が、新しい灰かぶり姫の物語に巻き込まれているのではないか」
駅の人「その新しい物語では、駅のわすれもの室にガラスの靴が届けられるのだ」
わたしは物語を担う重要人物の自覚を持って、目の前の彼女に告げました。
駅の人「ガラスの靴のわすれもののお届け出、たしかに承りました」
駅の人「見つかりましたら、どちらにご連絡を差し上げましょうか?」
われながら名演技です。声に力と責任感がこもっています。
女性「連絡先は・・・」
彼女が言葉に詰まり、わたしは、失態に気づきました。
なんと気のきかない、ヘタクソな台詞を口にしてしまったのでしょう。
彼女が仕えているお屋敷の母親や姉たちに、ガラスの靴のことを知られてはならない。 そのことがすっかり抜け落ちていました。
駅の人「わかりました。こうしましょう。もし、もう片方のガラスの靴が届けられたら、あなただけにわかるように合図を出します」
女性「合図を?」
駅の人「たとえば、そうだ、わすれもの室の扉に・・・」
わたしがそう言いかけたとき、
〇結婚式場の入口
その扉が開いて、⻘年が入ってきました。
仕立てのいいコートに身を包み、身なりに負けない、立派な顔つきをしていました。
わたしが絵本で見た姿のように着飾ってはいませんでしたが、 その⻘年には、誰もを引きつける輝きがありました。
凍りつくような風が吹き込んできたことも忘れ、 わたしは、⻘年の眩しい姿に、しばし見とれていました。
〇古書店
⻘年が何者で、何をたずねて、やって来たのか、何も聞かなくとも、わたしにはわかりました。
彼女はどんな顔をしているだろうと目を向けると、
たずね人は⻘年から顔を隠すように、うつむいていました。
恥じらっているのではなく、恥じているのです。
舞踏会で見せた優雅なドレス姿とは別人のような、みすぼらしい姿を見られてしまうことを。
⻘年は気づかないのではないかとわたしは思いました。
目の前の貧しい娘と舞踏会で手を取り合って踊った美しい娘が 結びつかないかもしれない、と。
ところが、おずおずと顔を上げた彼女を一目見て、
〇結婚式場の入口
⻘年の目に喜びの色が宿りました。
〇古書店
女性「わたくしがわかるのですか?」
彼女の言葉に、⻘年は深くうなずきました。
継ぎ当ての服を着ていても、灰にまみれても、
決して失われることのない彼女の瞳の輝きを、⻘年は見抜いたのです。
女性「まさか、もう一度お目にかかれるとは」
彼女の目に、みるみる涙が盛り上がりました。
⻘年の手が彼女の頬に、そっと触れました。
おしろいもせず、冷たい風に打たれて、ひび割れた頬に。
再び相まみえた、もう片方の靴と靴が、彼女と⻘年の姿に重なりました。
〇田舎駅の改札
来るときは一人だった彼女と⻘年は、帰るときは二人で手を取り合っていました。
彼女の手には、⻘年がはめていた手袋がはめられ、
首には⻘年が巻いていたマフラーが巻かれ、
肩には⻘年が羽織っていたコートがかけられていました。
爪先が飛び出した粗末な靴は、間もなくあらためられ、 裸足の足は靴下であたためられることでしょう。
〇古書店
駅の人「しもやけで膨れたあの足では、ガラスの靴は入らなかったかもしれない」
ふとそんな想像が頭をよぎりましたが、 靴がぴったり合うかどうかなんて、関係のないことなのです。
二人が探しに来たのは、もう片方の靴ではなく、もう片方の相手だったのですから。
そんなことをしみじみと思いながら、わたしは、ひとつ、わすれものをしたことに気づきました。
新しい灰かぶり姫の物語のラストを飾る大切な台詞、
駅の人「どうか、お幸せに」
と二人に伝えることを。
〇教会の中
心温まる物語にほっこりしました
素敵なお話でした~✨
BGMが更に物語を盛り上げてます😃
こういうお話大好きです☺️
朝からホッコリしましたー!
このお話しも大好きです!