第四拾八話 誘い(脚本)
〇ハイテクな学校
草薙由希「いやぁー、今日はいい汗かけたわぁ」
まるで憑き物が落ちたかのような、スッキリした顔の由希。
草薙由希「ありがとね、竹村くん」
竹村茂昭「こちらこそ、ありがとうございました!」
茂昭も満足げな顔で由希に深々と一礼する。
久し振りだった。
これほど緊張感に満ちた、気の抜けない稽古は、いつ以来だろうか。
魔族との戦いで幾つもの死線を潜り抜けたことで、部活の緊張感では物足りなくなってしまっていた。
そんな中で、こんなに凄まじい腕前の相手に久々に出会えた。
草薙由希(竹村くんは、才能があるわね)
竹村茂昭(さすが草薙先輩、文武両道は伊達じゃないな)
二人は、未だに互いの正体を知らない。
草薙由希「それじゃあね、竹村くん」
竹村茂昭「先輩もお気をつけて」
由希が去っていくのを見送り、自分も家に向かおうとしたその時。
「君、ちょっといいかな?」
誰かが声を掛けてきた。
〇ハイテクな学校
如月玄伍「君、すごい気迫だったね」
雀松司「とんでもない肺活量だ」
見れば、老人と青年が立っている。
如月玄伍「この辺りを通りがかったら凄まじい声が聞こえたのでね、つい見入ってしまった」
竹村茂昭「声の大きさは生まれつきなんです」
当たり障りのない受け答えをする茂昭。
如月玄伍「だが、」
竹村茂昭「?」
如月玄伍「無闇矢鱈と『力』を解き放つのは感心しないな」
竹村茂昭「!!」
茂昭の顔色が変わる。
竹村茂昭(この老人、)
知っているというのか。
如月玄伍「まがりなりにも人類守護のために与えられた力だ、普通の人間相手に用いて良いものではない」
竹村茂昭「あんた、何者だ」
如月玄伍「私は四神が一柱、玄武の如月玄伍」
雀松司「同じく、四神が内の一柱、朱雀の雀松司」
竹村茂昭「何の用だ」
如月玄伍「君に聞きたいことがあってね、白虎の少年」
竹村茂昭「・・・」
知られている。
竹村茂昭「アンタ達、本当に四神か?」
如月玄伍「知りたいのなら、見せてあげよう」
玄伍はゆっくりと深呼吸をし、
竹村茂昭「!!」
揺れた。
大地が音を立てて揺らぎ、
玄伍の背後に、巨大な蛇亀の姿が浮かび上がる。
雀松司「俺も、見せよう」
司の身体から炎が立ち上り、翼を広げた鳥のような形をとった。
竹村茂昭(これは・・・!!)
それを見た茂昭は不思議な感覚に襲われた。
懐かしく、そして、高揚する。
己の中の何かが、更に広がりを見せるような。
如月玄伍「これを見て、何も感じぬかね?」
玄伍の問いに、茂昭は首を横に振った。
竹村茂昭「俺は、知ってる」
竹村茂昭「あんた達の力を、知ってる」
〇シックなカフェ
竹村茂昭「そんな事があったんすか」
茂昭は驚いた。
プールの水消失事件の裏に、そのような事が起きていたとは。
雀松司「俺も、たまたま通りがかったらそうなってたんでね、本当に驚いた」
如月玄伍「白虎は教えてくれなかったのかね?」
竹村茂昭「ええ、何も」
雀松司「事が済んだ後だったからな、あえて教える必要もないと判断したのかもしれん」
竹村茂昭「でも、そんな強力な力の持ち主が近くにいるなんて」
如月玄伍「普段は隠しているものさ」
如月玄伍「必要な時に振るうだけだよ」
雀松司「まあ、そのタイミングが最近増えているのも事実だ」
竹村茂昭「増えてる?」
雀松司「ああ」
頷く司。
雀松司「人外の出現率、特に力が強く害をなすものが増えてきている」
竹村茂昭「・・・」
如月玄伍「魔族の連中の仕業だ」
〇市街地の交差点
竹村茂昭「朱雀と玄武か・・・・・・」
まさか邂逅するとは思わなかった。
人類守護を使命とする四神。
全地球に遍在する人類を守護するというから、滅多に出会うことは無いと思っていた。
それが、今日だけで二人も出会うことになるとは。
しかも、その二人は既に知り合って久しいという。
竹村茂昭(魔族の仕業、か・・・)
茂昭自身の周りでは、異変は少ない。
だがそれは、彼が学生という身分だからだろう。
家と学校を往復する日々では、触れ合うものは少ないのかもしれない。
だが、異変は確かに起きている。
今回の出会いの切っ掛けとなった、プールの水消失事件。
司はプールに残った痕跡を感じ取ったという。
竹村茂昭(俺は、何も感じられなかった)
率直に言って悔しい。
