九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第53回『微睡めない』(脚本)

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〇城壁
  ──第53回『微睡めない』
レクトロ「これでようやく、いつもの生活に戻れるよ・・・」
レクトロ「人間と住むなんて、僕にはもう無理なんだ」
レクトロ(心が受け付けなかったなぁ・・・)
レクトロ(どうしてだろう?)
  ──転送先は、遊佐邸では無く、かつて自分が倒れナタクに命を救われた所だった。
シリン・スィ「ちょっといいかしら?」
レクトロ「うん」
  シリンが隣に来ても、目線を合わすことは無かった。
レクトロ「何か面白いものでも見つけたの?」
レクトロ「あ、もしかして、ホタテの炊き込みご飯についてかなぁ?」
シリン・スィ「いいえ。朝ご飯の内容では無いわ」
シリン・スィ「シャーヴが変な顔をしていたのと、とある人間が貴方に関する内容のノートを持っているのよ」
シリン・スィ「それは多分、レクトロ様が望んでいるモノでも、面白いものでも無いと思う」
  シリンの話を聞いたレクトロの判断は早かった。
レクトロ「誰かに聞かれたら面倒だ。 遊佐邸に戻ろう」
レクトロ「君も僕も、呼ばれているからさ!」
シリン・スィ「あら、そうなの? 行かなきゃ」

〇広い和室
レクトロ「待たせてごめんね!」
レクトロ「朝ご飯を食べていたら、遅れちゃったよ」
  二人を呼び出したのは、遊佐景綱だった。
遊佐景綱「体調はどうだ? 何もないと良いのだが・・・」
レクトロ「痛みは無いよ。ちょっと怠いくらい」
レクトロ(偃ちゃんがいなくて良かった~・・・)
レクトロ(顔を合わせたら、追いかけられそうだもん)
  『3日間は安静にしているように』と言われたのに、半日で破っているため、偃に必ず怒られるだろう。
遊佐景綱「・・・・・・そうか」
遊佐景綱(雰囲気が、いつもと違うような)
  レクトロに違和感を抱いた彼は、これ以上の追求を止めた。
  その代わりに、提案をした。
遊佐景綱「レクトロ」
遊佐景綱「ナビスがお前を呼んでいる。 彼女と時間を過ごせば、少しは気が楽になると思うぞ」
レクトロ「その子は、偃ちゃんの従者になる予定の子だよね」
レクトロ「確か、すごい可愛いアクセサリーを作ってくれるんだっけ」
レクトロ「シリンちゃんが付けてる、そのカニのイヤリングも作ったのかなぁ?」
シリン・スィ「そうよ!私のリクエストに応えてくれたの!」
  ナビスが作った純銀のイヤリングは、シリンのお気に入りになったようだ。
レクトロ「お礼をしなきゃ。君も行くよ!」
遊佐景綱「・・・・・・」
遊佐景綱「元気そうには見えるな。 だが──」
  レクトロとシリンの後ろ姿を真顔で見つめる目は、冷めたものだった。
遊佐景綱「何か隠しているな、彼奴」

〇広い和室
「貴方も、そう思います?」
  聞いたことのある声に、二歩後ずさる。
  すると、畳に不自然な波紋が現れた。
シャーヴ「私と貴方の考え方が似ているようで何よりです」
遊佐景綱「・・・私はそう思わんが」
遊佐景綱「で、何しに来た?」
  シャーヴは予定通りには動く性質がある。
  用事が無い限りは自分から来ないはずだ。
  今回の来訪は非常に珍しい。
  真意を固有能力で聞き出そうとしても、仮面で顔を隠しているため意味は無かった。
シャーヴ「とある人間が所有するノートに、非常に滑稽なことが書かれていたのです」
シャーヴ「貴方にも見てもらおうと思っただけです」
シャーヴ「これはただのコピーですからね。 窃盗ではございません、ご安心を」
  『住居侵入』という見逃せない罪を棚に上げ、話は進む。
遊佐景綱「・・・どうやって住所を割り出した?」
  当然だが、ノートには持ち主の名前が書かれている。
  『姫野晃大』──観測している人間の名だ。
シャーヴ「スィ家の娘のおかげです。 ちゃんと仕事はしているようですね」
遊佐景綱「そうか、お前ではなく彼女か・・・」
  どこか不満そうな声色だった一言に、シャーヴは仮面の笑みを深くした。
シャーヴ「自分の得意不得意は分かっているつもりですよ、当主」
シャーヴ「私は、私の出来ることをするのみです。 貴方と同じです」
シャーヴ「さて、もう私は行きますよ」
シャーヴ「面白いことが待っているので!」
  言いたいことだけ言ったシャーヴは、床に溶け込むようにして消えた。
遊佐景綱「面白いこと、か・・・」

