第45回『喉を削るだけでしか無かった』(脚本)
〇劇場の座席
──第45回『喉を削るだけでしか無かった』
レクトロ「・・・そこまでしちゃって、本当に良いと思ってる?」
頭の上半分を吹き飛ばされても尚、レクトロはふらふらと立ち上がる。
レクトロ「あーあ、きっと酷い表情だ・・・ 血と汗でめちゃくちゃになってさ」
レクトロ「・・・これは見せられないよ」
普段なら驚いたり困惑したりするが、今回はそんな余裕はない。
レクトロ「・・・・・・それは違うか。 君だけには見せるべきなのかな?」
頭を押さえ、傷を自己再生させている右手には青紫色の血がべったり付いている。
レクトロ「・・・僕はなるべく怒らないようにしているんだ」
慣れかけた鉄の味と眩暈。
再生は出来ても失った分の血を補うことは出来ないのは、レクトロに最後に残った『人の心』故によるものだろうか。
レクトロ「心が追い付かないことはしないつもりだった」
レクトロ「君から見れば、『逃げ続けている』としか思えないだろうけど」
レクトロ「今の僕は、薬を飲んでいるんだよ」
レクトロ「何が起きても大丈夫だって、思えるようにね・・・」
〇後宮の廊下
「レクトロ」
ナタク「今月分の薬を忘れているぞ」
ハッと驚いた表情で、ナタクから薬が入った袋を受け取った。
レクトロ「僕のために時間を割いてくれてありがとう。 すごく助かってるよ」
ナタク「俺のことは気にしなくて良い」
ナタク「君の負担を少しでも軽くしたいだけだ」
レクトロ(・・・君は本当に優しいなぁ)
──誰かのために動けるナタクに、レクトロは一種の羨望を抱いていた。
レクトロ(どう行動したら、ナタ君みたいなヒトになれたかな?)
それをわざわざ言うつもりは無いし、今後も話題として出ることは無いだろう。
ナタク「・・・笑顔のまま固まっているぞ、何かあったのか?」
ニコニコ笑顔で固まったままぼんやりと考え事をしたため、ナタクには不審に見えたらしい。
レクトロ「・・・ただの考え事だよ。気にしないで」
レクトロ「此処に1人いたのも、夜風に当たりたかっただけ」
レクトロ「自分や誰かを責める理由を考えてはいないし、そんなことにもう意味は無い」
ナタクの事は本心で信用している。
だが、『信頼』ではない。
未来に希望を見出せないレクトロは、一歩進むことに少しの恐怖と諦めを感じていた。
レクトロ「──君は僕から目を奪った。 それには感謝してるよ」
レクトロ「・・・僕が『死』の選択肢を選ぶことを、君は決して許さないでくれ」
レクトロ「命を尊ぶ君が生き続ける限り、僕も生きてみるから」
〇劇場の座席
『んんっ!』と声を調整してから、影に最後の笑顔を見せた。
レクトロ「君が『いつかの僕』なのは分かってる」
レクトロ「──もう少し、時間が欲しかった!」
自分を見失う前に、オリジナルは影を取り込もうと喋りながら近づいた。
レクトロ(僕はそう簡単に死なないけど、君が消えることも無い)
レクトロ「・・・・・・・・・」
座席の一列を両手で引き離し、軽々と持ち上げる。
──互いに、戦意は十分にあると言えるだろう。
〇劇場の座席
椅子を投げた直後、急に気力が無くなった。
身体が酷く重く怠い。
レクトロ(あれ・・・?何か急に眠くなって・・・)
レクトロ「・・・・・・あ」
ふらついて膝から崩れ落ちる。
首から下げたネックレスを見て、僅かに目を見開いた。
レクトロ(このままでは・・・きっと化け物になる)
本能的に不吉な予感を感じ取ってしまったせいか、ネックレスはじわじわと黒が侵食していく。
レクトロ(『影』も居なくなってる)
気付けば、『影』は自身とあっさり同化していなくなっていた。
素直に喜べるはずもなく、冷めた頭で理由を考えるしか出来ない。
レクトロ(きっと、オリジナルである僕を消耗させるために存在していたんだ)
『后神』として不服ながらに生きる事と、『天敵』と時間を共有する事。
この2つの事実だけと先ほど頭の上半分を再生させたことで、レクトロは本調子を出せなくなるほど消耗していた。
レクトロ「ネイ・・・」
〇屋敷の門
遊佐景綱「・・・どこに行くつもりだ、スィ家の娘」
勝手に外出しようとしたシリンを、遊佐景綱は無表情で引き止める。
シリン・スィ「レクトロ様を捜しに行くんです」
シリン・スィ「私に、外出許可をください」
シリンの光の入った綺麗な目は、遊佐景綱の紫に濁る瞳を確実に射抜いている。
遊佐景綱「『必ず生きて帰ってくる確証』があるなら、いいだろう」
シリン・スィ「『必ず』ですか!!?」
──遊佐邸の扉の前、シリンの驚愕の声が響く。
想像よりもあっさり話が進んだことに、シリンは驚きを隠せなかった。
遊佐景綱「当たり前だ。私は喪失を許さない」
遊佐景綱「・・・何故、君は驚いているんだ?」
シリン・スィ(”自分のことじゃないから、好きにしろ”とでも言うと思っていたなんて)
シリン・スィ(死んでも言えない・・・!)
