人ならざる者、神のうち

坂井とーが

5 暗がりの駅(脚本)

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坂井とーが

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〇病院の廊下
  出勤すると、職場は昨日の交通事故の話題で持ちきりになっていた。
坂井とーが「おはようございます」
師長「あ、坂井さん、聞いた? ここの近くの横断歩道で、女の人が車にはねられたんだって」
師長「でも、運転手が警察と救急車を呼んでいる間に、女の人は消えちゃったらしいわ」
坂井とーが「怪我は大したことなかったんですね」
師長「いいえ。車の損傷や血痕は酷いし、運転手も『絶対に死んでいる』と思ったそうよ」
坂井とーが「その人が死体を隠したんでしょうか?」
師長「それはないでしょうね。すぐに警察を呼んだのも運転手だし、そもそも時間的な余裕もなかったみたい」
師長「死体が自分で歩いたとしか考えられないのよ」
師長「坂井さんは何か見なかった? 帰る方向、あっちでしょう?」
坂井とーが「うーん。何も気づきませんでした」
  ただのウワサに過ぎないのか、それとも人ならざる者がかかわっているのか。
  聞くと事故の時間は、私がその場所を通る時間と一致している。
  人ならざる者とすれ違ったなら、気が付きそうなものだが。
坂井とーが(そういえば・・・)

〇アパレルショップ
  ときどき、昨日来ていた服が朝になるとボロボロになっている現象がある。
  なぜそうなったのか、私自身はまったく覚えていない。
坂井とーが(お気に入りだったのに)
坂井とーが「買い物に付き合ってくれてありがとう」
高橋夏蓮「いいよ。謎の災難だったんでしょ」
高橋夏蓮「それに、午後は相談者に会ってもらうんだから」
  夏蓮は私に霊感があるのを知っていて、ときどき誰かから心霊相談を受けてくるのだ。
  そういうときは私たちで原因を調査して、何かわかったら謝礼をもらうこともある。
  大学の頃はお小遣い稼ぎ程度に考えていた。
  だけど夏蓮は、それを副業にしようと考えているようだ。
  私はお金やビジネスの話に疎い。
  確定申告なんかの難しいことを全部夏蓮がやってくれるというから、実務担当として話に乗ったのだ。

〇シックなカフェ
佐藤「私がひと月ほど前に体験した話です・・・」
佐藤「私は仕事帰りに飲んで酔っ払った状態で、とある地下鉄の最終電車に乗りました」

〇電車の座席
  『次は終点、終点です』
佐藤「うーん、むにゃむにゃ」
  起きなければならないのはわかっていたのですが、ついまぶたが落ちてしまいました。
  寝過ごしても、駅員が起こしてくれるだろうと思っていたのです。
  しかし・・・

〇電車の座席
佐藤「ハッ」
佐藤(ここはどこだ? 電車の走る音が聞こえる・・・)
佐藤(まさか、終電に乗ったまま車庫に運ばれているのか?)
佐藤(困ったなぁ。とりあえず妻に連絡するか)
  私がスマートフォンのライトをつけたときでした。
佐藤「!!」
  真っ暗な車両の中に、人がひしめき合っていることがわかったのです。
  気配はまるでありませんでした。話し声はおろか、衣擦れの音さえ聞こえません。
  しかし彼らは、私の両隣りにも座っていたのです。
佐藤(ありえない。車庫に向かう終電だぞ・・・? 人が何人も乗っているわけがない)
佐藤(まさかこいつらは、人間ではない何かなのか?)
佐藤(夢なら覚めてくれ! 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・)
  『次は、イミヤマ。イミヤマに停まります』
佐藤「ほっ。 駅に停まるのか。そこで降りよう」
  動揺していた私は、終点を過ぎた最終電車が駅に停まることの異常さに気が付きませんでした。

〇駅のホーム
佐藤(・・・ここはどこだ?)
  私はシートに座ったまま、真っ暗な駅を眺めました。
  この電車と同じで、駅には明かりひとつありません。
  乗っている人たちが、何人か降りていきました。
  ライトで照らすと、駅にある登り階段のようなものが見えました。
  人々は、明かりもない階段を、迷いのない足取りでのぼっていきます。
佐藤(・・・降りてはいけない)

