第49回『成り欠け故の希望』(脚本)
〇ホールの広場
──第49回『成り欠け故の希望』
シャーヴ「・・・私が、誰かの命を伸ばすようなことをする者だと思っているんですか?」
フリートウェイ「別に、そうは思ってはいない」
即答だったが、シャーヴはそれを気にすることは無かった。
本人もそれは自覚済みだ。
シャーヴ「・・・一体何を見たんです?」
フリートウェイの反応が、シャーヴの想定と違う。
こういう時は、可能な限り情報を引き出すことにしている。
フリートウェイ「・・・何て言えばいいか分からない」
フリートウェイ「オレが見てはいけないモノだったかもしれない」
フリートウェイ「だが、しばらくは忘れられそうもない」
フリートウェイ「夢に出るかもな」
フリートウェイにはとても鮮明に見えたらしい。
シャーヴ「そこまで強烈なものを生み出したつもりは無いのですが・・・・・・」
フリートウェイ「そもそも、レクトロに会わなかったんだ」
シャーヴ(・・・!?)
そんなはずはない。
レクトロは自らの足でこの異空間に来たはずだ。
それなら、フリートウェイに何か異状があるしか考えられない。
シャーヴ「どこか体調でも悪いのですか?」
フリートウェイ「ちょっと熱っぽいかもしれねぇ」
フリートウェイ「・・・まぁ、大丈夫だろ」
無自覚に潜在能力を解放してしまったのか、どこかのタイミングで固有能力を使ってしまったのか。
固有能力を使った代償として、体調を崩しかけたのか。
思いつくことはあるが、どれにも当てはまらない。
シャーヴ(・・・トランス状態にでもなってました?)
シャーヴ「もう一度聞きますが、扉の向こうで何を見たのですか?」
フリートウェイ「──チルクラシアの”過去”のごく一部だ」
〇劇場の座席
フリートウェイ「・・・レクトロはどこだ?」
オレはレクトロを捜していた。
チルクラシアについて、聞きたいことがあったから。
フリートウェイ「いない・・・」
フリートウェイ(得体の知れない化け物の気配だけか)
気色悪い墨の匂いは空気を支配している。
近くに異形がいるのだろう。
フリートウェイ(これは飲んでいいのか?)
座席に置かれた紅茶を、怪しむことは無かった。
オレには耐毒性があるらしい。
その分、薬も効かなくなっているがな。
フリートウェイ(・・・ハチミツ紅茶だ)
フリートウェイ(・・・これは好きだな)
心が温かくなるような、優しい甘みがした。
チルクラシアが好む味かどうかは分からないが、オレが店で買ってくれば飲んでくれるだろう。
フリートウェイ(一杯だけなのがもったいない)
名残惜しさを感じながら、オレは座席に座る。
フリートウェイ「・・・次は何をすればいいんだ?」
何もないんじゃ、攻撃する意味も理由も無い。
ここが異空間なのは分かっているから、警戒だけはしている。
いつでも、戦う準備は出来ている。
フリートウェイ「あー、何だか眠くなってきた・・・」
フリートウェイ「飲まない方が良かったか?」
今更そんなことを考えても、もう遅いけどな。
眠ることは『自分から無防備になる事』と同義だが、睡魔に逆らう術をオレは知らなかった。
フリートウェイ「・・・・・・・・・・・・」
フリートウェイ「・・・ZZZ」
〇劇場の座席
フリートウェイ「ZZZ・・・」
先程飲んだハチミツ紅茶に、睡眠薬が入っていたようだ。
少しうたた寝をしてしまった。
どこかのスイッチが入る音がして、オレはゆっくり目を開ける。
フリートウェイ「ちっ・・・・・・」
フリートウェイ「うるせぇな・・・」
耳を塞いで舌打ちを一度する。
・・・頭の中で揺れる音は嫌いだ。
だが、この音は初めの一度だけだ。
フリートウェイ「何の話だろうな・・・」
ブザー音はさておき、オレが一番気になっているのは『映画の内容』である。
フリートウェイ「眠気覚ましにはなるだろ」
フリートウェイ「最後まで見るけど、過度な表現はお断りだぜ」
〇古民家の居間
──オレは夢のようなものを見た。
だが、『幻覚』にしては、やけに懐かしいような気がした。
・・・これはオレが生きるために必要な情報かもしれない。
ナタク「今日は公園まで歩きに行こう」
『あの子』「はーい」
右側にいるのは、ナタク・ログゼか。
チルクラシアが物心つく前から一緒にいたみたいだな。
もしかして、『ナタク兄ちゃん』と言って懐いていたのはこれが理由か?
『あの子』「( ˙༥˙ )」
『あの子』「・・・これって、ハチミツパンだよねー」
画面の中のチルクラシアは、ハチミツが大量に塗られているトーストを食べている。
・・・可愛い。
『あの子』「このハチミツって、どこで買ったの?」
ナタク「隣の家から巣ごと貰ったんだ」
隣の家は養蜂しているのか。
残念だが、近くの店に同じハチミツは売られて無さそうだな。
『あの子』「巣はどうするの?」
ナタク「人間はハチの巣を食べるようだよ」
・・・マジで?
