第一話『いざ、入宮』(脚本)
〇地図
──晨国(しんこく)。
東西南北の四州と、中央の天州からなる大国である。
現在は太祖・李安康(りあんこう)の孫・李万寧(りばんねい)が皇帝として君臨している。
交通の発達により異文化と出会い、自由な気風が花開いた時代であったが──
江湖(こうこ)を渡る侠客たちは、依然としてこの大国に根差している──
〇山中の滝
ざあざあと水の落ちる音が響く山中の秘境。玉兎(ぎょくと)は父と対峙していた。
父「何と言った、玉兎」
玉兎「師父・・・いえ、お父さん。玉兎は奔月門(ほんげつもん)後継の座を、あの子に譲ります」
父「・・・その意味がわかっているのか」
玉兎「はい。今まで育ててくれたこと、奔月門の教えをさずけてくれたことには感謝しています。」
玉兎「ですが、後継者は一人だけ。 であれば玉兎は身を引きます」
玉兎「・・・あの子には、生きていてほしいから」
父「おまえの才能が失われるのは、惜しい。 だが奔月門の武術は門外不出」
玉兎「身に余る言葉です。 どうかひと思いに、お父さん」
素早く繰り出される父の手を、玉兎は避けなかった。
〇黒
──切り立った崖から小さな体が落ちる。
真っ黒い、滝壺へと。
〇山中の川
玉兎「ぷはぁっ! はぁ、はぁ・・・!」
玉兎「・・・甘いですよ、師父。玉兎の才能を買ったなら、こんな生温い方法で命を奪えると思うのは間違いです」
玉兎「さて、新しい人生の始まりです! せっかくの機会ですし、この世の武術をぜーんぶ身に着けてやりますよー!」
玉兎は一度だけ、崖の上を見上げた。
もう二度と帰ることのない家を、その大きな目に焼き付けるように。
玉兎「・・・どうか、達者で」
〇中華風の城下町
玉兎「ほあー! 大きい町ですね! ・・・ん?」
女性「ちょっと、放してよっ! いやっ・・・!」
ゴロツキ「ああ!? 金になる仕事がしたいって言ったのはてめぇだろうが! おらっ、来い!」
女性「あんな場所行きたいわけないでしょ!? 誰か・・・っ!」
玉兎「──お困りですか?」
ゴロツキ「ああ?」
女性「た、助けて・・・っ! この男、あたしを無理矢理連れて行こうと・・・!」
玉兎「なるほど、人さらいでしたか。 それはいただけません!」
ゴロツキ「だったらなんだってんだ!? てめぇが身代わりになっ──」
玉兎「ほあちょー!」
ゴロツキ「へぶっ!?」
玉兎の一撃に、大の男が倒れ伏す。
女性「・・・し、死んだ!?」
玉兎「手刀を食らわせただけです。玉兎は素人相手に技を使ったりはしませんよ」
玉兎「それより、お怪我はありませんか?」
女性「だ、大丈夫よ・・・ありがとう」
玉兎「どういたしまして! それでは! ・・・大きな町はやっぱり物騒ですね」
〇中華風の城下町
玉兎「むっ、あの人だかりは何でしょう?」
男性「なんだいお嬢ちゃん、宮女の募集を見に来たのかい?」
玉兎「宮女の募集?」
男性「ついこの間、後宮解放令が出ただろう。辞めたい宮女やお手つきじゃない妃なんかも、お上の慈悲で後宮を出られたって話だ」
男性「ま、その補充で、新しい宮女を募集してるんだからおかしな話だけどなあ」
玉兎「でも、お触書を見ているのは男の方ばかりのような・・・?」
男性「みーんな野次馬さ。ま、あんな場所で働きたい娘なんざいねえよ」
男性「悪くねえ俸禄(ほうろく)がもらえるって言っても、生きて出てこられるかもわからねえんだから」
玉兎「へえ! それはずいぶん危険な場所なんですね」
男性「ところであんた、旅の人間か?」
玉兎「はい! 玉兎は武者修行の最中でして・・・そういえば、ここはなんという町ですか?」
男性「おいおい・・・ここは晨国の都、明洛(めいらく)だよ!」
玉兎「なんと、都だったのですか! どうりで人が多いわけですね!」
玉兎「おじさん、ご親切にありがとうございます!」
玉兎「しばらくここに留まる予定ですから、何か困ったことがあったら言ってくださいね」
男性「お、おう。むしろお嬢ちゃんこそ、悪い人間に騙されないようにしろよ・・・?」
玉兎「えへへ、気を付けます! 何かあったら『小虎娘(しゃおふーにゃん)』の名前を出してくださいねー!」
男性「『小虎娘』? まさか最近噂の女侠客があの子のわけ・・・ないよな」
〇中華風の通り
玉兎「さて、今日の宿を探さないと・・・」
怪しい男性「よう、嬢ちゃん。 さっきお触書を見てたよな?」
玉兎「ほえ?」
怪しい男性「後宮に興味は?」
玉兎「それが、恥ずかしながら後宮のことをよく知らなくて・・・えへへ」
怪しい男性「なんだと? そりゃいけねえ! 後宮といや、皇帝のために天下一の女たちが集められる場所だぜ!」
玉兎「天下一の!?」
玉兎(天下一の女侠客が集まるなんて、後宮とはすごい場所です・・・! 一体どんな達人がいるのでしょうか!?)
