九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第46回『灼けるような息の吸い方』(脚本)

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〇ホールの広場
  ──第46回『灼けるような息の吸い方』
シャーヴ「・・・おや」
シャーヴ「貴女は、招かれなかったみたいですね」
  遅れて来たシャーヴの声。
  シリンは不服そうに目を開けた。
シリン・スィ「ええ、そうよ。 私はフリートウェイに意識を飛ばされた」
  地雷を踏まれて不機嫌だっただろうに、『女性だから』という理由で手加減をしたのだろう。
  シリンに傷と痣の一つも無い。
シリン・スィ「レクトロのために、何かしようと思ったのに」
シリン・スィ「私じゃ力不足ってわけ?!」
  シリンの『レクトロを救う』、という心は本物だが、フリートウェイにそれが伝わることは無かった。
シャーヴ「・・・こちらも事情があるのですよ、スィ家の娘」
シャーヴ「ネイを怒らせるようなことでも言ったのですか?」
  シリンに、フリートウェイの『事情』はまだ知らない。
  故に彼女を咎めることは出来ないし、出来ればしたくない。
シリン・スィ「別に、言っていないわよ・・・」
シリン・スィ「だけど、まさか軽く殴られるとは誰も思わないわ」
シャーヴ(不用意な発言をしたのか。 その内容が、ネイの機嫌を悪くしたようだ)
  シリンの表情が『困惑』に変わった時、シャーヴは確信した。
  ──目の前の娘は、無自覚にネイの嫌な記憶を引き出してしまった事に。
シリン・スィ「・・・これって、私が悪いの?」
シャーヴ「・・・答えかねます」
  明確な答えは、出せない。
  シリンに悪意は無かった。
  その事実があれば今はいいとシャーヴは思うしかなかった。
シリン・スィ(・・・殴られる前の私が、何をしたか思い出してみよう)

〇ホールの広場
シリン・スィ「あいつは、1人で何か悩んでいるみたいだから、従者の私が聞き出すの」
シリン・スィ「殴ってでもね・・・・・・」
フリートウェイ「・・・こっちを見ろ」
フリートウェイ「招かれざる客はお前のようだな」

〇ホールの広場
シャーヴ(ネイはいきなり暴力を使うような男では無い)
  フリートウェイはキレ性ではあるが、暴力的では無い。
  チルクラシアが事に絡んでいなければ、最早怖いほど冷淡なはずだ。
シャーヴ(『自分が何者か』を思い出しかけたことが不快だったのか?)
シャーヴ(言語化出来ない何かを感じたのは確かだろう)
  思うところはある。だが、それしか本当に今は無い。
シリン・スィ「あんたが考え込むなんて、キャラ崩壊してない?」
シャーヴ「・・・私とネイは考察嫌いです。 考え込むことくらい、よくありますよ」
シャーヴ「・・・勿論、想定外の事で焦ったり、懊悩することも」
シャーヴ「頻度が少ないだけで、私が知っている『感情』の分だけ表情はありますよ」
  ──『キャラ崩壊』なんて、失礼な。
  こういう時くらい、誰にだってあるでしょう?
シャーヴ(『時間を無駄に使わないように、今日は上手く立ち回りたい』とか、『求めた幸せはこれではない』とか)
シャーヴ(『誰にも責められたくない』、とか・・・)
シャーヴ(そんな”些細”だと殆どが思うような事を、わざわざ小難しく考えるにも理由があるんです)
  ──『もう二度と来ない今日を大切に生きるため』だ。
シャーヴ「私の視点によるもので良いなら、ネイの過去を少しだけ話しましょう」
  シリンの不安を少しでも払拭すべく、シャーヴは初めてかつての自分を話の話題にした。
シリン・スィ「あら、いいの?」
シリン・スィ「これは貴重なお話が聞けそうね」
  『レクトロを救う』──(本人から見ればお節介で優しい)目的は一旦忘れることにした。
シャーヴ「はい。 貴女も、ネイについて知りたいでしょう?」
シャーヴ「・・・それに、こういう時にしか話せませんから」
シャーヴ「先に言っておきますが、私の過去も深く関係しているので、長話になるのは覚悟してくださいね」