〇電車の座席
  そう思った私は、暗闇の中でひたすら耐える道を選びました。
佐藤(南無妙法蓮華経・・・)
  『次は、サンノセ』
佐藤(般若波羅蜜多・・・)
  『次は、終点、エナ。終点、エナに停まります』
佐藤(今度こそ、降りられるのか?)
  しかし、到着した駅は、やはり真っ暗闇の中でした。
  乗客はみんな降りてしまったようです。私だけが、動けずその場に留まり続けました。
  ガラッ
車掌「お客さん、終点ですよ」
佐藤「ヒッ──」
車掌「終点ですよ。降りてください」
佐藤「いやだいやだいやだ・・・」
車掌「困りますね、お客さん──」
  車掌が近づいてきて、私の顔を覗き込みました。
  意識があったのは、そこまでです

〇電車の座席
  気が付くと私は、明るい電車の中で寝そべっていました。
駅員「起きてください。まさか、車庫で朝まで寝てる人がいるなんて・・・」
佐藤「ハッ 俺は生きているのか?」
駅員「酔ってらっしゃるんですか? しかし、変ですね。お客さんが残っていないか、最終点検をしたはずなのに・・・」
  私は夢でも見ていたのでしょうか。
  しかし、真っ暗な電車の中で刻々と減っていったスマホの電池は、今や完全に切れています

〇シックなカフェ
佐藤「これが私の体験です。あれ以来、怖くて地下鉄に乗ることができません。どうか解決をお願いします」
高橋夏蓮「・・・とーが、どう思う?」
坂井とーが「うーん。少なくとも、何かあったのは本当だと思う」
坂井とーが「あの人、半分向こうに行ってる感じがするから」
高橋夏蓮「向こうって、あの世!?」
坂井とーが「みたいなものかな。次に行っちゃったら、危ないかもしれない」
高橋夏蓮「この件、お金取れるレベルで解決できそう?」
坂井とーが「無理かも。私、お祓いができるわけでもないから。ただ、見えるだけだし」
高橋夏蓮「お祓いを学ぼうとは思わないの?」
坂井とーが「別に。夏蓮だって、犯罪に備えて護身術を学ぼうとか思わないでしょ?」
高橋夏蓮「まあ、確かに」
坂井とーが「ただ、私の場合は襲われても毎回無傷で済んでるから、実はオートカウンターみたいな能力があるのかも?」
高橋夏蓮「ゲームのやりすぎでしょ・・・」
坂井とーが「というわけで、依頼人が言ってた終電に乗ってみるよ」
高橋夏蓮「無理だけはしないでね」

〇電車の座席
  『触らぬ神に祟りなし』というのは、避けようと思えば避けられる人間の理屈だ。
  私はいつどこにいても、嫌でも怪異に巻き込まれてしまう。
  だったら、せめてお金くらい貰えた方がいい。
  『次は終点、終点です』
坂井とーが(一度降りよう)
坂井とーが(隙を見て、駅員の点検が終わった車両に乗り込めば・・・)
坂井とーが(あとは、寝てる振り)
坂井とーが「・・・・・・」
「お客さん」
坂井とーが「ギクッ」
車掌「終点ですよ。降りてください」
坂井とーが「し、失礼しました!」

〇地下鉄のホーム
  追い出されてしまった。やはり、車庫行きに乗り続けるのは簡単ではないらしい。
坂井とーが(諦めるしかないのか・・・)
車掌「――あなたはお呼びじゃないですねぇ」
坂井とーが「!?」
  すぐに振り返ったが、そこにあの駅員の姿はなかった。

次のエピソード:6 心霊実況

コメント

  • 気付かぬうちに違う世界に迷い込んでしまったシチュエーションって、不安と焦燥感だけでなくそれと同じくらい好奇心も湧いてくるから面白いですね🤔

  • 「彼岸行きの電車」らしき車内で登場キャラもシルエット連続だった分、急に顔の見える車掌が出てきたのはギョッとしました
    歪な空間でいかにも普通な人が出てくると異常さが際立ちますね…

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