ジョブ・フィクション~ありそうでない虚構の仕事~

編集長

善行劇団(脚本)

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〇駅前ロータリー(駅名無し)
宮本真弓「あの、手伝いましょうか?」
おじさん「え、ああ、悪いねぇ」
  並べられた自転車を倒してしまった
  男性に、一人の女性が声をかけた
若者「おじさん、俺も手伝いますよ」
おじさん「ああ、ありがとうねぇ」
  するとそれを見ていた若者が
  すぐさま手伝い始めた
  人々の優しさを感じられる、
  日常の中の平和な一幕である
おじさん「どうも、助かりました」
宮本真弓「いえ。では、私はこれで」

〇住宅街
取材班「あ、こっち来た」
取材班「あの、宮本さん・・・」
宮本真弓「・・・・・・」
取材班「あれ、宮本真弓さん?」
宮本真弓「・・・・・・」
取材班「えー、あの人だよな・・・」
  その時、宮本から取材班へ
  一通のメッセージが届いた
  『まだ話しかけないでください。
  私が劇団員だとバレる可能性があります。』
  『詳しいお話は座長の部屋に帰ってから』

〇黒
  『善行劇団』

〇街中の道路
  今回密着するのは
  『善行劇団』団員の宮本真弓、27歳
  善行劇団は街の自治体から依頼を受けて
  〈善い行い〉を街中で演じる劇団である
  善い行いを見た街の
  人々のボランティア精神を刺激し、
  街に善い人間を増やすことが目的である
  今回は
  『自転車をドミノ倒しにした人を助ける』
  という善行を演じたのだった

〇書斎
村田勝政「ああ、さっきの駅前の善行について、 SNSで投稿されてるね」
宮本真弓「たった二件じゃん」
  駅前で自転車倒れたの手伝ってる人いた
  寂れた街だけど優しい人もいるもんだな
  俺も今度は助けようと思う。今度は。
  ・・・今日は急いでたので
村田勝政「小さいことだけど、 こういうのが嬉しいよね」
  村田勝政、42歳。善行劇団の座長である
村田勝政「座長って言っても、」
村田勝政「シチュエーション作って、日時決めて、 団員に連絡してるだけよ」
村田勝政「基本的にうちは人集めて練習できないから」
  団員が一緒にいるところを見られると、
  善行が仕込みなのではないかと
  疑われてしまう。
  団員同士の交流は極力控えるのが鉄則だ。
  故に現場で初めて他の団員と
  顔を合わせることも少なくないという
宮本真弓「今日の自転車倒したおっさんと、 途中で加勢した若者だけど」
村田勝政「ん?」
宮本真弓「クビにした方がいいよ。下手くそ。 バレるんじゃないかってひやひやした」
村田勝政「まあ、新人さんだから。これからよ」
取材班「え、あの途中の若者も 仕込みだったんですか?」
村田勝政「そうよ。ちなみに倒した自転車も 全部うちで用意したもの」
村田勝政「壊しちゃったらシャレになんないからね」
宮本真弓「大がかりに準備して、反響はSNSの 投稿二件。ホント割りに合わない」
村田勝政「あんまり目立ちすぎるのもダメでしょ」
村田勝政「あくまで自然に、 善行をみた人の気持ちを動かさないと」
宮本真弓「・・・オーディション行ってくる」
取材班「え、オーディションって──」
村田勝政「向こうの座長には俺からも口きいとくから」
宮本真弓「・・・失礼します」
村田勝政「彼女、この劇団を引退するのよ」
取材班「え」
村田勝政「やっぱり、根が女優なんだな」
村田勝政「スポットライトに照らされて、 みんなから拍手喝采を浴びたい」
村田勝政「あれだけ良い演技が出来るんだ、 そりゃ、そう思うよ」

〇レトロ喫茶
宮本真弓「善行劇団の前も小さい劇団で女優やってて」
宮本真弓「まあ、芽が出なくて辞めたんだけど、」
宮本真弓「なにかしら演劇は続けたいなーと 思ってたのね」
宮本真弓「で、そんときちょうど 善行劇団のこと知って」
宮本真弓「自治体絡んでるからやっぱ ギャラは小劇団より断然良いのよ」
宮本真弓「ボランティアみたいな気持ちで 始めたんだけど・・・」
取材班「やっぱり、舞台に 立ちたくなったんですか?」
宮本真弓「だって、良い演技しても 分かってもらえないんだよ」
宮本真弓「むしろ良い演技すればするほど 印象に残らない」
宮本真弓「日常に溶け込んで、忘れ去られる」
宮本真弓「・・・耐えられないよ」
宮本真弓「次の『心臓発作で倒れた人を救助する』 善行で・・・最後にする」

