マッチングアプリ 『4cLets』

花柳都子

桜庭静香の『秘密』(脚本)

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〇新幹線の座席
  静香の実家に向かう車内で、
  私は結城さんに教えてもらった事実を
  反芻する。
  ホテル男くんの言った通り
  選択肢を変えてしまった今、
  彼に直接連絡を取ることはできない。
  本当に静香を『カモ』にしようと
  近づいたのかはわからないけれど、
  私にメッセージをくれた彼が
  『マダム』を紹介してくれたのも
  実は偶然じゃなかった──?
  あわよくば私も
  『マダム』の信者にしようとしていた?
  そうなのかもしれない
浅葱寧々「(・・・あれ?)」
浅葱寧々「(でも、確か彼は、静香とは「急に連絡が取れなくなった」と言っていたような・・・)」
浅葱寧々「(あれも嘘だった?)」
浅葱寧々「(でも、嘘だったとしても、私にわざわざ知らせることもないような──)」
  このまま考えても
  埒があかないのはわかっている。
  結城さんの言うように
  誰も信用しちゃいけないというのなら、
  その言葉に従うべきなのもわかっている。
浅葱寧々「(・・・けれど)」
  あんなに近かった静香に
  いつまで経っても手が届かなくて、
  ──私の心は焦れるばかり。
浅葱寧々「(はやく、はやく答えを見つけたいのに)」
浅葱寧々「(ごめんね、静香)」
浅葱寧々「(私はいい友達じゃなかったかもしれない)」
浅葱寧々「(分かり合えていると思っていたのに、私の知らない静香ばかりに出会ってしまう)」
浅葱寧々「(きっと、ずっと、私の知らない静香は存在していたんだよね)」
浅葱寧々「(私がそれに気づかなかっただけ)」
浅葱寧々「(ううん、たぶん──)」
浅葱寧々「(見て見ぬ振りをしてきただけ)」

〇アパートのダイニング
静香の母「寧々ちゃん、いらっしゃい。 遠いところありがとうね」
浅葱寧々「・・・いえ、こちらこそ。 お声かけていただいてありがとうございます」
静香の母「早速だけど、これ。 東京の静香の部屋にあったの」
  お母さんがそっとテーブルに置いたもの
  それは数冊の書籍だった
静香の母「パラパラと覗いてみたら 詩集みたいだったの」
静香の母「あなたたちが学生の頃、 こういうの流行ったでしょう?」
静香の母「ここの静香の部屋にも置いてあるんだけど、 まさか東京で見るなんてね・・・」
静香の母「学生時代を懐かしく思うほど── 東京での生活は楽しくなかったのかしら」
浅葱寧々「・・・・・・」
静香の母「・・・ごめんなさいね。 お茶の用意するから、先に静香の部屋 見てやってくれる?」
浅葱寧々「・・・はい」

〇本棚のある部屋
  静香の部屋に入るのは、
  実は初めてだった
  幼馴染ならいざ知らず、
  高校生ともなれば
  わざわざ自宅で遊ぶこともない
  部屋の中は綺麗に整頓されていて、
  生前の几帳面な静香を思い出す
浅葱寧々「(性格は楽観的で大雑把なところもあったけど、そういうところはちゃんとしてたなぁ)」
浅葱寧々「(──こんなにも静香の匂いが懐かしい)」
  静香の家は母子家庭で、
  私たちが高校生だったあの頃から
  父親はいなかった
  死別したのか離婚したのか
  私から直接聞いたことはないけれど、
  田舎特有の噂話で、
  離婚であること、その理由が
  母親であるらしいことも知っていた
浅葱寧々「(静香はそんな噂、知らなかったと思うけど──)」
浅葱寧々「(いや、知らなかったらいいなと私は思っていたけれど──)」
  静香はのんびり屋な私と違って
  明るくて行動力があって
  私は羨ましいと思っていた
  妬みや僻みじゃなく、
  憧れのようなものに近かったと思う
浅葱寧々「(あ、これ──)」
  本棚に数冊並んで入っていたのは、
  お母さんが言っていた詩集だった
  実際に流行ったのは
  小学生くらいの時だったと思うけれど、
  これに影響を受けたのは間違いない
  高校生の頃、
  私たちは詩を使って暗号を作り、
  授業中に秘密の会話をしていた
浅葱寧々「(教科書とかノートとかの隅に書いて、パラパラ漫画みたいに読めるようにしてたっけ)」
  そのきっかけである詩集を捲りつつ、
  私は静香との思い出である
  その教科書やノートを探した
  探すまでもなく隣にあったそれは案の定、
  数学の方程式や化学の図解の端っこに
  小さくポエムが記されている
浅葱寧々「(話題は好きな人のこととか、先生の観察日記とか、くだらないことも多かったけど)」
  ひとつだけ忘れられないことがある
  静香は学校に内緒でアルバイトをしていた
  今思うと、先生たちは
  知っていたような気もするけれど
  少なくとも本人は
  内緒にしているつもりだったと思う
  なぜなら、
  この秘密の暗号文で私にだけ
  教えてくれたことだから──
  私は無意識に噂話と併せて、
  母子家庭で収入が少ないからだと
  決めつけていた
  でも、そんな静香が
  嘘か本当か、
  暗号にはこう書いた
桜庭静香「家にいても誰もいないから」
  私がその暗号を解読して
  静香の顔をふと見上げたら──
  ──静香は笑っていた
  当時の私は能天気で、
  「そんなもんかー」くらいにしか
  受け止めていなかった
  けれど、今思えばあれは
  混じり気のない
  純粋な笑顔じゃなかった
浅葱寧々「(まるで凪みたいに音のない)」
浅葱寧々「(──何もかもを悟ったような笑顔)」
静香の母「寧々ちゃん? こっちにきて、お茶にしましょう」
静香の母「何か欲しいものがあれば、 持ってきていいから」
  私はぼんやりと部屋を眺めつつ、
  いつの間にか物思いに耽っていたらしい。
  お母さんの言葉に甘え、
  私は暗号が記された教科書やノートを
  手に取った
浅葱寧々「(暗号になっているとはいえ、お母さんがもしも見てしまったら、哀しむかもしれない)」
  余計なお世話と思いつつ、
  それらを大事に抱え、
  私はダイニングに戻る。

