第伍拾陸話 乱入者(脚本)
〇アパートの中庭
雀松司「貴様、如月翁から離れろ!」
手を伸ばせば当たるような距離で、玄伍は少年と睨み合っていた。
二人は共に素手。
武器を持たず、防具らしきものも身に着けている様子は見られない。
雀松司(どういう事だ・・・?)
不可解だった。
玄武の力を具現化した篭手『金剛鉄甲』。
敵と相対する時には必ず身に着けているはずの玄武の武具を、玄伍は着用していない。
生身で相対しているのだ。
玄武の加護が無い以上、僅かな隙やミスが命取りになる。
不用意に動けないのだろう。
対する少年は、左の前腕から黒い火の粉か霧のようなものを発している。
雀松司(あれは、『陰気』か?)
黒色の気といえば、思い当たるのは陰気しか無い。
しかし、陰気特有のものが感じられない。
雀松司(あれは本当に陰気なのか?)
陰気とは似て非なるものを放つ少年が何者で、何ゆえ玄伍と睨み合っているのか。
ともあれ、少年が人ならざる力の使い手であることは間違いない。
こうして『結界』が張られた中で相対している二人。
互いに睨み合う様子は、とても友好的な関係であるようには見えない。
ならば、朱雀の力の使い手たる司の為すべきことは決まっている。
司は大きく深く深呼吸をし、朱雀の炎気を呼び起こす。
背中から真紅の火の粉が舞い散る。
雀松司「如月翁、何とか耐えてくださいよ!」
如月玄伍「!!」
玄伍は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を引き締める。
若者の為さんとする事を察し、
如月玄伍「お手柔らかに頼むぞ・・・!!」
息を整え、態勢を整える。
橘一哉「っ!!」
一方、玄伍と相対している少年も、司のただならぬ雰囲気に何かを察したのは同じ。
雀松司「君に恨みはないが、」
司の両腕が炎に包まれる。
雀松司「いくぞ!!」
朱 雀 劫 炎 翔
〇アパートの中庭
全身を揺さぶる重い震動の余韻が消えない。
しかし、相手の武器は破壊した。
こちらの武器も破壊されたが、窮余の一打で相手の丹田を崩し気脈を乱すことには成功した。
問題は、この超近接状態から動く方策が見当たらないこと。
筋骨も気脈も揺さぶられ、まともに動けそうにない。
そんな中で、
玄伍の味方と思しき青年が乱入してきたこと。
しかも、玄伍に余波が及ぶ危険を承知しつつも一哉に攻撃を加えようとしていること。
予想外の乱入者だ。
橘一哉(どうする・・・?)
どうしようもない。
余力があるかすら怪しいのだ。
が。
炎風が容赦なく迫る。
迫る熱気に、
橘一哉「おおおっ!!」
火事場の馬鹿力か、あるいは生存本能か。
咆哮を上げ、一哉の身体は動いていた。
〇アパートの中庭
金剛鉄甲は砕かれたが、一哉の繰り出す刃も粉砕され、相討ちとなった。
玄武の奥義を叩き込み、勝負は決したと思った。
だが、それだけでは終わらなかった。
急に一哉の纏う力が膨れ上がり、強烈な一撃を丹田に貰ってしまった。
丹田に直接ダメージを受けた上、余波で全身の気脈も揺さぶられた。
次の一撃を警戒する中で現れた同志、雀松司。
彼の朱雀の羽撃ならば、一哉を引き剥がすなど造作もないだろう。
玄武の加護があれば、余波によるダメージは抑えられる。
なけなしの力を集中し、朱雀の奥義に備える玄伍だったが、
〇アパートの中庭
如月玄伍「!!!!」
玄伍は一哉に突き飛ばされた。
たたらを踏み後ずさる玄伍の眼の前で、
橘一哉「おおおっ!!」
一哉は振り返り、迫る炎目掛けて左の貫手を突き出した。
一哉の左手から黒い霧が迸り、炎とぶつかり合った。
そして、
赤と黒の塊は混じり合い、無数の光の粒子へと変じて霧消した。
雀松司「なん、だと、・・・!?」
これには司も唖然とした。
雀松司「全てを焼き尽くし吹き飛ばす、朱雀の奥義が、」
消滅させられた。
前代未聞、未曾有の出来事だった。
雀松司(これが、代行者の限界だというのか・・・!?)
雀松司(だが!)
