エピソード13(脚本)
〇草原
ブラムカ「ブラァアアア!!・・・人の子よ、儂が誰だか知っておるか?!」
小雨の中、着地の振動を震わせながらユキオ達の前に降り立ったドラゴンは、
鼓膜の限界を試すような咆哮を上げると、早速とばかりに人の言葉で二人に問い掛けた。
長い鎌首をS字に折り曲げているので正確な大きさは計りかねるが、
棘のある黒い鱗に覆われた胴体だけでもバスほどの大きさがあるので、その全長は30mを下らないと思われる。
その巨大な質量に圧倒されてしまうが、伝説の怪物の姿は優美でもあった。
長い首から太い胴に繋がり、更には尾に繋がる曲線は独特の滑らかさがあり、
鱗の下に存在する盛り上がった筋肉は、鍛えられたサラブレッドを彷彿させた。
この恐ろしくも美しい怪物の頭部には、何対の湾曲した巨大な角が冠のように生えていて、
その下にある発達した顎には太くて鋭い牙が並んでいる。
ユキオが知る生物の中では、ドラゴンの顔はティラノサウルスの復元図が最もそれに近いと思われたが、
表情の読めない爬虫類と違って、思わず聞き惚れてしまうようなテノールの効いた声で語り掛けられたこともあり、
ネコ科のような縦に長い瞳には高い知性を宿していることをユキオに察せさせた。
ルシア「・・・存じております。ブラムカ閣下でございますね」
ルシア「人の喉では閣下の名を正確に発音出来ぬことをお許しください」
それまで様子を窺っていたルシアだったが、ブラムカの問い掛けに右腕を胸元で水平に曲げながら、返事と謝罪を告げる。
おそらく、この仕草は敬礼なのだろう。ユキオも空気を読んで咄嗟に頭を下げた。
ブラムカ「うむ。人の子の声帯については・・・儂も種族の差を充分に理解しておる。不問としよう」
ブラムカ「そなたらが儂を知っているのなら話は早い。・・・一つ頼みたいことがあるのだ!」
ルシアが最上級の敬意を持って応答したことにより、ドラゴンは笑顔を見せながら
(少なくてもユキオにはそう見えた)二人の前に降り立った理由を告げる。
ルシア「・・・ご依頼でありますか?」
ブラムカの言葉を確認するようにルシアは問い掛ける。
ドラゴンに敵意がないのを確認出来たわけだが、彼女とユキオの二人はローレルを目指す旅の最中にある。
ドラゴンからの依頼など、正直に言えば厄介事でしかない。
ブラムカ「そうだ。実は儂の寝所に忍び込んだコソ泥がおってな・・・」
ブラムカ「そやつが盗んだ儂の宝をそなた達に取り返して欲しいのだ!」
ルシア「・・・閣下の宝を盗んだ、あ・・・不届き者が?!」
ドラゴンの説明にルシアは、これまで湛えていた美しいながらも無機質な表情を崩すと、
一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
口には出してはいないが、『どこのアホだ!! そいつは?!!』と目が語っている。
ブラムカ「うむ。情けないことに、留守を狙われてしまってな・・・」
ブラムカ「もっとも、儂の所有物には予め呪いを掛けておるので、どこにあるかは一目瞭然だ」
ブラムカ「盗まれた宝は、ここから南にある・・・人の子が〝街〟と呼んでいる巣にあると判明しておる」
ブラムカ「それを取り返すつもりでいたのだが、たった今、そなたらを上から見掛けてな・・・儂の代わりに取り返して貰いたいのだ」
ブラムカ「儂が直接やっても良いのだが・・・人の子の巣にあるのなら人の子に任せようと思ったわけだ!」
ルシア「・・・左様なご事情が・・・かしこまりました。我らにお任せください!」
事情を理解したルシアは慇懃に依頼を即答する。
面倒を押し付けられたわけだが、こんな巨体を持ったドラゴンが忽然と現れたら街の住人はパニックに陥るだろう。
今回の彼女のような落ち着いた対応を住人達が取れるとは思えない。
下手に刺激して街ごと破壊される姿がユキオにも容易に想像出来た。
この国を治める王国に仕えていると思われるルシアにとっては、
むしろ被害を抑える千載一遇の機会であるし、ドラゴンからの温情だろう。
ブラムカ「そうか! ならばそなた達に任せよう! して、賊が儂から盗んだ・・・」
ルシアの承諾を得たドラゴンは、彼が所有していたとさえる宝物の詳しい説明を始めるのだった。