ジョブ・フィクション~ありそうでない虚構の仕事~

編集長

体育館の天井にバレーボールひっかけ師(脚本)

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〇体育館の外
  その日、取材班は新築の体育館の前で、
  館長と共にある男の到着を待っていた
館長「もう間もなく来るはずですが・・・」
館長「あ、来ました。あの車です」
  到着した車から降りてきたのは、ヨレた
  ジャージに身を包んだ中年男性だった
館長「狩野様、本日はよくお越しくださいました」
狩野秀雄「どうも。体育館の高さは?」
館長「は?」
狩野秀雄「体育館の高さです」
館長「あ、はい、えっとー・・・」
  狩野と呼ばれた男は挨拶もそこそこに、
  体育館の設計について確認を始めた

〇体育館の中
狩野秀雄「・・・高さが12メートル」
狩野秀雄「ひっかける場所は体育館中央ライトから 5メートル右のところ・・・」
狩野秀雄「ここってまだ出来て間もないの?」
館長「は、はい! 去年の冬に竣工しました」
館長「なるべく早く狩野様にご依頼を と思いまして・・・」
狩野秀雄「ボールは」
館長「こちらで、お願いいたします」
狩野秀雄「ああ、ムルトンさん。いいね」
館長「あ、ありがとうございます!」
狩野秀雄「じゃ、下がって。 集中したいからなるべく息もしないで」
館長「は、はい・・・」
  ボールを構えた瞬間、
  狩野の雰囲気が・・・変わった
狩野秀雄「いくよ・・・はっ!」
  狩野が腕を振り上げると、バレーボールが
  勢いよく打ち上がった。そして・・・
  天井に・・・ひっかかった
館長「おおおおっ! す、すごい」
館長「指定の位置に完璧に・・・」
館長「あ、あれ、狩野様、どちらへ?」
狩野秀雄「仕事終わったからね。帰るよ」
館長「は、はい、ありがとうございました!」
  狩野が到着してから仕事を終えるまで、
  ほんの2~3分の出来事だった

〇黒
  『体育館の天井にバレーボールひっかけ師』

〇開けた交差点
  今回密着するのは
  『体育館の天井にバレーボールひっかけ師』の狩野秀雄、62歳
  その名の通り、
  体育館の天井にバレーボールを
  ひっかけることを生業としている
  新しく出来た体育館などに呼ばれ、指定の
  位置にバレーボールをひっかけるのだ

〇車内
狩野秀雄「天井にボールが引っかかっていると、 体育館としての味が出るのよ」
狩野秀雄「箔が付くというかね」
狩野秀雄「良く使われている体育館として、プロの 試合なんかの誘致もしやすいみたいで」
取材班「ボールをひっかける以外の 仕事はありますか?」
狩野秀雄「一度ひっかけたボールを落として、」
狩野秀雄「新しい場所にひっかけて欲しいなんて 依頼もあるね」
狩野秀雄「体育館が年取るとね、 ボールの似合う位置とかも変わってくるの」
取材班「額とかって・・・?」
狩野秀雄「ボールひっかけるだけなんだから、 そんなもらえるわけないよ」
狩野秀雄「だからやめとけっていったのに、 こいつは・・・」
東俊樹「僕は金のためじゃないんで」
  車を運転するのは弟子の東俊樹だ。
  三年前、狩野に弟子入りし、
  狩野の付き人として働いている
東俊樹「湿布買うので薬局寄りますね」
狩野秀雄「そんなの先に買っとけよ、ったく」

〇薬局の店内
東俊樹「まだ一度もボールを打ち上げたことは ありません」
東俊樹「毎日イメトレと素振りです」
取材班「三年間、実践は無しですか?」
東俊樹「ひっかけ師としての体を作るのに最低でも 五年は掛かります」
東俊樹「それだけ打ち上げの負荷は大きいんです」
東俊樹「師匠も軽くやっているように見えますが、」
東俊樹「毎週のように針を打ってもらって何とか 続けてる状態なんです」
東俊樹「だから、早く自分が一人前に ならないと・・・」
取材班「ずっと下積みで辛くないですか?」
東俊樹「師匠の打ち上げ見ましたか?」
東俊樹「自分もいずれああなれるかもしれないと 思ったら、どんな修行だって耐えられます」

