龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第伍拾四話 お礼参り(脚本)

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〇住宅地の坂道
橘一哉「この辺かな?」
  閑静な住宅街を一哉は歩いていた。
  その目的地は、
橘一哉「お、あったあった」
  如月古物店
  現代的な住宅の建ち並ぶ中に現れた、古風な木造住宅。
  先日、哲也と佳明が訪れた古物店である。
橘一哉「ごめんくださーい」
  一声掛けて、一哉は店の中に入った。

〇お土産屋
橘一哉「おお・・・」
  佳明に聞いた通りだ。
  様々な品物が所狭しと並んでいる。
???「いらっしゃい」
橘一哉「!」
  店の奥から人が出てきた。
橘一哉「こんにちは、玄武のおじさん」
  一哉は老人に声を掛ける。
如月玄伍「おや、君は」
  一哉の言葉に驚くこともなく、老人は口元を綻ばせる。
如月玄伍「あの時の少年か」
  懐かしそうな顔をする老人に、
橘一哉「友達が世話になったみたいですね」
  含みのある返しをする一哉。
如月玄伍「友達?」
  老人が怪訝な顔をすると、
橘一哉「そう、友達が」
  一哉は頷いて言葉を繰り返す。
如月玄伍「ふむ」
  顎に手をやり、老人は記憶を探り始める。
  この少年の友人とは、一体誰なのか。
  そんな老人の思索は、早々に中断させられることとなった。
橘一哉「だから、」
  一哉の目が鋭さを増し、
如月玄伍「!!」
  思わず玄伍は後退り身構える。
  その前腕には、いつの間に装着したのか亀甲に似た文様の刻まれた篭手が嵌められていた。
  が、
如月玄伍「・・・・・・」
  老人は言葉を失った。
  一哉は老人を見据え、その場に立ち尽くしたまま。
  何かをした様子は無い。
  先程と違うのは、いつの間に出したのか刀を腰に差し鯉口に手を掛けている事。
如月玄伍(この少年、)
  眼力の気迫だけで、老人を下がらせたというのか。
  よく練り上げられた心法だ。
  感嘆のあまり構えた手を下ろしかけた老人に、
橘一哉「お礼参りに、来たよ」
  鯉口を切りながら、一哉は口を開いた。

〇アパートの中庭
如月玄伍「良いのかね?」
  二人は店内から場を移し、中庭に来ていた。
  変わったのは場所だけではない。
如月玄伍「狭間の刻は顕幽の境界が曖昧となる」
如月玄伍「私の力も増すぞ?」
  時刻は昼間。
  しかし空は夕刻の色。
  昼と夜の狭間の世界、結界だ。
橘一哉「それならむしろ好都合」
  一哉は口の端を上げ、
橘一哉「全力の相手を全力で叩き潰せれば、その方がスッキリする」
  ニイ、と笑った。
如月玄伍「好戦的だな」
  呆れる老人に、
橘一哉「初対面の相手に戯れに合気崩しを仕掛けるような人に言われたく無いな」
  一哉も言葉を返す。
如月玄伍「それもそうか」
  確かにその通りだな、と老人の口元が緩む。
橘一哉「では、改めて、」
  一哉の左腕から黒い霧が噴き出し、
橘一哉「龍使いが一人、黒龍使いの橘一哉」
  龍のような形をとって消えた。
如月玄伍「四神がうちの一柱、玄武の宿主、如月玄伍」
  老人も名乗りを上げ、構えた。
  篭手に刻まれている亀甲に似た文様がうっすらと輝きを放つ。
「・・・・・・」
  一哉は腰に差した刀の鯉口に手を掛けたまま。
  玄伍は両の手を前に上げたまま。
  互いに見合った態勢のまま動かない。
  剣道三倍段という言葉がある。
  剣の使い手を相手にするには、その三倍の段位が必要とされる、という。
  剣に限らず、武器を持つ相手に素手で相対するには相応の度胸が必要だ。
  が、
如月玄伍(初手の山は抜き打ちだな)
  玄伍は非常に落ち着いていた。
  一哉は刀を鞘から抜いていない。
  ということは、抜き打ちの一閃にさえ注意していればよい。
  となれば、
如月玄伍(まずは、あの手と柄だな)
  注意すべき所も限られてくる。
  一哉の剣技の癖を玄伍は知らない。
  しかし、分かることが一つだけある。
  抜き打ちの初撃は、玄伍の右側から来るということだ。
  左側から来る事は、まず無いだろう。
  理由は明快。
  一哉は左腰に刀を帯びているからだ。
  抜いた刀を右から左へ振ろうとしたなら、挙動が大きくなり、そして増える。
  あるいは曲芸じみた動きになり、抜くことは出来ても攻防に使えるような動きではなくなってしまう。
  そのような事をする確率は低いと見ていいだろう。
  隙を少なくするならば、一哉は左側から右側へ刀を抜き付けるのが最も妥当だろう。
  そんな玄伍の予測は、一哉もよく承知していた。
橘一哉(あれだけの技を持つ御仁だ)
  合気とは畢竟タイミングである。
  動きや意識の僅かな隙を逃しては、技は全く掛からない。
  その精妙なる絶技を、涼しい顔をして何の気負いもなく掛けることができてしまうのが、如月玄伍という人物だ。
橘一哉(小細工は、却って不利を招く)
  抜き付けの一刀は素直に抜き打てば良い。
  問題は、玄伍はそれを避けるのか、受けるのか、流すのか。
橘一哉(もしかすると、無刀取りに出てくるかもしれない)
  こちらの刀を奪いに来る可能性だって考えられる。
  いくらでも可能性は考えうるが、相手がどう出るかと悩んでいても始まらない。
  実戦というものは、いつだってシンプルだ。
  一哉がどのように動くべきか、その答えは、
橘一哉(向こうが反応するより早く動けばいい)
如月玄伍「!!」
  消えた。
  柄頭を真っ直ぐ玄伍に向けた、一哉の刀。
  その刀の陰に隠れて視界から消えたように見えた一哉の居場所を、
如月玄伍「ふっ!!」
橘一哉「!!」
  キイン、と金属音が響く。
如月玄伍「見切ったぞ」
  玄伍は一哉を見下ろして呟く。
  玄伍は見切っていた。
  腰を深く落として足を伸ばし、低い体勢からの逆袈裟の抜き打ち。
  深く沈みながら大きく前に出る無拍子の動きは、老練な使い手により察知されていた。
  右足を引いて交差させた玄伍の前腕に、一哉の刀が止められている。
  が、まだ動きは止まらない。
  玄伍も膝を曲げて重心を落としつつ、交差させた前腕を後方に流しながら左半身を入れながら肘を出すが、
橘一哉「そいやっ!」
  流され崩されそうになる体を腰を沈めて落としながら逆時計回りに回し、鞘の先端・鐺を玄伍へと突き出す。
如月玄伍「な!」
  左手を下ろして鞘を受け流す玄伍だったが、
橘一哉「そらっ!!」
  続けて切っ先が迫ってきた。
  玄伍は左足を下げて体を回し、右の篭手で一哉の突きを流しながら後退する。
  二人は再び睨み合う形になった。
橘一哉「随分上等な篭手じゃないか」

