〇後宮の一室
清盛「ふふふ・・・」
綾若「・・・」
綾若「笑わば笑え。鬼丸の言った通り 今は雌伏の時・・・」
清盛「お前を笑ったんじゃねえ」
清盛「お前だ」
鬼丸「へ？」
清盛「手練れの下僕が洗濯物たたみたァな」
清盛「いつまでコイツに つまらん仕事をさせる気だ？ 頼長・・・」
清盛「いや、浮浪人の綾若だったっけ？」
綾若「・・・」
清盛「その日暮らしの乞食が如き者に 何故、家人が必要なんだ？」
綾若「貴様の知ったことではない」
清盛「まあいいや。わざわざ呼びつけてまで 問いただしたかっただろう、 その答えを教えてやる」
清盛「義朝はどうか知らんが、 俺は信西がお前を陥れたことは 知らなかったよ」
綾若「く、口では何とでも・・・」
清盛「まあ仮に知っていたとしても結果は同じ。 崇徳について負け戦をする気は なかったけどな」
綾若「・・・」
清盛「じゃあ今度は逆に聞こうか。 お前は今の世をどう見る？」
清盛「まさかこの後に及んで 恨み辛みを吐くだけじゃあるめえ。 それじゃあの大魔王様と一緒だぜ」
綾若「分かっておる！」

〇豪華な王宮
　　『宰相となった信西の政は、まあ及第と言ってよい』
　　『帝から女院を引き離し、王家のしがらみを真っ当なものに正した』
　　『即ち女子供より政務を取り戻したと言えよう』

〇後宮の一室
清盛「それだけじゃねえ」
清盛「関白の力も確実に削いでいる。 これぞ院も摂関もなき世の到来。 果たしてお前が内裏に戻った所で・・・」
綾若「私を兄・・・いや、 あの脆弱な関白と一緒にするな！」
清盛「そうなのか？」
清盛「都いちの知恵者だろ？ もう『気付いている』と思ったが。 だからここに引き籠ってんじゃねえのか？」
綾若「・・・」
清盛「聞き返さなかったな」
清盛「『何をだ？』・・・と」
綾若「・・・」
清盛「大望も七割を以て良しとする。 それもまた賢哲の道・・・ってか？」
清盛「なあ鬼丸よ」
鬼丸「え？」
清盛「俺に仕える気はねえか？」
綾若「なに？」
清盛「俺に興味があるから 館に忍んで来たんだろ？」
綾若「戯れ言を！私の命に決まっておろうが！」
綾若「少しでもおかしな様子が見えたら、 疾く殺せとな！ 裏切者の清盛を！」
鬼丸「え？ こ、殺すなんて。そんな命令・・・」
綾若「黙っておれ！」
清盛「でも殺せなかった。むしろ助けてくれた」
清盛「嬉しかったぜ」
鬼丸「お、おう・・・」
綾若「・・・チッ」
公春「ほう。これは私の大好物な展開」
和布禅尼「なにが新たな政の話だよ。 ただの痴話喧嘩じゃないかい」
清盛「いや、新たな世の話だ」
清盛「綾若。悪いが時代はもう巻き戻させねえ」
綾若「なに？」
清盛「摂関の世も、院の世も、 平安はここで終わらせる」
清盛「これからは武士の世だ。 武士が作る新たな『ハレ』の世だ」
綾若「新たなハレだと？」
清盛「弱肉強食。力だけがものを言うハレの世」
綾若「戦か！」
清盛「そうだ！ 動乱こそ俺達武者が待ち望んだハレ舞台！ 王家や貴族に踏みつけられた者が、 光輝ける世の到来だ！」
綾若「・・・」
清盛「なんだそのツラは？」
清盛「血塗れのもののふを 軽はずみに招いたが運のツキだ。 手始めにここで火花散らせるかい？ ああ？氏長者さんよ」
鬼丸「や、やめろ！」
清盛「鬼丸、お前も気づいてるんだろ？ そいつの雌伏は永劫終わらねえ」
清盛「いやそいつ自身、終わらせる気がねえ。 違うか？」
鬼丸「・・・！」
綾若「い、言わせておけば・・・」
清盛「おうおういくらでも言ってやる！ 耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ！」
清盛「ハレの惡左府は、もう詰んでるんだよ！」
綾若「・・・」
鬼丸「・・・」
清盛「もっとも、ここはまだ平安みてえだな」
清盛「この場所だけがお前の平安ってか。 まあ、ゆるゆると雌伏を過ごし続けな」
清盛「昔のよしみだ。誰にもチクらねえよ」
清盛「じゃあ達者でな。綾若」
清盛「待ってるぜ。鬼丸」
綾若「ええい無頼の高平太めが！」
和布禅尼「行くよ鬼丸」
綾若「ここにおれ鬼丸！」
和布禅尼「一人で頭を冷やしなって言ってんだよ！」
綾若「貴様！誰にものを言っておるか！」
和布禅尼「浮浪人の綾若にだよ！ それとも検非違使に差し出してやろうか、謀反人頼長！」
綾若「・・・クッ」
鬼丸「ここにいるよ」
和布禅尼「鬼丸・・・」
鬼丸「禅尼様。オイラ平気だよ。 この人、オイラがいないと駄目なんだ」
和布禅尼「あんた、この子を慰み者にして！」
鬼丸「違うよ。オイラが一緒にいたいんだ」
鬼丸「殿さんはオイラを助けてくれた。 オイラを選んでくれた。 必要としてくれた。 美味いものいっぱい食わせてくれた」
鬼丸「ケダモノみたいに彷徨ってたオイラに、 都で生きる場所を与えてくれた」
鬼丸「まだまだ御恩を返しきれてねえぜ！ そうだろ殿さん！」
和布禅尼「・・・」
綾若「・・・ふん」
綾若「綾若だ」
鬼丸「おう、綾若」
綾若「『様』或いは『さん』だ」
鬼丸「細けえな～」
綾若「もうよい。一人にさせよ」
公春「下がっていいってさ」
綾若「・・・」
鬼丸「オイラ、平治なんかより平安がいいや」
綾若「平治？」
鬼丸「平氏が治める世・・・平治」
公春「都で噂になってます」
鬼丸「そっか。これも言の葉の網か・・・」
綾若「・・・？」
公春「ではお休みなさいませ」
綾若「・・・すまぬ」
鬼丸「え？」
公春「行くよ鬼ちゃん」
「聞こえな～い。聞こえな～い」
鬼丸「お休み。綾若様」
綾若「不甲斐ない主ですまぬ・・・」
　　ＣＯＮＴＩＮＵＥＤ