第伍拾八話 迦楼羅再会(脚本)
〇電器街
穂村瑠美「ねえ、コウ」
姫野晃大「ん?」
唐突に口を開いた瑠美。
晃大が隣を歩く幼馴染の顔を見ると、
穂村瑠美「橘くん、大丈夫なのかな?」
先日武器を失った仲間の名を口にした。
姫野晃大「大丈夫なんじゃないか?」
晃大は肯定の言葉を返す。
姫野晃大「龍が大丈夫だって言うなら、多分大丈夫だろ」
穂村瑠美「能天気ねえ」
晃大は妙に素直で相手の言う事を疑わない時がある。
それだけ相手を信頼しているということではあるのだが、何となく心配になってしまう。
姫野晃大「それに、あのカズだぞ?」
姫野晃大「あいつ、武器がなくても適当に暴れまわるだけで魔族なんて倒しそうじゃないか?」
穂村瑠美「それはそうかもしれない・・・」
一哉の武器は刀だった。
しかし、いざ戦いとなると刀による攻撃以外も蹴る、殴る、肘、膝、体当たりなどを躊躇なく繰り出す。
文字通り全力で暴れ回る戦闘スタイルだ。
刀が失われた所で、大した影響はないかもしれない。
そんな気がしてきた。
「それは良いことを聞いた」
「!!!!」
〇センター街
飯尾佳明「なあ、緑龍」
飯尾佳明「武器が壊れることなんてあるのか?」
緑龍「壊れることはある」
緑龍「だが、すぐに再生できるはずだ」
飯尾佳明「てことは、黒龍の言ってたのは嘘か?」
緑龍「真実ではないが、嘘でもない」
緑龍「形成に要する力の量と形状の精密さ、持たせる権能によって生成難度は変わる」
飯尾佳明「へえ」
要は、龍の力を利用して作り上げた工芸品であるということか。
緑龍「それにしても、黒龍は刀一振りに力を使いすぎたようには思う」
飯尾佳明「というと?」
緑龍「得物一つあれば龍の助力が不要ということは、あの刀自身が龍に等しい代物だということだ」
飯尾佳明「それは確かに気合い入れすぎだな」
緑龍「あの刀に加えて黒龍が助力すれば、あの少年は二柱の龍の力を借りているに等しい」
飯尾佳明「そりゃカズは強いわけだわな」
緑龍「あの少年がよく耐えられるものだと感心してしまうよ」
実質的に二体の龍を擁するに等しい一哉。
それも覚醒して年数を経た経験のなせる技なのだろうか。
〇電器街
月添咲与「得物を失っているのなら、今が狙い目というわけか」
姫野晃大「き、君は、」
月添咲与「また会ったな、姫野晃大」
月添咲与「いや、光龍使い」
姫野晃大「なんでそれを!?」
月添咲与「ナゼも何も、」
〇電器街
月添咲与「こういう事だ!!」
姫野晃大「結界!?」
穂村瑠美「この子、魔族!?」
月添咲与「如何にも」
月添咲与「迦楼羅使いの月添咲与」
月添咲与「挨拶代わりに遊んでやる!!」
〇古びた神社
橘一哉「・・・」
辰宮玲奈「・・・」
梶間頼子「・・・」
梶間頼子「近すぎじゃない?」
頼子が口を開いた。
辰宮玲奈「えー?そんな事ないよぉ」
橘一哉「剣道的には普通の距離だよ」
梶間頼子「いや、確かにそうだけどもさ」
一哉と玲奈の答えに頼子は思わず反論する。
今、一哉と玲奈は八十矛神社の境内で向かい合っている。
二人の間は約二メートル。
一哉の言う通り、剣道における『一足一刀』に近い。
互いに刀を持って構えれば、その切っ先が触れるか触れないかという距離。
一歩踏み出せば互いの刀が相手に触れるという距離なのだが、
梶間頼子「弓には近すぎるし素手には遠いと思うよ」
頼子の言う通り。
玲奈は弓に矢をつがえ、対する一哉は足を肩幅に開いて両手を軽く上げた素手の構え。
梶間頼子「バカじゃないの!?」
思わず頼子は普段口にしない言葉を口にしてしまう。
それも本気で。
梶間頼子「あたしと紫龍の雷も間に合うか分かんないのに、本気?」
辰宮玲奈「いざとなったら黒龍が多分どうにかするから大丈夫だよ」
梶間頼子「・・・・・・」
この信頼感。
玲奈の抱く、一哉に対する謎に高い信頼感は、一体何なのだろう。
信じすぎにも程がある。
橘一哉「変なとこに当てないでくれよ」
辰宮玲奈「分かってるって」
玲奈の番える矢の鏃は、刃ではない。
紡錘状をしており、鏑矢に近い。
鏑矢と違うのは、鏃には穴が空いておらず、飛ばしても大きな音が鳴らないという点だろう。
だが、弓の弾性力を生かして放たれる物体が当たれば只ではすまない。
しかも距離は約二メートルと直近である。
どこに当たっても痛い。
痛いだけで済めば良い方で、内出血や骨折の危険性は非常に高い。
梶間頼子(見届けさせられるこっちの身にもなってほしいよ・・・)
第三者の目からの分析を頼まれても、様々なリスクの方が気になって仕方が無い。
だが、この二人はやるというのだ。
辰宮玲奈「・・・」
玲奈の顔から笑顔が消えた。
的を射る時の真剣な眼差し。
辰宮玲奈「・・・」
体の内外を整えていく。
当てるべき場所に当てるように、心身の態勢を整える。
的、即ち今の状況では一哉の全体を捉え、さらにその中の一点へ。
ここに至り、玲奈は無我の境地に至る。
余計な思考や意念は捨て、弓・矢・的と一体化して導き出すべき結果とも一つになる。
〇古びた神社
梶間頼子(・・・長い)
一哉と玲奈の稽古。
素手で矢に応じるという狂気じみた発想に付き合わされたのは幸か不幸か。
しかも間合いは剣術の間合いである。
見届人として、第三者からの意見も聞いてみたいということだったが、弱冠十六歳の少女には刺激が強すぎたし荷も重すぎた。
あらかじめ神気発勝を発動し、万が一の事態にも対応できる準備はしてある。
光龍の光ほどではないが、紫龍の雷ならば咄嗟に危険を回避することは可能だ。
紫龍も全神経を集中している。
だが、その万一に備えての集中が裏目に出ていた。
長いのである。
玲奈が矢を放つのを今か今かと待ち構えているが、中々放とうとしない。
どれだけの時間が経過したのかも分からない。
数秒か、十数秒か、数十秒か。
それとも、数分経過しているのか。
〇古びた神社
辰宮玲奈「・・・」
玲奈は矢が離れる時を待っていた。
一哉の体を狙い、弓に矢を番え、目一杯まで引き絞る。
後は機が極まるのを待つだけ。
だが、その『機』が中々極まらない。
辰宮玲奈(・・・?)