怪しい男性「それに後宮にゃ、『秘花宝典』っつー娘娘だけが受け継ぐ秘伝書があるらしいぜ」
娘娘とは、皇帝陛下と並び立つ女性――皇后を指す呼び名である。
玉兎「こ、皇后の秘伝書!? それは本当ですかっ! どんな武術が継承されているのですか!?」
怪しい男性「武術・・・? まあいい、興味が湧いてきたみてえだな?」
玉兎「はいっ! 何を隠そう玉兎は武術迷(ぶじゅつまにあ)ですから!」
玉兎「東に達人ありと聞けばこれを訪ね、西に絶技ありと聞けばこれを訪ねる」
玉兎「そうっ! 後宮に秘伝書があるならば! 玉兎は何としてでも一目見たいのですー!」
怪しい男性「・・・何言ってんだ? まあいい、とにかく行きたいってんなら決まりだな。俺が連れてってやるよ。ついてきな」
玉兎「本当ですか! 都は親切な方ばかりですね!」
〇荷馬車の中
怪しい男性「これに乗りな。 しばらくしたら出発するからな」
玉兎が荷馬車に乗り込んだ瞬間、荷台の扉に錠が下ろされる音が聞こえた。
玉兎「何だか物々しいですね。秘密の闘技場にでも連れて行かれるのでしょうか?」
少女「だ、誰・・・?」
暗闇の中から、か細い声が響く。
玉兎「お仲間ですね! 玉兎と言います」
雨琳「私は雨琳(うりん)です・・・。 玉兎さんはどうして後宮なんかに・・・?」
玉兎「親切な男の人にご紹介いただいたんです! 雨琳さんもやっぱり天下一の称号を目指して後宮へ?」
雨琳「え・・・? ううん、私は・・・売られたんです。田舎で、家族も多くて・・・口減らしに」
雨琳「宮女になるなんて・・・うぅっ・・・! 生きて帰れるかもわからないのに、私・・・」
玉兎「雨琳さん、泣かないでください」
玉兎「ここで会ったのも何かの縁です。玉兎は危地には慣れていますから、喧嘩も修羅場も任せてください!」
雨琳「え・・・あの・・・?」
〇後宮前の広場
玉兎「ここが後宮ですか! なんだか華やかなところですね」
雨琳「うぅ、故郷に帰りたい・・・っ」
玉兎(たくさん女の子がいますね・・・みんな武人だなんて、わくわくします!)
青年「候補者は門の前へと整列しろ。 これから身体をあらためる。」
青年「おまえたちはみな、皇帝陛下の女となる。 能力を示せば、官位や俸禄を与えられよう」
玉兎「・・・ん?」
玉兎「あ、あの、すみません! 陛下の女ってどういう意味でしょうか!?」
青年「・・・何を言っている? 後宮は皇后娘娘が治められる、陛下のための花園」
青年「おまえたちはみな、陛下と娘娘のために尽くすのだ──身も心も、すべてを捧げて」
玉兎「へ・・・?」
時の皇帝・李万寧の後宮は先代に比べれば小規模ではあるものの・・・
皇后を筆頭に、妃嬪と侍女・宮女が千人以上。宦官も加えれば総勢二千人が暮らす。
後宮こそが女の宮廷。
愛憎入り混じる、歴史の舞台である──。