第44回『濁し続けたお茶が真っ黒になる頃』(脚本)
〇神殿の広間
レクトロ「・・・・・・・・・・・・」
異空間に入ったレクトロは、困惑して棒立ちしていた。
レクトロ「これはどういうことかなぁ・・・?」
レクトロ「雰囲気を出そうと思って、殺気まで出してみたのに・・・」
誰もいない。使い魔すらいない。
あまりにも静か過ぎる。
レクトロ「メモ書きすら無いのかい?」
『造りがお粗末だな』と思いながら、いつも通り最深部を目指す。
レクトロ「こういう時に限って、みんな痛い目を見るんだよ」
レクトロ「僕が楽になれるのは、身体が湖の底にある時だけ」
レクトロ(圧力を受けた体が空気に晒されると、一瞬気が遠くなって激痛を感じる)
レクトロ(本当に大事なものはなかなか手放せないってことさ)
この異空間の『主』のように、異形体として生まれ変わっても一部の未練や執着はあるわけで
レクトロ(『彼ら』に、時間は関係ないみたい)
アイテムや使い魔を生み出せなくなるほど弱体化しても、人を苦しめる事に変わりはない。
レクトロ「・・・引き寄せるって、怖いよね」
──第44回『濁し続けたお茶が真っ黒になる頃』
〇城の廊下
レクトロ「全然落ち着かないなぁ・・・」
レクトロは不満を抱いていた。
レクトロ「城か、懐かしい」
レクトロ「彼らは元気にしてるよね」
異空間の内部を歩いているのに呑気にしているのは、使い魔の派手な迎撃が無いからだろう。
レクトロ「王の娘からメッセージが来ていたのを思い出したよ」
レクトロ「確か・・・僕の言う通りにしてくれたんだっけ」
レクトロ「今を生きる者は、文明の利器に頼った生活をしてるよね」
レクトロ「便利になってしまったよ」
〇SNSの画面
后神様へ
三日間だけ、隣の国に旅行することになりました
仕事は別の人に任せて、満喫するみたいです
何かヤバそうなことが起きたら、助けに来てくれると嬉しいです!
お土産は期待していてください
今回は私が選びますから!
〇城の廊下
レクトロ「僕のことは気にしなくてもいいのにね」
旅行中くらいは、仕事など全部忘れて心身を休ませて欲しいものだ。
レクトロ「・・・お土産は1つだけでいいんだ」
レクトロ「僕が贈り物に弱いだけなんだけど、それを言ったらつまらない」
王族が直々に選んだ物は、人間から見れば価値がいきなり跳ねあがるという。
レクトロ「また、僕の話題で満たされることになるな・・・」
レクトロ「テレビも新聞も、何もかもが『僕』になってしまう」
后神レクトロに何かをすれば高確率で、連日その話題で持ち切りになる。
良い意味、悪い意味も関係なく。
レクトロ「僕は何でも出来るわけじゃない。みんな過信しすぎだよ」
レクトロ「もし僕が最初から何でも出来ていたら、こんなことになってないし、」
レクトロ「他人の人生を奪う異形の存在だって無かっただろうね」
〇劇場の舞台
レクトロ「最深部まで来ちゃったよ」
結局使い魔の一体にも会わず、何かアイテムがあるわけでも無かった。
得たものがひとつも無いまま、異空間の最深部まで到達したのは初めてである。
レクトロ「紅茶かな?」
観客のいない舞台がイメージされた最深部。
座席に、何故か淹れたての紅茶と小さなクロワッサンが置いてあった。
レクトロ「・・・これはきっと僕のためにあるんだよね」
レクトロ「だけど、遠慮しておくよ」
何か致死的な薬品が混入しているかもしれない。
レクトロ(耐性は一応あるけど、予定にない度胸試しと縛りプレイはしない)
レクトロ(生きるために、リスクを全力で回避するのは当然だろ?)
レクトロ(それは誰であろうと変わらないし、異形体もそれくらいは考えられるはずさ)
レクトロ(僕が信念に従って動いているかは微妙な所だけどね・・・)
レクトロ(他人の事は言えないかもしれない)
座席に座って、上映の時を待つ。
レクトロ「──さぁ、君の絶望と悲しみを全て見せるんだ」
レクトロ「僕の準備は出来ている。いつでも幕を開けてくれ」
異形体にも、こんな”サービス”をするものがいるとは思わなかった。
〇劇場の舞台
レクトロ「・・・自分がスターになる資格は無いと思うけど」
舞台に上がってみたレクトロの一言はこれだった。
レクトロ「僕は『裏側の世界』で生きている身だからね。必要以上に観客の前に出ることは無い」
レクトロ「こういうのは、シリンとシャーヴが似合うと思うよ」
能力の発動に『本を開く動作』が必要な二人だ、自分よりも喜ぶはずだ。
特に、シリンが目をピカピカに輝かせるだろう。
レクトロ「だからさ、そろそろスポットライトは消して二人きりになりたいな」
レクトロ「──僕の近くにいるんでしょ?さっさと来いよ」
〇貴族の部屋
チルクラシアドール「・・・・・・」
ベッドの上で大人しくしていたチルクラシアは、フリートウェイの腕の中で首を傾げる。
フリートウェイ「どうした?何か嫌なものでも見えてしまったか?」
チルクラシアドール「悪いやつの気配を感じた」
後ろから聞こえる低めの声に、彼女は振り向くことなくどこか淡々と返答した。
フリートウェイ(・・・異形の事か?)