〇アパートの中庭
如月玄伍「これなる篭手は金剛鉄甲」
如月玄伍「玄武の力宿す金剛不壊の不破の盾」
如月玄伍「あらゆるものを受けて流す無敵の盾よ」
橘一哉「へえ、そいつは中々便利そうだ」
  一哉の眼光に鋭さが増す。
如月玄伍(危なかった・・・)
  金剛鉄甲が無ければ、腕を切り飛ばされていただろう。
  一哉の抜き打ちには充分な速度と威力が乗っていた。
  だからこそ、受け流しからの肘打ちに出ることが出来た。
  だが、崩れたのを利用して一哉も返し技を出してきたのは予想外だった。
  体幹と平衡感覚の強さには感嘆せざるを得ない。
如月玄伍「我が金剛の盾、そう簡単には破れはせんぞ」
  玄伍は篭手を一哉に向ける。
  如何に龍が強くとも、易易と破られるものではない、と己を奮い立たせる。
橘一哉「なら、」
橘一哉「こっちも思う存分やれるなぁ!!」
  連撃。
  片手持ちと両手持ちを巧みに交え、間合いを微妙に変化させながら繰り出す。
  だが、
如月玄伍(ぬぅ・・・)
  金剛鉄甲には、微妙な起伏や傾斜が施されており、それによって相手の攻撃を受け流すことが容易になっている。
  刃物の攻撃に対しては無類の防御性能を発揮するのだが、
如月玄伍(こやつ、切るつもりがないな・・・)
橘一哉「チェエエエエッッッ!!!」
  猿叫と共に斬りかかる一哉の太刀筋は、
  『斬り』ではなく『打ち』。
  金剛鉄甲を通じて衝撃が伝わってくる。
  その上、当たった刀が流れていかない。
  剣道と同じだ。
  当たる瞬間に手の内を締め、太刀が流れないようにブレーキを掛けている。
如月玄伍(それゆえの薬丸流もどきか)
  唐竹割りと左右の袈裟懸けを中心にした打ち込みは、古流剣術の一派・薬丸家伝野太刀自顕流を思わせる。
  体を回さずに上下の動き、縦方向の伸縮を重点的に用いる身体の使い方は、シンプル故に強い。
  だが、彼の攻撃を一々律儀に受ける必要は無い。
如月玄伍「ええい!」
  一哉の一撃にタイミングを合わせ、
  その太刀が触れた瞬間に、
如月玄伍「奮!!」
  ズン、と重く鈍い地鳴りの音がした。
  鈍い金属音と共に一哉の刀が弾かれる。
橘一哉「うおっ!?」
  太刀を大きく振りかぶり、一哉は体を仰け反らせた。
  手の内を締め切る寸前で太刀を弾かれたのだ。
  太刀を手の内から逃すまいとして咄嗟に動いた結果、胴ががら空きになった。
如月玄伍「まだまだ!!」
  すかさず追撃に移る玄伍だったが、
橘一哉「ちぃっ!!」
  一哉の反応が間に合った。
  体を縮め刀を下ろしながら後ろへ飛び退り、玄伍は足を止めて下りてきた太刀を受け流す。