どうして深く突っ込もうとしなかったのだろうか。
白虎「あれは単なる事後の残り物、気にする必要はない」
竹村茂昭「けど、」
見過ごしたのは、失態だと茂昭は考えている。
白虎「今後、何かあった時に気にすればいいさ」
竹村茂昭「・・・・・・」
経験の差を見せつけられたような気がする。
胸のわだかまりは、中々解けそうにない。
〇センター街
雀松司「さあ、早く帰らないと」
探していたものとは違ったが、良いものに出会えた。
四神の同志。
まだ荒削りだが、資質は十分と見た。
雀松司「彼と上手く連携できれば良いが・・・」
などと考えていると、
〇センター街
雀松司「!!」
突如として訪れた真っ暗闇。
月も、星も、灯りもない。
雀松司「・・・魔族か」
珍しくはないが、久し振りだ。
魔族「紛い物、滅ぶべし」
雀松司「紛い物とは酷い言いようだな」
ブワリ、と、司の背中から火の粉が舞い散る。
魔族「紛い物は紛い物だ、そこに何の疑いもない」
雀松司「その紛い物が如何程のものか、見せてやろう」
〇おしゃれなリビングダイニング
橘一哉「シゲちゃんの太刀筋ってさ、どんな感じなん?」
草薙由希「そうねえ、真っ正直、かな」
向かいに座る一哉の問いに答える由希。
由希は橘家で一哉と共に夕食を摂っていた。
久々の楽しい稽古で気分が良くなり、つい橘家を訪れてしまったのである。
そしたら、一哉の母に夕食を食べていけと言われ、その言葉に甘えることにした。
由希と一哉は母親同士が双子の姉妹という少し変わった間柄である。
遺伝子的には父親違いの姉弟とも言える。
更に、母親同士も非常に仲が良いため、実の姉弟のように育った。
その少し変わった間柄もあってか、二人の仲は良い。
草薙由希「でも、ちょっと変わった所もあってね」
橘一哉「変わったところ?」
草薙由希「そう」
由希は頷き、言葉を続けた。
草薙由希「竹村くん、持ち替えが凄く少ないのよね・・・」
橘一哉「持ち替え?」
草薙由希「うん、余程のことがない限り持ち替えしないのよ」
薙刀道では、剣道と違って薙刀を握る手の上下を持ち替えることがある。
それを、茂昭はあまり行わないという。
橘一哉「それって珍しいの?」
草薙由希「まあ、珍しいほうね」
橘一哉「へえ〜」
草薙由希「まるで、柄の長い刀、大太刀だっけ?それを使ってるみたいな感じ」
橘一哉「ふーん・・・」
草薙由希「そんなに気になるなら、うちに体験入部してみる?」
橘一哉「なんでそうなるのさ」
草薙由希「だって、竹村くんのこと気になってるみたいだし」
橘一哉「流石にそこまではしないよ」
そんな事をしたら、綾子に何をされるか分かったものではない。
草薙由希「あら、残念」
微笑む由希。
橘一哉(ほんと、今日の由希姉は機嫌がいいな・・・)
〇狭い裏通り
如月玄伍「さ、随分と遅くなってしまった」
うっすら赤くなった顔で、玄伍は辺りを見渡す。
高揚した心を鎮めるべく、馴染みの居酒屋で軽く一杯やっていたのだ。
如月玄伍「青龍には、いつ会えるのやら」
司との出会いは偶然だと思った。
竹村少年との出会いは、予期せぬ僥倖だった。
しかし、四神のうち三柱が出会ってしまった。
偶然や僥倖で済むような話でもなくなっているような気がする。
如月玄伍「魔族に対して、我々も積極的に打って出る必要があるのかもしれんな・・・」
魔族。
人に害為すものたち。
大地の流れに走るノイズが、ここ最近増加している。
それができるのは、魔族しかいない。
如月玄伍「どうしたものかな・・・」
〇センター街
雀松司「・・・ハァ、ハァ」
未だに解けない魔族の結界。
その中で、司は荒く息を弾ませていた。
雀松司「だんだん、キツくなってきてるな・・・」
膝を曲げ、腰を落としている体勢は一見するとしっかりしているように見えるが、よく見ると違う。
膝は微かに震え、上体は猫背気味。
残心とは正反対の、立っているのがやっとの状態だ。
少しでも気を抜けば、その場に倒れてしまいそうだ。
力なく垂れ下がる両腕からは、緩々と炎が尽きることなく流れては消えていく。
雀松司「まだだ、」
グッと歯を食いしばる司。
雀松司「まだ俺は、倒れるわけにはいかないんだ・・・」
雀松司「朱乃・・・」
何よりも愛しく誰よりも大切な少女の名を、司は呟いた。