マッチングアプリ 『4cLets』

花柳都子

マッチングアプリの『マダム』(脚本)

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〇綺麗な部屋
  結城大地さんにメッセージを送って数日。
  いよいよ彼と会う日を明日に控え、
  私は静香のSNSをぼんやり眺めていた。
浅葱寧々「──静香、なんだか痩せてる・・・よね?」
  SNS上の写真の静香は変わらず笑顔──
  なのに、日に日にやつれていくように見える
  選ぼうと思えば参加費無料の
  婚活パーティーもあるというのに──。
浅葱寧々「(食事もままならないほど、悩んでたってことなのかな・・・)」
  SNSの過去と未来を行き来して、
  私は何度も何度も確かめた。
  けれど、何度そうしてみても
  静香の体の変化が
  ただの錯覚でないことを思い知るだけ。
  嫌になってSNSを閉じた瞬間、
  着信音が無音の部屋に鳴り響いた。
  着信 桜庭静香
浅葱寧々「えっ・・・静香──!?」
  そんなわけない、
  静香はもういない──。
  どれだけそう言い聞かせてみても、
  あの頃──
  私たちがまだ普通に連絡を取り合っていた
  ──あの頃を思い出す。
浅葱寧々「・・・もしもし」
浅葱寧々「(──静香?)」
桜庭静香「寧々、久しぶり! 元気にしてる〜?」
  ──また静香の明るい声が聞けてよかった
  そう言えたら、
  どんなに良かっただろう──
静香の母「寧々ちゃん? 夜分遅くにごめんなさいね」
  無情にも、聞こえてきたのは
  静香のお母さんの声だった。
浅葱寧々「──いえ」
  お母さんにとっても
  もう会えない娘のスマホから
  友達に連絡するなんて──
浅葱寧々「(酷すぎる、よ──)」
静香の母「実は寧々ちゃんに貰ってほしいものがあってね、よかったら近いうちに会えないかしら?」
浅葱寧々「──貰ってほしいもの、ですか?」
浅葱寧々「(私に?)」
静香の母「ええ、静香の形見になるかしら」
浅葱寧々「でも、そんな大事なもの・・・!」
静香の母「──ううん、違うのよ」
静香の母「──これは私じゃなく、きっと、寧々ちゃんに遺したものだと思うから」
浅葱寧々「──私に? 静香が?」
  静香のために、何もできなかった私に?
  静香が?
  一体、何を遺してくれたっていうの──?
静香の母「本当は私が東京に届けてあげたいんだけど、 なかなか都合がつかなくて──」
浅葱寧々「そんな、お母さんもいろいろ大変ですよね。 私が伺いますから」
静香の母「そうしてくれると助かるわ」
静香の母「こっちの静香の部屋はそのままなの。 寧々ちゃんにもぜひ見てほしいわ。 他にも欲しいものがあったら、言ってね」
浅葱寧々「・・・はい、ありがとうございます」
  来週末に静香の実家を訪ねる約束をして、
  時候の挨拶を交わしかけたその時──
  私は静香の死から幾度目かの
  衝撃的な事実を知ることになった
静香の母「──ところで、寧々ちゃん。 静香が借金してたことは知ってる?」
浅葱寧々「──えっ?」
浅葱寧々「(静香が? あの、お金には人一倍気を遣っていた静香が、借金──?)」
浅葱寧々「・・・いえ、初めて聞きました」
  いつ頃のこと──?
  金額はどのくらい──?
  聞きたいことは山ほどある。
  けれど、傷心のお母さんを問い詰めたり、
  娘の友達だからと根掘り葉掘り詮索したり、
  私にはそんなことできなかった──。
静香の母「ごめんなさいね。 返し終わってるみたいなんだけど、 私にも話してくれなくて──」
静香の母「これだけの額、どうやって用意したのか気になってね」
静香の母「──最後に嫌な気持ちにさせちゃったわね」
浅葱寧々「ごめんなさい、私、何もできなくて──」
静香の母「いいのよ、知らなかったんだから」
静香の母「いえ、知っていたとしてもこれは静香の問題」
静香の母「寧々ちゃんが気にすることじゃないわ」
静香の母「私はただ、どうしてこんなことしたのか、どうして私にも話してくれなかったのか、それを知りたかっただけ──」
  語尾が震える。
  涙に濡れたお母さんの声は、
  聞いていて苦しい──。
  ここで何か慰めや励ましの声をかけるべきかもしれない。
  けれど、私にはどんな言葉も空虚な気がして悩んでいるうちにお母さんが続けた。
静香の母「──寧々ちゃん。 こっちに来たら、静香との話たくさん聞かせてくれると嬉しいわ」
  私はつとめて明るい声で答えた。
  そうすることしかできなかった。
浅葱寧々「──はい、それはもちろん」
  通話を終えた私は
  いっぱいいっぱいの頭を抱えながら
  明日に備えて、ベッドに沈んだ──。