人間って本当に何でも食うよな・・・・・・
『あの子』「えぇぇ・・・・・・」
オレもチルクラシアと同じ反応をするだろうな・・・
本気で引いている。
昆虫の家を食うなんて、良いことが一つも無いような気がするが・・・
〇広い玄関
ブレア「久しぶりだな、兄さん」
ナタクの弟を名乗る男が来た。
燕尾服に身を包み、重たそうなスーツケースを持っている彼は、仕事に追われているようだった。
・・・胡散臭い顔をしているな。
目つきが怪しい。
ブレア「下界の人間は何も変わってないよ」
ブレア「私はそれなりに贅沢してるさ 金に苦労はしていない」
言いきれるってことは、相当儲けているんだな。
彼が身に付けているもの全てが高いブランド品だ。
ナタク「今年で幾つになる?」
ブレア「・・・?」
ブレア「28だが」
何故、ナタクは弟の年齢を急に聞いたんだ?
普通の兄弟ならばこんなもん把握してるだろ。
ナタク「そうか、俺からはテキーラを・・・・・・」
ブレア「待て待て待て」
ブレア「私は度数の高い酒は飲めないぞ! フェロー兄さんに渡しなよ!」
なるほど、オレの想像よりもしょうもない理由だったな。
ナタクは二人の弟がいるんだな。
真ん中の名前はフェロー・ログゼというのか。
ナタク「お前は酒があまり飲めない体質なのか?」
ブレア「飲んでる時間がないんだよ!」
ブレア「・・・本題に入ってもいい?」
しっかりしろよ、弟に呆れられてるぞ・・・・・・
〇山道
先程のシーンとは正反対の雰囲気とナタクの表情に、オレは背中に嫌なものを感じた。
負の感情で濁った目が据わっている。
前だけを見つめているが、何かに追われているようだ。
正直に言おう。
オレは、この目付きをしたナタクが怖い。
現・天界の主「待ちなさい!!!」
現・天界の主「お母さんに何をしたのよ!!!」
今の少女は誰だったんだ?
ナタクが彼女の母親に何か重大なことをしたのか?
今は考えなくてもいいか・・・
〇劇場の座席
フリートウェイ(ナタク・ログゼ・・・)
──ブラックコーヒーより濃い内容の『映画』だった。
いや、これは『映画』というより・・・
フリートウェイ「・・・チルクラシアの過去についてだったな」
知らないことが減るのは嬉しい。
だが、一部はチルクラシアに関連することだったため気持ちの半分は複雑だ。
・・・それにしても。
フリートウェイ「ナタクって、誰かを殺めたことがあるんだな・・・」
フリートウェイ(不要な争いごとや流血沙汰は、徹底的に避けそうな顔をしているのに)
人殺しに、躊躇いが無かったように見えた。
フリートウェイ(余程の事があったんだろうな)
ただ音声付きで見ただけなので、何も言えない。
今のオレには、薄く『何かあったな』ぐらいしか考えられない。
オレは何もしてはいけない。
フリートウェイ「ナタクなら、かつてのオレを知っているかもしれん・・・」
重要な用事が出来た。
きっと、あいつが何か隠しているんだ。
フリートウェイ「まずは、レクトロだな・・・」
フリートウェイ「さっさと見つけて帰るか」
〇劇場の座席
有り難いことに、劇場内の明かりがゆっくり付いたため、オレは怯まずに済んだ。
フリートウェイ「・・・さて、と」
懐から、刀身の無い刀を取り出す。
フリートウェイ(誰もいないよな)
フリートウェイ(見られたら面倒なんだよ)
辺りを見渡しながら、オレはそれを心臓の位置に軽く押し付ける。
・・・ちょっと痛いかも。
フリートウェイ「ぐっ・・・!」
綺麗な半透明の刀身を体内から出したかったが、今回は無理だ。
血がべったり付いている。
フリートウェイ「いてて・・・・・・」
リボン状という性質上、どうしても身体の苦痛が長引くことになる。
これは仕方がないんだ。
刀身を生み出せても、変形は出来ないんだから・・・
フリートウェイ(一思いに抜くか・・・!)
柄を握る両手に、更に力を入れる。
その分、胸部が悲鳴を上げる。
フリートウェイ「ふっ、うぅっ・・・」
片腕を撃ち落とされた時よりも痛いが、武器無しでここにいるのは危険だ。
両足と両手に、更に力を入れて──
フリートウェイ「うあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁぁぁっっ!!!!!」
〇劇場の座席
フリートウェイ「・・・・・・」
丸腰では無くなった代わりに、オレは身体のすべての力が抜けて、倒れてしまった。
胸からは血が出て、嫌な冷たさを感じる。
物理的に血の気が引いているらしいな。
安心材料は、オレの胸が小さく上下に動いていたことだけだった。
霞む視界の隅は赤黒く変色していたが、これはカーペットの色じゃないかもしれない。
フリートウェイ(立てるか?)
よろめきながらも何とか立てた。
何故か、痛みが無い。
ただ気色悪い冷たさだけがある。
フリートウェイ「・・・あれ?」
オレからの大きな血だまりはいつの間に無くなっていた。
ストローで吸われたように綺麗になっている。
フリートウェイ「・・・やっぱり、何かいるよな」
フリートウェイ「オレの血は旨いのか?」
あまり当たってほしくは無いが、蚊かサシガメを模した姿の異形でもいるんだろう。
フリートウェイ(チルクラシアの分の血しか残ってねぇよ・・・)
だから、もうこれ以上は出血したくはない。
フリートウェイ「・・・ん?」
ぼんやりしていたせいで、反応が遅れた。
いきなり視界に入ってきたモノを一瞬見て、オレは驚くことになる。
フリートウェイ「お前、まさか・・・・・・」
目を見開いて半ば呆然としているうちに、
右フックが顔面に直撃し、右目にヒビを入れられて──
フリートウェイ「──っ!」
──オレの身体は吹っ飛んで壁に大きな亀裂を作った。
何かエライことになっとる…!
また新キャラが出てきましたね。
この先どう関わっていくのか楽しみです。