〇アパートの中庭
如月玄伍「一体何なのだ、君は・・・」
  軽い腕の痺れを感じながら、玄伍は目の前の若者に問いかける。
橘一哉「最初に言ったろ?」
橘一哉「龍使いが一人、黒龍使いの橘一哉」
  神獣の加護により、玄伍の身体的な疲労やダメージは少ない。
  それよりも、この若者の行動原理が分からない。
如月玄伍「君の友人二人とは、すでに和解している」
  一哉の言う友人とは、先日玄伍の元を訪れた二人の少年だろう。
  緑龍使いの飯尾佳明と、黄龍使いの古橋哲也。
  些か早まった真似をしてしまったが、二人には謝罪も済ませている。
如月玄伍「龍使いと私が対立する理由は無いはずだ」
橘一哉「そうだね」
  一哉は玄伍の言葉に首肯した。
如月玄伍「ならば」
  構えを解いて歩み寄ろうとする玄伍だったが、
橘一哉「確かに、『龍使い』には、無いね」
如月玄伍「?」
  続いて一哉の口から出た言葉に怪訝な顔をして歩みを止めた。
橘一哉「これは、俺個人の問題なんだよ」
如月玄伍「君個人の?」
橘一哉「そう」
  一哉は頷き、言葉を続けた。
橘一哉「例え和解したとしても、俺の友達があんたにやられた、という事実は消えない」
橘一哉「友達をやられて、和解したからもういいか、なんて思えるほど俺は人間ができちゃいないんでね」
  そう言って一哉は八相の構えから刃を外に向けて切っ先を前に倒す。
橘一哉「だから、もう少し付き合ってもらうぜ!!」
  再び一哉は攻撃に移った。
  先程の崩しを警戒してか、大きく踏み込まずに切っ先で掠め切るような攻撃を繰り返す。
如月玄伍「黒龍、貴様はなぜ彼に力を貸している!!」
  一哉の攻めをいなしながら、玄伍は声を荒げた。
如月玄伍「私情による私闘に力を貸すなど愚の極みではないか!!」
  やや強めに一哉の太刀を弾くと、一哉は間合いを離した。
黒龍「私も、基本的にはカズと同じ考えだからな」
  一哉の左腕から黒龍が出てきた。
如月玄伍「それで、同士討ちをやるというのか」
黒龍「先に手を出したのは貴様だ、迂闊だったな」
  皮肉っぽく答える黒龍の口の端が歪んだように見えた。
  長く人の中に宿る内に、宿主と精神性が似通ってきているのだろうか。
黒龍「それに、私は得物を貸しているだけだ」
黒龍「それだけは教えておいてやる」
如月玄伍「何だと・・・!?」
  玄伍は驚くしか無かった。
  この若者は、その若さと鍛錬の成果として、これほどの動きをやってのけているというのか。
黒龍「私が力を貸しても良いというのなら、そうするが」
  しばし沈黙が流れた。
  玄伍は一哉と黒龍を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
如月玄伍「私は最初から玄武の力を用いている」
如月玄伍「この戦い、君が龍の力を用いていないのは、不公平と言える」
  龍の力を使え、とは言えなかった。
  ただでさえ勢いと技量を持っている一哉である。
  ここに黒龍の力が加わったらどうなるか。
  年齢的には体力の盛りを過ぎている玄伍である。
  衰えた身体を、神獣の加護と熟練の技術でどこまで補えるか。
  不安が一瞬胸中をよぎったが、
如月玄伍(どうあっても、負ける訳にはいかん)
  負けられない。
  如何に勢いと技術があろうと、相手はまだ高校生、十代半ばの若者だ。
  神獣の使い手としての年季は、こちらの方が遥かに上。
如月玄伍「全力を出さずして、私に勝てると思うなよ」
  玄伍の口から出たのは、その一言だった。
  一哉は一瞬目を丸くしたが、
橘一哉「・・・おうよ」
  低くドスの利いた声で答え、ニイ、と口の端を吊り上げる。
  ブワリ、と、一哉の左腕から黒い火の粉が舞い散った。

次のエピソード:第伍拾伍話 玄き盾と黒き剣

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