蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

第8話 出会いのきっかけは私(脚本)

蝶が舞うように

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〇学校の駐輪場
  私は春花さんと約束した通り、翌日大学へと向かった。
  通学手段は自転車。電車は耐えられないとわかりきっていたので、入学の時に近場のマンションを選んだ。
  しかし通学路は工夫できても、大学構内の音の多さは避けようがない。
  以前から、学校に行く日は気分が落ち込むのだった。
冬花(はぁ、憂鬱・・・)
冬花(お腹痛い・・・、気持ち悪い・・・)
  足取りは病人のそれだったが、”配信”というお守りを持って私は構内へと向かった。

〇大学の広場
学生①「ヨースケ、聞けよ! ビックニュースだ!!」
学生②「朝からなんだよ、ダイキ。 どうせ香織ちゃん関係だろ?」
学生①「おまえ・・・なんでわかんだよ!? ちょーのうりょくか、ちょーのうりょく!」
学生②「お前のニヤニヤ見てればわかるっつの!」
学生①「ガハハッハハッハー」
冬花(キモチワルイ)
学生③「昨日さー、凛子ったら秀一の家行ったらしいよ!!」
学生④「え、まじ!それってつまり・・・?」
学生③「そーそー!今日2限で会うじゃん? どうだったか聞いてみようよー!」
学生④「てかさ、凛子ってゆー君ともそういうのなかった?」
冬花(キモチワルイ・・・)
学生⑤「カツッ、カツッ、カツッ・・・」
学生⑤(授業ダリィな。むしゃくしゃするぜ)
冬花(うるさい・・・)
学生⑥「はぁ・・・」
学生⑥(あの教授、ベタベタしてきてうざいのよねぇ・・・)
冬花(うるさい・・・!)
  構内の広場に出ると、あちこちに音があふれていた。
  遮音性の高いイヤフォンを付けていても、音の発信源の近くではどうしても漏れ聞こえてしまう。
冬花(うぅ・・・吐きそう・・・)
  久々に多くの音にあてられて耐えきれなくなった私は、手近な建物に逃げ込んだ。

〇女子トイレ
  建物に入ってすぐに目に付いたトイレに急行して、個室の鍵をかける。
冬花「はぁぁぁぁー・・・」
  他には誰もいないのか物音は聞こえてこなかった。
冬花(私、よく毎日学校に来てたな・・・)
  おでこに吹き出した脂汗をハンカチで拭きながら、前期のことを思い出していた。
  授業中でも具合が悪くなって何度も席を外すので、教授からは白い目で見られるし、
  他の学生はそんな私を見てケラケラと笑っていた。
  中でも一番悲しかったのは、席を外す回数を賭けの対象にしている人がいたということだった。
  この時ばかりは教室から飛び出し、人がめったに来ない実験棟の裏庭で小さくなっていたのを今でも覚えている。
冬花(やっぱり学校、キツイなぁ・・・)
冬花(でも、負けてられない!)
  昨日の配信で春花さんが提案してくれた幸せで跳ね返す方法を実践しようと、
  彼女と出会った時のこと、リクエストした曲を歌ってもらったこと、私のために悩んでくれたこと、
  それら一つずつ思い出しながら、幸せな光を胸に溜め込んでいく。
  そうしていくうちに私の胸はポカポカと温まっていき、自然と私の中から笑みがこぼれてきた。
冬花「春花さん・・・」
  彼女の名前を呼ぶと最後の不快感が晴れ、私は平常心を取り戻したのであった。
冬花「ふぅぅーっ・・・、よし、いける!」
  最後に深呼吸をして整えると、私は再び教室へと歩き始める。

