もののふ四郎(2)(脚本)
〇砂漠の基地
陽が落ちたころ、ようやく薄雲は晴れた。
天はどこまでも嫌味だった。
日輪は依然として、彼らを照らそうとはしない。
〇山の中
絵堂砦、裏手。
つまりは門の外。
暗く深い森を背にした空き地で、ひたすら朝を待つだけの奇兵隊士たち。
ある者はうずくまり・・・・・・ある者は膝を抱え・・・・・・ある者は横たわる。
「あんな三下共の言う事気にすんなや」
「ワシらの敵は異国と徳川じゃけえの」
こぼれるのは負け惜しみと愚痴ばかり。
善蔵、寒さしのぎに奇兵隊の旗を纏う。
善蔵「チッ・・・面白うねえ」
善蔵「面白うねえぞ」
床几に座ったまま一言も発しない武人。
四郎、棒切れを拾うと狂介に歩み寄る。
四郎「お、お手合わせお願いします」
狂介「明日は早い。休んでおけ」
善蔵「おや?軍監殿の槍が見当たらんぞ」
善蔵「みんな探せ!山県さんが命より大事にしちょる十文字槍だぞ!」
狂介「・・・・・・」
善蔵「ふん」
四郎「・・・・・・」
武人「狂介。よく堪えてくれた」
狂介「侍は私怨では動かぬものだ」
武人「しかしまあ、絵堂は冷えるな」
武人「もう一度頭を下げりゃ、焚火くらいは許してもらえよう」
館へ向おうとする武人。
と、鐘や太鼓、三味の音が聞こえてくる。
ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか
ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか
女達の歌声と嬌声が音曲に乗って近づいてくる。
団扇太鼓や鐘などの鳴りものを手に手に、椿屋の飯盛女達がやってくる。
善蔵「お、お前ら何でここに?」
財満「これは粟屋様からの施しじゃ。みなみな、謹んで受けい」
狂介「施し?」
財満「施しじゃ。下郎」
武人「お、お有難うございます。みな、活気づきます」
財満「身の程をわきまえ大人しゅうしておれば民百姓は国の宝ぞ。さあさ楽にせい」
隊士達の前に、長盆に乗った、粗末だが沢山の料理が出される。
武装を解いた侍達が、薪を運んでくる。
隊士達に駆け寄りしなだれかかる女達。
温かい焚火と、飯と酒、そして女。
隊士達の顔は際限なく緩みきり、果ては館に向かって手を合わせる者まで見られる。
狂介「・・・・・・」
武人「まあ、今日くらい大目にみてやろう」
おうの「こんばんは。味噌徳利どの」
狂介「おうのさんも来たんか」
おうの「旦さんに会いに行くんやろ。うちも連れてってえね」
武人「それはちょっと・・・」
狂介「晋作目当てか。そんな事だろうと思った」
おうの「あー。妬いちょるほ?」
狂介「だ、だだ、だだだだだ」
おうの「だ?」
狂介「誰がじゃあああああ!」
武人「そう言うと思った・・・」
おうの「あーびっくりした」
狂介「い、一介の武弁じゃけ」
武人「武弁の使い方がおかしいぞ」
おうの、狂介の隣に腰掛けると盃を渡して酌をする。
おうの「ささ、いけるクチでっしゃろ?」
おうの「うっふ~ん」
狂介「そう芝居じみてると逆に冷める」
おうの「チッ、そこまで馬鹿じゃなかったか」
おうの「でもあれっちゃね」
狂介「何じゃ?」
おうの「さっき、やっとウチの名前呼んでくれたね」
おうの「おうのさん。って」
狂介「そ、そうじゃったかの?」
おうの「気色悪っ!」
狂介「な、なんじゃと!」
おうの「ささ、もう一杯」
狂介「気色悪いと言われて飲めるか!」
おうの「出たよ味噌徳利の器御猪口が」
おうの「男の中の男、高杉晋作なら、こういう戯言も洒落で返したものいね」
狂介「た、たとえば?」
おうの「フッ、そうか気持ち悪いか」
高杉「ではひと晩で『逆の台詞』を言わせてみせよう」
おうの「みたいなー!」
狂介「『気持ち悪い』の逆の台詞・・・」
狂介「・・・・・・!」
おうの「・・・そういう所だぞ。気色の悪い山県君」
〇山の中
ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか
ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか
善蔵「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!」
善蔵「天から酒が降って来た!おなごも一緒に降って来た!」
焚火を囲み、飯盛女と一緒に踊る隊士達。
善蔵「おう薪が足らんぞ。その棒切れ、よこせや」
四郎の棒を取り上げ焚火にくべる善蔵。
善蔵「ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!」
四郎「・・・・・・」
〇戦地の陣営
財満「牙を折り飴を舐めさせよ」
財満「さすがは萩の御家老。畜生の飼いならし方をよう知っておられまするな」
帯刀「そこが国を担う者と、狂人の違いじゃ」
帯刀「やるか?異国の上モノだ」
財満「ははっ!」
帯刀「異国というものは美味い所だけ頂けばよい。のらりくらりと酔う。その程度のものだ」
帯刀「戦うも、学ぶも、愚かな事よ」
財満「ゲホッ!」
帯刀「まだまだだな」
帯刀「恐れと安堵、そして程良い満腹。これで奇兵隊は崩れる。穢兵の志などその程度よ」
ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか
帯刀「何が新しい国造りじゃ・・・虫けらめらが」
帯刀「ゲホッ!」
財満「・・・・・・」
帯刀「・・・・・・」
財満「や、やはりそれがしはこっちが好みであります!」
帯刀「し、仕様がない。付きおうてやろう」
財満「有難き幸せ!」
〇山の中
繁みのそこかしこが揺れ、いくつもの
男女の喘ぎ声が聞こえる。
あぶれて眠る者。
出歯亀を決め込む者。
隊服を直しつつ繁みから出てくる善蔵。
入れ替わりに、別の隊士が繁みへと入ってゆく。
小さくくすぶる焚火の前で胡坐をかいている狂介。
その膝に身体をあずけ眠っているおうの。
おうの「みんな狂っちょる・・・」
狂介「起きておったか」
おうの「獣の啼き声がうるそうて寝られません」
狂介「狂ってなどおらん」
狂介「逃げとるだけだ。どいつもこいつも」
おうのの手が、紅く火照る狂介の頬に触れる
狂介「俺は逃げん。俺は狂うんじゃ」
狂介「松陰先生の狂を継ぐんは晋作じゃない。俺じゃ」
おうのの指が狂介の唇に触れる。
おうの「じゃあ、狂ってみせて・・・」
狂介、おうのの手を掴み頬と唇でその柔らかさに酔う。
が、我に返って放す。
おうの「ほんと。つまらん男・・・」
狂介「・・・・・・」
〇山の中
狂介達からほどなく離れた場所。
大木に体を預け、目を閉じている武人。
四郎「総督」
武人「どうした」
四郎「高杉さんの挙兵には加わらんのですか?」
武人「高杉晋作は、長州を壊そうとしているやも知れん」
四郎「で、でも、それって作り変えるって事なんじゃないですろうか」
武人「もう槍も刀もない。僕達は高杉と話し合うんじゃ」
武人「血の流れん未来のために」
四郎「血は流れちょります。わしが生れてから、ずっと流れちょります」
〇山並み
影「四郎・・・」
影「大人しゅうしちょれ。ええの・・・」
影「親も兄弟もおらんお前を育ててやっちょるんじゃ・・・」
影「目えつぶって数かぞえちょけ・・・」
影「四郎・・・」
影「四郎・・・」
〇山の中
四郎「助けてつかあさい・・・」
武人「・・・・・・」
四郎「助けてつかあさい・・・」
狂介「・・・・・・」
四郎「助けてつかあさい・・・」
〇基地の倉庫
巨大な土蔵の鉄扉。
錠は外れ少しばかり中が覗いている。
扉の前でじっと中を見つめている四郎。
風が止み、木々の揺れが止まり、辺りは完全な無音になる。
四郎、吸い込まれる様に中に入る。
奪われた太刀、そして狂介の十文字槍が囚われた武器庫の中へと・・・・・・