〇川沿いの公園
  翌日。
  昨夜の雨が朝のような快晴。
  結城さんとの待ち合わせは、
  ホテル男から救ってもらったあの夜の公園。
  ここなら日中は絶えず人目があるし、
  屋外の雑音で他人には声が届きにくい──
  そう言って結城さんが提案してくれた。
浅葱寧々「(つくづく気がきく人だなぁ。ほんと一体、何者なんだろう──?)」
真田明人「浅葱さん」
浅葱寧々「あ、結城さん。こんにちは」
真田明人「こんにちは」
浅葱寧々「すみません、突然、無理なことお願いして」
真田明人「いや、俺は別に。 君と違って、失うものも特にないしね」
浅葱寧々「・・・失うもの?」
真田明人「いや、こっちの話」
真田明人「・・・それで、本当に聞く?」
浅葱寧々「──はい、教えてください。 覚悟は、できてます」
真田明人「──うん。その顔、見ればわかるよ」
浅葱寧々「・・・・・・?」
真田明人「まずはどこから話そうか──。 そうだな、やっぱり『マダム』のことかな」
浅葱寧々「はい──私、ずっと気になってたんです。 あの人の目的は何でしょう?」
真田明人「この間、言った通りだよ。 彼女は”人”との出会いを求めて、このマッチングアプリに登録してる」
浅葱寧々「男も女も関係なく、ですよね。 『金』を選んでる理由も?」
真田明人「それもこの間、言った通り。 彼女は、結婚は『金だけ』じゃないって証明したいんだ」
真田明人「──まあ、そこがネックでもあるんだけど」
浅葱寧々「・・・どういうことですか?」
真田明人「──ここからが『秘密』の核心に触れる部分なんだけど」
真田明人「『マダム』は未亡人なんだけど、亡くなった旦那さんから多額の遺産を相続した、らしい」
浅葱寧々「──そうなんですか。じゃあ今更マッチングアプリに登録することもないような・・・」
真田明人「──夫はもういないけど、自分の人生が幸せだから、より多くの人に同じ気持ちになって欲しい」
真田明人「そのために自分の経験を伝えることで、人とのコミュニケーションを持ち続けたい、が口癖なんだよ」
浅葱寧々「変わった人ですね、なんというか──」
真田明人「余計なお世話?」
浅葱寧々「う・・・正直、そう思います」
真田明人「俺もそう思うよ」
真田明人「ま、それだけならただのお節介──もとい世話好きなおばさんで済むんだけどね」
真田明人「──彼女は確かに悪い人じゃない」
真田明人「人との会話が好きなだけあって話も上手だし、お淑やかな雰囲気が相手を安心させる」
真田明人「誰もが彼女を信じて疑わない」
浅葱寧々「・・・そ、それはちょっと言い過ぎじゃ」
  いくら何でも人同士なんだから、相性や好き嫌いだってあるはず──
真田明人「・・・そう。 君にはちゃんと物事の本質が見えてるね」
真田明人「『マダム』が『金』のトラブル解決人って話はしたと思うけど」
真田明人「そういう経験談をあてにして、誰かが彼女に『金』のトラブルを相談したことがはじまりだったって聞いてる」
浅葱寧々「(聞いてる──って、誰に?)」
  ──とは言えなかった。
  聞いてはいけない気がしたから。
  少なくとも、今はまだ。
  私はこの人のことを知らない。
  この人の交友関係を探る質問は、
  彼の『秘密』に直結する。
  そんな気がしてならない。
  彼は私の『秘密』を知ろうとせずにいてくれているのに、私からその一歩を踏み出してはいけない。
  私は彼の真摯な瞳をじっと見つめ返した。
真田明人「でも彼女の問題解決法の根本は、基本的に『金』なんだよ」
真田明人「まあ、人生の半分以上そうやって生きてきたんだから当然といえば当然だけど」
真田明人「──というより、たぶん彼女は意識してないんだろうね」
真田明人「ここでは自分の前提が『お金持ち』の『セレブ』であることを」
真田明人「だから、純粋にアドバイスしたつもりでも、受け取る側は『金』さえあれば解決できるって錯覚してしまう」
真田明人「結果的にそれで丸く収まるし、そうなってしまえば『マダム』のおかげだと噂がどんどん広がる」
真田明人「そうやって『マダム』の信者が増えていく」
真田明人「ここはまさに、『マダム』の『キングダム』だよ」
  ──『金グダム』なんてくだらない変換が頭をよぎったけれど、私は同時に別の表現に思い至っていた
浅葱寧々「──なんだか、ある種の宗教みたいですね」
真田明人「そうだね、その通りだよ」
真田明人「──『金』を選択した以上、今やこの世界で『マダム』を避けて通ることは絶対にできない」