〇広い公園
明人「・・・う、ううう」
明人「ぐっ、がっ、あああっ!」
女性の声「え、なに!?」
明人「ああ・・・うっ!」
子どもの声「ねえママ、 あのお兄ちゃんどうしたの・・・?」
明人「あ・・・」
宮本真弓「大丈夫ですかっ!?」

〇公園の入り口

〇救急車の中
  村田は自治体から貸与された救急車の中で
  善行をモニタリングしていた
取材班「すごい。いま倒れた方、 本当に苦しそうですね」
村田勝政「うちのベテラン。明人っていうの」
村田勝政「いつもより難しい善行だからね、 上手いやつ集めたの」
村田勝政「よしよし、後は真弓が 心臓マッサージで蘇生すれば──」
男性の声「みんな、下がれ!!」
村田勝政「!?」

〇広い公園
男性「僕に任せて、必ず助けます!」
宮本真弓「あ、いや、ここは私が・・・」
男性「大丈夫、僕が必ず助けます!」

〇救急車の中
取材班「あの男性は・・・」
村田勝政「団員じゃないね。本物の一般人」
村田勝政「困ったね。一応、明人に電話掛ければ 目覚める手はずになってるんだけど」
男性の声「下がって! 心臓マッサージを始めます!」
村田勝政「・・・少し、真弓に任せてみようか」
取材班「え!」
村田勝政「舞台にトラブルはつきものだから。 こっからはアドリブってことで」

〇広い公園
男性「さあ、行きますよ!」
宮本真弓「私は医者です!」
男性「え!」
明人(え!?)
宮本真弓「素人の方が下手に手を出すと危険です!」
宮本真弓「ここは私に任せて!」
男性「え、いや、しかし・・・」
宮本真弓「クランケの顔にアナムネーゼが見られます」
宮本真弓「バイタルもタニケットされているので、 心房中隔欠損症の可能性もあります!」
男性「し、しんぼう、あなむ、なんて!?」
宮本真弓「下がって!」
男性「は、はい・・・」
宮本真弓「心臓マッサージ、開始します!」
宮本真弓「1、2、3、4、5・・・!」
明人「・・・・・・」
男性「だ、ダメか・・・」
宮本真弓「諦めない! 心マ、続けます!」
宮本真弓「1、2、3、4、5・・・!」
明人「ぶはっ!」
宮本真弓「蘇生っ!」
周囲の人々「おおおおっ!」

〇救急車の中
村田勝政「OK! 救急車回して、 二人をピックアップするよ!」

〇救急車の中
村田勝政「不測の事態によく対応したね」
宮本真弓「知ってる言葉をデタラメに 羅列しただけだし」
宮本真弓「本物の医者がいたらすぐバレてた」
村田勝政「そうやってハッタリ効かせられる子は そうそういないよ」
村田勝政「自信持ちなさい」
宮本真弓「・・・・・・」
村田勝政「お、さすがに今回はSNSの投稿も多いね」
  お医者さんのお姉さん、カッコよかった!
  人を助けられる仕事って素敵だな~。
  俺も頑張って医学部行こうかな
宮本真弓「・・・みんな騙されてるだけなのに」
宮本真弓「こんなの、本当に善い事なの?」
村田勝政「俺たちは劇団だからね」
村田勝政「人を騙して、夢中にさせるのが仕事」
村田勝政「善い事は、観た人に やってもらえばいいのよ」
宮本真弓「・・・・・・」
村田勝政「まあ、真弓がいなくなるのは寂しいけど、 きっと真弓ならいい女優に──」
宮本真弓「続ける」
村田勝政「え?」
宮本真弓「もう少し善行劇団を続けるって言ってるの」
村田勝政「・・・どうして?」
宮本真弓「・・・まだ学べることがある気がするから」
村田勝政「そっか。いいよ、歓迎する。 改めてよろしく、真弓」
宮本真弓「別に、自分のためだから」
村田勝政「はいはい、それでいいよ」
  取材の最後に、宮本に善行劇団員としての
  今後の目標を聞いてみた
宮本真弓「もっと自然に演じて、観た人の気持ちを 動かせるようになりたい」
宮本真弓「女優としても劇団としても、 もっとレベルアップできるように」
村田勝政「それ本心?」
宮本真弓「これは演技じゃないから」
村田勝政「そっか、なら良かった」
  今日も彼らは仕事へ向かう。
  ありそうでない、虚構の仕事へ

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