第伍拾話 朱乃(脚本)
〇センター街
雀松朱乃「お買い物、お買い物」
夕暮れの商店街を少女が歩いている。
雀松朱乃「買うものは、」
一旦立ち止まり、スマホのメモを確認して再び歩き出そうとした時、
〇センター街
雀松朱乃「え!?なに!?」
急に真っ暗になった。
見上げた空は真っ黒。
太陽も、雲も、月も、星も、見えない。
周りを見渡しても、灯りが全て消えている。
雀松朱乃「どういうこと・・・!?」
明らかにおかしい。
さっきまで昼間だったはずだ。
それが、突然全ての光が消えている。
「ようやく見つけたぞ、真の朱雀」
雀松朱乃「!!」
雀松朱乃「誰!?」
魔族「誰でもよかろう」
ゆらり、と一人の男が姿を現した。
明かりもないのに、その姿は闇の中にはっきりと浮かんでいる。
雀松朱乃「っ・・・!!」
本能的に後ずさる少女に、男はゆっくりと歩み寄る。
少女の僅かな挙動も見逃さず、彼女を決して逃さぬように。
魔族「苦労したぞ、紛い物に目を逸らされ続けたからな」
魔族「死ね!!」
貫手が少女に突き出されたが、
魔族「!!」
〇センター街
草薙由希「やらせないわよ」
少女と男の間に何者かが割って入った。
魔族「貴様・・・!!」
割って入ったのは長身の少女。
少女の突き出す薙刀の刃が、男の貫手を阻んでいる。
青龍使い・草薙由希だ。
雀松朱乃「!?」
草薙由希「こんな子供を手に掛けるとは、感心しないわね」
魔族「神獣の宿主ならば年齢など関係ない」
魔族「宿主たる人間は抹殺あるのみ」
草薙由希「・・・宿主?」
由希はチラリと幼い少女を見た。
草薙由希(この子が、神獣の?)
草薙由希「お嬢ちゃん、危ないから離れてて」
雀松朱乃「は、はい!!」
少女は慌てて近くの街路樹まで駆け寄る。
雀松朱乃(・・・あれ?)
不思議なことに、光が無いのに周りにあるものははっきり見えている事に少女は気付いた。
雀松朱乃(変なの・・・)
年上の女性の落ち着いた言動に影響されたのか、少女も少し落ち着きを取り戻していた。
草薙由希「たまたま近くにいて良かったわ」
草薙由希「おかげで、こうやって割り込めた」
由希は、片手に買い物袋を提げている。
少女と同じく、この商店街で買い物の最中だったのだろう。
魔族「予想外だが、良い機会だ」
魔族「先に貴様を討つ!!」
空気が震える。
大地が揺れる。
草薙由希「さあ、いくわよ!!」
〇市街地の交差点
竹村茂昭「なんなんだ、こいつら」
魔族ではない。
人間でもない。
人の形をしてはいるが、人ならざる何かだ。
竹村茂昭「敵、なのか・・・?」
ユラリユラリと体を前後左右に揺らしながら、ゆっくりと前に進んでいる。
だが、茂昭を狙っているわけではなさそうだ。
竹村茂昭(何なんだ、一体)
白虎「霊道に迷い込んだようだな」
竹村茂昭「霊道?」
白虎「霊の通り道だ」
白虎「たまたま位相がずれてしまったらしい」
竹村茂昭「どうすればいい?」
白虎「放っておけ」
白虎「そのうち元の道に戻る」
竹村茂昭「そうか」
取り敢えず深呼吸して心身を整えようとした茂昭の前に、
妖魔「・・・」
竹村茂昭「!!」
怪物が現れた。
その怪物は、
妖魔「gaah!」
人影に次々と襲いかかっては食らいつき、飲み込んでいく。
竹村茂昭「お、おいおい、何だよ、アレ」
蹂躙、或いは虐殺。
怪物は黒い影を一方的に捕食していき、黒い影の方は逃げようともしない。
捕食者の存在に全く気づいていないかのようだ。
妖魔「!!」
竹村茂昭「!!」
怪物が此方に気付いた。
怪物に目は無いが、目が合ったような気がする。
白虎「気を合わせたな、茂昭」
竹村茂昭「え?」
白虎「お前が奴に向けた意識に、奴が気付いた」
竹村茂昭「それって、」
白虎「標的にされたぞ」
竹村茂昭「やるしか、ない!」
〇センター街
草薙由希「せい!」
魔族「ふっ!」
薙ぎ払いを男は跳んで躱す。
草薙由希「どんな理由があろうとね、子供に手を出す奴はクズよ!」
更に連続で仕掛ける由希。
水の帯が奔り、飛沫が散る。
魔族「貴様、水使いか!」
草薙由希「あたしは青龍使いの草薙由希!」
魔族「ほう、青龍か」
魔族「四神同士、魅かれ合ったということかな?」
草薙由希「何ですって?」
怪訝な顔をする由希の攻め手が止まる。
魔族「ならば余計に好都合よ!」
草薙由希(神気発勝!)
