第四拾七話 相談(脚本)
〇実家の居間
蝉が忙しなく鳴いている。
この付近は樹木が多く、木を生活に利用する生き物が多く見られる。
そんな中にある一軒家に、雀松司は来ていた。
如月玄伍「君が来るとは珍しいな」
その人物の名は如月玄伍。
趣味で骨董店を営む老人である。
雀松司「はい、急ぎの用でしたので」
雀松司「ま、営業も兼ねていますが」
如月玄伍「熱心なことだ」
若者の冗談に老人は微笑み、
如月玄伍「それで?要件は?」
すぐに表情を戻す。
二人は旧知の間柄で付き合いも長い。
司が学生の頃から色々と世話になっている。
そんな司の口から切り出された言葉は、
雀松司「神獣と妖魔の痕跡を発見しました」
如月玄伍「・・・ほう?」
老人の目が鋭くなる。
雀松司「場所は平坂学園高等部のプールです」
司は説明を続けた。
雀松司「私が見た時、プールは水入れの最中でした」
如月玄伍「それは確かに奇妙だな」
この時期、既に学校の体育の科目は水泳になっているはず。
なのに、水入れの最中とは明らかにおかしい。
雀松司「遺されていた『神気』と『瘴気』が、いずれも強烈なものでした」
如月玄伍「・・・ふむ」
顎に手を添え、玄伍は考え込む。
表情も口調も声音も、司が口にした事は虚偽や誇張とは考えがたい。
そういう冗談は言わない青年である。
如月玄伍(考え得る事と言えば・・・)
過日の平坂高校文化祭を思い出す。
〇学校の廊下
〇実家の居間
如月玄伍(あの少年、龍を宿していたな・・・)
橘一哉、といったか。
握手した時に感じた力。
龍特有の膨大な生命力と、それを宿していながら常人と何ら変わらぬ雰囲気。
そして、
如月玄伍(武芸も達者ときていたな)
玄伍の合気崩しで崩されないほど高度な身体技法の持ち主。
雀松司「どうかなさいましたか?」
怪訝な顔をする司。
これほど長考する玄伍の姿は初めて見たような気がする。
如月玄伍「うむ、心当たりがあってな」
雀松司「何かご存じで?」
如月玄伍「ああ」
玄伍は頷き、文化祭で出会った少年について語り始めた。
〇実家の居間
雀松司「そんな事が・・・」
驚いた。
年端もいかぬ少年が、神獣、中でも別格とされる龍の宿主とは。
雀松司(いや、そうでもないか)
自分のことを思い返せば、そう珍しいことではない。
雀松司「ですが如月翁、」
如月玄伍「?」
雀松司「その少年は、どのような龍の宿主なのでしょうか」
龍と一口に言っても、様々な種類がいる。
色を冠するだけでも、赤、青、白、黒、黄、緑など。
その外見や特質によって千差万別、無数に存在する。
中でも気になるのが、
雀松司「我らの同志、青龍の宿主なのでしょうか」
如月玄伍「うーむ・・・」
玄伍は眉根に皺を寄せて唸った。
如月玄伍「龍である、としか分からなんだなぁ・・・」
一目見てただならぬものを感じ取り、自然に握手していた。
その時に感じたのは、龍である、ということのみ。
玄伍の武道家の血が騒ぎ、つい戯れに合気崩しを仕掛けてしまった。
それに対して一哉が身体的にも精神的にも動じなかった事への驚きと喜びの方が勝ってしまった。
感じ取った龍の見極めは、していない。
如月玄伍「うむむ・・・」
あの時感じた龍が如何様なものであったか、改めて記憶を辿ってみる。
如月玄伍「確か、」
印象としては、
如月玄伍「黒かったなあ・・・」
雀松司「黒、ですか」
玄伍の言葉を反芻する司。
雀松司(では、)
違う、と司は結論付けた。
司が感じた神気の痕跡は、
雀松司(あれは、青かった)
司の印象では、青。
更に付け加えれば、水の青だ。
玄伍の出会った少年は、司が見た神気の主ではあるまい。
ということは、
雀松司(神獣の宿主が二人いるのか?)