玄伍は少年と距離を取ることができた。
少年は司に向き直り、こちらに意識を向けている。
所定の目的は達成できた。
雀松司「貴様、何者だ」
橘一哉「龍使い、黒龍の橘一哉」
司の問いかけに、少年は拒むことなく名乗った。
雀松司「龍使い?」
如月玄伍「そうだ」
少年・橘一哉の背後から玄伍が声を上げた。
如月玄伍「彼の友人と私に因縁があってね、お礼参りに来たそうだ」
雀松司「お礼参り・・・!?」
橘一哉「あんたもやるかい?」
雀松司「いや、やめておく」
何か事情がありそうだ。
〇実家の居間
雀松司「そういう事だったのか・・・」
玄伍と一哉から話を聞いた司は、漸く納得できた。
如月玄伍「まあ、そういうわけだ」
橘一哉「正直、二対一になるかとヒヤヒヤしましたよ」
以前玄伍が出会ったという龍の少年。
それが、この橘一哉という少年だった。
雀松司(これは、確かに、)
先程の相対していた時の様子といい、今こうして向かい合っている時の様子といい、
雀松司(相当なものだな)
怖じることなく相手に向かい、焦ることなく落ち着いている。
中々の器量であることが伺える。
雀松司(おそらく、龍使いの中では彼が一番の使い手か)
朱雀の奥義を打ち消すほどの力を放つとは思わなかった。
神獣の中でも龍が別格とされる理由が実感できた。
如月玄伍「それで、どうするね?」
玄伍が一哉に問う。
橘一哉「帰ります」
橘一哉「取り敢えず目的は果たせたので」
如月玄伍「勝敗はついていないぞ?」
やや挑発混じりに玄伍が言うと、
橘一哉「勝負は次回に預けます」
橘一哉「それじゃ」
一哉は立ち上がり、部屋を出ていった。
〇実家の居間
雀松司「なぜ素直に帰したのです?」
如月玄伍「引き止める理由も、背中を向けた彼を討つ理由もあるまい」
雀松司「・・・」
玄伍の言う通り、これ以上敵対する理由は無い。
四神は人類を守護する役割がある。
龍たちも、人類絶滅を目論む魔族と戦っている。
敵の敵は味方。
それに、人類を守るという目的が同じならば、敵対する理由は無いだろう。
それはそれとして、
雀松司「身体の方は大丈夫なのですか?」
金剛鉄甲も着けずに睨み合っていたのが気にかかる。
如月玄伍「大丈夫、とは言い難いかな」
ふう、と玄伍はため息をつく。
如月玄伍「彼の一撃は凄まじいものだった」
如月玄伍「丹田を切り裂かれ、気脈を引き裂かれるような衝撃を叩き込まれたよ」
よく見れば、玄伍の顔には些かの強張りがある。
雀松司「それほどの一撃を繰り出したのですか、彼は」
如月玄伍「ああ」
頷く玄伍。
如月玄伍「暫くは全力では動けんだろうな」
雀松司「では、」
知恵袋で実力者の玄伍が前面に出られないのは痛手だ。
しばらくは後手に回るしかないだろうが、
如月玄伍「その間に、龍使いとの協力体制を築いておきたいものだ」
雀松司「そうですね・・・」
〇住宅地の坂道
橘一哉「玄武に朱雀、すげえな・・・」
歩きながら一哉は呟いた。
まさか一日の内に四神のうち二人に会うことになるとは思わなかった。
一人は予定通りだったが、もう一人は完全に予想外だった。
二人を相手に凌ぐことができたのは奇跡的だ。
橘一哉「頑張って家まで帰るか・・・」
玄伍に叩き込まれた一撃が、未だに体内に残っている。
油断すると身体が揺れて真っ直ぐ歩けない。
橘一哉「・・・道、間違ってないよな・・・?」
ゆるゆると、ゆらゆらと、一哉は夕暮れの道を歩いていった。
〇祈祷場
佐伯美鈴「・・・・・・」
深夜の本殿で美鈴は座って前を見つめていた。
目の前にあるのは御神鏡。
隙間から差し込む月明かりに照らされて浮かぶのは、美鈴の顔。
鏡に映る虚像の双眸は、その主を真っ直ぐに見つめている。
佐伯美鈴「・・・一瞬、目覚めた」
美鈴はポツリと呟いた。
佐伯美鈴「あの子の中の龍が、目覚めた」
ほんの一瞬、刹那の時ではあったが、確かに『力』を感じた。
間違いない。
佐伯美鈴「覚醒は、少しずつ進んでいる」
鏡に映る瞳が妖しく光る。
佐伯美鈴「あの子に会えるのも、近いかもしれない」