初めてだ。
狙いは定まり、体も定まっている。
いつ矢が離れてもおかしくないのに、離れない。
辰宮玲奈(どうして?)
弓道の稽古でも、魔族との戦いでも、番えた矢は機が満ちれば自然と放たれていった。
なのに。
辰宮玲奈(離れない)
矢が、弓から離れない?
どうして?
これは稽古だ。
互いに承知の事のはず。
だが、どこかに躊躇いが残っているというのか。
辰宮玲奈(私は、)
いくら稽古とはいえ、大好きな幼馴染を危険に晒したくはない。
一哉の腕前は知っている。
自分の技量も把握している。
そのつもりだ。
何を躊躇う必要があるのか。
この一足一刀の間合いも、一哉の得意とする間合いだからこそ選んだ距離のはずだ。
辰宮玲奈(やらなきゃ)
一哉の信頼に応えるために。
だが。
その決意が、余計な凝りを生み出すこととなった。
あらためて心身を整えようとした、その時。
辰宮玲奈「!?」
文字通り、手が滑った。
〇古びた神社
橘一哉(素手だと結構遠いな)
正直な一哉の感想だった。
剣道で慣れている間合だが、素手で戦うつもりで向き合うと、いささか遠く感じる。
だが、相手の得物が飛び道具となると話はまた違ってくる。
橘一哉(・・・結構、怖いな)
眼の前にいるのは、弓に矢を番え、いつでも放つことができる態勢を整えた玲奈。
必殺の至近距離だ。
橘一哉(居着いちゃダメだ、居着いちゃダメだ、居着いちゃダメだ)
何度も自分に言い聞かせる。
遠くの相手を倒すために作られたのが弓矢である。
こんな至近距離で当てられたら、どこに当たっても痛い。
いざとなれば黒龍が直接フォローしてくれるとは言うが、それでは鍛錬にならない。
橘一哉(あの瞬間を思い出せ)
先日の玄武の使い手、如月玄伍との戦い。
触れた瞬間に重心を崩された、あの時。
接触と同時に振動と衝撃が襲った、あの瞬間。
それよりも遠い間合いなのだ。
橘一哉(できる、はずだ)
接触はしておらず、自分にとっては最も慣れているはずの一足一刀の間合。
大丈夫、できるはずだ。
玲奈の全身を視野に入れつつ、矢にも注意を配る。
橘一哉「?」
玲奈の様子が一瞬だが変わった。
次の瞬間、
橘一哉「!!」
矢の先端の鏑が一気に大きさを増してきた。
橘一哉「!!!!!!」
〇古びた神社
梶間頼子「・・・うそ・・・」
眼の前で起きた光景に、頼子は思わず呟いた。
全身に満ち張り詰めていた力が抜け、金剛所を構えていた腕をゆっくりと下ろす。
一哉は、放たれた鏑矢を『掴んで』いた。
片手で、真正面から握り締め、鏑には亀裂が幾つも走っている。
辰宮玲奈「・・・スゴい」
玲奈も思わず言葉が漏れる。
一哉が鏑矢を握るのは、右手。
黒龍の宿る左手とは逆。
その右手で、飛来する矢を掴み、剰え鏑に罅が入るほどの握力を発揮したのである。
梶間頼子「マジっすか・・・」
あまりの出来事に、語彙力が著しく低下してしまっていた。
〇電器街
姫野晃大「可愛い女の子と知り合えたと思ったのに!!」
咲与の猛攻を光の剣で受ける晃大。
月添咲与「こちらこそ、お前のような昼行灯が龍の宿主とは驚きだ!」
咲与は構わずに攻撃を繰り出す。
晃大は反撃する様子がない。
剣を出したのも、素手では咲与の攻撃を凌ぎきれないと判断したからだ。
攻撃するためではなく、あくまでも盾の代わりに剣を使っているのだ。
それほどまでに咲与の攻撃は猛々しかった。
一撃振るう度に衝撃波が飛び、晃大は姿勢を崩しそうになってしまう。
穂村瑠美「昼行灯とは失礼ね!」
月添咲与「ちい!」
横合いから伸びてきた炎をかわす咲与。
瑠美が斧槍を突き出し炎を出したのだ。
月添咲与「貴様、こいつの女か!!」
穂村瑠美「お、女って・・・!?」
顔を赤らめる瑠美。
そんな瑠美の恥じらいに合わせるかのように、斧槍の纏った炎が揺らめく。
穂村瑠美「とにかく、コウはやらせないわよ!」
月添咲与「やってみろ!」
譲れない、負けられない。
女の戦いが始まった。