九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第51回『醒めない夢』(脚本)

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〇劇場の座席
  ──第51回『醒めない夢』
レクトロ「・・・シリンちゃんか」
レクトロ「僕に会いたくなったの? 君も素直じゃないね」
シリン・スィ「素直じゃないのはどっちかしら、レクトロ様?」
  レクトロの隣に座ったシリンは、どこか拗ねているようだった。
シリン・スィ「言葉に言い表せない何かがあったのは、何となくだけど分かるわ」
シリン・スィ「ねぇ、私に──」
  言いかけたシリンの口を、レクトロは左手で塞いだ。
レクトロ「・・・そうやってすぐに他人の中を暴こうとするのは、君の欠点だよ」
レクトロ「僕が最優先するのは、顔すら知らない誰かの命じゃない」
レクトロ「僕はいつでも、生きなければならないんだから」
シリン・スィ(・・・”いつでも生きる”?)
シリン・スィ(立場や状況は関係ないみたいね。 生きることに大きな目的があるの?)
  レクトロの発言に違和感を覚えたシリンだが、聞かなかった。
  ・・・『聞けなかった』が正しいかもしれない。
レクトロ「とりあえず、ここから出よう」
レクトロ「そして、僕の話はおしまい!」
  逃げるように歩いて行ったレクトロに、思わず手を伸ばしたがひっこめた。
シリン・スィ「あ、はい・・・」
シリン・スィ(もう少し話を聞きたかったなぁ・・・)
シリン・スィ(ダメって言われちゃった)

〇ホールの広場
レクトロ「・・・ごめん、心配させちゃったね」
  いつも通りに明るく振る舞おうとするレクトロだが、シャーヴには
シャーヴ「いえ、気にしないでください。 心の闇は誰でもあるものですから」
  少し無理をしていたことなど、バレていた。
レクトロ「・・・フリートウェイはもう帰ったの?」
シャーヴ「はい。 『さっさと風呂に入りたい』と言って、帰りましたよ」
シャーヴ「ですが、貴方のことを心配していました」
  フリートウェイは得意の『転送』を使って先に帰ったが、紙の小包を1つシャーヴに渡していた。
レクトロ「・・・何が入ってるんだい?」
シャーヴ「焼き菓子か何かだと思いますよ」
レクトロ(ポップコーンかなぁ?)
  空腹のレクトロは中身に期待しながら袋の封を開けた。
  甘い匂いがする。
レクトロ「・・・これ何?」
シャーヴ「”カステラ”という名の和菓子ですよ」
シャーヴ(・・・私も数分前にその存在を知りましたけどね)
  フリートウェイが何を考えているか分からない。
  レクトロに菓子を与えるのも何か理由があるだろうが、理由なく他人を助けるような男では無い事を、シャーヴは分かっていた。
シャーヴ「それは貴方のものです。 残さず全部食べちゃってくださいね」
  砂糖が多めに入っているため、シャーヴの口には合わないし、健康上の理由でシリンにはあげられない。
レクトロ「久しぶりのおやつだよ。 人間の前で食べたくないから、我慢してたんだよね」
レクトロ「・・・『ありがとう』って、伝えておいて」
シャーヴ「それは本人に言いなさい。 私は見張りをしていただけなので」

