第47回『同じ形・・・?』(脚本)
〇海辺
──第47回『同じ形・・・?』
幻玉環が去ってからも、私は留まり続けた。
『彼』は、私が一人になったタイミングを見計らってたようだった。
─────「・・・誰だ?」
波しぶきとその音の後、頭と上半身のみを海から出した『彼』の姿は人魚そのもの。
尾ひれの大きさと形状から、シャチかクジラを彷彿とさせる姿だった。
シャーヴ「初めまして。 私はシャーヴと申します」
自分から長々と経緯を伝えるつもりは無かった。故に、幻玉環が関わっていることは隠した。
─────「・・・オレの名はネイ・ログゼ」
─────「海の中で悠々自適に過ごしている人魚だ」
─────「先に言っておくが、腹の赤は血ではない。 そこは心配しないでくれ」
少し間を開けて、『彼』も自己紹介を始める。
初対面にしては色々と話してくれた。
話し相手が余程欲しかったのだろう、声色が徐々に僅かだが高く柔くなっている。
シャーヴ(寂しかったのでしょうか)
内心『ちょっと可愛らしいかも』と思っていたら私をじっと見つめてきた。
─────「もしかして、貴方はずっとここにいたのか?」
シャーヴ「『ずっと』、ではありませんよ」
朝が来たらさっさと帰るつもりだった。
予定調和をしたうえで、また来る予定でいた。
─────「オレの部屋に行こう。 『夜風は体に毒だ』って幻玉環が言っていた」
シャーヴ(・・・『部屋』ってまさか)
彼の言う『部屋』は海中にあるはずだ。
当然だが私は人魚ではない。
泳ぐことは出来るが、いつか体力が尽きれば溺死するだろう。
別の提案をしようかと思ったが、彼は人間と同じような『足』を持っていない。
笑みを浮かべて棒立ちになっていると、
─────「置いて行ったりしねぇよ」
─────「絶対に手を離さないでくれ」
シャーヴ「・・・え、ちょっと待っ───」
〇サイバー空間
口元を手で押さえながら、水の中に沈んだ私は目を疑った。
シャーヴ(本と書類が大量に浮いている・・・)
私が想像している海では無かった。
水中であるにも関わらず、大量で開けっ放しの本がふわふわと浮いていた。
書類の紙もふやけていなかった。
──これはあまりに衝撃的すぎて、今でも鮮明に覚えている。
─────「これは情報の海ってやつさ」
─────「一応オレの部屋だが、『図書館』みたいになっている」
海はあくまで『イメージ』でしかない、ということですか。
その体で過ごせる環境は1つしかないのが、この部屋が『イメージの海』である最大の理由でしょうけど。
・・・・・・この部屋が理由で死ぬことはもう無くなったからか、私は安心していた。
─────「呼び出しが無い時は、ずっと本を読んでいる」
シャーヴ「知識を増やすのがお好きなのですか?」
─────「読書が好きなんだ」
─────「『何が起きても対応できるように』したいのもある」
『何か意外』なんて、彼を傷つけてしまうから言いません。
シャーヴ「・・・もう少し、この部屋にいてもいいですか?」
─────「勿論だ」
自分が思っているよりもあっさり、承諾された。
彼は、自身の部屋に他人を招き入れることに躊躇いが無かった。
それは『慣れている』からなのだろうか?