魔族「何を驚くことがある?」
魔族「己の力を引き出す術など、我ら皆心得ておるわ!」
草薙由希「!!」
〇市街地の交差点
竹村茂昭「硬え!」
金属音が響き、得物を握る両手に痺れが走る。
茂昭の打ち込んだ長巻は跳ね返って刃が震え、怪物の皮膚には傷一つ付いていない。
竹村茂昭「こいつっ・・・」
斬るのが駄目なら、
竹村茂昭「はっ!」
突いてみる。
力を一点集中すれば、どんなに硬くても破れるはずだ。
竹村茂昭「だああぁっ!!」
一回で駄目なら何度でも。
凹みができ、ヒビが入るまで何度も何度でも突き続ける。
だが。
妖魔「・・・」
竹村茂昭「マジかよ・・・」
怪物は微動だにしない。
詰みかと思われた時、
「ここは任せな、シゲちゃん」
竹村茂昭「え?」
聞き覚えのある声、親しげな呼び方。
???「ちぇええええええぇぇぇぇええい!!!」
そして遥か彼方まで響き渡るかのような猿叫と共に、
彼が降ってきた。
竹村茂昭「カズ!?」
橘一哉だ。
落下の勢いを加えた一哉の唐竹割の一撃に、怪物は初めて体を揺るがせた。
ゴイン、と鈍い音が響き、怪物はたたらを踏んで後ずさる。
橘一哉「こいつ硬ぇな、シゲちゃん」
蹲踞して刀を振り下ろした体勢で、一哉は茂昭に語り掛けた。
顔こそ此方に向けてはいるが、その意識は前方の怪物に集中しているのが茂昭にも分かった。
気の張りが尋常ではない。
全方位に刃を突き出しているかのような鋭い気迫をひしひしと感じる。
そして怪物はというと、落下の勢いを加えた一哉の一撃を受けて後退はしたものの、傷一つ付いていない。
竹村茂昭「並の攻撃じゃあ傷付かないぞ、このバケモノは」
言外に方策を問う茂昭に対し、
橘一哉「けど、俺なら、こいつをやれる」
ニィと笑い、一哉は刀から左手を離して掲げた。
一哉の左前腕には、漆黒の龍が巻き付いており、淡い光を放っている。
橘一哉「黒龍の力なら、やれる」
一哉は立ち上がりながら右足を引いて切っ先を後ろに向け、柄頭を左手で握る。
右の脇構えだ。
橘一哉「ふう・・・」
静かに息を吐き出して呼吸を整え、狙いを定める。
とはいっても、狙う箇所など無い。
特に大きなダメージを与えられる箇所を急所という。
だが、相手に傷を与えれば、それは大なり小なりダメージとなる。
攻撃が当たった事自体が、精神的な揺さぶりにもなる。
急所など、有っても無いようなものだ、と考えることもできる。
命懸けの必死の状況で、巧みに避け、躱し、急所に攻撃を入れるなど早々にできるものではない。
できるのは、余計な事など考えずに全身全霊を以て打ち込むことのみ。
竹村茂昭「!!」
一哉の左腕から黒く細長い霧のようなものが伸び、刀に絡みついていく。
妖魔「・・・」
体勢を立て直した怪物が一哉へと向き直る。
橘一哉(来た来た)
一哉の左腕から伸びる黒龍の力に引き寄せられているのだろう。
ならば、こちらの間合いに入った時点で一撃を叩き込む。
心身を研ぎ澄まし、間合いを測り、気を練り、機を伺う。
〇市街地の交差点
竹村茂昭(やれるのか・・・?)