〇大教室
  講義室に到着すると目立たないよう、後ろの扉から中へと入る。
  しかし、金属製の扉を引くと「ギーッ」と音が鳴ってしまった。
「・・・」
  顔を伏せながら急いで通り過ぎると、イヤフォンが仕事をしたのか音を聞くことはなかった。
冬花(よかった・・・)
  安堵しながら一番前の席に座りリュックサックを下ろすと、中から指向性マイクとヘッドフォンを取り出す。
  そのマイクを教卓へと向けて、ヘッドフォンを接続すると授業の準備は万端。
  授業中はヘッドフォンを被れば、余計な音をほとんど排除できるので、周りを気にせず講義に集中することができる。
  あとは誰からも話しかけられなように、突っ伏して授業の開始を待つだけだ。
冬花(もうちょっと早くこれを思い付いていれば違ったのかな・・・)
  意識が遠くなり始めた頃、遠くからチャイムの音が聞こえてきた。
  私が顔をあげると教授が前の扉から入ってくるところだった。
上柳教授「・・・」
冬花(ん?認知されてる?)
冬花(まあ印象に残るよね、このヘッドフォン)
  目線だけで周りを見渡すと、前ニ列には私の他に一人しか座っていない。
  後ろの席から見ると、かなり変わり者に映るのは間違いないだろう。
上柳教授「それでは講義を始める。今日は音の高低差が与える心理的な影響について、だ」
上柳教授「前回の授業では、フォルマントの共鳴周波数とフーリエ変換について説明したが、今日は・・・」
  しかし、そんな雑念がよぎるのも講義が始まるまでだった。私は興味のある分野の講義に、すぐに没入していく。
  途中、ひそひそと話す声が聞こえた気がしたが、時々教授が私の方を見ながら話してくれるのが嬉して、
  そちらを気にしている余裕はなかった。
  気がつけば、あっという間に90分が経っていて、私は一度も席を立つことがなかった。
冬花(そっか、これが”楽しむ”ってことなんだ!)
  私は自らの感情を正しく受け取ることができたのと同時に、
  春花が言っていた”楽しむ”ということの正しい意味を理解したのであった。

〇階段の踊り場
  授業が終わると私は教室を飛び出し、上柳教授の後を追いかけた。
冬花「教授・・・!上柳教授!!」
上柳教授「ん・・・?」
上柳教授「あ、きみはいつも一番まで講義を聴いてくれてる・・・」
冬花「はい。1年の岡野と申します。 いきなり、すみません」
冬花「あの・・・!ご相談したいことがあるのですが、お時間いただけないでしょうか!」
  私は勢いよく頭を下げた。
上柳教授「授業の内容についてでは、なさそうだね」
上柳教授「よかったら、教授室に来ないかい?」
冬花「え・・・いいんですか?」
上柳教授「ゼミ生も出入りするし、生徒が入るのは問題ないだろう」
冬花「ありがとうございます お邪魔させていただきます」

〇書斎
上柳教授「汚くてすまないね。 どうしても本が多くなってしまって」
冬花「し、失礼します・・・」
  私はそこら中に積んである本の量にあっけにとられたが、崩さないようにして教授の後ろをついて行った。
上柳教授「適当に掛けてくれ」
上柳教授「コーヒーは飲むかい?良かったら入れるよ。インスタントだけどね」
冬花「はい、ではいただきます」
  教授は水を汲んでケトルをセットすると、その辺りに散らかっていた箱の上に座った。
上柳教授「よいしょっと・・・」
上柳教授「それで、相談というのはどんな内容かな?」
冬花「はい、実は私・・・」
  私は音や声に対する悩み、それが原因で学校を休んだこと、人生を諦めようとしたことを教授に語った。
上柳教授「・・・それは、大変だったね」
  教授はケトルが「カチッ」と音を立てたのを合図に立ち上がり、
  用意してあった紙コップにお湯を注ぎながら話を続けた。
上柳教授「岡野さんは、耳がいいことに加えて、ひとの表情を読むことも得意なんじゃないかな?」
冬花「・・・はい。どうしてわかったんですか?」
上柳教授「HSP、というのは知っているかい?」
  教授に渡されたコーヒーに口を付けてから、私は疑問形で繰り返した。
冬花「HSP・・・?」
上柳教授「”ハイリー・センシティブ・パーソン”、非常に感受性が強く敏感な気質もった人という意味だ」
上柳教授「統計では、およそ5人が1人がこのような気質を持っていると言われている」
冬花「5人に1人・・・」
上柳教授「そうだ。人によって受け取る感覚は様々だが、多くの人が生き辛さや理解されないといった悩みを抱えているようだ」
上柳教授「岡野さんの場合、純粋に耳が良いということに加えて、こういった気質を持っているのかもしれないね」
冬花「そう・・・ですか」
上柳教授「落ち込まなくていい。これらの気質は上手につき合えば、アドバンテージにもなる」
上柳教授「岡野さんは音楽は好きかい?」
冬花「はい、いつも周りの音を聞かないように音楽を聞いています」
上柳教授「そうか。例えば音楽を聴く時、より深く表現や情緒を味わうことができる、と言ったらわかりやすいかな」
上柳教授「思い当たることがあったようだね」
上柳教授「そうだ。苦手な状況もうまくいかない場面もあると思うが、代わりに役立つ場面もある」
上柳教授「まずは、そのように自分の気質を捉えてみるのはどうだろうか」
冬花「・・・そうですね」
冬花「もしかしたら、その気質のおかげで私は大切な人と出会えたのかもしれません」
上柳教授「そうか、それはよかった」
上柳教授「人は考え方や受け止め方で行動や生き方が変わる不思議な生き物だ」
上柳教授「難しさもあるかもしれないが、どうか自分のことを前向きに捉えて欲しい」
冬花「はい、ありがとうございます」
上柳教授「それから授業のことだが、あれは雑音が入らないようにする工夫かな?」
冬花「はい・・・」
上柳教授「教授によっては良い顔をしない人もいるだろう」
上柳教授「必要なら私から学生課に伝えて、他の教授にも理解を求めるようにお願いできるが、どうかな?」
冬花「そんなことが・・・。 ぜひお願いしたいです」
冬花「どう見えるのか不安だったので・・・」
上柳教授「一番前は目立つからね。 よし! では、今日中に伝えておくよ」
冬花「すみません・・・」
上柳教授「謝らなくていい。私の講義を一番前で聴いてくれる貴重な生徒の悩みだからね!」
上柳教授「気にしないでほしい」
上柳教授「もしまた話す機会があれば、対処についてもお伝えできることがあると思うが、どうだろう?」
冬花「いいんですか? ぜひお願いしたいです!」
上柳教授「では、また時間がある時に声をかけてくれ。今日はここまでにしよう」
冬花「はい!ありがとうございました!!」