〇レストランの個室
  ──ネイが『フリートウェイ』では無かった時。
  それは、私にとって『充足はしていた日々』だったと思う。
  だが、精神的な苦痛と戦う時間が、続くだけでもあった。
  体の傷だけは時間をかければ癒えていくものだから困る。
シャーヴ「お待ちしてましたよ、幻玉環」
幻玉環「・・・待たせて申し訳ない」
シャーヴ「気にしていませんので、謝らなくて結構ですよ」
シャーヴ「貴方の中にいるものが誰なのかも知っていますから」
  ──表情の僅かな歪みを、見逃せなかった。
  今思えば、彼はなかなか酷い表情をしていた。
  『警戒』の色は確実にあっただろう。
幻玉環「・・・わざわざ言葉にしなくていいだろう? それはお前の悪い癖だぞ」
シャーヴ「・・・・・・・・・・・・・・・」
  ・・・ただ『言葉』にして吐き出してしまいたい。
  肺の機能が一瞬止まれば、喉が奥から本心の出来損ないで、隙間なく詰められる。
  『』
  息がまともに出来ないことよりも、喉の圧迫感の方が遥かに辛かった。
  目の前の男にも、私にも『役目』はある。
  今『だけ』はそれを全うすればいい。
シャーヴ「何も言えぬまま、窒息死するのはごめんです」
  ──首が、瞳がいたいと叫んでいる。
  譫言か断末魔か、もう分からなくなった『ソレ』は無視することにした。
シャーヴ「次は、次こそは──」
幻玉環「シャーヴ」
シャーヴ「!」
  ・・・危うく我を失うところだった。
幻玉環「何がお前をここまで追い詰めているかは聞かないでおく」
  その温かい気遣いが、辛いと思わなかったと言うと嘘になるだろう。
幻玉環「・・・君に、会わせたい男がいる。 私に着いてきてくれ」
  私から背を向けた彼の靡く長い黒髪が、とても美しく見えた。
シャーヴ「お待ちください!どこへ行くつもりですか!?」

〇水たまり
シャーヴ「・・・?」
  雨の音が、やけに耳に残る。
  雨が降る時に伴う、ペトリコールという名前の匂いが原因か脳の一部の機能が鈍っているようだ。
  ・・・・・・・・・少し、眠い。
シャーヴ「・・・この空間は、貴方が創ったのですか?」
幻玉環「そうだ。 居心地が少しでも良くなるように、常に雨を降らしている」
  確かに、数分前は気分がかなり悪かった。
  雨が降り続けるこの場所にいるからなのか、意識がクリアになっている。
  居心地も、先ほどの店よりも遥かに良い。
シャーヴ「貴方のおかげで、大分楽になりました」
  此処にいれば、喉が詰まる事は無いだろう。
  きっと、声も張れるし空腹にもなるのだろう。
  ──此処は、マスターから見れば最高過ぎる環境だ。
幻玉環「それは安心した」
幻玉環「数分前の君は、かなり苦しそうに見えたからな。心配したよ」
  本心と頭で考えている事は知らないが、彼は優しい人だなとぼんやり思い込む。
シャーヴ(どんな男に出会うことになるのだろうか)
シャーヴ(楽しみです)
  ──会話をほぼすることなく
  透明な海の上を歩き続ける事、20分。
  幻玉環は立ち止まる。
幻玉環「呼んでくるから、待っててくれ」
  後ろを振り向くことはなく、幻玉環は私を置いて先に行く。
シャーヴ「・・・海は嫌いじゃないですよ」
シャーヴ「嫌なことを全て忘れさせてくれますから」