茂昭は不安を拭いきれない。
四神屈指の強度を誇る白虎の爪牙。
その化身たる得物の長巻の刃が通らなかったのだ。
長巻は折れず曲がらず刃も欠けず、一応無事ではあったが、怪物も傷一つ付いていない。
龍の力が通用するのか。
妖魔「・・・」
ゆっくり、ゆっくりと、怪物は一哉に近付いていく。
近付くにつれてその口を次第に大きく開いていく。
涎がポタリポタリと地に垂れる。
蛇が舌で獲物を察知するように、口中の味覚で獲物を探っているのだろうか。
竹村茂昭「!!」
怪物の動きがピタリと止まった。
刹那。
妖魔「gaahh!!!!!」
気を吐いて怪物が一哉へと一足飛びに襲いかかった。
橘一哉「ふっ!!」
一哉も息を吐きながら右足を踏み出す。
薙ぐように、突き出すように、刀を繰り出した。
一閃。
漆黒の帯が鋭さを帯びて怪物に伸びていき、
硬い音を立てて刃が怪物の皮膚に当たり、
橘一哉「倶利伽羅!!」
抜けた。
一哉の掛け声と同時に、刀が怪物に食い込み、反対側まで通り抜けた。
怪物の身体には横一線の切り傷が出来ている。
橘一哉「はっ!」
更に一哉は一歩踏み出し、刃を返して逆に薙ぐ。
一哉の横薙ぎは先程怪物に付けた傷をなぞり、更に深いものとした。
が、まだ止まらない。
逆袈裟、袈裟懸けと何度も刃を打ち込む。
黒い帯を引いて一哉の太刀は怪物に食い込み、通り過ぎ、怪物を切り刻む。
橘一哉「とどめだ!」
最後に大きく踏み込み、左片手一本突きを深々と。
鍔元ギリギリの辺りまで一哉の刀は怪物に食い込む。
黒い霧が怪物の全身から溢れ出し、
黒い霧と共に怪物は無数の光の粒子へと変わって霧散した。
橘一哉「・・・ふぅ」
突き出した左手を引きながら刀を右手に持ち替え、血振りをして残心を取ると一哉は納刀した。
橘一哉「うまくいったぜ、シゲちゃん」
ニッと笑う一哉に、
竹村茂昭「・・・お見事」
茂昭の口から称賛の言葉が自然と漏れ出る。
鮮やかな手並みだった。
竹村茂昭(これが、)
龍の宿主か。
言葉が出ない。
力の差を見せつけられた気分だった。
〇センター街
魔族「守りながらの戦いで、どこまでやれるか見物だな!」
由希は苦戦していた。
その理由の第一は、魔族の戦い方にある。
最初の彼の言い方から、由希と少女の二人を標的にしていると思われたが、違っていた。
あくまでも狙いは少女の方であり、由希は二の次。
巧みに立ち位置を変えて由希と少女の間に入り、
魔族「オオオっ!!!!」
全力の連続攻撃。
草薙由希「このっ!!」
それを凌ごうとして由希が反撃に出ると、
魔族「ハッハア!!」
魔族は由希から間合いを取る。
と見せかけて、
魔族「さらばだ小娘!!」
雀松朱乃「っ!!」
身を翻して少女に迫り、
草薙由希「させない!!」
慌てて由希は飛沫の弾幕を横合いから打ち出して接近を阻む。
魔族「ぬお!」
魔族は驚く顔こそするが、
魔族「ぬん!」
迷うことなく弾幕を潜り抜けて由希に一撃を浴びせようとし、それを由希もギリギリで回避する。
非常に巧みだった。
互いが互いを第一の目標と定めているならば、それは決闘となり、多数を相手にするよりも楽に戦える。
逃げるものを追うストレスもない。
だが、今の相手は違う。
平気で由希の前から逃げる。
が、その逃げは時に由希を誘い込むものであり、下手に追えば隙を突かれる。
厄介な相手だ。
そして二つ目。
草薙由希(うまく力が出ない・・・!!)