もし言ってしまえば何をされるか分からない。
これは墓場まで持っていくことにした。
シリン・スィ「遊佐様って、本当は優しいんだなって思い直しました」
遊佐景綱「・・・さぁ、それはどうだろうな」
遊佐景綱「だが、君が嘘を言ったようには思えないし思いたくもない」
遊佐景綱「────ありがとう」
・・・はぐらかした割には、嬉しかったりして?
遊佐景綱「君の好きなようにしてくれ。 私は止めないぞ」
シリン・スィ「これって、許可されたってことだよね・・・!」
遊佐邸の扉に背を向け、笑顔で背筋を伸ばす。
だが、引っかかることが一つだけあった。
シリン・スィ(一瞬だけ見えてしまった、遊佐様の表情・・・)
シリン・スィ(衝撃と困惑、少しの悲しみが混ざっていたなぁ)
〇山中の川
シリン・スィ「私に用事があるって聞いたんだけど、何かしら?」
ナビス・テネ「シリンちゃんだ!」
遊佐偃の従者になる予定の人魚姫、ナビス・テネはシリンを呼んでいた。
ナビス・テネ「貴女にプレゼントがあるの!」
海中から大きな包みを持ってきた。
見た目の割には軽いのか、ナビスが『重い』と言うことは無かった。
シリン・スィ「開けてもいいかしら?」
ナビス・テネ「うん!開けてみて」
シリン・スィ(やけに厳重に包まれているわね・・・)
人間が海中で物を失くしてしまえば回収することはほぼ不可能だろう。
包みは一枚の紙を広げるうちに、マトリョーシカのように小さくなっていく。
シリン・スィ「カニのアクセサリーかしら?」
ナビス・テネ「うん!ナビスが作ったの!」
包みの中身は、やけにリアルなカニ(と爪)のイヤリングだった。
シリン・スィ「こんなに可愛いアクセサリーを作ってくれてありがとう!」
シリン・スィ「今から私は、レクトロ様を捜す旅に出かけるの。必ず見つけて戻ってくるね!」
シリンはすぐにイヤリングをつける。
カニの爪が髪に当たって、少しくすぐったい。
ナビス・テネ「うん、行ってらっしゃい! ナビスは応援してるよ」
ひらひらと両手を振り、ナビスはシリンを見送った。
ナビス・テネ「・・・これでいいんだよね?」
〇山中の川
遊佐景綱「よくやったよ、ナビス」
ナビス・テネ「当主様っ!!?」
まさか遊佐景綱が現れるとは思わなかったナビスは両の目を真ん丸にした。
遊佐景綱「可愛らしいモノを作っていたな。 時間があったら、私の妻の分も頼む」
ナビス・テネ「奥さん・・・って、偃様のことですか?」
遊佐景綱「そうだ。私の妻は偃のみだ」
遊佐景綱「・・・内緒だぞ」
気恥ずかしさからか、ナビスの前で『何も言わぬように』ジェスチャーをした。
ナビス・テネ「はい、誰にも言いません」
ナビス・テネ「分かりました。奥様の分は空いている時間に作っておきます」
ナビス・テネ「それでは!」
遊佐景綱「・・・良い子だ、ずっとこのままでいてくれよ」
ナビスが気に入った遊佐景綱は、シリンが走って行った方向を見つめ
遊佐景綱「春を待つ君に、御伽噺を」
おまじないを呟いて、踵を返した。
遊佐景綱「今のシリンでは、レクトロどころかネイにすら勝てんよ」
〇スーパーの店内
姫野果世「いつになったら戻ってくるの・・・?」
数時間経ってもトイレ(自己申告)から戻ってこないレクトロを、果世は心配していた。
フリートウェイ「おい、『あの人間の妹』」
