九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第50回『ジェヘナ』(脚本)

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〇ホールの広場
  ──第50回『ジェヘナ』
シャーヴ「貴方の命がまた欠けましたか・・・」
  フリートウェイの右目と顔の右半分に、大きな黒い亀裂が入っている。
  これはシャーヴと本人にとって『死の危険』を示しており、すぐに治療すべきものだ。
シャーヴ「・・・痛くはないんですか?」
シャーヴ「その傷の痛みは、発狂ものですよ」
  ──命が欠けた際の痛みは、筆舌に尽くしがたい。
  シャーヴは一度だけ命が完全に欠けてしまったため、その痛みを知っている。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
  ゆっくり瞬きをしたフリートウェイは、頬を撫でるシャーヴの手を払った。
フリートウェイ「痛てぇに決まってるだろうが!!!!」
シャーヴ「あはは、やっぱり痛いんですね。 私の前では泣いてもいいですよ」
フリートウェイ「・・・泣くほどの痛みじゃないし、涙なんか出ねぇよ」
  どうやらフリートウェイには、毒だけでなく痛みの耐性もあるようだ。
  数秒前まで笑っていたシャーヴは、思わず無表情になってしまう。
シャーヴ「・・・頑丈な身体で羨ましいです」
フリートウェイ「そうかよ」
フリートウェイ「お前に勝てる要素が一つでもあって、良かったぜ」
シャーヴ(・・・真顔で言うことがそれですか。 あぁ、そうですか・・・)
シャーヴ(痛みが原因で狂う男では無いのか・・・)
  疲労の色が見え始めたフリートウェイに、シャーヴは一瞬表情を歪めた。
シャーヴ「・・・私がスィ家の娘に昔話をしている間、貴方は何をしてましたか?」
シャーヴ「何か感じたことがあるでしょう?」
  シャーヴが期待しているようなモノを言える気がしない。
  感じたことの質があまり良くないし、味が無さ過ぎて食えたものでも無かったからだ。
フリートウェイ(・・・・・・)
フリートウェイ(特にないなんて、言えないな・・・)
  フリートウェイは熟考する。
フリートウェイ(特に無いな。 起きたことだけ話すか...)

〇劇場の座席
  ──驚いたのは本当に一瞬だった。
フリートウェイ「・・・『お前』は誰だ?」
フリートウェイ「そう、オレを真っ直ぐに見つめる『お前』だ」
  声を出すことは出来るが、全身の強打と微妙な空腹によってすぐには立てなかった。
  強い痛みと背中からの出血が無かったのは奇跡だろう。
  自分がもしも人間と同じスペックの身体だったら、と思うとゾッとするが、後で考えることにした。
フリートウェイ(まずは立って──)
  ふらつきながらも立とうとしたら、見慣れたモノが視界に入る。
フリートウェイ(!)
  首から下の関節をピンク色の半透明なリボンで巻かれ、オレの身体はゆっくり宙に浮く。
  少しでも動けば振り落とされそうな気がしたから腕を組んで大人しくしていた。
フリートウェイ(マリオネットみたいだな。 首に巻かれていなくてよかったぜ)
  リボンの内側から誰かの体温に似た温もりが伝わる。
  オレが熱を出した時とは逆の現象を起こせるくらいには元気みたいだ。
フリートウェイ「もういいぜ、身体の方は大丈夫だ」
フリートウェイ「後は任せてくれ。必ず戻る」
  そう言うとあっさりリボンはオレの身体から離れて空気に溶け込むように消えた。
  名残惜しさを感じながら、優雅に着地するが、身体に疲労が蓄積しているからか眩暈がした。
フリートウェイ(・・・これは手短に終わらせた方がよさそうだ)
  ──久しぶりの異形倒しだ。
  確か、前回はチルクラシアが瞬殺したからオレは何も出来なかったな。
フリートウェイ「結局、レクトロは何処に行ったんだ?」
  特有の気配がない。
  ──まさか、こんなよく分からん所で行方不明になったんじゃないよな。
  物音がした方向を見つめ、『威嚇』の意味を込めて刃を振るう。
  その方向から、不自然に血の代わりのような液体が出ていたため、オレは口元を雑に左手で覆った。
  ──何かがいる。
フリートウェイ「・・・気安く触んな」
  ──この身体は、声は、表情は、ただ一人のため。
  ──お前のために在るんじゃねぇんだよ。
フリートウェイ「オレの顔が汚れるだろうが」