〇海辺
  雨が止み場所はどこかの砂浜に変わったことに対して、私は驚かなかった。
  この現象は、幻玉環によるものだと思っていたからだ。
  そんなことよりも、私は幻玉環が連れて来た男の方に興味と関心があった。
幻玉環「・・・せっかく来たのに悪いが、ここにネイはいないようだ」
幻玉環「体調を壊したのだろうか・・・」
  私の元へ戻ってきた幻玉環に、困っている素振りは無かった。
シャーヴ「予定調和が必要でしょうか?」
  いきなり訪れてしまったんです。
  きっと困惑しているでしょう。
幻玉環「この時間帯なら、海にいる事が多いんだ」
幻玉環「泳いでいる方が、気楽になれるらしい」
  そうですか。
  それなら、これも『可能性』の一つとして挙げられますね・・・
シャーヴ「・・・その男は、人魚だったりします?」
シャーヴ「昼間は深海で寝ているか、生きるために魚を捕まえ、」
シャーヴ「光が少ない夜になれば、顔を見せてくれるかもしれません」
  異空間を作り出せる存在がいるんです。
  人魚だってきっといますよ。
幻玉環「人魚の姿もあるな。 彼は基本的に、人間と同じ姿をとる事が多い」
  色々な姿に成れるなんて、少し羨ましいです。
  私は、この姿にしかなれませんので。
シャーヴ「私は気長に待つのでご安心を」
  さて、
シャーヴ「空いている時間で、腹ごしらえでもしませんか?」
シャーヴ「少しお腹が空いてしまって・・・」
  空腹で低血糖になりおかしくなることだけは避けたい。
幻玉環「君は人間と同じものを食べるのか?」
  あぁ、それですか。
  そうですね・・・
シャーヴ「『食べようと思えば』、食べることは出来るでしょうね」
  そう、少し努力すれば人間と同じように生きることは出来るだろう。
  『努力』することは素晴らしい事ですが、心も磨り減っていく。
  『どれだけ上手く隠した所で、いつかバレる』と一度でも思えば、意味の無いものだと認識してしまうようになってしまった。
幻玉環「そこは、ネイと一緒なのか・・・」
シャーヴ「『ネイ』? もしかして、私が会うべき男のお名前ですか?」

〇ホールの広場
シリン・スィ「・・・あんたとフリートウェイって、どういう関係なの?」
  少し考え込んだシャーヴは、言葉に詰まったというより言葉を探しているようだ。
シャーヴ「ふふふ、ネタバレはタブーですよ。 そんなに急かさないでくださいな」
  やんわりと止めるシャーヴだが、話をするのは好きなようで、機嫌は良かった。
  ──なので、特別に言うことにした。
シャーヴ「・・・人間の言葉を使うなら、『兄弟』でしょうか」
シャーヴ「・・・厳密に言えば、違いますけどね。 だけど、『兄弟』以外の言葉は相応しく無かった」
  固有能力の質の向上と自分が生きるために、語彙力と知識(分類問わず)はそれなりに付けているつもりだが、
  フリートウェイとの関係性を表現する言葉は見つからなかったらしい。
  とりあえず、一番それらしい言葉で『表現』しているに過ぎないのだろう。
シリン・スィ「・・・とても『兄弟』には見えないけどね」
  シリンは、シャーヴとフリートウェイが一緒にいるところを見たことがない。
シャーヴ「・・・この表現は、不適切でしょう? 分かっているんですよ」
シャーヴ「これは、私の『勉強不足』だと思ってくださいね」
シリン・スィ「今は、納得しておくわ。 私が来た目的は別だもの」
シリン・スィ(・・・シャーヴの話を聞く限り、フリートウェイは幽霊みたいな奴だったりするの?)
シリン・スィ(『幻玉環』って誰かしら)
  内心は不審に思っていたが、今は納得することにした。
  ──扉の内側は、大乱闘になっているらしい。
シャーヴ「んー・・・残念です」
シャーヴ「・・・ネイは、レクトロがお気に召さなかったようですね」
シリン・スィ「『お気に召さない』ってどういう事よ・・・」
  意味深なことを言ったシリンは、シャーヴを懐疑の目で見る。
  だが、シャーヴ本人は笑顔を浮かべたままだ。
シャーヴ「それは後で言いますよ」
シャーヴ「お話はまだ前半ですし、扉の向こうに今は行ってはいけないようだ」
シャーヴ「無理やり扉を開けようものなら、大怪我は確定でしょうね」
  扉の向こうではきっと、フリートウェイがレクトロを相手にしているのだろう。
シリン・スィ「それはそうね」
シリン・スィ「居眠りはしないから、続けて。 あんたの話、なかなか面白いわ」
  他人との話のネタに使うことは絶対にしないが、忘れることは無さそうだ。
シャーヴ「それは何より」
シャーヴ「早速、次のお話を始めます。 眠気を飛ばしてくださいね」

次のエピソード:Another Act1『一時のしあわせ』

コメント

  • シャーヴとシリンが話している向こう側で何が起きてるのかもちょっと気になりますなあ。
    そして幻玉環も登場。
    次回も楽しみです。

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