第陸拾話 幸せの?青い龍(脚本)
〇高い屋上
竹村茂昭「なあ、カズ」
橘一哉「ん?」
竹村茂昭「玄伍さんに喧嘩売ったって、本当か?」
橘一哉「うん」
竹村茂昭「まじかよ」
茂昭は呆れた。
最年長ながらも知識と経験に裏打ちされた絶大な実力を誇る玄伍。
その玄伍に戦いを挑んで無事でいられるとは。
大方、玄伍の方が適度に加減してくれたのだろうと茂昭は考えている。
実際は、そんなことは全くなかったのだが。
竹村茂昭「ところでさ、青龍の使い手に心当たりないか?」
橘一哉「あるよ」
竹村茂昭「ほんとうか?」
橘一哉「うん」
橘一哉「てかさ、すぐそこにおるやん」
竹村茂昭「どこに?」
橘一哉「ほれ、あそこ」
一哉が指さしたのは、校庭で談笑する草薙由希。
竹村茂昭「おい、冗談も大概にしろよ」
由希の薙刀の立ち回りは流麗にして勇壮。
流水の如くと称され、また龍の如しと言われることもある。
だが。
竹村茂昭「いくら何でもそれはないだろ」
茂昭も玄伍や司という神獣の使い手を知っている。
魔族や人外を相手にした事もある。
そういった人ならざるものの類に対し、ある程度の勘は働く。
そんな茂昭から見た草薙由希という人物は、尊敬できる先輩というものでしかない。
由希から人ならざるものを感じたことはない。
橘一哉「シゲちゃんの本気を受けて平気でいられるのが何人いると思うのさ」
そんな茂昭の言葉を否定するように、一哉は言葉を続けた。
橘一哉「無意識に白虎の力を使ってるくせに」
竹村茂昭「だからって、」
そこまで人並み外れた力を出している覚えはない。
火事場の馬鹿力の一歩手前ぐらいのものだと茂昭は思っている。
橘一哉「んじゃ、本人に聞いてみるか」
一哉はフェンスから身を乗り出し、
橘一哉「おーい!」
〇中庭
草薙由希「?」
急に頭上から超えがしたので見上げると、
橘一哉「やっほー!」
従弟がいた。
その隣には部活の期待の後輩もいる。
二人が割と仲が良いのは知っていたが、
草薙由希「何やってんのよ、二人とも」
フェンスから身を乗り出し、こちらに向かって手を振る能天気な従弟の姿に由希は呆れた。
〇高い屋上
草薙由希「それで、何の用?」
わざわざ由希を呼び出すとは。
一哉一人ではなく茂昭もいるということは、魔族関連ではなさそうだ。
と、思ったのが甘かった。
橘一哉「あのさ、」
草薙由希「うん?」
口を開いた一哉の方に目を向けると、
草薙由希「!!」
一哉は突然左腕に黒の龍気を纏わせ、
竹村茂昭「うおわっ!?」
草薙由希「ちょっと何すんのよカズ!」
声を荒げる由希。
一哉は、龍気を纏わせた左腕で茂昭に襲いかかったのだ。
黒龍の黒い龍気は、刺々しい籠手の形をとって一哉の肘から先を覆っている。
草薙由希(何なの、これ)
龍気に明確な形を持たせて実体化させている。
それ自体も驚きだが、
草薙由希(なんで!?)
結界を張っておらず、竜使いの人間、即ち茂昭もいる。
そんな状況で力を使うなど、一体何を考えているのか。
そもそも、その茂昭に力を向けるとは、どういう了見なのか。
そして不意打ちを受けた茂昭の方を見ると、
竹村茂昭「あ、あぶねえ・・・」
草薙由希「!?」
素っ頓狂な声を上げつつも、茂昭はしっかりと防御していた。
柄の長い刀・長巻の鍔元で、龍の手のように鋭い一哉の籠手を受け止めている。
草薙由希「どういうこと?」
思わず口にする由希に、
橘一哉「こういう事、だよ」
一哉が空いている右の手で茂昭を指さす。
草薙由希「竹村くん?」
再度従弟から後輩に目を向けると、
草薙由希「そのアザ・・・!!」
由希は驚愕に目を見開く。
竹村茂昭「え?」
橘一哉「出てるぜ、白虎のアザ」
竹村茂昭「マジか!?」
茂昭は驚いた顔で長巻の柄から左の手を離し、顔を擦る。
橘一哉「マジマジ」
バッチリ出てるよ、と笑いながら一哉は左手を引いた。
竹村茂昭「え〜・・・」
草薙由希「ねえ、どういう事なの?」
由希は何が何やら分からず問いかけた。
〇高い屋上
橘一哉「何って、御覧の通りだよ」
草薙由希「???」
余計に意味がわからない。
竹村茂昭「なあ、ちゃんと説明した方が良くないか?」
橘一哉「見たまんまだと思うけどなぁ」
竹村茂昭「それはそうだけども」
由希が唐突に見せられたもの。
茂昭に一撃を入れようとする一哉。
咄嗟に防御した茂昭。
そこから何を分かれというのか。
橘一哉「よく反応できたね、シゲちゃん」
一哉の言葉に、
竹村茂昭「俺も動けるとは思わなかったよ」
茂昭もため息混じりに言葉を返す。
竹村茂昭「動けたと言うより、動かされた感じだ」
一哉が龍気の籠手を纏い間合いを詰めた時。
