エピソード12(脚本)
〇草原
成崎ユキオ「・・・」
自身の身体に降り注ぐ雨の勢いが弱まったのを感じたユキオは空を仰ぐ。
『このまま晴れて欲しい・・・』と期待を込めての確認だった。
ユキオが見上げた異世界の空は彼の願望に沿ったように、これまで湛えていた厚い灰色の雲が薄れ、所々に晴れ間が現れている。
もうしばらくすれば、雨は完全に止むと思われた。
成崎ユキオ「そろそろ、雨が止みそうです!」
口角を崩しながらユキオは後ろを歩むルシアに語り掛ける。
雨天での夜営はちょっとした試練だ。それを避けられた嬉しさが、自然と滲み出たのである。
ルシア「そのようだな。ありがた・・・」
ユキオに促されるように、ルシアも雨足を確認するため目深く被ったフードの下から空を仰ぐが、喜色を帯びた声は途中で遮られる。
ルシア「まずいな! 雨で警戒を怠っていた!」
成崎ユキオ「ええっ?!」
一転して緊張した声で告げるルシアの様子に、ユキオは驚きながら改めて空を見上げる。
彼女が見つめる先には大空を舞う黒いシルエットが存在していた。
遠近感が掴めないため正確な大きさは計れないが、
光加減からするとかなり大型の鳥、いや鳥にしては身体の作りが不自然だ。
翼はその体長からすると不自然に小さく、下半身の方が圧倒的に長く幅が広い。一般的な鳥の姿とは掛け離れていた。
成崎ユキオ「まさか飛行機?!」
ルシア「違う! ヒコウキとやらではない! ドラゴンだ!!」
ユキオは自分が知る知識の中から最も近い物体を推測するが、ルシアはそれを即座に否定する。
成崎ユキオ「ド、ドラゴン!!!」
謎の飛行物体の正体を知ったユキオは、自分に言い聞かせるようにその言葉を反芻する。
ドラゴン、それは強力なモンスターの代名詞とも言える伝説上の怪物の名前だ。
西洋では悪魔の象徴である魔獣、日本を含む東洋では神聖な神獣として扱われているが、
どちらも人間よりも上位の存在として概念付けられている。
成崎ユキオ「まじか・・・」
この世界でのドラゴンがどのような扱いを受けているかは未知数だったが、
伝説のモンスターに遭遇したことでユキオは感嘆の息を漏らす。
ルシア「呆けている場合か!! 早く隠れるぞ!!」
未だに空を見つめるユキオを叱りながらルシアは、彼の腕を掴むと道外れの草叢へと誘う。
成崎ユキオ「うわ!」
ルシア「いや・・・もう遅いようだ・・・」
物凄い力で身体を引っ張られたユキオは短い悲鳴を上げるが、逆にルシアは観念したような声を漏らす。
改めて空を確認したユキオの瞳には、先程よりも一段を大きくなったドラゴンのシルエットが映し出された。
〇草原
ルシア「あの動きは・・・あきらかに私達を目標にして下降しているな・・・」
成崎ユキオ「・・・」
徐々に迫り来る空飛ぶ巨大な塊を前にしてユキオは本能的な恐怖を覚える。
未だその正確なサイズ感は掴めないが、少なく見積もっても大型車両くらいはあるだろう。
そんな質量をもった物体が明確な意志を持って、自分目掛けて空から降ってくるのである。
ユキオにとっては生まれて始めた感じた純粋の恐怖だった。
成崎ユキオ「逃げ・・・逃げましょう!」
ルシア「待て! 今、下手に逃げるともっと厄介なことになる!」
ルシア「あのドラゴンは・・・おそらく、全身を覆う黒い鱗からして・・・ブラムカだ!」
ルシア「本来ならもっと北の山脈を縄張りにしているはずなのだが・・・」
ルシア「ブラムカはドラゴン族の中でも強力な個体だが、人間とは中立関係にある」
ルシア「だから、いきなり襲ってくることはないずだ!」
ルシア「逆に今、逃げると彼の不興を買うことになるだろう・・・」
恐怖から後ずさりするユキオを握った腕で押し止めると、ルシアは諭すように説明する。
確かに森の中ならいざ知らず、周囲は開けた原っぱである。この状況で空を飛ぶ物体から逃げるのは不可能だろう。
ルシア「おそらく・・・何らかの交渉となるだろうが・・・ユキオ、君は口を挟まず私に任せてくれ!」
成崎ユキオ「ええ!! も、もちろんです!」
ルシアの提案にユキオは当然とばかりに首を何度も縦に振る。
交渉の余地があるのなら、この世界のしきたりに詳しい彼女に任せるべきだろう。
ユキオは腰を抜かさないようにと意識して下半身に力を込めると、迫り来る怪物の到着を見守った。