蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

第9話 再び歩き出すためには(脚本)

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〇学校の駐輪場
冬花「今日の配信は何時かなぁ」
  授業終わりに彼女のSNSをチェックすることが日課となっている私は、自転車に乗る前にスマホを手に取る。
  彼女のSNSは華やかだ。
  友達と食べたお昼ごはんやスイーツ。外出先で撮った美しい風景や日常のひとコマ。
  そんな幸せをみんなに共有してくれる。私も何度笑顔にしてもらったことか。
  しかし、今日の投稿は様子が違う。
  いつもは写真が踊っているタイムラインには、シンプルな一文だけが載っていた。
冬花「”本日の配信はお休みさせていただきます。急にごめんなさい”」
冬花「んん、ざんねん・・・」
  私は嘆息した。なんせ一日生きる目標と楽しみが一度になくなってしまったのだ。
  こんな状況に陥ったら、少し前の私は、ふて寝するぐらいしか今日を生き抜くすべを持たなかっただろう。
冬花「でも、お休みは大事だよね」
  毎日配信を約束してくれたあの日から、彼女は本当に1日も休まずに配信を続けている。
  前までは「毎日聴けて嬉しい!」と単純に思っていた私だが、今では「無理をせず続けて欲しい」という想いに変わってきていた。
冬花「ずっと会えるのが一番うれしいもんね!」
  私はそう考え直し、彼女のお休みを前向きに捉えることにした。
冬花「たまには本屋さんでも寄って行こう!」
  ”明日になればまた彼女に会える”。
  私はそう思っていた。

〇本屋
冬花(本屋さんは来るの、久しぶりだなぁ)
  最近、本を読まなくなった私は、ここを訪れることもめっきりなくなっていた。
  以前は小説を月10冊ぐらい読んでいたはずだが、
  いつからか感情を揺さぶられるが恐くなってしまい、読むのをやめてしまった。
  私は周りの音を聞かないように人を避けながら、お目当ての本を探して専門書のコーナーへと向かった。
冬花(えと、この辺かな・・・?)
冬花(か、か行・・・かみ、上柳・・・あった!)
冬花(これだ。上柳教授の最新図書『音楽が私たちの心を豊かにする』)
  私は分厚い本を手に取ると、中身をパラパラと捲ってみる。
冬花(ふむふむ・・・)
冬花(『音楽を聴くとドーパミン作用性ニューロンが活性化。ドーパミン放出量が増加し、快情動に繋がる』)
冬花(んん、なんか理論で説明されると夢がないなぁ・・・)
冬花(でも、基礎理論も知らないと応用研究ができないからなぁ)
  と、少し先のことを思い浮かべてから、私はパタンと本を閉じた。
  裏表紙を確認してレジへと向かう途中、イチオシとポップに書かれた平積みコーナーの一冊に目が留まった。
冬花(『配信の教科書~ライバーの全て~』だって・・・)
冬花(へえ! こんな本があるんだ!)
  興味がメキメキと立ち上がってくるが、冷静な私が押しとどめる。
冬花(・・・いやいや、私は配信しないし)
  結局、首を振りつつ、そのコーナーを通り過ぎる。
  が、数歩で引き返してきてしまった。
冬花(やっぱり春花さんがどんな風に配信してるのか気になる・・・)
冬花(ま、まぁ、読み物だと思って買うのはありだよね!)
  少し無理がある理由で自分自身を納得させて好奇心に従うと、
  すでに持っていた教授の本を上にしてレジへと向かっていった。