〇サイバー空間
『図書室』の例えは的確だった。
この部屋には、過激な内容の本以外のものは取り揃えられていたのだから。
シャーヴ(栄養学・・・)
私はネイの手元の本を覗き見る。
──本の内容よりも、聞くべきことがあった。
シャーヴ「目元のリボンは外さないのですか?」
─────「外さなくても見えているからな」
─────「もしかして目元が見たいのか? 後悔するぜ」
彼の声色から察するに、『良い度胸をしているな』と思われているのだろう。
シャーヴ「後悔などしませんよ」
シャーヴ「私の素顔も見せましょう。 貴方も気になっていることでしょう?」
言葉にしないだけで、本当は気になっていたのだろう。
彼は私の仮面の縁をゆっくり両手で撫で始めた。
・・・・・・ちょっとくすぐったい。
─────「それは仮面なんだな。 いきなり表情が変わるから少し驚いてしまった」
シャーヴ「まぁ、『普通の仮面』に表情が変わるギミックなどありませんからね」
・・・これが私の『顔』ですから。
『素顔』はちゃんと仮面の下にあるんですよ。
私が見せないだけです。
〇サイバー空間
リボンの下に隠されていた両目は、非常に重く鋭かった。
黒い瞳に光は一切入らず、濁り続けている。
頬を伝う穢れは、『感動などの正の感情で流す涙』のように見えた。
シャーヴ(・・・・・・美しい)
シャーヴ「端正な顔をしてますね」
シャーヴ(目元をリボンで隠す理由はこれか)
どこか眠そうにも見える重たい瞳に、私は惹かれていた。
顔色の異常な白さと『涙』を抜きに考えれば、非常に顔は整っていると言えるだろう。
──私は、彼に3つの『可能性』を感じた。
シャーヴ「──外の世界に、行きませんか?」
〇サイバー空間
アルシノエー「・・・その世界は、どんなものだ?」
彼は、『外の世界』について何も知らなかった。
この部屋は、社会と隔絶されている。
それ故に他の『世界』について知ることは出来ない。
ひとつの世界の説明は、この私でも難しい。
『どういうものなのか』と聞かれても素で困ってしまう。
シャーヴ「知識を貪欲に求める貴方にぴったりな世界です」
シャーヴ「──きっと、気に入りますよ」
これは、きっと私が言うべきことではないのだろう。
──それらしいことばかり言って、本質から目を逸らす私が。
アルシノエー「その世界には、チルクラシアがいるのか?」
シャーヴ「・・・!?」
アルシノエー「彼女に会いたい」
・・・これは驚いた。
この時から、彼の興味は『世界』より『マスター』に向いていたのだ。
ある意味では純情というか何といえばいいか、私には分からない。
シャーヴ(面白い男だ)
彼は今まで会ったことのないタイプの人だ。
レクトロ・ログゼや遊佐景綱とは別次元の狂気が面白い。
彼の心を揺らがせるモノは何だろう。
彼の『絶望』はどんなものだろう。
気付かぬうちに、私の口角は三日月形に上がっていた。
〇研究開発室
ネイと別れた後、私は遊佐邸に向かった。
その地下は、研究施設と牢獄になっている。
遊佐家の初代当主から始まった研究・・・
『不老を求める』という、人類共通の夢の実現だ。
人間は『生き続ける』ことに拘っている。
『死』に対して異様に恐怖しているように見える。
シャーヴ「『終わりがあるから面白い』のに・・・」
シャーヴ「老いが嫌なのは分かりますけど」
シャーヴ「倉庫の鍵はどこでしたっけ・・・・・・」
研究の『成果』は倉庫にある。
大事にしまっているからか、二重に鍵がかけられている。
この場所に来たのは久しぶりだ。
どこに何が置いてあるかすら覚えていない。
シャーヴ「多分これだ」
〇地下倉庫
シャーヴ「この『身体』が良いでしょうか」
シャーヴ(・・・すぐに決まってよかった)
鍵で開けるのが面倒だったため、殴って棚を破壊することにした。
『朽ちる肉体から、魂だけを別の器に移植すれば、不老になれる』。
研究の最終結論はこれだった。
この結論は半分不正解だと言うべきだろう。