〇部屋のベッド
  私は春花さんの配信が始まってすぐに上柳教授との出来事を彼女に報告した。
  彼女はすぐにそのコメントを見つけて、話題にあげてくれる。
「山茶花さん、すごいじゃん!学校にも行けて、教授に相談もできたんだ!!」
冬花「『春花さんのお陰です! 幸せで跳ね返す、なんて私には思いつかなかったから』」
「ううん、山茶花さんが頑張ったからだよ! 私はちょこっと私の話をしただけ」
「本当に良かった! 進んでるんだね・・・」
  彼女は嬉しそうに微笑った。
「・・・今日はね、私からも皆さんに良いお知らせがあります!」
「先日お知らせしていたオーディションですが、なんと! 最終選考に残りましたー!!」
  コメント欄には、祝福のコメントが溢れ、配信開始から一気にお祭り騒ぎとなった。
  どこまでも「おめでとう!」のコメントが続いていっている。
「ホント自分でもびっくりだよ!みんなが励ましてくれたおかげ」
「このまま、最終選考も頑張っちゃうね!」
  意気込む春花さんの声は弾み、私も自分のこと以上に喜びを感じた。
  こんな風にみんなで一緒に喜んで笑えるようなったのは、
  他でもなく私自身がきっかけだったなんて、本当に信じられなかった。
  私は自分を少しだけ受け入れられるようになってきているのかもしれない。
  今までの人生で一番幸せな時間を生きている。そう思った。
  この時までは・・・

次のエピソード:第9話 再び歩き出すためには

コメント

  • 私自身も冬花さんと同様に周囲の音に過敏でストレスを抱えてしまうので、彼女の苦悩は自分のことのように読んでしまいました。満員電車は可能な限り避けている人生です。。。
    そんな彼女に光明が差し、晴れ晴れと過ごせるようになった姿を見て、胸が一杯になってしまいました!

  • HSP、知りませんでした。
    大きな音や映画の暴力シーンも駄目なのか…なるほど、これは大変そうですね。自分は片足つっこんでるくらいなので平気に生きてます。
    創作する人や想像力のある人は多かれ少なかれ似た状態になる時期はありそうですね。
    次は谷展開が来そうですね。何だか怖いですが読ませて頂きます。

  • 初めまして、いつも楽しみに読ませていただいています。
    冬花と夏葉の今後がとても気になります。これからも応援していますので頑張って下さい。

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