第伍拾玖話 炎と風(脚本)
〇電器街
こんな最悪の再会になるとは思わなかった。
あの時出会った少女が、まさか魔族だったなんて。
ということは、弟の彼も魔族という事なのだろうか。
だが、
姫野晃大(倒せるのか・・・!?)
いくら魔族とはいえ、全くの他人ではない。
彼女の弟と親しくなり、名前も知っている旧知の仲である。
しかも同年代であり、晃大の性分として、
姫野晃大(女を傷つけるなんて出来るかよ・・・っ!!)
女性に手を上げるなど、晃大の矜持に反する。
咲与は強い。
男性である晃大が押されているほど、彼女は戦い慣れているし力量も高い。
遠慮する必要は全く無いのだが、
姫野晃大(それでも、俺には、)
できなかった。
〇電器街
穂村瑠美(ああ、もう、)
晃大は優しい。
温厚である。
ついでに言えば女好き。
そんな彼の性分が、こんな所で障害になってしまうとは。
どう見ても、あの月添咲与という少女は強い。
晃大もそれを感覚的に見抜いているからこそ、剣を出して応戦しているはずなのだ。
なのに、防ぐばかりで反撃しようとしない。
このままでは押し込まれてやられてしまう。
それこそ瑠美には最も耐えられない。
瑠美は斧槍を構え、
穂村瑠美「だあぁっ!!」
真っ直ぐ突き出した。
〇電器街
月添咲与「くそっ!」
あと一歩の所で崩しきれずに水を差され、咲与は舌打ちする。
月添咲与「まずは貴様だ、炎使い!!」
穂村瑠美「やってみなさい!!」
〇電器街
斧槍。
一般的にはハルバード又はハルバートという呼び名の方が馴染みがあるかもしれない。
槍の刃に斧の刃と鈎を付けた複合長柄武器である。
突き刺す、切る、引っかけるといった多彩な使い方ができるのが持ち味である。
また、斧刃と鈎によって、深く突き刺さりすぎて斧槍自体が使えなくなるのを防ぐ効果もある。
複合武器ゆえに習熟には時間がかかるが、慣れてしまえば相手を翻弄することができる。
そんな武器をなぜ瑠美が使用しているかというと、
穂村瑠美「せいっ!」
月添咲与(穂先の炎が思ったより邪魔ね・・・!!)
刃の纏う炎が広く、咲与が間合を詰めようにも中々隙間が生まれない。
刃をそのまま広げたような、斧と鎌を合わせたような形の炎の柵が咲与を阻む。
穂村瑠美「簡単には近寄らせないわよ!」
攻めではなく守り。
敵を打ち倒すのではなく、味方を守る盾として、瑠美のイメージした武器が斧槍だった。
〇電器街
月添咲与「いつまで守りに徹している気だ!」
咲与の衣服の裾が僅かに浮き、風が吹く。
月添咲与「中途半端な炎の盾など、」
大きく両手を広げ、足を踏ん張り、
月添咲与「掻き消してやる!」
神 獣 功
金 翅 鳥 王 翔
穂村瑠美「!!!!」
暴風が巻き起こる。
瑠美は斧槍を突き出して防御を試みるが、
穂村瑠美「炎が・・・!」
月添咲与「これで丸裸だ!」
風の勢いに耐えることはできた。
しかし、
月添咲与「刃を潜るだけなら容易いこと!」
炎は掻き消え、瑠美は斧槍を手にして構えているだけとなった。
穂村瑠美「この!」
向かってくる咲与に槍先を向ける瑠美だったが、
月添咲与「遅い!」
速い。
そして変則的。
穂村瑠美「!?」
咲与の姿が消えた。
赤龍「真横だ!」
脳裏に赤龍の声が響く。
穂村瑠美「っ!!」
咄嗟に瑠美は斧槍を引きながら後ろに跳んだ。
ガン!と何かを叩いた音が響き、瑠美の手に衝撃が走る。
衝撃のした方に目を移すと、
月添咲与「チッ」
蹴り上げの体勢で舌打ちをする咲与がいた。
月添咲与「次は当てる」
足を下ろし、構える咲与。
鋭い眼光は猛禽を思わせ、瑠美の魂を捉えるかのようだ。
〇電器街
そんな二人の戦いを、晃大は見守っていた。
見ているしかできなかった。
姫野晃大(瑠美・・・)
これほど激しい一面を見せる瑠美の姿は初めて見る。
姫野晃大(何か、)
自分にできることはないのだろうか。
女性に手を上げることはできないが、かといって瑠美が一人で戦うのを見ているのも心苦しい。
かといって中途半端な加勢では、却って足を引っ張るだけ。
姫野晃大(何も、出来ないのか、俺には)
単なる観戦者。
それが晃大の現状だ。
光龍「何か、したいのか」
光龍が脳裏に語りかけてきた。
姫野晃大(当たり前だ!)
晃大も心の声で答える。
姫野晃大(ただ見てるだけなんて、ゴメンだ!)
晃大にも力がある。
光龍という力を得ている。
それを瑠美のために役立てずにいられるほど、晃大は無神経ではない。
光龍「そうか」
姫野晃大(一体何なんだよ、光龍)
呑気に会話をしている暇などないのだ。
もし瑠美が危機に陥ったら、身を挺して守らなければならない。
たとえ自身の信条に背いて咲与を傷つけることになっても、だ。
光龍「ならば、一つ手がある」
姫野晃大(え?)
