第六話『先輩の教え』(脚本)
〇皇后の御殿
あの晩からしばらく──。
今後の行く先を案じた寒月が、玉兎に影武者修行をつけてくれることになった。
寒月「とはいえ、いきなり公の場に出るのは危険だろう」
寒月「徳妃と話したらしいが・・・娘娘のなさることは、大胆すぎる」
玉兎「でも、なんとかバレずに乗り切りましたよ!」
寒月「それで調子に乗られては困る。 本来はもっと段階を踏むべきだ」
玉兎「と、言いますと?」
寒月「まずは影武者に慣れるところから始める。 ──着替えてこい、散歩をするぞ」
〇後宮の庭
後宮の様子見や仲睦まじい姿を見せるという意味合いを込め、皇帝と皇后は定期的に散歩をするらしい。
玉兎(ただのお散歩だと思ったのですが・・・)
皇帝に扮した寒月と並んで歩いていると、玉兎は何度も妃嬪や宮女から礼を受けた。
ようやくひと気のない一角に来ると、玉兎はため息を吐いた。
玉兎「こう何度もみなさんを跪かせていると、何だか悪いことをしている気分になりますね・・・」
寒月「慣れることだな。 これが皇后という者の立場だ」
玉兎「娘娘って、普段はどんなことをされているんですか・・・?」
寒月「おまえ、何も見ていなかったのか?」
玉兎「玉兎はまだ侍女としても未熟なもので・・・麗華さんのように常にお傍にいるわけではないんです」
寒月「一言で言えば、後宮の管理だな」
寒月「妃たちの訴えを聞いたり、それを仲裁したりする。天蚕(かいこ)を育て、その糸を取るのも重要な仕事だ」
寒月「そのほかにも皇后の桃園の管理や、様々な祭祀への出席、宴席の主催・・・数えればきりがない」
玉兎「ほえー・・・そんなに色々とあったのですねぇ」
寒月「おまえが影武者をする必要がなくなったとしても、侍女としての務めは続く。麗華からしっかりと教えてもらっておけ」
玉兎「はい、わかりました!」
寒月「ああ・・・そういえば、あちらに面白いものがある。行ってみるか」
〇後宮の庭
寒月に案内された先には、一本の木がある。
その木の枝からは二本の縄が垂らされ、その縄の先は木の板の両端に固定されている。
玉兎「これはなんですか?」
寒月「鞦韆(ぶらんこ)という。少し前に、妃たちの間で流行った遊びだ。ほら、ここへ座ってみろ」
玉兎「はっ・・・この上で立ち上がって、体幹を鍛える訓練をするのですね?」
寒月「違う、立つな! そのまま座って、縄をしっかりと握っていろ」
寒月が玉兎の後ろに回り、その手が背中に添えられる。
寒月「押すぞ」
ぐっと力を込められると、鞦韆が揺れた。
玉兎「わ・・・っ! おおっ!」
寒月「なかなか悪くないだろう?」
玉兎「はいっ! ですが立ち上がればもっと楽しいような!」
寒月「・・・やるなよ?」
玉兎「えへへっ、これ、楽しいですねー!」
すぐに要領を掴んだ玉兎は、膝を曲げては勢いよく鞦韆を揺らす。
寒月「お、おい、あまり勢いをつけるな。 危ないだろう」
玉兎「大丈夫ですよ! はーっ、このまま飛び降りてみたいですっ!」
寒月「・・・皇后」
玉兎「はっ!! そ、そうでした・・・」
玉兎が鞦韆から下りると、寒月は安堵の息を吐いた。
寒月「目新しいことに遭遇するたび、そこまで無邪気に喜ばれては困る」
玉兎「娘娘もこの鞦韆で遊ばれたことがあるのですか? 面白がりそうですよね」
寒月「よくわかったな。あの方も、武門の育ちで体を動かすことは何でもお好きだ」
玉兎「はえ? 武門って・・・そうだったのですかー!?」
寒月「知らなかったのか? あの方は北州の国境を守る武門・崔家の娘だ」
玉兎「玉兎はてっきり、大貴族のお姫様なのかとばかり」
寒月「そのあたりには少し事情がある。晨国は貴族の権勢が強いから、大貴族の娘を皇后に据えるのは陛下が反対したのだ。」
寒月「次の皇帝を産めば、その家は皇族の外戚(がいせき)になるからな」
寒月「今よりもっと貴族が強くなり、皇帝の実権が制限されることを憂慮された」
玉兎「・・・?」
寒月「その間抜け面、一発で影武者だと看破されるぞ」
玉兎「す、すみません。難しい言葉がたくさん出てきたものですから!!」
寒月「娘娘の存在は、この晨国の政においてとても重要だということだ」
寒月「おまえは、そんな大切な方を守るという使命を負っている。わかるか?」
寒月の声音が真剣になり、玉兎も真面目に頷いた。
玉兎「・・・はい。玉兎は今まで、影武者を軽んじていたのかもしれませんね」
寒月「私は陛下に成り代わるということの重みに、時折押しつぶされそうになっていた」
寒月「だが今の私は、先輩としておまえのことを支えてやれる」
玉兎「寒月さん・・・」
寒月「影武者の仕事で何かあれば、私に相談しろ。軽々しく頼られては困るがな」
玉兎「・・・はいっ! ありがとうございます!」
〇後宮の庭
寒月との修行・・・という名の散歩を終え、玉兎は久しぶりに自由な時間をもらった。
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