〇劇場の座席
  走り出した足はすぐに止まってしまった。
アルシノエー「可愛い抵抗だったな、オリジナル」
アルシノエー「ちゃんと出血したのは久しぶりだよ」
  前に鏡から出てきた彼奴が、オレの首を持ち上げたからだ。
フリートウェイ(”お前”かい・・・)
  レクトロを捜すつもりで来たのに、一番会いたくない奴と出会ってしまった。
フリートウェイ「・・・レクトロ・ログゼは何処にいる?」
  返答次第で、オレの行動は変わる。
アルシノエー「レクトロ? あの不思議な顔した白い奴か?」
アルシノエー「彼なら、オレの腹の──」
  察したオレは、刀を握る右手に力を籠める。
  ──先手必勝。
  コイツの腹を切って、出してやろう。
  そう思えたのも束の間、オレの右腕は肩の所で切断された。
フリートウェイ「・・・まだだ!」
  燃費が悪いのは分かってる。
  だけど、片腕が無い姿は見せられない。
  ──この目でレクトロを見るまでは、眠れない。
アルシノエー「君にサレンダーは無いのか?」
フリートウェイ「・・・そんなものは知らないな」
  オレの回答が気に食わなかったのか、使えるようになったばかりの右手首を蹴ってきた。
  ──再生したばかりの組織と骨は脆い。
  普通に痛かった。

〇劇場の舞台
  受け身を取れずに、頭から落下した。
  視界にグリッヂが入る。
  血の気が無いと思えば、額から暖かい何かが出ているようだ。
フリートウェイ「チッ」
  身体の疲労が限界だ。
  割れた瞳の内側から、ぞろりと冷たいものが這い出る感覚がする。
  それなのに、意識と視界は嫌にハッキリしている。
  ──死ぬときは、きっとこんな感覚がするのだろうか。
  覚えておかなければ。
フリートウェイ「──余計なことを!」

〇劇場の座席
フリートウェイ「──────っ」
  頭から水をかけられて目を開けた。
  慌てて起き上がろうとしたが、
  視界に入ってきたレクトロの両手首がオレの肩を優しく床に押したため無理だった。
レクトロ「・・・大丈夫かい?」
  ・・・レクトロの後ろにパステルカラーの六角形が浮いているように見えるのだが、これは幻覚か?
レクトロ「君は高熱で倒れちゃったんだよ」
フリートウェイ「・・・オーバーヒートってことか?」
レクトロ「そう。 君は一時的に機能停止しちゃったんだ」
  成程。
  オレがこうなっている原因はそれか。
レクトロ「・・・身体は痛くないの? 結構な勢いで、それなりの高さから落下してたけど」
フリートウェイ「・・・ちょっと痛い」
  両足の全体が痺れるように痛い。
  これは高所からの落下というより痙攣によるものだろうか。
  痛みは、電撃を喰らったものによく似ている。
  見逃すことが出来るくらいには弱い。
フリートウェイ「少し大人しくすれば治るだろ。 その間は、話し相手になってくれ」
レクトロ「・・・僕でいいのかい?」
  含みを持った返しに、オレは首を傾げる。
  誰か来ているのだろうか。
レクトロ「扉の向こうに、二つの生体反応があるの。 一つはシリンちゃんだ」
レクトロ「・・・もう一人は、誰だろう」
  誰が来ても、別に何も変わらないはずだろ?
  オレ達はこのままでいるべきなんだから。
  レクトロの疑問にちゃんと答えるならば。
  ・・・そうだな、あの人間とその妹か?
  人外なら、チルクラシアに関連のある人物だろう。
  そこからシリンを抜いて──
フリートウェイ「シャーヴじゃないか? あいつなら、ニヤニヤ不気味に笑ってスキップしながらこっちに来そうだ」
レクトロ「やけに解像度が高いね・・・ ふふっ、そうかも」
フリートウェイ(いつもそんな感じだろ)
  熱は恐らく引き、不快な両足の痛みも無くなって立ち上がる。
  ──これでようやくチルクラシアの元へ帰ることが出来る。
フリートウェイ「シリンもお前に用事があるようだ。 オレはもう帰らせてもらう」
  帰ったらすぐに風呂に入りたい。
  食事は、その後だ。
フリートウェイ「・・・危うく、忘れるところだった」
  レクトロの首筋に手を伸ばし、指先でゆっくりなぞる。
  確か、喉の真ん中にそれはあったな。
フリートウェイ「まだ違和感が残っているだろ?」
レクトロ「そこには僕の『命』──コアがある。 ここを大破されれば、どうなるか分からない」
レクトロ「・・・もしかして、全部掻き出してくれるの?」
  首の中心を軽く押し込んでいる指先が、震える。
  ・・・そのつもりは無かった。
  レクトロが『何の欠損も無く生きている』事実が欲しかっただけだ。
フリートウェイ「どうやら、オレにはそれが必須らしい」
  ある程度は留めて置かなければ、何故か気が済まない。
  ──空のままでは不服だと、本能が言っている。
レクトロ「へぇ、そうなの? 君は異形体を愛する性格だっけ」
フリートウェイ「絶望コレクターはシャーヴだろ? オレにそういう趣味はない」
  ──オレはチルクラシアさえ無事なら、何だっていいんだ。
  “細長い刃物”のイメージを膨らませて、生み出したモノの刃をレクトロの首筋に当てる。
  目の前に立つ男は無抵抗だが、視線はオレが持つ刃物だけに向いている。
レクトロ「僕のでよければ、どうぞ」
レクトロ「君の腹はとても満たせないけどね」

