ホラーコーディネーター

赤井景

エピソード2 幽々舎(脚本)

ホラーコーディネーター

赤井景

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〇ファミリーレストランの店内
男「それで兄ちゃん、アンタ本当に久里嶋英明(くりしまひであき)じゃないんだな?」
八代壬継「はあ。自分は八代壬継ですけど・・・」
男「あちゃー、マジかー。 いや、本当に悪いことをした」
男「すまん、人違いだ」
八代壬継「それで、あなた・・・達は誰なんです?」
八代壬継「『ホラーコーディネーター』とか、そっちの人が言ってましたけど」
  そう。
  つい先ほど俺が出くわしたのは、線路に身を投げた女の幽霊・・・などではなかった。
  目の前にいるこの人たち(と、他にもスタッフがいるらしい)が仕組んだ、ある種の『ドッキリ』だったのだ。
  もっとも、彼らによれば人違いの相手を驚かせてしまったとのこと。
  そのお詫びがしたいということで、わざわざファミレスまで連れてこられたというわけだ。
男「おっと、紹介がまだだったな。 俺はこういう者だ」
  そうして目の前の男から渡された名刺をまじまじと見る。
  有限会社 幽々舎
  代表取締役/演出班チーフ
  由宇 勇(ゆう いさむ)
八代壬継「幽々舎(ゆうゆうしゃ)・・・ですか」
由宇勇「そう。主にホラー関係を中心にやってる、映像プロダクションだ」
八代壬継「ホラー映像!?」
  思わず立ち上がっていた。
由宇勇「おう。なんだ、えらく食いつきがいいな」
八代壬継「いえ・・・珍しいなと思って」
  息をついて、席に座り直す。
  そうか。この人たちはホラー映像の・・・。
由宇勇「まあ、規模は小さいがな。 とはいえ、技術じゃ他に負けないつもりだぜ」
八代壬継「普段どんなことをしてるんです?」
由宇勇「映像だけじゃなく、ホラーアトラクション、つまりはオバケ屋敷だが、そのプロデュースを手掛けたりもしてる」
由宇勇「『極上のホラー体験を届ける』ってのがウチのモットーなんでな」
綺麗な人「あなたが今夜感じた不可思議な出来事も、私たちの『仕込み』だったってワケ」
  先ほど俺が目撃した、「白ワンピースの女」が口を開いた。
  もっとも、普段着に着替えた今の彼女からは、怪異じみた不気味さはまったく感じられないのだが。
由宇勇「こいつは、志摩礼香(しま れいか)。 うちの主演女優兼脚本家だな」
綺麗な人「女優までやらされてるのは不本意だけどね。 執筆だけやっていたいのに」
由宇勇「仕方ないだろ。ウチは人手不足なんだから」
八代壬継「それで、どこからどこまでがその『仕込み』だったんですか?」
志摩礼香「全部」
八代壬継「え?」
志摩礼香「例えばそうね。 キミがあの帰り道を選ぶように仕向けたわ」
志摩礼香「工事の立て看板を置いたりしてね」
由宇勇「それと、お前が居酒屋で聞いた怪談な」
由宇勇「あれは礼香が書いた作り話だし、しゃべってたのもウチで雇ったサクラだ」
八代壬継「じゃ、じゃあ、あの足音は?」
八代壬継「実際に誰かがあとをつけてたってわけじゃないですよね?」
八代壬継「振り向いたとき、誰もいなかったし」
八代壬継「それに、あの踏切の音だって・・・」
志摩礼香「ああ、あれね。あれについては──」
  超指向性スピーカーだよキミィ
  知らない男が急に会話に割り込んできた。
八代壬継「は、はい!? えっと、この人は?」
由宇勇「奥根久志(おくね ひさし)だ。 うちじゃあ音声全般をやってる」
奥根久志「そもそも本来音っていうのは、普通は発生源からどんどん拡散するように広がっていく」
奥根久志「でもこの広がりに特定の指向性をもたせようってことで作られたのが超指向性スピーカーだ」
奥根久志「こいつを使えば大勢いる中の、たった一人だけに音を聞かせたりできる」
奥根久志「で、これを使って、2方向からキミに向けて音をぶつけたわけ」
奥根久志「ヘッドホンをつけて音楽を聴いてるときに、まるで背後から音が聞こえてくるように感じたことがあるだろ?」
奥根久志「原理としてはそれと同じ。人間って言うのは、両耳から入ってきた音を、脳内で立体的に組み直して認識するからね」