真田明人「『マダム』についていけないと感じる人は、『金』の選択をやめて他を選択するようになる」
浅葱寧々「だから、結果的に『マダム』の信者しか残らないってことですね」
真田明人「それだけじゃない」
浅葱寧々「・・・まだ、何かあるんですか?」
真田明人「アドバイスをくれた彼女へのお礼だよ」
真田明人「『金』で解決した後は、『マダム』へのお礼も『金』でしなきゃいけない」
真田明人「それがここでの暗黙のルール」
浅葱寧々「(また、暗黙のルール・・・か)」
真田明人「──もちろん本人が望んだことじゃない。 むしろ、彼女自身はお礼なんていらないと思ってるだろうね」
真田明人「けれど、『金』に関するトラブルを経験した自分自身だからこそ、『金』でわだかまりを残したくないのは道理──」
浅葱寧々「新たにトラブルを生まないために『マダム』に借りを返す、ってことですね?」
真田明人「うん。まぁ『金』を選ぶ多くの人は元々『お金持ち』だから問題ないんだけど・・・」
浅葱寧々「──そうじゃない人もいる・・・?」
真田明人「・・・君が『顔』を選んで出会ったあの男がいい例だよ」
浅葱寧々「・・・えっ?」
真田明人「『マダム』にもらった腕時計、つけてただろ?」
浅葱寧々「お母さんから貰ったって嘘つかれましたけど・・・」
真田明人「あの腕時計はね、外せないんだよ」
真田明人「彼女への服従の証なんだ」
浅葱寧々「服従!?」
真田明人「まぁそれもあいつらが勝手にやってることだけどね」
浅葱寧々「(──あいつ、ら?)」
  そういえば今までもホテル男のことを指すとき、時折、複数形になっていた気がする。
  自分もその中の一人だとも言っていた
浅葱寧々「(つまり、この人も『マダム』に服従している──?)」
浅葱寧々「(そして、もしかしたら)」
  見慣れないブランド品──
  やつれていく身体──
  お母さんにも言えない多額の借金──
浅葱寧々「(静香もそのひとり──?)」
真田明人「あいつが今『金』を選んでいないのは、他の選択肢から『カモ』を探しているから」
真田明人「あいつは『顔』担当で、『愛』のほうにもいるはずだよ」
浅葱寧々「・・・『カモ』って──?」
真田明人「あいつらの本当の目的は『顔』でも『金』でもない」
真田明人「『マダム』に献上する『カモ』を探してるんだ」
真田明人「『金』払いの良さそうな人を探して、トラブルを起こさせて『マダム』に解決させる」
真田明人「それで『マダム』にお礼の『金』が回れば万々歳、ってね──」
浅葱寧々「あっ、だから──『丁寧なことしてる』っていうのはそういう意味で・・・?」
  あの時、彼は私への質問攻めを
  ホテル男の儀式みたいなものだと言っていた
  あれは『体』目的かどうかを確かめるためじゃなく──
真田明人「あぁ、そういえばあの時そんなこと言ったね」
真田明人「あの時は君を余計に不安にさせることもないと思って、だいぶ濁した気がするけど」
真田明人「──これが真相だよ」
真田明人「やつらは君の質問の答えで、金銭感覚や生活環境をある程度、把握した」
浅葱寧々「──でも、私はそんな贅沢な生活なんて・・・」
  私だけじゃない。
  静香だって私と似たり寄ったりな答えだったはず──
真田明人「うん。君は候補からは外れただろうね」
真田明人「あくまでも『金』だけで判断するなら、ね」
浅葱寧々「『金』だけが判断基準じゃないんですか?」
真田明人「そもそも女の子相手だと、こっちが主流なんだけど──」
真田明人「・・・・・・」
  初めて言い淀む彼に嫌な予感がする
  けれど、知らなきゃならない
  どうしても──
浅葱寧々「言ってください。 大丈夫ですから──」
  彼はまた少し躊躇った後、
  絞り出すように口にした。
真田明人「──寂しそうで純粋そうな子を見つけたら『愛』は『金』で買えるって思い込ませる」
浅葱寧々「──っ!?」
浅葱寧々「・・・お、思い込ませるって、そんな簡単に?」
真田明人「──相手は寂しがってる女の子だよ。 『金』さえあれば『愛』をくれる人がいるって教えてあげるだけでいい」
浅葱寧々「そんなの、本当の『愛』じゃ──」
真田明人「そう信じてる女の子こそ狙い目なんだ」
真田明人「本当の『愛』じゃないってわかってても、それでも──」
真田明人「──『愛』が欲しい子がいるんだよ」

次のエピソード:桜庭静香の『秘密』

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