〇アパートのダイニング
浅葱寧々「・・・これ、いただいてもいいですか?」
静香の母「教科書とノート? いいけど、寧々ちゃんも持ってるでしょうに」
浅葱寧々「私のは処分してしまったので──。 静香と過ごした高校時代を思い出すために」
静香の母「・・・そう、ありがとう。 静香も喜ぶと思うわ」
  お母さんがお茶をいれてくれる間、
  私はふと東京にあったという
  静香の詩集を見た。
  確かに中身は詩集のようだけれど、
  装丁が昔懐かしのああいう感じではない
  不思議に思いつつ、
  私はお母さんに促されるまま
  静香との思い出を語った
  静香の実家を辞する頃には、
  日はとっぷりと暮れ、
  東京への最終列車が迫っていた。
静香の母「寧々ちゃんはご実家に寄らないの?」
浅葱寧々「はい。連絡はしたんですけど、仕事もあるので今回は──」
  そう言いかけて、私は口を噤んだ。
  前回、実家に帰ったのは静香の葬儀の時。
  あれから随分と時間が経ったようで、
  実はまだそれほど過ぎていない。
  これから先も、きっと
  お母さんの哀しみが癒える日は
  来ないのだろう──。
  私は静香の形見を手に、
  東京への帰路についた。

〇綺麗な部屋
浅葱寧々「(さて)」
浅葱寧々「(これが静香が持っていた詩集か)」
浅葱寧々「(大人になってからもこういうの好きだったんだなぁ)」
  私は詩に限らず読書が好きだったから、
  最近は専ら小説が多いけれど、
  さすが奨学金制度を使って
  詩を極めに大学に行っただけのことはある
  詩集を開いてみると、
  一ページ目にこう書いてあった
  私の秘密を知る唯一の友に捧ぐ
浅葱寧々「(こういうところに書かれる『友』って、その人に影響を与えた人だよね)」
浅葱寧々「(そういう関係って素敵)」
  何気なく私は、
  詩人の名前を見ようと表紙に戻した
浅葱寧々「・・・あれ?」
  表紙どころか
  背表紙にも裏表紙にもない
  書籍の最後の方にある奥付にもない──
  というか、奥付そのものがない
浅葱寧々「(誰の詩集なんだろう?)」

