マッチングアプリの『金』(脚本)
〇ホテルのレストラン
浅葱寧々「・・・え?」
真田明人「・・・あぁ、ごめん」
真田明人「確かに選択肢を変えるよう勧めたのは俺だけど、まさか『金』を選ぶとは思わなかったからさ」
浅葱寧々「そういうあなたも・・・」
真田明人「ああ、うん。俺はね──」
マダム「ユウキくん。 私も彼女とお話いいかしら?」
真田明人「──ええ。もちろんです、マダム」
浅葱寧々「(えっ、向こうから話しかけてきてくれるなんて予想外・・・どうしよう・・・)」
浅葱寧々「(それに、ここは男女の出会いの場──)」
浅葱寧々「(女性である『マダム』が、私に近づくメリットはないはず・・・)」
真田明人「改めて紹介するよ。 こちらは『マダム』──」
マダム「こんにちは」
浅葱寧々「あ・・・は、はじめまして。 浅葱寧々です。よろしくお願いします」
マダム「ふふ。そんなに緊張しなくて大丈夫よ。 私は人とお話しするのが好きなの」
マダム「男の人とか女の人とか関係なく、出会いは大事なものだから──」
マダム「あなたにもそれを身をもって感じてもらえたら、嬉しいわ」
浅葱寧々「(そういえば、ホテル男くんもそんなこと言ってたっけ・・・)」
真田明人「『マダム』は親身に話聞いてくれるから、君も困ったことがあったら何でも相談するといいよ」
浅葱寧々「──はい、ありがとうございます」
マダム「・・・でも、あなた。 気をつけたほうがいいわ」
浅葱寧々「・・・えっ?」
マダム「──あなたは純粋そうに見えるから」
マダム「・・・私は結婚にはお金も大事だと思うの」
マダム「夫婦二人の生活のこと、将来授かるかもしれない子供のこと──」
マダム「あなた方若い世代には耳が痛いかもしれない、老後のこと──」
マダム「お金はあればあるほど困らない」
浅葱寧々「──それは、私もそう思います」
マダム「・・・でもね、お金の力ってこわいのよ」
マダム「ここに来る男性の中には、女性をお金で支配したがる人もいる」
マダム「もちろん女性の中にも、男性の経済力に甘えたいっていう人もいるから、お互い様なのかもしれないけれど──」
マダム「──私はね、そこには必ず『愛』があって欲しいと思うの」
真田明人「『マダム』はそう願っているからこそ、ずっとこの選択肢を変えずに活動されてるんですよね」
マダム「そんな大げさなことじゃないけれど、世の中『お金』だけじゃないことは教えてあげたいと思ってるわ」
マダム「あなたは多分もう、それを知っていると思うから、ひとつだけ──」
マダム「──『あなたの愛』を利用されないように、気をつけてね」
浅葱寧々「・・・・・・?」
マダム「──あなたにはちゃんと届いてくれるといいんだけど・・・」
浅葱寧々「・・・ど、どういう意味です──」
マダム「──じゃあ、私はこれで。 ユウキくん、あとはお願いね」
真田明人「はい」
浅葱寧々「・・・・・・」
なぜだかこの瞬間、私はもう『マダム』と直接話すことはないだろうと確信した
彼女の去りゆく背中を見つめながら、静香のことを聞けずじまいだったと後悔する
真田明人「・・・浅葱さん?」
真田明人「大丈夫?」
浅葱寧々「・・・あ、ごめんなさい」
浅葱寧々「──この前もそう聞いてくれましたよね」
真田明人「うん。あの時と同じ顔してたよ、今も」
浅葱寧々「・・・・・・」
真田明人「あぁ、君に何があったか深く詮索するつもりはないから安心して」
真田明人「(小声)──でも、気をつけたほうがいい」
真田明人「・・・っていうのは前にも言ったけど」
真田明人「ここでは、出会う相手は一人残らず、信用しちゃいけない」
真田明人「──ここはきっと、君や『マダム』が理想としてるようなところじゃないから」
真田明人「俺は何度でも、君に忠告するよ」
浅葱寧々「・・・どういうことですか?」
真田明人「・・・これ以上、ここでは話せない」
そう言って彼は、唐突に口を噤んだ