〇シックなカフェ
フリートウェイ(元気そうだな、順調に食べてる)
  小さな口を開け、早く咀嚼をするチルクラシアの姿は、小動物のようだった。
  時間を気にしているのか、時々時計を横目で見ながら落ち着かない様子で食べている。
チルクラシアドール「一口食べる?」
フリートウェイ「オレには紅茶があるから、大丈夫だ」
フリートウェイ(・・・ちょっと甘過ぎるかもな)
  チルクラシアの反対側の席で、フリートウェイはハチミツ紅茶を飲んでいる。
  レクトロに会うために侵入した異空間に、何故かあったハチミツ紅茶の味が好きになってしまったのだ。
チルクラシアドール「お腹空いてたから、今日は全部食べられそう!」
フリートウェイ「それは良かった」
フリートウェイ(それは本当に”今日は”なんだろうな)
  昨日だったら残していたかもしれないし、そもそもカフェでホットケーキを食べていなかったかもしれない。
  ──『外へ行く気分になった今日』だからこそ、何の支障もなく上手く行っているだけかもしれない。
  幾多の『かもしれない』が、チルクラシアの現状を作っていると思えば、余計に選択を誤ることが恐ろしくなった。
チルクラシアドール「次はドーナツを食べて、その後は・・・・・・」
フリートウェイ(本当に調子が良いんだな)
フリートウェイ(だが──)
  タブレット端末のメニュー画面を見つめる彼女の注文の多さに違和感を感じた。
フリートウェイ(・・・普段はそこまで食べられないよな)
フリートウェイ(この後、大量のエネルギーを使って行動するんだろうな)
  ──この違和感は、最悪の形で現実になることになる。

〇中東の街
フリートウェイ「・・・オレに何をする気だ?」
  ホットケーキとドーナツ、ショートケーキを食べたチルクラシアは、機嫌が良かった・・・はずだった。
  彼女の手首から出る半透明のリボンは、フリートウェイの小柄な体を拘束する所か、左の脇腹から少しずつ入り込んでいる。
  リボンが触手に近い動きをしているため、視覚にも精神的にも良くない。
  チルクラシアにグロテスクな好みは無いはずだ、きっとこの行動にも理由があると考えるしか無かった。
チルクラシアドール「ちょっと手伝って欲しいの、ダメ?」
フリートウェイ「・・・・・・内容による」
チルクラシアドール「フリートウェイの身体を使ってみたい」
フリートウェイ「・・・使う?」
チルクラシアドール「そう、使う」
  文章の意味が分かるまで、時間がかかる。
  『身体を使う』とはどういうことだろうか。
フリートウェイ(・・・?)
フリートウェイ(”他人の身体を使ってみたい”だと?)
フリートウェイ(自分が動くつもりは?)
  チルクラシアの一言を頭の中でゆっくり反芻していくうちに、
  彼女がこれから何をするつもりか、何を自分に求めているかを察した。
フリートウェイ「オレの身体を乗っ取るつもりか!!?!?」
チルクラシアドール「乗っ取る?」
  首を傾げるチルクラシアは、自分の行動の意味と危険性を理解していないようだ。
フリートウェイ「それだけはマジで止めてくれ!」
チルクラシアドール「分かった」
  はっきり『止めて欲しい』と言われたためか、彼女はあっさりリボンを消滅させた。
  だが、フリートウェイの体内に入ろうとしたリボンだけは、脇腹に刺さった動きを止め、色褪せたただけだ。
フリートウェイ「・・・帰って落ち着いたら、話をしよう」
フリートウェイ「オレは、君がこんな強引なことをした理由を知りたい」
  ──チルクラシアの行動理由を、知る必要がある。
  それがどれだけ過激なものだったとしても、フリートウェイは理解するつもりだ。
チルクラシアドール(理由かぁ)
チルクラシアドール(君の身体は軽々動きそうだなぁって)
チルクラシアドール(そんなことを言ったら驚くかな?)