〇綺麗な部屋
仁科美来里「それってさ、自主制作ってやつじゃないの?」
浅葱寧々「──自主制作?」
  静香の詩集の謎が解けないまま、
  私は美来里からの電話に出た。
  用件は大学のゼミ同窓会に行くかどうか
  ──なんて平和なもので、
  すぐに雑談に脱線してしまった
  ふと思いついて、
  美来里にそれとなく聞いてみたところ、
  そんな答えが返ってきた
仁科美来里「そうそう、同人誌とか!」
仁科美来里「まぁ同人誌でも 作者名は入れるけどね〜」
浅葱寧々「・・・同人誌ってフィクションの二次創作でよく聞く?」
仁科美来里「そうだね〜 昔からあるけど、今はそれが主流じゃない?」
仁科美来里「有名な絵師さんが描いてるものだと すぐ売り切れになっちゃうくらい」
浅葱寧々「うーん、そういう感じじゃないけど・・・」
仁科美来里「仮に売るのが目的じゃなくても、記念に本にしてみたいっていうのは、絵や文をかく人の一種の憧れでもあるんじゃない?」
浅葱寧々「・・・憧れ、か」
仁科美来里「なに〜? 寧々も興味あるなら教えよっか?」
浅葱寧々「えっ」
仁科美来里「印刷所、いくつか知ってるし」
浅葱寧々「美来里も作ってるの?」
仁科美来里「いやぁ、私は絵も文も才能ないから。 見てるだけで十分なんだけど、興味があって調べたの」
浅葱寧々「──つまり、誰でもそういうのが簡単に作れちゃう時代ってことね?」
仁科美来里「そうそう。 プロの漫画家や小説家じゃなくても、 本として自分の手元に残る」
仁科美来里「誰かに買ってもらえるものじゃなくても、そういうの嬉しいよね〜」
仁科美来里「なんか、自分はこうやって生きてたんだなぁって証ができるじゃん?」
浅葱寧々「──生きてた証・・・」
仁科美来里「黒歴史になることもあるけど、大人になってから夢中になれることがあるっていいよね」
仁科美来里「これもある意味、お金が為せる技!」
浅葱寧々「確かにお金がある大人じゃないと楽しめない境地かもね、売るにも買うにも」
仁科美来里「そうそう、いくらあっても足りないよね〜」
浅葱寧々「・・・楽しむのはいいけど、ほどほどにね」
仁科美来里「わかってるって、じゃあね〜」
  美来里は唐突に電話を切り、
  私は一人の部屋で
  再び詩集と向き合った。