『魂の気質』と用意した『体』の相性が合わなければ即死してしまうのだ。
不老不死を求めて、自滅した者は数知れず。
あまりにも人数が多すぎて、途中で数えるのを止めた。
私はこれを『スペアボディー』と勝手に呼んでいるが、正式名称は『依代』である。
シャーヴ「あの人魚に顔がそっくりなので死ぬことは無いでしょう」
シャーヴ「両足はしばらく痛むかもしれませんね」
シャーヴ「それに耐えられるかどうか・・・・・・」
人魚姫は歩く度に足に鋭い剣で突き刺されるような痛みを感じていたらしい。
対処法にならないが、対応として
痛覚が死を迎えることを待ち続けるか、さっさと遮断してしまうか。
私ならすぐに遮断するだろう。
シャーヴ「・・・これどうやって持っていきましょうか」
シャーヴ「研究施設に誰も来ていないと助かりますが・・・」
ナタク・ログゼと彼の弟が研究施設と倉庫に来ることがある。
聡明で理性的なナタクにこれがバレると面倒だ。
シャーヴ(バレたら、言い訳でもしましょうか。 軽く怒られることでしょうから)
〇研究施設の守衛室前
「依代が欲しかったのか・・・」
ナタク「言ってくれれば作ったのに」
シャーヴ(やっぱりいたか)
この声はどう考えても、ナタク・ログゼだ。
私は恐る恐る振り返る。
ナタクの顔に怒りや呆れの感情が無いことに安心した。
シャーヴ「丁度のいい依代を見つけたので、作らなくても多分大丈夫です」
ネイの魂に最も相応しい器だ。
期待はそれなりにしているさ。
ナタク「使う前に、メンテナンスをする必要があるな。 これは研究初期に作られたものだから」
研究初期の依代は高性能だと言われているが、性能については何も知らない。
・・・何故、ナタクは一目見ただけでここまで詳しく言えるのだろうか?
ナタク「・・・ちなみに、これは誰が使う予定なんだ?」
シャーヴ「ネイ・ログゼですよ。 人間の体が欲しいと言っていました」
目的がマスターであることは、ネイのために黙っておきましょう。
ナタク「ふーん・・・・・・」
ナタク「あの部屋にいる時は人魚でいる方が楽だと思うが」
シャーヴ「出来ることが増えるのは喜ばしいのでは?」
シャーヴ「懸念点は、足の激痛くらいですよ」
依代と今使っている身体の二つ。
その『管理』や『切り替え』を常に頭に入れて考えることになりますけどね・・・
きっと、彼は苦に思わないかもしれません。
シャーヴ「その依代に追加してほしいことがあるのです」
ナタク「・・・追加?」
シャーヴ「はい。それは────」
〇ホールの広場
シャーヴ「はい、今回はここで一旦休憩です」
シャーヴの手の中にある小さな本が、閉まり、黄色の粒子となって消えた。
シリン・スィ「一番面白そうな所で止めた・・・」
シャーヴの話し方が上手かったからか、シリンは眠気をほとんど感じていない。
今、休憩を挟まなくても寝落ちはしなさそうだ。
シャーヴ「楽しんでいるようで何よりです」
自身の過去を面白く『加工』した上で、他人に話す。
これは初めての試みだが、思っているよりも好評だ。
──シャーヴは満足している。
シリン・スィ「フリートウェイって、元は人魚なのね・・・」
シリン・スィ「最初から人間と変わらない姿だと思っていたわ」
フリートウェイは、話のネタにすることがなかなか難しい男だ。
おしゃべりが大好きなシリンから見れば、『あまりにも謎が多すぎる』せいで絡むことすら難しい。
シリン・スィ「・・・何が彼の行動理由になってるの?」
シャーヴ「チルクラシアですね」
シリン・スィ(即答・・・)
問いかけてからすぐに答えを出されたということは、きっと相当の自信があるのだろう。
シリン・スィ「あんたはどうなの?」
シャーヴ「・・・・・・・・・・・・・・・」
シャーヴはニコニコと不気味な笑顔を浮かべる。言うつもりはまだ無いようだ。
シャーヴ「次の準備が出来ましたが、まだ聞きますか?」
シリン・スィ「当然よ!」
続きが気になるうううううう!
ってことで、楽しみにしております。