無造作に、自然に、しかし急激に力が膨れ上がりながら一哉が迫るのが見えた。
しかし、ただそれだけだった。
気の膨れ上がりを感じた。
しかし、感じただけだった。
一哉が迫るのが見えた。
しかし、見えただけだった。
竹村茂昭(反応が、)
反応して動くことは、全くできなかった。
竹村茂昭(白虎のおかげだ)
一哉が迫るのと同時に、茂昭の中でも力が膨れ上がり、体内に満ちた。
そして、命の危機を感じた瞬間、体内を流れる力に従って体が勝手に動いた。
得物を現出させ、防御態勢を取っていた。
橘一哉「シゲちゃんは、四神の一柱、白虎の使い手だよ」
草薙由希「はい?」
由希の思考が追いつかない。
急なカミングアウトというのは、人の思考力を奪うようだ。
竹村茂昭「・・・」
茂昭も困惑した顔で沈黙を貫いている。
橘一哉「さ、次は由希姉の番だよ」
草薙由希「はい?」
橘一哉「俺は龍の力を見せた」
橘一哉「シゲちゃんは四神の力を見せた」
橘一哉「力を見せてないのは、由希姉だけだよ」
草薙由希「・・・」
沈黙が流れる。
橘一哉「早くしないと昼休みが終わっちゃうよ」
草薙由希「いや、でも、」
由希が尚も躊躇っていると、
橘一哉「そいや!」
気合一声、再び黒い龍気の籠手を瞬時に纏い、一哉は由希へと腕を振るった。
水の渦が由希の右腕から走り、一哉の一撃を防ぐ。
草薙由希「ちょっとカズ!」
青龍「ずいぶんと荒っぽいではないか、黒龍の宿主よ」
水の渦が形を変え、龍の姿をとる。
橘一哉「よし、これでみんなイーブンだ」
〇古めかしい和室
月添咲与「あの男、余計なマネを・・・!!」
机の上に置いた咲与の手に力が入る。
木製の座卓は咲与の力に耐えきれずに僅かに撓み、ミシミシと軋んで悲鳴を上げる。
赤龍の少女・穂村瑠美との一騎打ちの最中。
急に晃大の発した光が、瑠美の活力となったのを感じた。
光が瑠美に吸い込まれ、瑠美の力が急激に増加したのだ。
月添咲与「なぜ、勝てない・・・!!」
瑠美との戦いも、負けたわけではない。
互いの全力の一撃が決まりきらず、かといって決め手にも欠き、痛み分けとなった。
ある程度まではいけるのだ。
しかし、そこから先。
相手を凌駕してとどめを刺すことができないでいる。
月添咲与「迦楼羅は龍の天敵のはず・・・」
「それはね、あなたがまだ不完全だからよ」
月添咲与「!!」
月添灯花「だいぶ悩んでいるようね」
月添咲与「母さん・・・」
母の灯花が入ってきた。
迦楼羅の装いではなく、私服姿。
ということは、在地の隠れ魔族に会いに行ってきたのだろう。
それよりも、
月添咲与「どういうこと?」
母の言葉が気になった。
月添咲与「私は迦楼羅の全伝を受け継ぎました」
月添咲与「後は技を練り、高めるだけなのでは?」
月添灯花「いいえ、違います」
娘の言葉に、母は首を横に振った。
月添灯花「貴方にはまだ、教えていない秘技があります」
月添咲与「!!」
月添灯花「あなたの技の練りは、年齢にそぐわぬ素晴らしいものです」
月添灯花「けれど、あなたの年齢では未だ早いと見て教えていない事が一つだけ、あります」
月添灯花「ですが、」
灯花は一旦目を閉じて深呼吸し、
月添灯花「もう充分でしょう」
月添灯花「貴方に、迦楼羅の秘伝、迦楼羅が最強たる所以である秘伝の術を伝授します」
月添咲与「!!」
〇ハイテクな学校
そして放課後。
草薙由希「全く、今日は気が気じゃなかったわ」
竹村茂昭「オレもッス」
二人並んで校門を出る由希と茂昭。
共に普段の溌剌とした様子からは考えられない、疲労困憊した様子だった。
普段はシャンと伸びている背筋が丸まっており、些か活力に欠けているようにに見える。
そんな二人の横で、
橘一哉「探してるものって、意外と身近にあるもんだろ?」
ケラケラと笑う一哉。
こちらは普段通りか、むしろ普段よりも元気で楽しそうに見える。
竹村茂昭「確かに、そうかもな・・・」
草薙由希「おかげで、やりにくいったらなかったわ・・・」
こちらも溜息の由希。
草薙由希「竹村くん、あなた、もっと力の抑え方を学びなさいよね」
由希も漸く気が付いた。
草薙由希「貴方、普段から白虎の力を無意識に出し過ぎだわ」
元気溌剌、気合充分、そんな茂昭の部活の様子の実態は、四神の力を無意識の内に使っている事に。
竹村茂昭「はい・・・」
今度こそ、ぐうの音も出ない茂昭だった。
〇古びた神社
月添咲与「ここか・・・」
深夜。
静まり返った八十矛神社の境内に、月添咲与がいた。
月添咲与「ここでの試練を乗り越えれば、秘伝の技を会得できる・・・」
街の灯りも、月明かりも、星明かりも差し込まない、鬱蒼と茂る鎮守の森に、咲与は向かっていった。