自分の思い通りに力が出ない。
身体に僅かに感じる倦怠感。
得物の薙刀も、普段よりも僅かに重く感じる。
予想はつく。
プールでの一件だ。
青龍に実体を持って顕現させるほどの大技を使った、その反動がまだ続いている。
だが、少なくとも少女へ近づかせるわけにはいかない。
草薙由希「せいやっ!」
由希は薙刀をアスファルトに叩きつけた。
アスファルトが割れて水が噴き出す。
急拵えの噴水目掛けて薙刀を振ると、
魔族「!!」
水は向きを変えて勢いよく男へと向かっていく。
魔族「ちいっ!!」
男はすんでのところで水流を避けたが、
「!!」
その先には少女がいた。
水の勢いは速く、少女の反応が間に合わない。
少女にできたのは、その場にしゃがみ込むこと。
その場で小さく身を丸めた少女に水流が直撃するかと思われたその時、
真紅の竜巻が巻き起こり、
熱風が水流を押し留めた。
更に、
炎は上下左右に広がり、
草薙由希「鳥・・・!?」
大きく翼を広げた鳥のような形を取った。
魔族「おのれ朱雀か・・・!!」
男は忌々しげに炎の鳥を睨みつける。
草薙由希(朱雀ですって!?)
聞いた事がある。
風水において、東西南北の四方に配置される、四神と呼ばれる神獣。
その内、南に配されるのが朱雀だ。
由希に宿る青龍も四神の一柱で、東に配される。
青龍と共に、人類世界の境界を守護する存在。
その一柱だ。
草薙由希(それが、こんな小さな子に!?)
驚いている暇はなかった。
雀松朱乃「・・・?」
来るはずのものが来なかった異変に気付いたのか、少女は目を開けて立ち上がる。
しかし、
魔族「!!」
その顔に、怯えや恐怖は無かった。
一切の感情が消えている。
雀松朱乃「・・・」
少女はゆっくりと右手をかざす。
その動きに合わせて、背後の巨大な炎の鳥─魔族が朱雀と呼んだもの─は、より一層大きく翼を広げ、
青龍「この呪文を唱えろ!!」
草薙由希「!!」
由希の脳裏に青龍の言葉が響き渡るのと、それはほぼ同時だった。
草薙由希「────────!!!!!!」
これほど切羽詰まった青龍の声は今まで聞いた事が無い。
脳裏に聞こえたそのままに、由希は反射的に呪文を唱えた。
幾重にも重なる氷の壁が由希を覆い尽くし、凍気で視界がホワイトアウトする。
その向こう側で、轟音が聞こえた。
草薙由希「ちょっと、これ大丈夫なの!?」
凍気で視界が覆われるほどの強固な氷壁だが、由希は全く安心できなかった。
由希の眼の前で、氷の壁は煙を上げながらひび割れていく。
青龍の力と言霊の呪力で練り上げられた防壁が、凄まじい勢いで力を失い削り取られていく。
氷壁の外で渦巻く力の方が、由希の築いた防壁を易易と上回っているのだ。
青龍「ギリギリ保つはずだ、気を強く持て!」
草薙由希「その言葉、信じるからね!!」
青龍の言葉を信じ、由希は全神経を集中する。
氷の防壁が少しでも長持ちするように、力の流れを意識する。
草薙由希(・・・熱い!!)