〇城壁
  ──遊佐邸で過ごした感覚は僅か数分間だが、下界は夜になっていた。
  転送用のポータルから出たシリンは、素早く瞬きをした。
シリン・スィ「あれ?もう夜なの?」
レクトロ「遊佐邸と下界の時間の流れは大きく異なる」
レクトロ「もし人間が迷い込んだら、すぐに帰すようにしているけど、その人間の寿命は削られることになるね」
レクトロ「・・・とはいえ、遊佐邸はナタ君の管理下だ。 彼が大きなミスをしない限りは大丈夫」
  人間には観測されない遊佐邸は、実は危険な場所だった。
  『功績を残せぬまま死ぬこと』を恐れるシリンは、初めて『自分が人外の存在であること』に感謝した。
シリン・スィ「・・・・・・中途半端に、浦島太郎になった気分だわ」
シリン・スィ「昼寝なんかしたらどうなるか・・・考えただけで恐ろしい」
  もし眠気に身を委ねて眠ってしまったら、もう二度と目覚めないのではないか?
  ──勘の良い彼女は、そう考えた。
レクトロ「あはは、そんなに恐れなくても大丈夫さ。 僕が必ず助けるよ」
レクトロ「君を寿命以外で喪うわけには行かないから」
  感情を見せるシリンの隣にいるレクトロは、異様なほど冷静だ。
  それはまるで、嵐の前の静けさのようだ。
シリン・スィ「これから、何をする予定なの?」
シリン・スィ「仕事を忘れて、1日寝る?」
レクトロ「・・・寝たいけど寝れないさ。 夢は見たくないんだ」
シリン・スィ「そう・・・」
シリン・スィ(いつか倒れるわよ馬鹿)
  『眠い』と言った割には、欠伸をせず意味深な発言をしたレクトロ。
  従者は不思議そうに首を傾げた。
レクトロ「今の君と僕なら、何だって出来るはず」
レクトロ「──僕はそう信じているよ」

〇城壁
  レクトロの両手が、シリンの小さな肩に置かれる。
  だが、両手に込められた力は異常に強く、彼女の細い体を破壊しかねなかった。
  自分の主人の豹変に驚いている暇すら無かった。
レクトロ「・・・地獄はいつだって、緩やかに作られるの」
レクトロ「幸せはガラスの上にしか無い。 現状を受け入れて、満足しなきゃいけない」
レクトロ「僕はいつだって『生きる』。 約束を守り続けるために、生き続ける」
レクトロ「・・・例え、世界を作り替えることになってもね」
  最近のレクトロは、たまに影を見せる時がある。
  その影の深さは異常で恐怖を与えるため、なるべく見せないようにしてきたはずなのに。
  姫野兄妹からの捧げ物を見てから、様子がずっとおかしくなっている。
シリン・スィ「痛い痛い・・・ 肩が痛いです、レクトロ様」
シリン・スィ「このままでは脱臼か骨折します。 離してください」
  ──シリンは、純粋にレクトロを心配している。
  『余計な詮索はするな』と釘を刺されていたため、嫌に冷静に肩に置かれた両手を話すようにしか言えなかった。
  ──他に言うべきことがあったはずなのに、唇が震えて、頭の奥が痛くて言葉に出来なかった。
レクトロ「・・・・・・怖がらせて、ごめんね」
レクトロ「君を巻き込む必要は無いんだ、聞かなかったことにしてくれ」
  話題を逸らすレクトロに、シリンは初めてイラつきを感じた。
シリン・スィ(これは見過ごせないわ!)
シリン・スィ(誰にも頼ろうとしないのはどうしてなのよ!?)

次のエピソード:Another Act1『一時のしあわせ』

コメント

  • いつになく話に動きが見えてきたような感じですね。
    次回も楽しみにしてます。

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