玄伍の出会った少年と、プールに神気を遺した人物。
神獣の宿主は二人いることになる。
〇実家の居間
雀松司「それで、翁の出会ったという少年はどんな人物だったのです?」
如月玄伍「中々見どころのある少年だったよ」
礼儀正しく、愛想よく、姿勢も良い。
如月玄伍「屈託のない、人懐こそうな少年だった」
雀松司「会ってみたいですね、その少年」
玄伍の話を聞く限り、中々の好人物に思える。
如月玄伍「うむ」
司の言葉に玄伍も頷く。
如月玄伍「事と次第によっては、我らに合力してもらえるかもしれん」
雀松司「早速行ってみましょう」
如月玄伍「待て」
立ち上がろうとする司を玄伍は制止した。
如月玄伍「如何なる名目で学園に行く気だ?」
雀松司「あ」
確かに、その通りだ。
単なる平坂市の住人というだけでは、学園に入り込むには余りにも理由が弱すぎる。
如月玄伍「私は一応学園OBだが、学園の記録に残る何かを成し遂げたわけでもない」
雀松司「俺はOBですら無いです・・・」
玄伍よりも更に理由が弱い、というか存在しない。
如月玄伍「彼らと偶然行き合うのを期待するしかあるまい」
雀松司「そうですね・・・」
〇道場
竹村茂昭「よろしくお願いします!」
草薙由希「ええ、こちらこそ」
稽古開始までの空き時間。
茂昭と由希は型稽古を繰り返し行っていた。
茂昭の要望によるものだ。
文化祭の特別他流試合で一哉に一本取られて以来、茂昭は稽古に更に熱が入るようになった。
型稽古も最初は一人で行っていたが、やはり相手がいた方が良い、との結論に至った。
ならば、その相手は強い人が良い。
薙刀部最強と目されているのは、部長である由希。
なら、由希に稽古をつけてもらえばいい。
簡単な結論だった。
しかし、
〇道場
竹村茂昭「俺に稽古をつけてください!」
竹村茂昭「お願いします!!」
草薙由希「ええ・・・」
竹村茂昭「カズと先輩が従姉弟だとは聞きました!」
竹村茂昭「でも、俺はアイツに勝ちたいんです!」
〇道場
頼まれることは予想していたが、まさか土下座までされるとは思わなかった。
自分の従弟を負かすための特訓は気が乗らないかもしれない。
でも、強くなるために頼れるのは由希しかいない。
そう言って茂昭は平身低頭、額を床に擦り付けて懇願したのである。
そこまでされては断るわけにもいかないし、それ以前に断る理由も意思も由希は持っていなかった。
そんなわけで、二人は型稽古を何度も繰り返している。
〇道場
橘一哉「二人とも、よくやるなぁ・・・」
そんな二人を、一哉はぼんやりと眺めていた。
辰宮綾子「じゃあ、あたしらもやるか?」
そんな一哉に後ろから綾子が声を掛けてきた。
橘一哉「あ、綾姉」
辰宮綾子「ここでは先輩と呼べ、バカモノ」
橘一哉「すんませんパイセン」
辰宮綾子「コイツは・・・」
珍しいな、と綾子は思った。
穏やかどころの話ではない。
辰宮綾子「何を腑抜けてるんだ」
一哉が由希と茂昭の様子を見る目は、楽しそうなものではない。
辰宮綾子「さては、由希を盗られて嫉妬してるな?」
橘一哉「うえ!?」
思わず変な声が出る一哉。
橘一哉「まあ、確かに由希姉が楽しそうなのは羨ましい」
辰宮綾子「やっぱりヤキモチ妬いてるんじゃないか」
橘一哉「それにさ、シゲちゃんも楽しそうだし、いいなーって」
辰宮綾子「ほほう?」
大体の事情を綾子は察した。
従姉と親友の間に入れない自分が悔しいのだ。
辰宮綾子「よおーしよし、そういう事か」
ニヤリと綾子は口の端に笑みを浮かべ、
辰宮綾子「それなら、この綾子お姉さんがたっぷり可愛がってやろうじゃないか」
その後、面も着けずにひたすら切り返しを行う綾子と一哉の声が道場を揺るがさんばかりに響き渡ることになった。
〇ハイテクな学校
如月玄伍「元気な声がするな」
運動部の学生たちの掛け声がそこかしこで響き渡っている。
雀松司「放課後とは考えましたね」
如月玄伍「もしかしたら、会えるかもしれん」
如月玄伍「あの龍の少年に」
あの年齢で、あの技量。
武道・格闘技系の部活に所属しているのではないか、と玄伍は予想していた。
だが、
???「おおおおおおおっっっっ!!!!」
「!!!!!!」
獣の咆哮にも似た雄叫び。
二人は目を丸くした。
如月玄伍「この雄叫びは・・・」
雀松司「間違い無い・・・」
「白虎!!」
二人は急いで声の聞こえた方角へと回り込んだ。
〇道場
竹村茂昭「せい!」
草薙由希「はい!」
武道場、薙刀部。
防具を着けての地稽古で、丁度由希と茂昭の組が出来ていた。
茂昭の声は大きい。
とにかく、大きい。
発する気声に従って心身が動いているように見える。
そんな茂昭の薙刀は、頗る猛々しい。
そんな茂昭の立ち回りを、外から見ているのが二人。
〇学校沿いの道
如月玄伍「ほお・・・」
雀松司「これは・・・」
雀松司と、如月玄伍である。
全ての戸が全開となった武道場。
中で熱心に稽古する学生たちが、フェンスを隔てて校外にも丸見えとなっている。
幾つかある武道部のうち、道場の道路側で練習しているのは薙刀部。
そのため、二人の目にも留まることとなった。
如月玄伍「司くん、見えるかね」
雀松司「・・・はい」
抑えようともしない。
ただひたすらに、全力。
〇道場
竹村茂昭「えやああっ!」
〇学校沿いの道
如月玄伍「龍を探しに来たが・・・」
雀松司「虎を、見つけましたね・・・」
二人の目には、はっきりと見えていた。
少年の纏う、真白き虎が。
如月玄伍「白虎に出会えるとは、運が良い」
雀松司「そうですね」
司も頷く。
人類を守護する四柱の神獣。
これまで出会えずにいた同志に、出会えたのだ。
如月玄伍「残るは青龍か」
雀松司「はい」