熱気が伝わってくる。
外で何が起きているのか、何となく察しがついた。
そして、
氷の壁は、ついに形を保てずに蒸発した。
視界を覆い尽くす蒸気が消えた時、
魔族が立っていた場所には、人の形をした真っ白な塊があった。
それは無数の光の粒子へと変わって消えていき、由希と少女だけが残された。
雀松朱乃「・・・」
少女はしばし立ち尽くしていたが、
糸が切れた操り人形のように全身から力が抜けて崩れ落ちた。
草薙由希「お嬢ちゃん!?」
由希は慌てて駆け寄り、少女を抱き起こす。
草薙由希「気を失っただけ、かな」
少女は静かに寝息を立てていた。
草薙由希「もう少し、結界の中にいた方が良さそうね・・・」
〇市街地の交差点
竹村茂昭「お前、強いんだな」
結界も解けた道路端。
茂昭は友人を見て呟いた。
橘一哉「ちょっと対応に慣れてるだけだよ」
一哉は照れ臭そうに笑う。
竹村茂昭「あれは魔族じゃなかった」
そう、魔族ではない。
魔族とは違う、『魔物』の類だ。
竹村茂昭「俺たちの敵は魔族だけだと思ってた」
茂昭自身、魔族以外を相手にするのは初めてだった。
対応の仕方など分からないから、無我夢中で全力で当たるしかなかった。
だが、それは通用しなかった。
竹村茂昭「手慣れてるんだな」
一哉の立ち回りは、単なる無我夢中の全力ではない。
技術を使っていた。
橘一哉「昔から、ああいう手合いは時々相手にしてたからね」
一哉の目が、何かを思い出すような目つきになる。
竹村茂昭「俺たちの敵は、魔族だけじゃないってことか?」
橘一哉「それは、ちょっと違う」
茂昭の言葉に首を横に振る一哉。
橘一哉「世の中は、敵と味方だけじゃない」
橘一哉「けど、行き合ったら戦わざるを得ない手合いもいる」
橘一哉「あれは、そういう類のものだ」
白虎「黒龍の宿主よ、お前の言う通りだ」
竹村茂昭「白虎!!」
茂昭の傍らに、真っ白い虎が姿を現した。
大きい。
橘一哉「おお、虎さんだ」
白虎「私は白虎、四神の一柱にして日の入る方を守るもの」
黒龍「黒龍だ、よろしく頼む」
竹村茂昭「黒い、龍・・・」
一哉の左腕からも黒龍が姿を現す。
黒龍「こうして相対するのは初めてか」
白虎「そうだな」
黒龍の言葉に白虎は頷く。
橘一哉「お前ら、初対面だったの?」
黒龍「相対するのは初だが、互いの存在は感知できていたからな、全くの初対面ではない」
白虎「そのあたりの感覚は人間とは些か異なるからな、説明が難しい」
黒龍「まあいい、先程お前たちが相手したものについて話しておこう」
白虎と黒龍は話し始めた。
〇公園のベンチ
草薙由希「・・・」
呼吸は正常、脈拍も異常なし。
青龍の見立てでは、気血の巡りも異常は見られない。
結界を維持して安全を確保し、近くにあったベンチへと少女を寝かせて様子を見ている由希だったが、
草薙由希「朱雀、ねえ・・・」
先程の現象を思い出す。
少女から出てきた巨大な火の鳥。
あれが本当に朱雀なら、少女に莫大な負担が掛かっているはず。
それなのに、ただ消耗している以外に異常が無いのは由希にとっては信じ難い事だった。
草薙由希(あたしなんて、まだ本調子じゃ無いのに)
過日の学校のプールでの一件。
青龍の仮初の顕現の副作用は未だに続いており、倦怠感が残っている。
そもそも、龍の力を直接使うと宿主の心身に危険があるために、武器を媒介して力を振るっているのだ。
なのに、