〇綺麗な部屋
  結論から言うと、
  詩集は詩集ではなかった
  その正体は、暗号化された
  ──静香の日記。
浅葱寧々「(静香、読んでいいんだよね?)」
  私と静香しか知らないはずの
  暗号の解読法。
  その暗号で書かれているなら、
  これは間違いなく私へ宛てたもの。
  そして暗号化された話は、
  絶対に誰にも話してはいけない
  二人だけの秘密の話──。
浅葱寧々「(ここに静香の『秘密』がある)」
  知りたい『真実』が今まさにここにある
浅葱寧々「(読まなきゃ)」
  どんなに哀しくても
  どんなに恐ろしくても
  私は本当の静香と向き合いたい──。
  これが手元にあるってことは
  私はもう生きてはいないのかな?
浅葱寧々「・・・・・・」
  なんて言ってみるけど、
  これだけは信じて欲しい。
  私はこれを『遺書』として書くんじゃない。
  それともう一つ。
  私は誰かや何かを恨んでいるわけじゃない。
  ただ知ってて欲しい。
  私がちゃんと生きようとしていたこと。
  愛を求めて幸せになろうと思ったこと。
  結果がどうあれ、
  私は私の求めた幸せに辿り着きたい。
  ただ、それだけ。
  それだけのために、
  私はマッチングアプリを始めた。
浅葱寧々「静香・・・」
浅葱寧々「(それだけのため、って静香にとっては、それこそ生死を分つ覚悟だったはず)」
  そう、静香は静香の幸せを探していた。
  私は結婚や子供がいることだけが
  『幸せ』じゃないと思ってる。
  静香もそれはたぶんわかっているはず──
  寧々はたぶん
  『結婚だけが幸せ』じゃないよって
  言ってくれると思う
  でもね、私はやっぱり
  誰かにそばにいて欲しい
  私が寿命を迎えた時
  たったひとりだなんて
  考えるだけで怖い、怖すぎる
  だって、私が生きていたこと
  誰も覚えててくれないなんて
  生まれてきた意味がないでしょ?
浅葱寧々「そんな・・・ そんなこと、言わないでよ、静香──」
  だから、最初に『顔』を選んだの
  決してイケメンを求めたわけじゃない
  いや、それも多少あるけど
  『顔がいいから結婚する』んじゃなくて
  色んな人と出会うことで
  私の存在を知る人を増やしたかったの
  出会う人が増えれば、
  いつか運命の人に出会える
  そう信じて──
浅葱寧々「(そういう理由だったんだ)」
  いつか静香と話したことがある
  幸せの基準について
  静香はやけに結婚にこだわっていたけれど
浅葱寧々「(これ以上、寂しい思いをしたくないから──だったんだ)」
  寧々に紹介した時は、
  『私は幸せだよ、幸せになろうとしてるよ』
  って伝えたかったの
  寧々にとって
  結婚や子供が全てじゃないって知ってた
  だけど、私にとってはそれが全てだから
  ごめんね、寧々。
  寧々は寧々の幸せを探していいんだよ。
  涙が止まらない
  あの日の静香の殊更明るい態度に、
  私は何も闇を感じなかった
  この強引な感じ、
  いつもの静香だなんて
  呑気なことを考えてた
浅葱寧々「ごめんを言うのは、私だよ・・・静香・・・」
  『顔』を選んだら『体目的』
  そんなの最初は知らなかった
  でも、私のアイページは
  誰にでも好かれるように
  ザ・今どき女子みたいな感じにしたから
  そう思われても仕方なかったんだと思う
浅葱寧々「(やっぱり知らなかったんだ)」
浅葱寧々「(そこは、ちょっと安心した)」
  私の知らない静香が
  いたんじゃなくてよかった
浅葱寧々「(でも・・・)」
  静香はその時点で
  マッチングアプリを退会していない
  それにも何か理由があるんだろうか
  人生まだまだ長いのに、
  急ぎすぎじゃない?なんて
  寧々は言いそうだけど
  だからこそ、
  好きな人とは長くいたいでしょ?
  どうしても早く見つけたかったの
  将来だけじゃない
  今この瞬間も、
  私は寂しくて寂しくて仕方がないから
  いつしか私は溺れてた
  ほんの一時でも一緒にいてくれる人がいる
  それだけで十分かもって
  でも、ふと気がついたの
  あの人もこの人も
  ただ寂しいだけなんだって
  みんな私と同じなんだって
  そう思った
  寂しさを埋めたくて
  誰でもいいから一緒にいる
  私はだんだん苦しくなった
  誰も彼も幸せじゃないみたいで
  ずっと自分を見てるみたいで
  怖かった
  私が欲しかったのはなんだっけ
  本当に『誰でもいい』んだっけ
  顔が良ければいい?
  相性が良ければそれでいい?
  それで私とこの人はどうなるの?
  こんな刹那的な関係が続くだけで、
  結婚に至ることはない
  思考停止していた私でも、
  自明の理だった
  ある人が言ってたの
  『愛はお金で買えるんだよ』
浅葱寧々「(もしかして、ホテル男くん?)」
浅葱寧々「(やっぱり静香のことも誘い込もうとしていたの・・・?)」
  そんなの嘘
  愛はお金じゃ買えない
浅葱寧々「(よかった、そうだよね)」
浅葱寧々「(静香は昔から誰かに流されるような子じゃなかった)」
  でも、お金があれば
  将来の面倒ごとがひとつなくなる
  お金が原因で寂しい思いをする
  そんなことはきっとなくなる
浅葱寧々「(静香?)」
  雲行きが怪しくなった
  流されることはないけれど
  静香は自分の考えには頑なだった
  いつもは客観視できることも
  自分の意見に対しては
  のめり込みすぎるきらいがある
  お金って
  結婚する上で大事でしょ?
  お金があれば
  私の愛を伝えられる
  あなただけに苦労はさせない
  私も一緒に頑張る
  私は自分のことは自分でできる
  だから
浅葱寧々「(・・・だから?)」
  置いて行かないで
  家にひとりにしないで
  寒い朝も、暗い夜も
  ずっと一緒にいて
  どこにも行かないで
  気づけば私は借金をしていた
  私にお金は使わなくていい
  そういう意味で身につけたブランドものは
  どう見ても『お金』目当ての男にしか
  効果を発揮しなかった
  結局それは
  『私』じゃなくて『私のお金』が
  必要なだけ
  『あなたの愛を利用されないで』
  いつか誰かにそんなことを言われた
  あの人はきっと見抜いていたんだと思う
  『私の愛』が
  みんなと違うことに
  『私が誰かを純粋に愛する気持ち』を
  利用されないでっていう意味じゃない
  『お金を使って愛を求める』
  その行為自体をいいように解釈されないで
  そういう意味だったんだと思う
  あの人は優しい
  私の愛の形を否定しなかった
  私の行為を認めてくれた
  私の寂しさを
  わかってくれた
  だけど、それってやっぱり
  あの人も寂しいってこと──?
  あの人だけじゃない
  ここにいる人、みんなそう
  お金で愛を買おうとしてる人も
  お金で愛を確かめようとしてる人も
  みんなみんな寂しいだけ
  あれ?
  『愛』ってなんだっけ──?

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