〇舞台下の奈落
  ──舞台の『裏側』は、とても静かだった。
  頭を冷やしたり熟睡するのに最適な場所だ。
  チルクラシアが喜びそうだな。
  ──いや、彼女のためじゃない。
  一人になる時間が欲しかったんだ、多分。
フリートウェイ「誰も来ないよな」
  レクトロから抜き出したブロットを、興味本位で飲んでみる。
  ブロットは猛毒だ。
  オレに耐毒性があっても、こんなところを誰かに見られたら確実に問い詰められることになる。
  味と舌触りは意外と不味いものでは無かった。
  ただ、飲み込んだ時に一瞬の吐き気がする。
  喉に張り付く違和感と墨の匂いに慣れてしまえば、躊躇うこと無く飲み干すことが出来るだろう。
フリートウェイ(案外、悪くはないかもしれん・・・)
  レクトロには『絶望コレクターはシャーヴだろ』と言ったが、それはオレかもしれない。
  身体に入れたレクトロのブロットが、オレにどんな影響を与えるだろうか。
  少なくともオレの中を変えてしまうのは事実だろうが、飲んでしまったのでもう遅い。
  悪いことが起きないのを、祈るしか出来ない。
フリートウェイ「帰るか」
  シリンはもう目を覚ましているはずだ。
  彼女に後は全て任せよう。
フリートウェイ「行き先は、チルクラシアの隣」

〇劇場の座席
  ──転送は、成功したと思っていた。
  開きそうにない無駄に分厚い扉の前で腕を組む。
  理解に時間がかかった。
  転送は失敗しないようになっているはずなのに、何故、と。
フリートウェイ(・・・・・・・・・)
フリートウェイ「・・・シャーヴか」
  シャーヴがオレの転送を途中で中断したようだ。
フリートウェイ(彼奴のことだ、多分理由があるはずだ)
  ──オレがやるべきことはよく分かった。
フリートウェイ「・・・壊すか」

〇ホールの広場
シャーヴ「・・・おや、先に帰るつもりだったんですか?」
シャーヴ「それは失礼しましたね。 貴方が面白くてつい阻止してしまいました」
  いつも通りの笑顔をシャーヴに、反省の色は全くない。
フリートウェイ「やかましいわ さっさと風呂に入らせろ」

次のエピソード:第51回『醒めない夢』

コメント

  • 何やら色々とあったようで。
    次回も楽しみにしております。

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