草薙由希(無傷、なんてね・・・)
本当に信じられない。
と、そこへ、
???「朱乃!」
何者かが侵入してきた。
雀松司「朱乃、どこだ!」
草薙由希「・・・」
見たところ人間の青年だが油断はできない。
魔族が人に擬態しているのは周知の事実。
まして、この結界に入り込んできたのだ。
何時でも得物を出せるように臨戦態勢を取りつつ、侵入者の動きに気を配る。
雀松司「!!」
草薙由希(気付いた)
青年が由希の存在に気付いた。
その傍らに眠る少女の存在にも気付き、
雀松司「朱乃!」
少女の名前と思しきものを呼んで駆け寄ってきた。
雀松司「君は?」
草薙由希(・・・当然か)
由希に厳しい目を向ける青年。
チラリチラリと少女にも目を配りつつ、警戒しているのが分かる。
草薙由希「私は草薙由希といいます」
草薙由希「この子が倒れたので、介抱していました」
嘘は言っていない。
その前の出来事は端折ったが、話したところで理解し受け入れるかどうか分からない。
青年は、偶然結界に入ってしまっただけかもしれないのだ。
雀松司「君が、何かしたんじゃないのか?」
由希はすぐには返答できなかった。
こうなった切っ掛けは由希の行動にある。
直接何かをしたわけではないが、原因を作ったのは確かだ。
それを思うと答えに詰まってしまい、
雀松司「やはり、そういう事か」
それが青年の逆鱗に触れた。
草薙由希「!!」
雀松司「貴様、魔族か」
青年の身体から火の粉が舞い散る。
雀松司「朱乃は、俺が、守る!!!!」
〇公園のベンチ
熱風が吹き荒れ、青年の両腕に炎が纏われる。
青龍「気を付けろ由希、こいつは神獣の加護を受けている!!」
草薙由希「神獣の加護!?」
初めて聞く言葉に由希は怪訝な顔をした。
青龍「神獣の宿主ではないが、何らかの理由で力を与えられている!」
青龍「加護の度合いは分からんが気を抜くな!」
草薙由希「承知!」
神 気 発 勝
雀松司「!!」
由希に漲る力を見た青年の顔に驚きが浮かぶ。
雀松司「貴様、神獣使いか!?」
草薙由希「如何にも!!」
草薙由希「青龍の宿主、青龍使いの草薙由希!!」
堂々と名乗りを上げ、薙刀を出して構える由希に、
雀松司「ちょっと待った!!」
青年は構えを解いた。
草薙由希「はい・・・?」
相手の急激な戦意の消失に拍子抜けしてしまい、由希も構えた薙刀を下ろす。
雀松司「多分、俺の勘違いだ、すまない!!」
〇センター街
雀松司「とんだ勘違いをしてしまった、申し訳ない」
青年・雀松司(わかまつ つかさ)は何度も由希に頭を下げる。
草薙由希「いえ、いいんですよ、お互い様です」
司が構えを解いた直後、折良く少女も目を覚ました。
少女の名前は雀松朱乃(わかまつ しゅの)といい、司の妹だという。
雀松兄妹の両親は既に亡く、成人した司は妹の親代わりも務めているという。
司は妹を守るために由希を警戒し、由希も結界に侵入した司を警戒した。
お互いに朱乃を守るためとはいえ仕方のないことだったが、干戈を交えるまでに至らなかったのは幸いだった。
雀松朱乃「草薙さん、ありがとうございました」
朱乃はペコリと由希に一礼する。
雀松司「では、俺たちはこれで、失礼します」
雀松朱乃「またね、お姉さん」
雀松兄妹は連れ立って歩いていった。
草薙由希「朱雀の兄妹、か・・・」
四神の一柱、南の朱雀。
その力を宿す兄妹の過酷な運命を、まだ由希は知らない。