『顔』を選んだ時と同じように、私が知らない『秘密』がこの選択肢にも隠されているのかもしれない──
周りに怪しまれないようにか、その後、彼は当たり障りのない会話を続けた。
『マダム』と彼の忠告に挟まれ、もやもやした心は置いてけぼりで、私は終始上の空だった。
会の終盤、見かねた彼が最後に切り出した言葉に、私は三度驚かされることになった
真田明人「俺は結城大地。 名前で検索すれば出てくると思うから」
浅葱寧々「あ、名前・・・!」
危うくまたもや聞きそびれそうだったその情報に、私はようやく我に返った。
真田明人「ここの『秘密』を知りたかったら、連絡して」
真田明人「──あくまでも、『秘密』を知る覚悟ができたらね」
真田明人「俺から連絡するようなことはしないから」
真田明人「ずるいと思うかもしれないけど、俺は君に『秘密』を押し付けたいわけじゃない」
真田明人「──世の中、知らないほうが幸せなこともあるからね」
〇綺麗な部屋
浅葱寧々「──結城、大地」
アプリの検索機能に名前を入力すると、
確かに彼のアイページが出てきた。
写真も一致しているし、間違いない。
浅葱寧々「(・・・いったいどんな『秘密』があるっていうんだろう)」
たとえどんな『秘密』でも、
それが静香に直結しているとは限らない
けれど、婚活パーティーに参加していた
女性たちの言葉も気になる。
浅葱寧々「(『こっち側』──ってどういう意味だろう)」
私は静香のSNSを開いた。
何かヒントがあるかもしれない──
静香のSNSの写真は、
婚活パーティーの様子を捉えたものが多い
静香以外に人の姿はもちろん写っていない。
けれど、複数のパーティーに参加していたことは容易に想像できる。
浅葱寧々「(・・・あれ?)」
何度も繰り返し流し見しているうちに、
私はある違和感に気がついた。
相手の男性に──ではなく、
静香の印象がどことなく違う気がする。
浅葱寧々「静香って、こんなブランド品、興味あったっけ・・・?」
服装やアクセサリー、鞄や靴──
毎回どこかに高級ブランド品を
身につけている。
──私の知っている静香らしくない。
浅葱寧々「(相手がお金持ちだから、買ってもらった・・・とか?)」
たとえ静香の意思じゃなくても、
ひけらかしたい男性からのプレゼント
という可能性はある
浅葱寧々「(でも、それこそ──)」
浅葱寧々「──静香らしくない」
静香は無償で誰かに物を貰ったりしない。
マダム「──『あなたの愛』を利用されないように、気をつけてね」
それが愛の代償だとしたら、なおさら。
浅葱寧々「──静香らしくないよ」
それとも、その人のことを
本気で愛してしまったんだろうか──
静香の純粋な『愛』に
つけこまれてしまったんだろうか──
この人もまた私を愛してくれている
そう信じてしまえるほどに──?
『お金』が介在していても、
それが純粋な『愛』の証だと、
勘違いしてしまえるほどに──?
確かに『マダム』の言う通り、
生きていく上で『金』は必要だと思う
あればあるほど困らないのもその通り
浅葱寧々「(・・・だけど、やっぱり私は)」
浅葱寧々「(『お金』の干渉しない『愛』があると、信じてみたい──)」
あくまでも『お金』は
生活の上で必要なものであって
相手を支配するための道具でも、
相手の愛を確かめるツールでもない
浅葱寧々「(心と心が通わなきゃ、そんなの何の意味もないよ──)」
気づけば私は、アプリをもう一度開いていた
『秘密』を知りたいので、
またお会いできませんか?
結城大地宛にメッセージを送り、
私はスマホをテーブルに置いた。
静香は騙されたんじゃない
利用されたんじゃない
そんなの私の知ってる静香じゃない
でも、それを確信するためには
何が何でもここでの『秘密』を
知らなければならない気がする
『顔』の時にもそうだったように
私の知らない静香が
確かに存在していたように
その『秘密』の中に、
私の知らない静香がいて、
それが彼女を死に導いたのかもしれないのだから──