〇古びた神社
信じられないものを見た、という顔。
目を見張り呆けた顔をする女子二人が見ているのは、
右の手で鏑矢を受け止めている一哉。
鏑には亀裂が入り、一哉の指が食い込んでいる。
そして、
辰宮玲奈「なんで、右手に龍気が・・・!?」
梶間頼子「カズの龍は、左腕のハズ・・・」
一哉の右前腕には、黒い霧のようなものが薄っすらと纏わりついていた。
橘一哉(そう、この感覚だ)
あの時。
玄伍と素手でぶつかり合った時の、あの感覚。
〇古びた神社
玲奈の表情から瞬時に察した。
放たれた矢は、玲奈の射の意志によるものではなかったと。
不測の矢離れにより、鏑矢が放たれたその瞬間。
不意に、全身の気血が沸き立つ感覚に襲われた。
感覚が極限まで鋭敏化し、迫りくる矢が非常にゆっくりとしたスローモーションで目に映っていた。
そして、沸騰し駆け巡る気血が体を動かし、右の手を上げさせて掌を鏑矢の正面に持ってこさせた。
そして、鏑が掌に触れた瞬間、自分でも驚くほどの力で掴み握り締めた。
〇古びた神社
そして、玲奈の矢を受け止めることに成功したのである。
橘一哉(何なんだ、これ)
火事場の馬鹿力だろうか。
でなければ、こんな力が出せるはずもない。
至近距離での弓矢を受けるというのは、ふとした思いつきだった。
怪我の一つも覚悟していたのたが、まさか本当にできるとは自分自身でも驚いている。
もっとも、一哉以上に玲奈と頼子が驚いているのだが。
橘一哉「実験成功でーす」
掴んだ鏑矢を振りながら、一哉は笑顔で二人を見た。
辰宮玲奈「はぁ〜・・・」
大きくため息をつく玲奈。
溜息をつきながら、その場に座り込んでしまう。
辰宮玲奈「ダメかと思ったよ〜・・・」
梶間頼子「まあ、無事で何よりだわ」
頼子も玲奈と同じく特大の溜息を吐いた。
橘一哉「んじゃ、帰りますか」
〇電器街
姫野晃大(そんなことができるのか!?)
光龍の言葉に晃大は驚いた。
光龍「無論だ」
光龍「私の属性である光は『活性化』」
光龍「お前が念じれば、瑠美の力を活性化できる」
姫野晃大「そんなことが」
光龍「可能でなければ言わぬさ」
神気発勝とは異なる、光龍の力による『活性化』。
それが瑠美の力になるというのなら、
姫野晃大(やる)
姫野晃大(やり方を教えてくれ)
光龍「分かった」
大まかなイメージが、晃大の脳裏に流れ込む。
姫野晃大「・・・」
晃大は剣を構え、目を閉じた。
〇電器街
月添咲与「・・・?」
そんな晃大の様子に気付かぬ咲与ではない。
月添咲与(何のつもりだ?)
瑠美を相手にしつつ、晃大の様子も頭の片隅で注意しておく。
穂村瑠美「はっ!」
月添咲与「っ!!」
チラリと見やったその視線に、瑠美が割って入ってきた。
穂村瑠美「コウはやらせないんだから!」
月添咲与「まずはお前だと言った!」
守るだけだと馬鹿にしていたが、瑠美の戦い方も中々厄介だ。
咲与の向かう先の尽くに立ち塞がり、妨害してくる。
積極的に咲与を攻める訳では無いが、咲与の出そうとする攻撃が中断させられる。
咲与の思い通りの動きができない。
月添咲与(全くもって、ウザい!!!!)
そんな気の焦りが徐々に出始めた、その時。
〇電器街
穂村瑠美「きゃ!!」
月添咲与「んな!?」
閃光が一帯を包みこんだ。
穂村瑠美「な、」
月添咲与「なんだ?」
それは一瞬だった。
すぐに光は掻き消えて元通りになったのだが、
穂村瑠美「・・・?」
瑠美は変化に気付いていた。
穂村瑠美(何だか、)
軽い。
心も、体も、軽い。
それでいて、力が湧き出てくる。
穂村瑠美(ようし、今なら、)
瑠美は大きく深呼吸をし、
穂村瑠美「──────────!!」
唱えた呪文が音声となる直前で力に変わり、巨大な炎が巻き起こる。
月添咲与「火天真言か!!」
強大な力に対抗するべく、
月添咲与「────────!!!!」
咲与も迦楼羅の呪言を唱えた。
途端に暴風が吹き荒れる。
穂村瑠美「いくわよ!!」
月添咲与「こちらのセリフだ!!」
二人は互いの力を振り絞り、
「ハアアアァァッッ!!!!!」
炎と風が激突した。
〇大きな箪笥のある和室
佐伯美鈴「全く、危ないことしてくれちゃって・・・」
美鈴はため息をついた。
しかし、言葉とは裏腹に顔には笑みが浮かんでいる。
嬉しそうな、楽しそうな、心配とは無縁の表情だ。
佐伯美鈴「カズくんの覚醒は順調みたいね」
〇狭い裏通り
穂村瑠美「ねえ、あの光、コウだったんでしょ?」
姫野晃大「え?ああ」
晃大は頷く。
姫野晃大「光龍が教えてくれた通りにやってみたんだ」
穂村瑠美「ありがと」
穂村瑠美「おかげで助かったわ」
姫野晃大「なら、良かった」
直接戦えないのなら、支援すればいい。
その方法が、確かにある。
龍の力は、直接ぶつけるだけではない。
こんなやり方もあるのだ。
姫野晃大(力の使い方、もっと工夫しないとな・・・)


