第二話『これぞ! 後宮の流儀』(脚本)
〇後宮の庭
玉兎と雨琳が入宮してから、はやひと月が経とうとしていた──。
妃嬪でもない下っ端宮女には、官職が与えられるはずもなく・・・
ひたすらに、妃たちのお世話に明け暮れる日々である。
玉兎(『秘花宝典』のひの字も聞きませんが・・・あきらめるにはまだ早いですよね)
玉兎「ふぅー・・・お洗濯だけでも大変ですねえ」
雨琳「玉兎ちゃん、早いね・・・」
???「あーら、手が滑っちゃった!」
雨琳「きゃあっ!?」
先輩宮女・二「悪いわねえ、この細腕じゃ桶を運ぶのもひと苦労なのよ」
先輩宮女・一「あなたたち、汚れた衣は洗い直しておきなさいね」
雨琳「そ、そんな・・・!」
玉兎「先輩はおっちょこちょいですね! でも、誰にでも失敗はありますから」
先輩宮女・二「・・・なに、この子」
先輩宮女・一「洗い直してくれるのよね?」
玉兎「もちろんです! でも一つ言わせてもらうなら、腕力を鍛えて水をこぼさないようにしたらいいと思います!」
先輩宮女・一「うるさいわよ! わざとに決まってるでしょ!?」
先輩宮女・二「まあいいじゃない。みんな、この子たちが残りのもの全部洗ってくれるそうよ!」
雨琳「こ、これを全部・・・!?」
玉兎「大丈夫ですよ、雨琳さん! 玉兎にお任せください!」
雨琳「ううん・・・きっと、わたしのせいだから」
玉兎「へ? どうしてですか?」
雨琳「わたしがとろいから・・・気に入らなくて、意地悪するんだと思う・・・」
玉兎「確かに雨琳さんは機敏ではありませんね!」
雨琳「うぅ・・・っ!」
玉兎「でもきっと、先輩もうっかりしただけですよ。雨琳さんのせいではありません!」
雨琳「・・・玉兎ちゃん、すごいね」
〇後宮の庭
先輩宮女・一「ようやく終わったの? 本当に手際が悪いわねえ」
先輩宮女・二「次はあっちの殿舎の掃除よ」
玉兎「あれっ? 確かお掃除は尚寝局の仕事では?」
先輩宮女・一「口ごたえする気?」
玉兎「いえ、事実を言っただけです!」
先輩宮女・二「新入りは人の何倍も仕事をして成長するの。それに掃除をすれば心も清められるのよ。わかるでしょう?」
先輩宮女・一「特にあなたたち、仕事の覚えが遅すぎるわ。いつまでも所属も決まらないし、お荷物なのよ」
玉兎「むぅ・・・一理あります! どんな達人も、努力を積み重ねて技を磨くものですからね!」
雨琳「達人は関係ないと思う・・・」
先輩宮女・一「とにかく、これが後宮の流儀よ。 掃除場所までは案内してあげるわ」
玉兎「ご親切にありがとうございます! やっぱり先輩も優しいところがありますね!」
先輩宮女・二「・・・やりにくいわねえ」
〇御殿の廊下
雨琳「う、嘘でしょ・・・ここの掃除なんて・・・」
先輩宮女・一「とっとと行きなさいよね。ああそうそう、掃除道具は枯れ井戸の近くに出しておいてあげたわ」
先輩宮女・二「感謝しなさいよね」
玉兎「ありがとうございます! 行きましょう、雨琳さん」
雨琳「ま、待ってよ玉兎ちゃん・・・!」
先輩宮女・一「ふん、バカな子ね」
先輩宮女・二「本当にやるの?」
先輩宮女・一「当たり前でしょ。あの子、本当に生意気だもの。ここらで一回、立場というものをわからせてやらなきゃ」
〇枯れ井戸
玉兎「──へっくちゅん!」
雨琳「ひいっ!?」
玉兎「雨琳さん、そんなに怯えてどうしたんですか?」
雨琳「玉兎ちゃん、本当に知らないの・・・?」
雨琳「ここ、幽鬼が出るって噂の場所なんだよ。何年か前に、太子妃さまが亡くなったとかで・・・」
玉兎「雨琳さん、死なない人はいません!」
雨琳「それはそうだけども!」
玉兎「あっ、あれが掃除道具ですね。 取りに行きましょう」
雨琳「は、離れないでよぉ・・・きゃあっ!?」
──振り向いた玉兎の目に映るのは、思い切りつんのめった雨琳。
衝撃とともに、浮遊感に包まれる。
雨琳「ひぃいいいぃいいあぁぁああ!?」
〇黒
玉兎「──ほっ!!」
雨琳「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅううあぁああ・・・」
雨琳「・・・生きてる?」
玉兎「生きてますよ! 雨琳さんがぴったり張り付いててよかった。おかげでしっかり着地できましたから!」
雨琳「え? えっ?」
玉兎「大丈夫です、これくらいの高さであれば簡単に登れますよ」
雨琳「か、簡単・・・? わたし、こんなところ登れないよ・・・!?」
玉兎「おんぶしますよ。背中に乗ってください!」
〇枯れ井戸
玉兎「ふぅっ!」
雨琳「・・・玉兎ちゃんって何者?」
玉兎「玉兎は玉兎ですよ! 幼い頃から崖で遊んでいたので、これくらいは慣れっこなのです」
玉兎「それより、怪我はしませんでしたか?」
雨琳「それが・・・足をくじいちゃったみたい。誰かに押された時に、つまずいて・・・」
玉兎「誰かに押された?」
雨琳「ど、どうしよう!? 太子妃さまの幽鬼だったのかも・・・!!」
玉兎「とにかく、医局に行きましょう。 手当をしてもらわないと」
雨琳「うん・・・ごめんね、玉兎ちゃん。 迷惑かけて」
玉兎「こんなの迷惑に入りません! 肩を貸しますよ」
〇後宮の廊下
玉兎「なんでしょう、人がたくさんです」
首を傾げた時、物陰から伸びた手が、玉兎の背中を思い切り押した。
玉兎「ほあっ・・・!?」
雨琳「ぎょ、玉兎ちゃん・・・!!」
〇後宮の廊下
玉兎「んっ・・・」
男性「・・・・・・」
玉兎(何か、柔らかいものが・・・唇に・・・?)
男性「・・・おい」
玉兎(わあ、綺麗な顔。睫毛も長い・・・それに何だかいい香りがします!)
男性「・・・いつまで朕の上に乗っているつもりだ」
宦官「なっ、なななっ、何ったることを!! 皇后娘娘の御前で!!」
雨琳「あ・・・終わった・・・死罪だ・・・」
玉兎「ほわあっ!? す・・・すみません!! くくく、唇を奪ってしまいましたー!!」
玉兎「って、あれ・・・? どうして男の方が・・・?」