奥根久志「それによっていかにして誤認識を引き起こせるかっていうのが僕の腕の見せ所というヤツなのさ──」
志摩礼香「はい、ストーップ! そういう技術的な話はあとでいいから」
奥根久志「えー、これからがいいところなのに」
奥根久志「例えば彼が感じた気配も、超音波で準静電界に干渉することによって──」
志摩礼香「だからストップって言ってるでしょ。 八代クン、戸惑ってるじゃない」
八代壬継「正直、何が何やら・・・」
由宇勇「まあ気にするな」
由宇勇「俺もよくわかってないが、とにかく『足音』も『気配』も『作れる』」
由宇勇「そういうモノってこった」
八代壬継「じゃあ本当に、超常現象でもなんでもなかったってことですか・・・」
由宇勇「まあな。どんな手品にも種はある。 だからこそ面白い」
由宇勇「ただ・・・その手品を見せる前に、種明かしをしちまうってことほど白けるものはないだろ?」
由宇勇「そこで、兄ちゃんに頼みたい」
由宇勇「今回のこと・・・誰にも言わないでもらえるか?」
  そうだった。
  俺があんな経験をすることになったのは、『人違い』のせい。
  本来のターゲットは、さっき由宇が口にした、久里嶋とかいう人なのだろう。
由宇勇「もちろん、タダとは言わない。 口止め料は払う」
由宇勇「今回の迷惑料と合わせて、こんなもんでどうだ?」
  由宇がおもむろに財布から札を差し出す。
  五万。
  つい先ほどバイトをクビになった身としては、ありがたい金額だ。
八代壬継「まあ、かまいませんけど・・・」
志摩礼香「・・・・・・」
  ふと、礼香の視線に気づいた。
  由宇との話の間、ずっと見られていた気がする。
志摩礼香「ねえ、八代くん」
八代壬継「は、はい? なんでしょう?」
志摩礼香「あなたも、やってみない?」
八代壬継「へ?」
志摩礼香「だって、興味あるんでしょう? うちの・・・ホラーの仕事」
八代壬継「まあ正直」
  彼らがこれまでにどんなことをしてきたのか、気にならないはずがない。
由宇勇「おいおい、礼香。いきなりなに言い出すんだ。そりゃ人手は足りてないが──」
志摩礼香「前から調査アシスタントが欲しいって言ってたでしょ。それと、男性の役者も」
由宇勇「そりゃそうだが、だからって誰でもいいわけじゃないぞ」
志摩礼香「それなら大丈夫。彼、役者よ」
志摩礼香「それも、折野口啓二(おりのぐち けいじ)の舞台に出てた、ね」
由宇勇「ほう、そいつは・・・たしかに都合がいいな」
八代壬継「・・・よく知ってましたね。 あんな小さな小屋の公演だったのに」
志摩礼香「まあね。こっちの仕事の都合で、折野口のことはいろいろと調べてたのよ」
八代壬継「こっちの仕事・・・というと、ホラーのターゲットとして、ですか?」
志摩礼香「そう。久里島以外にも案件を抱えてるのよ」
志摩礼香「そっちで折野口をとことん怖い目に遭わせてやりたいと思ってる」
八代壬継「いいですね」
  折野口を怖い目に遭わせる。
  それはなんと魅力的な提案だろう。
  それに・・・。
  俺は今、この業界のことを少しでも知りたいのだ。
  その機会を逃す手はない。
志摩礼香「どう? とりあえずバイトからってことになるけど」
八代壬継「ぜひやらせてください」
志摩礼香「じゃあ決まり。よろしくね、八代壬継くん」
  かくして──
  この俺、八代壬継は、「ホラーコーディネーター」を名乗る奇妙な人たちの下でバイトを始めることとなった。
  単純な興味と、アイツに意趣返しできるという、あまり褒められたものではない喜びから。
  そしてなにより・・・。

〇黒
  『助けて』

〇ファミリーレストランの店内
  「あの件」につながる手掛かりが、少しでも欲しかったから・・・。

次のエピソード:エピソード3 折野口啓二篇①

コメント

  • 表紙の極上のホラーと書かれていたので、相当怖いのかしらと、ドキドキしながら読み始めたのですが、怖い部分もありますが、一話、二話を読んで、面白さや気になる部分の方が上回っているので、これなら読み続けていけそうです!!!(*´∇`*)♡

  • 続きが気になります

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