〇車内
狩野秀雄「俺も一度はね、普通に就職したんだけど」
狩野秀雄「まあ、向いてなかったんだな」
狩野秀雄「営業だってのに、ぼんやり天井ばっか 見ちゃって」
  昔から何故か建物の天井に
  心惹かれたという狩野。
  転機となったのは、当時の恋人と
  見に行ったバレーボールの試合だった
狩野秀雄「感動しちゃったの」
狩野秀雄「試合にじゃないよ」
狩野秀雄「天井に引っかかてるボールに。 びっくりした」
狩野秀雄「あんなに綺麗にひっかかってる バレーボール見たことなかったよ」
狩野秀雄「殺風景な天井にポツンって」
狩野秀雄「気が付いたら涙が止まらなくなってて、 次の日には会社辞めてた」
狩野秀雄「これだって思ったんだよね」
  それからはひっかけ一筋35年。
  唯一無二のひっかけ師として活躍している

〇体育館の屋上
学長「当大学はスポーツに力を入れた 大学となっておりまして」
狩野秀雄「大きいね。こんな大きい体育館は初めてだ」
  今度は新しく出来た大学の体育館に、
  バレーボールをひっかけて欲しいとの
  依頼がきた
狩野秀雄「天井の高さも普通の2倍以上あるね」
取材班「やっぱり高いほど難易度は上がりますか?」
狩野秀雄「そりゃね。それにあれ見て」
狩野秀雄「天井の梁部分の出っ張りが少ないでしょ。 いつもより力加減に気を付けないとね」

〇学校の体育館
  伝説のひっかけ師が来ると聞いて、
  多くの学生たちが体育館に押し寄せていた
学生1の声「あれが噂の・・・」
学生2の声「なんか普通のおじさんに見えるけど、 大丈夫かな?」
学長「すみません」
学長「お仕事のお邪魔になるかと思ったのです が、見学希望者があまりにも多く・・・」
狩野秀雄「そんな大層なもんでもないんだけど。 まあ、いいよ。ボールは?」
学長「こちらで」
狩野秀雄「はいはい。 ・・・なるほど、トリダマね」
取材班「何か問題が?」
狩野秀雄「トリダマのボールは普通のボールより 弾みが鈍くてね」
狩野秀雄「コントロールが難しいのよ」
取材班「ひっかけられますか?」
狩野秀雄「まあ、やってみるよ」
  狩野はいつもと変りない様子で、
  体育館の中央へと歩いていった
狩野秀雄「・・・いくよ」
  狩野が構えた瞬間、ざわついていた場内が静寂に包まれた
  それほどまでに狩野の佇まいからは
  迫力が感じられた
狩野秀雄「・・・ふっ!!」
  狩野が腕を・・・振り上げた
  一発で・・・決めた
「うおおおおおおっ!」
学長「お見事です!」
取材班「す、すごい・・・!」
取材班「って、あれ、狩野さん? どこ行ったんですか!」
  狩野はすでに体育館を後にしていた

〇大学の広場
取材班「狩野さん、待ってください!」
狩野秀雄「おお、お疲れ。 遅いから先帰っちゃった」
取材班「あれだけ難しい依頼をたった一回で 成功させた、今のご感想は?」
狩野秀雄「こちとらプロなんだ。 当たり前だよ」
  取材の最後に、ひっかけ師としての
  今後の目標を聞いてみた
狩野秀雄「別に。依頼があったらひっかける、 それだけだよ」
狩野秀雄「特別なことしてるって思ってないんだ」
狩野秀雄「後はまあ、出来の悪い弟子が 立派に育ってくれりゃいいかね」
東俊樹「師匠、車回してきました!」
狩野秀雄「おせぇよ、待ちくたびれたぞ!」
東俊樹「はい、すみません!」
狩野秀雄「よし、そんじゃ、 もういっちょひっかけに行くとするか!」
  今日も彼らは仕事へ向かう。
  ありそうでない、虚構の仕事へ

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