第五話『影武者夫婦の初夜』(脚本)
〇皇后の御殿
皇后を背に庇い、玉兎は目の前の男から目を逸らさずにいた。
皇后「おやめなさい、玉兎」
玉兎「ですが、この方は皇帝陛下ではありません!」
皇帝「よく見抜いた。朕とあやつの顔の造作は、そっくり同じなのに」
玉兎「・・・どういうことですか?」
皇后「玉兎、この御方こそが晨国皇帝・李万寧さま。本物の、皇帝陛下よ」
玉兎「え・・・」
皇后「そして──寒月(かんげつ)」
黒衣の男性が、音もなく姿を現す。
寒月「皇后娘娘にご挨拶申し上げます」
玉兎「あ、あなたはこの前の! ど、どういうことなんですかっ!?」
皇帝「寒月は朕の影武者だ」
玉兎「ええええ!?」
皇后「玉兎と寒月は偽物の皇帝夫婦になるのよ」
玉兎「影武者同士で夫婦を演じる・・・ということですか?」
皇帝「まさに。そこで、おまえたちに命ずる」
皇帝「は。何なりとお申し付けください」
皇帝「今夜は二人きりで、仲良くするように」
皇后「色々教えてあげるのよ、寒月」
寒月「は・・・?」
玉兎「ほあっ!?」
皇帝の両手が、驚く寒月と玉兎の肩を押す。
──そして、しりもちをついた二人の目の前で扉は閉められた。
〇後宮の一室
寒月「陛下! 仕事の説明をするだけと言っていましたよね!? 何のおつもりですか!」
寒月が声を上げても、扉の向こうから応答はない。
玉兎「仲良くしろなんて、命令されなくたってそうしますよね、寒月さん!」
寒月「・・・おまえ、意味をわかっているのか?」
玉兎「お互いを知るために、一晩中語り合えということですよね!」
寒月「違う」
玉兎「あっ! 手合わせをしろということでしたか!」
寒月「そうじゃない。私とおまえは影武者同士の夫婦になるんだ。夫婦になるというのは、つまり・・・」
寒月の眼差しが、部屋の真ん中に置かれた寝台へと注がれる。
玉兎「も、もしや・・・眠いのですか?」
寒月「おまえ、ふざけているのか?」
玉兎「すみません、玉兎にはわかりません! どういう意味か教えてくださいっ!」
寒月は大きなため息をつくと、観念したように寝台へと腰掛けた。
寒月「・・・おいで、皇后」
玉兎「はっ、はい・・・?」
玉兎(寒月さんの雰囲気が・・・変わった? な、なんだか表情まで柔らかくなって・・)
寝台に腰掛けた寒月が手を広げ、玉兎を呼ぶ。
寒月「どうしてぼんやり突っ立っているんだ?」
玉兎「と、言いますと・・・?」
寒月「もっとそばへ。膝の上へ乗るんだ」
玉兎「・・・こうでしょうか?」
玉兎(こんなに密着するのは、少々問題があるのでは)
寒月「おまえは小さいな。 私の腕の中にすっぽり収まってしまう」
寒月の腕が背後から回され、玉兎は彼に抱きしめられる格好になった。
玉兎「・・・っ!」
玉兎(うぅっ、心臓がドキドキして、経絡の流れが乱れています! いったい何故!?)
寒月「・・・今夜はやけに大人しいな。 一体どうしたんだ?」
玉兎「どうしたもこうしたも、この体勢は無防備すぎて・・・!」
寒月「無防備すぎて・・・落ち着かないか? これからもっと無防備なすがたになるというのに」
低い囁きとともに、玉兎のうなじに何か熱いものが触れる。
そのくすぐったいような感覚は、すぐに玉兎の全身を駆け巡り──
玉兎「ひっ・・・ひゃわーっ!!」
ゴッ!!
反射で動いた玉兎の後頭部が、寒月に直撃した。
寒月「痛っ・・・!! おまえっ、何をする!?」
玉兎「寒月さんのほうこそ!!」
玉兎「突然急所にか、か、噛みつくなんてっ! 玉兎を殺すおつもりですか!!」
寒月「口づけただけだろうが! 頭突きをするやつがあるか!?」
玉兎「そ、それは謝ります!! ですが・・・っ」
玉兎(待ってください、「口づけただけ」?)
玉兎(口づけ・・・口づけ!? つまり玉兎のうなじに当たった柔らかい何かは、寒月さんの・・・唇!?)
寒月「凶手や密偵に閨(ねや)をのぞかれる可能性だってあるんだぞ」
玉兎「・・・へ?」
寒月「どんな場面だとしても、私とおまえは完璧に皇帝夫婦を演じねばならない。それが、陛下が命じた「仲良くなる」の意味だ」
玉兎「つまり・・・寒月さんと同衾しろと!?」
寒月「そうだ。皇帝と皇后として、な」
玉兎「・・・・・・」
玉兎(皇帝と皇后として・・・寒月さんと玉兎が・・・)
寒月「おい。殺気を出すな」
玉兎「はっ・・・これはその、驚いてしまって!」
寒月「・・・はあ。もういい。 その様子では無理だろう」
玉兎「いいえ! 玉兎も影武者を引き受けた身です。このままというわけにはまいりません」
玉兎「──どうか、閨事について一手ご指導ください!」
寒月「・・・これほど色気のない誘いがあるか?」
玉兎「なにとぞ!」
寒月「断る」
玉兎「どうしてですかーっ!?」
寒月「どうしても何もないだろう・・・私が悪かった。今のことは忘れろ。おまえの言う通り、今夜は語らうのがいいだろう」
玉兎「でも・・・閨事・・・」
寒月は取り合わず、さっと手を振ると話を変えた。
寒月「皇帝と顔が同じなのに、よく別人だと見抜いたな。あの時は驚かされたぞ」
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