〇ホールの広場
  レクトロがカステラを食べながら去ったことを確認したシャーヴは、シリンを横目で見る。
シャーヴ「──スィ家の娘に、もう1つ、お仕事がありまして」
シリン・スィ「もう寝たいんだけど、帰っちゃダメかしら?」
  ──現在の時刻は午前0時である。
  ほとんどが寝静まり、チルクラシアが活性化するこの時間はシャーヴにとって心が落ち着くものだ。
シャーヴ「ダメですし、今が一番楽に動けるんですよ」
シャーヴ「憎き人間は寝てますし、人工の光はほとんどありません」
  煩わしい音や光は無く、空気は綺麗だ。
  風が少し冷たすぎるくらいである。
  ──シャーヴもチルクラシア同様、夜は活性化するため、眠気は飛んで、気分は少しハイになっている。
シリン・スィ「・・・・・・」
シャーヴ「夜空を見て、写真を一枚撮って欲しいんです」
シリン・スィ「それくらいならいいわ・・・」
  ・・・自分が思っているよりも、すぐに終わる仕事で助かった。
シリン・スィ「撮った写真は、転送で送るわね」
シリン・スィ「・・・今日は疲れて一枚しか送れないから、絶対無くすなよ?」
シャーヴ「ありがとうございます。 私は貴方が帰ってくるまでレクトロの側にいましょうか」
  疲労を訴えるが、頼み事は引き受ける優しいシリンの頭を撫でたシャーヴは、
シャーヴ「それでは、近いうちに」
  壁に溶け込むようにして去った。
シリン・スィ「それはどういう原理で動いているのよ・・・」
シリン・スィ「不気味な移動手段ね。 レクトロ様も目を真ん丸にして驚くわよ」
  シャーヴの移動方法が気になっているが、自分には出来ないので聞かないようにしている。
  ──壁や床と同化しながら消えたり現れるその姿は、とても気味悪く見えてしまった。
シリン・スィ「まぁいいわ」
シリン・スィ「私は私の仕事をすればいいだけ」
シリン・スィ「今度は遅れないし、妨害されることも無いでしょう・・・」

〇SHIBUYA SKY
シリン・スィ「最高の景色ね。綺麗に撮れそうだわ」
  建物の煩わしい光は無い。
  青い月明かりが優しく全てを包んでいる。
  冷たい風とその音が、眠気でぼんやりし始めたシリンを起こしていた。
シリン・スィ(シャーヴに転送・・・っと)
  これで、シャーヴから頼まれたことは達成した。
  後はレクトロの元へ帰るだけである。
シリン・スィ(ここに入るためのチケット代(600円)だけは何がなんでも回収しなきゃ・・・)
  予想外で高めの出費に、シリンは若干イラついていたが誰にも悟られないように微笑んでいた。
シリン・スィ(600円あれば、お菓子の袋詰めや本が買えるわよ)
シリン・スィ(そう考えたら、節約ってすごい大事じゃない)
シリン・スィ「もう帰って寝よ」

〇後宮の廊下
  ──遊佐邸
ナタク「私の近くにいるんだろう? 小細工していないで、出てきなさい」
シャーヴ「・・・よく分かりましたね、お見事です」
ナタク「お前が近くにいると、分かりやすく空気と風向きが歪むんだ」
シャーヴ「誤魔化す気分では無かったんです」
  今のシャーヴは他人を驚かす気分ではとても無かった。
シャーヴ「器が機能停止しました。 何か心当たりはありませんか?」
ナタク「・・・機能停止?」
  本題は、シャーヴが城から持ち出した『器』についてである。
  無くして人間の手に渡ると何が起きるか分からないため、彼は肩身離さず持っていた。
  だが、何故か針の位置が2時を示したまま動かなくなってしまっていた。
シャーヴ「例えば、『落として破壊した』とか『加減の出来ない馬鹿が内部を弄った』とかですよ」
ナタク「『器は外部からの圧力や衝撃に強く、素質の無い者が触れると感電するようになっている』はずだが・・・」
  多少の不具合はあるが、『器』は永久に動き続けるように設定されている。
  『今』は何か不味いことが起こったわけでは無いし、人間達は相変わらず平和に呑気に生きている。
  大きく変わったことと言えば──
ナタク「レクトロ殿が下界に降りたからか?」
  体調を壊したレクトロが療養と監視の目的で、不本意ながら人間と同じ生活を送っていることくらいだ。
シャーヴ「・・・その事実だけで機能停止するような脆いものじゃないでしょう?」
シャーヴ「私達には、大きな目的がある。 果たすべき目標がある」
シャーヴ「そこに、人間の力は必要ない。 私たちだけで回収と制御をしなければ」
  焦っているのか、シャーヴの声が不自然に切り替わっていく。
ナタク「・・・ネイに任せておけば、気楽にはなるぞ」
ナタク「感情の起伏は、なかなか酷い数値になっているが、それ以外はほぼ正常だ」
シャーヴ「・・・ある意味、彼は『純粋』ですからね」
シャーヴ「番狂わせや運命の反転が起きるのを待つのも一興でしょう」
シャーヴ(『我々はこのまま何もしない』、が最適解ということですか)
シャーヴ(だが、ネイが私達のために動くとはとても思えない。 水面下での作業になりそうだ)
  ナタクの提案を聞いたシャーヴは、落ち着いたようで『焦り』や『それによる怒り』を感じなくなった。
  妙に冷めた頭の中で、改めて事実を並べると不思議と仮面の下で笑みが出来る。
ナタク「『器』のことはもう少し後で考えようか」
シャーヴ「えぇ、そうですね。 後日またそちらへ来ます」
シャーヴ「──夜分遅くに失礼いたしました」
  ──ナタクには心当たりのようなものがあった。
ナタク「・・・シャーヴより早く、ネイに会いに行くか」
ナタク「あの子がチルクラシアに何かしたのだろう」
  ──崙華(ロンカ)が創った『器』に、機能停止の概念は無い。
  故に、昨日まで休みなく動いていた。
  本来なら、『機能停止』することなどありえない。
ナタク「器に触ったのか? それとも、見てはいけないモノを見た?」
  こういう時に役立ちそうなのは、自分の主人・遊佐景綱だと思ったがすぐに撤回する。
ナタク(洗脳じみたことはしたくないな・・・ あの能力は嫌いだ)
  ──どうしたものか。
ナタク(問題が山積みだ。 ・・・器の話など、とても出来ない)