〇学校の駐輪場
冬花「眠かったぁぁー」
  翌日も授業を終えた私は、人気のない隅の方で伸びとあくびを一度にした。
  緊張した身体がほぐれていき、わずかに涙が零れる。
  メイクを擦らないようにそれを払うと、後ろのポケットに差したスマホを取り出した。
  昨晩は手にしたばかりの本に読み耽ってしまい、いつの間にか夜も更けていて、
  単位をかさ増しする授業の大半は舟を漕いでいる結果となった。
  一番前の席に座っているというのに。
  しかし不思議なもので、授業が終わるとたちまち元気になり、
  今では配信への期待に小躍りしそうな気分だった。
冬花「今日は22時からかなー♪」
  そんな予想をしながら、今日も彼女のSNSを開く。
冬花「え・・・?」
  しかし表示された内容に、私は思わずスマホを落としそうになってしまう。
春花「『しばらく配信できそうにない・・・。ちょっと疲れちゃった、みんなごめんなさい。』」
  その短い文章を理解するのに、私には長い時間が必要だった。
  そしてその意味をようやく理解した時、腕からは力が失せてダランと落ちていった。
冬花「う、そ・・・。な、なんで・・・?」
  さっき払ったはずの滴が再び目尻にじわっと湧いてくる。
冬花「ままさか、わたしにあ、あんな約束をしたから・・・?」
冬花「わ、私のせいだ。私が、春花さんを巻き込んだから・・・」
  そう考え出すと体中がカタカタと音を立てて震えて出した。

〇書斎
「”コンコン”」
冬花「失礼します」
上柳教授「おや、岡野さん」
冬花「・・・」
冬花「教授・・・、またお話を聞いてもらってもいいですか?」
上柳教授「うん、もちろん構わないよ」
上柳教授「・・・大丈夫かい?」
冬花「大丈夫、じゃないかもです・・・」
冬花「実は・・・」
  私は彼女が書いたSNSのこと、私自身が原因であるかもしれないこと。それらを教授に打ち明けた。
上柳教授「そうか・・・。 それで自分を責めてるんだね?」
冬花「はい・・・」
上柳教授「・・・」
上柳教授「岡野さんは、もし彼女が元気になってくれたらどうしてほしいと思っているのかな?」
冬花「私はまた楽しく配信してほしいと・・・、思ってます」
上柳教授「もし、彼女がもうしたくないと言ってもかい?」
冬花「それは・・・」
上柳教授「いいかい? 人は一度立ち止まったら、再び動き出すためには強い動力が必要だ」
上柳教授「長距離走を思い出してみて欲しい」
上柳教授「走っている間はまだまだ走れそうだが、一度止まるとまた走り出すのは容易ではないだろう?」
冬花「そうですね・・・」
上柳教授「きっと彼女の配信という行為も同じだと私は思う」
上柳教授「もう一度走り出すには、何かきっかけとなる動力が必要になるはずだ」
冬花「・・・」
上柳教授「もし自分自身に彼女を止めた原因であるのだと考えるのであれば、」
上柳教授「岡野さんがその動力になる必要があるのではないかな?」
冬花「教えてください! 私は・・・、私は何をすればいいのでしょうか?!」
上柳教授「岡野さんは以前、彼女に背中を押してもらったと言っていたね?」
冬花「はい・・・」
上柳教授「その時はどんなことをしてもらったのかな?」
冬花「感動で胸がいっぱいになるような歌を歌ってもらいました。それから、たくさん、たくさん励ましてもらいました」
冬花「嬉しい言葉をかけてもらって、褒めてもらって、それで・・・」
冬花「少しずつ勇気が湧いてきて、明日を生きようって思って、」
冬花「学校に来れるようになって、教授に会えました!」
上柳教授「そうか!」
上柳教授「では、私も彼女に感謝しないといけないな!」
冬花「教授、私は彼女に与えられるものなんて何もないと思ってました」
冬花「でも、違うんですね」
  教授はコクリと頷いた。
上柳教授「そうだ。我々の誰もが互いに影響しあって生きている」
上柳教授「片側通行の関係なんてないんだ」
冬花「はい! 私も教授の考え方を信じたいと思います!!」
上柳教授「後悔がないように頑張りなさい」
冬花「はい! ありがとうございました!!」

〇ライブハウスのステージ
冬花「私は決めた!」
冬花「今度は私の声を”夏葉”に届けるんだ!」

次のエピソード:第10話 私たちの配信

コメント

  • 冬花さんの世界が明るく光り差すものとなった一方で、夏葉さん。。。
    上柳教授の言葉、ひとつひとつが心に染み入ります。こういった大人と出会えたのも冬花さんにとっては幸いなのかもしれませんね。

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