エピソード3 折野口啓二篇①(脚本)
〇制作会社のオフィス
八代壬継「う、うーん。 なんか、強烈なヤツが並んでますね・・・」
首、手、足。
見渡す限り、人体のパーツだらけ。
作り物だということは分かってはいるが、それでも不気味なものは不気味だ。
志摩礼香「よくできてるでしょ。 うちの美術班、腕がいいのよ」
八代壬継「ええ、出来がいいのは、はい・・・」
細身の男性「気に入ったのがあったら、持って帰ってもいいよ」
このなんとも雰囲気のあるイケメンは、当麻朱人(とうま あかひと)さん。
幽々舎の美術班のチーフで
特殊メイクやら特殊造形(つまりバケモノメイクをほどこしたりとか、作り物の死体を作ったりとか)を担当している。
八代壬継「いや、持ち帰っても置き場所に困りますよ。 万一、誰かに見られたら誤解招きそうですし」
細身の男性「そうかい?」
細身の男性「気に入った人体パーツに囲まれて暮らすってのも、案外オツなもんなんだけどな」
八代壬継「は、はあ・・・」
まさか実際にやってるのか、この人。
小柄な女性「というか勝手に持って帰っちゃダメです」
小柄な女性「これも会社の『資産』なんです。 また使うかもしれないし」
細身の男性「必要になったら、また新しいのを作るさ。 予算はあるんだし」
小柄な女性「はぁ・・・」
小柄な女性「そんなんだから、いつもうちの経営、火の車なんですよ・・・」
こちらの女性は、やはり美術班の出水華(いずみ はな)さん。
「特殊」ではない方の、いわば「一般的な美術」を担当している。
ついでに、人手不足だからと経理もやらされているらしい。
小柄な女性「まったく、うちの人間ときたら、そろいもそろって『予算度外視でクオリティ追及』なんだから」
小柄な女性「如月(きさらぎ)さんがいなかったら、とっくに破産よ、破産」
八代壬継「如月? 誰です?」
出水華「うちのクライアント」
出水華「私たちがあんなドッキリまがいのことをやれてるのは、如月さんが破格のギャランティーを払ってくれてるからなの」
八代壬継「え・・・あれ、ギャラもらってやってることなんですか?」
出水華「当然でしょ」
出水華「そうじゃなきゃ私たちの給料どこから出るっていうのよ」
出水華「ホラー仕掛けるのだって、タダじゃないんだから」
言われてみればそうだ。
「人を脅かす」だけじゃ金にならない。
まあ、その如月と言う人が何を思って、わざわざ金を払ってこんなことをさせているのかはわからないが。
志摩礼香「それで、進捗はどうですか?」
当麻朱人「マスクはもうちょっと凝りたいな」
当麻朱人「なにせ相手は、曲がりなりにも舞台関係者だ」
当麻朱人「作り物には慣れてるだろう」
出水華「天下の『檻口ケイジ』がターゲットですもんねー」
〇黒
檻口ケイジ。
本名、折野口啓二(おりのくち けいじ)。
31歳。劇作家であり舞台演出家。
10年前──
『凍ルルサクラ』という舞台の脚本・演出で名をはせ
「鬼才」「新進気鋭の劇作家」と持てはやされて一躍時代の寵児となった男だ。
〇制作会社のオフィス
出水華「ひところ、テレビでよく見ましたよ。 無頼で破天荒なキャラで」
出水華「まあ、何年かしてファン相手に暴力事件おこして、それっきり干されたみたいだけど」
八代壬継「あれがあの男の本性ですよ。 単に無礼で無神経なハラスメント野郎です」
出水華「あ、そうか。八代くんって、檻口の舞台に出てたって話だっけ」
八代壬継「ええ。今となっては忘れたい汚点ですけどね」
志摩礼香「ふふっ、そこまで言うなんて、そうとうな目に遭ったみたいね」
八代壬継「役者陣はみんなそう思ってるんじゃないですか」
テレビを干されたとはいっても、檻口ケイジのネームバリューだけは演劇界隈では捨てがたいものだ。
彼の名前があるだけで、ある程度の客は呼べる。
かくいう自分にしたって、檻口の名前につられて、彼の舞台への出演を決めたのだ。
実際に出来上がった舞台は、駄作を通り越して悲惨としかいいようのないものだったが。
八代壬継「昔はすごかったらしいですけどね、とっくに才能なんて枯渇してるんです」
八代壬継「そのくせ、昔は売れっ子だった、ていうプライドだけは天井知らずだ」
八代壬継「舞台の出来の悪さを、役者のせいにしてさんざんに当たり散らすんです」
役者の尊厳を踏みにじるような暴言は当たり前。
いつだって王様気取りで、そのくせ指示は支離滅裂。
セクハラに泣かされた女の子も数知れない。
八代壬継「よく誰も刺さなかったなぁ、って今でも思います」
出水華「それはそれは。なんとも懲らしめ甲斐のありそうなターゲットねぇ」
八代壬継「それで、どうやって折野口を追い詰めるんですか?」
志摩礼香「今回は奥さんを使うわ」
八代壬継「奥さん? 折野口のですか? 離婚してたんじゃなかったでしたっけ」
志摩礼香「正確には、『蒸発』ね」
志摩礼香「折野口に愛想つかして、2年前に逃げたってことになってる」
当麻朱人「まったく、夫にも区別がつかないほどそっくりなマスクを作れっていうんだから、礼香も無茶をいってくれるよ」
当麻朱人「小物の方もあるし」
志摩礼香「そこは、当麻さんならできると信頼してのことですよ」
出水華「だよねー」
出水華「当麻さん、うちみたいな弱小プロダクションにいるのがおかしいくらい腕がいいし」
出水華「完成した造形物とか、もう芸術品ですよ、芸術品・・・」
芸術品と呼ぶには、グロテスクすぎる気もするのだが・・・。
まあこの辺の感性は人それぞれだ。
深く考えないことにしよう。
八代壬継「でも、蒸発した奥さんがでてきたところで、折野口が怖がりますかね?」
八代壬継「女房に逃げられたから今はフリーだ、なんて言って、女の子に言い寄ってたりしてた男ですよ」
当麻朱人「さあ。でも、礼香がそう言うんだったら間違いないと思うよ」
当麻朱人「礼香は、ターゲットのことを、徹底的に調べるからね」
当麻朱人「その人のことを、本人以上に把握してのける」
当麻朱人「だからこそ、由宇さんがホラーコーディネートの『脚本』を礼香に任せてるんだ」
そうだった。
幽々舎における礼香さんの役割は「脚本」。
つまり、どういうふうに怖がらせるかの筋書きを決めているのは彼女なのだ。
志摩礼香「まあ、奥さんほどの急所はないわ」
志摩礼香「折野口啓二にとって。 そして、檻口ケイジにとってもね」
八代壬継「え? それはどういう?」
志摩礼香「奥さん・・・折野口美和(おりのくち みわ)さんは、ゴーストなの」
志摩礼香「美和さんは、折野口啓二に殺されたのよ」
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