〇貴族の部屋
フリートウェイ(・・・いない)
  寄り道という名の買い物をしながら、チルクラシアの元へ帰ってきたフリートウェイは異様に落ち着いていた。
  それは空腹だからなのか、過労なのかは本人すら分からない。
フリートウェイ(・・・近くにいるからいいか)
フリートウェイ(大人しくしていよう)
  自分が何かする必要はない。
  今不用意な行動をすれば、人間に存在がバレることになる。
  ふかふかなベッドの上で正座をしながら待機するのが一番良い行動だろう。
チルクラシアドール「おかえり。待ってたよ」
  勢いをつけてベッドにダイブするほど気力があるらしい。
  寝付くのに少し時間がかかるだろう。
フリートウェイ(まだ目が冴えていそうだが・・・)
フリートウェイ「もう寝るのか?」
チルクラシアドール「うん。今日は寝る」
  毛布を肩までかけたチルクラシアは半目開きになっている。
フリートウェイ「寝る前に水を飲みな」
  目つきを柔くしながらコップ一杯の水を飲んでいるが、あまりにも勢いよく飲むから、フリートウェイは少し不安になった。
チルクラシアドール「おやすみ~ また明日!」
フリートウェイ「・・・おやすみ」
  優しく頭を撫でると、手の内側から温かくなったような気がして目を細める。
フリートウェイ「・・・オレはもう少し後で寝るよ」
フリートウェイ「やらなければならない事があるから」

〇貴族の部屋
フリートウェイ(チルクラシアはよく寝るな・・・)
  隣で寝ている彼女をぼんやり見つめる。
  自分の方が目が冴えているらしく、眠気が来ない。
フリートウェイ(少し退屈だ・・・何をしようか)
  静かに物思いにふけるのは性に合わないというやつだ。
フリートウェイ(レクトロは大丈夫だろうか)
  ・・・もう彼を捜す気力は無い。
  チルクラシアの隣で、心穏やかにいよう。
フリートウェイ「お前だけはこのままでいてくれ、チル」
フリートウェイ「人間の目に触れないようにして、思い出させないようにするから」
  ──どうやら、余計で不快なことを思い出してしまったらしい。
  ──心の底が気持ち悪くて堪らない彼は、決心してしまった。

〇教室
  ──例え、誰かを傷つけ、その命を奪おうとも。
  ──今度は必ず救うから。

次のエピソード:Another Act1『一時のしあわせ』

コメント

  • イベント発生の予感。
    なんだか不穏な終わり方でしたね。
    次回も楽しみにしております。

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