まだ名前で呼ぶほど人間に友好的ではないフリートウェイは、果世に声をかける。
フリートウェイ「家に帰った方が身のためだぜ」
要するに『早く帰れ』、ということである。
姫野果世「私には待ってる人がいるんですけど・・・」
フリートウェイ「それはオレ達の仕事だ。 ここでの君の役目はない」
フリートウェイ「君を待つ者の存在を忘れるな。 『あの人間』のことだ」
兄が家で妹の帰りを待っているはずだ。
──ここで妹が死ねば、兄は天涯孤独になるだろう。
姫野果世「・・・分かったわ。今日は大人しく帰る」
姫野果世(もしかして、彼もレクトロ様の関係者?)
姫野果世(でも・・・オーラが違う。 殺気によく似ている何かだ)
フリートウェイに殺気染みた何かを感じた果世は違和感を感じながらもレジへ向かう。
これで誰にも邪魔されずに異形倒しが出来る、と安心しかけた瞬間、
シリン・スィ「今回は私も同行するわ」
フリートウェイ「イヤリングが似合っているな」
シリン・スィ「当然でしょ、私に似合わないものは無いんだから!」
フリートウェイ(・・・何故、蟹のデザインなんだ?)
僅かだがおめかししている彼女はどう見ても上機嫌だ。
シリン・スィ「あんたも、レクトロを捜しているんでしょ?」
フリートウェイ「そうだ。チルクラシアはシャーヴに任せて、オレは戦うことになった」
経緯は少し違えど、最終目的は同じである。
シリン・スィ「互いの傷を減らすために、協力しましょうよ」
フリートウェイ「・・・悪くない提案だ」
シリン・スィ「あら、珍しく素直じゃない。何かあった?」
フリートウェイ「・・・何も無ぇよ」
否定するが、初期より雰囲気は柔らかくなったような気がする。
シリンは、フリートウェイがそうなった理由を察していた。
今の彼を動かせるのは、一人しかいないだろう。
シリン・スィ「へぇ・・・チルクラシアに何か言われたのね?」
フリートウェイ「それはオレだけが知っていればいい」
シリン・スィ「いつものことだけど・・・素直じゃないわね、あんた」
〇ホールの広場
フリートウェイ「・・・怖く無ぇのかよ?」
死ぬかもしれない戦いに身を投じる前に、目を合わせずに話しかける。
今ならば、ギリギリ逃げることが出来るラストチャンスを掴めるからだ。
シリン・スィ「うん、もう慣れたわ」
シリン・スィ「自分が生きるため、と思えば怖くない」
フリートウェイ「・・・自分のため? 『生きるため』って事か?」
シリン・スィ「そうよ。だけど、それだけでしか無い」
ドアに手を置いたシリンは、肺に溜まった空気を全て吐きたかったのか、長く息を吸った。
シリン・スィ「あいつは、1人で何か悩んでいるみたいだから、従者の私が聞き出すの」
シリン・スィ「殴ってでもね・・・・・・」
そう決意をするシリンだが、彼女の瞳は黒ずみ始めていた。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「・・・こっちを見ろ」
言われた通りに、シリンが振り向き、フリートウェイを見た瞬間──
加減は一応しているだろうが、ほぼ躊躇い無く、シリンの首を叩いて気絶させた。
フリートウェイ「──今のお前に、チルクラシアは任せられねぇよ」
フリートウェイ「招かれざる客はお前のようだな」
今回も楽しく読ませていただきました。
最後のシーンにちょっとビックリ。
次回が楽しみです。