思えば、最近は異形倒しをしていない。
レクトロの具合が悪化したため、遊佐邸で一時的に役割を放棄して気ままに過ごしていた。
チルクラシアドール「レクトロが『生きてる』のも分かった」
チルクラシアドール「でも無事かどうかは分からない」
チルクラシアドール「会いに行かないと」
フリートウェイ(・・・誰かに入れ知恵でもされたのか?)
チルクラシアがここまで他人を心配することは無かったはずだ。
入れ知恵を疑うほど、彼女は意気込んでいる。
チルクラシアドール「お父さんから言われたこと、珍しく忘れてないよ」
チルクラシアドール「寝て全部忘れることがほとんどなのに、これは覚えてる」
『褒めて褒めて』と言わんばかりに、両手をバタバタ動かす。
〇屋敷の一室
遊佐景綱「一番危ないのは『大丈夫だ』と思い込むことだ」
遊佐景綱「いつでも『かもしれない』と思った方が良い」
〇貴族の部屋
フリートウェイ(そんなことを言っていたんだな)
他人に警戒心という名の敵意を見せる彼女に、入れ知恵が出来る人物は限られている。
だから、遊佐景綱がチルクラシアの父親である事実にフリートウェイは驚かなかった。
やけにあっさり『事実』として受け入れることが出来たからだろうか。
フリートウェイ(・・・オレにも関連している記憶だろうか)
チルクラシアが覚えているなら、自分にもその記憶データはあるはずだ。
フリートウェイ(すぐに思い出すことはもう諦めてるが)
フリートウェイ(時々何かが頭に引っかかる)
他人の1動作をじっと見ることで、自分に無い要素を何とか埋めようとするが上手くいった例が無い。
フリートウェイ(チルクラシアは何をするつもりで動いている?)
チルクラシアドール「悪いやつを倒しに行こう!」
久しぶりに異形体らしき気配と戦うことになりそうなチルクラシアは両手首から半透明のリボンを出して飛び跳ねている。
フリートウェイ「オレも、漸く気配に気づいたよ」
フリートウェイ「・・・異形とは何か違うけどな」
ブロットに特有の、喉に絡んで痛くなる『墨によく似た匂い』がしない。
チルクラシアドール「違うの?」
フリートウェイ「・・・・・・」
無言で見つめ合う。
睨んでいるわけでは無いが、チルクラシアの目つきが鋭い。
フリートウェイ「レクトロを助けに行こう」
フリートウェイ「ついでに、あの人間の様子も見ようか」
姫野兄妹の生存を、確認したかった。
あの時兄を見たのは自分ではなく、シャーヴだ。
チルクラシアドール「『あの人間』?」
チルクラシアドール「あのヒトの所へは行きたくないし、見に行く理由もないよね」
即答だった。
チルクラシアには、『あの人間』が誰のことなのか分かっているようだ。
フリートウェイ「・・・避ける理由があるのか?」
チルクラシアドール「レクトロの方が大事」
どうやら、チルクラシアには『優先順位』というものがあり、それに従って行動しているようだ。
崙華が『あの人間』呼ばわりしている姫野晃大が、チルクラシアにとって『優先すべき人物でない』とで思っているのは明確だ。
フリートウェイ(それを言われると話が終わる)
チルクラシアドール「眩しいから嫌だ」
フリートウェイ「あれは本人が気づかなければ、多分どうにもならないぞ」
フリートウェイ「あいつの光はオレ達を消してしまう」
『殺す』という猟奇的な表現でなく『消す』という若干マイルドなものにした理由は、
フリートウェイのささやかな気遣いだ。
フリートウェイ「危険を感じて、近寄らないようにしているんだな。偉い偉い」
フリートウェイ「だけど、嫌いになる理由にはならない」
フリートウェイ「日を改めて、『あの人間』の家に行こう」
チルクラシアドール「(ˆ꜆ . ̫ . ).ᐟ.ᐟ」
チルクラシアの考えを改めることに成功したフリートウェイは、部屋の扉を開ける。
フリートウェイ「寄り道しながら行こうぜ」
チルクラシアドール「(∩´∀`)∩ワーイ」
万歳をしながら走ってきたチルクラシアが喜びの感情に飲まれたからか、リボンが勝手に動き出す。
今の彼女に『危害を加えるつもり』は無いため、物が壊れることやフリートウェイを傷つけることは無かったが
固有能力の暴発は危険なため、また言葉で宥めることにした。
フリートウェイ「ちょっと落ち着いてくれ。また過呼吸で倒れるぞ」
フリートウェイ「ここまで喜んでくれるなんて、オレは嬉しいよ」
フリートウェイ「だけど、身体の言うことは素直に聞くべきだぞ」
『頭の熱を冷やす』目的で、チルクラシアの頭をゆっくり優しく撫でる。
フリートウェイ(熱があるわけじゃないよな・・・)
フリートウェイ(原因は何となく分かるが・・・)
固有能力の発動による『代償』の一つに、発熱がある。
人間は熱を出したら大人しく寝るだろうが、人間でない彼女は平然と動くつもりでいる。
フリートウェイ「痛いことはしないから、こっちにおいで」
〇貴族の部屋
フリートウェイ(・・・37.5度か)
フリートウェイ(よく平然としていられるな)
フリートウェイ(顔色すら変わらない)
見逃せない熱を出しているにも関わらず、顔色一つ変えないチルクラシアは無言で首を傾げている。
フリートウェイ「これを首に巻くと、少しは楽になるだろう」
体温計とチルクラシアの細い首を交互に見ながら、濡らしたタオルをかける。
チルクラシアドール「( ⩌⩊⩌)✧」
フリートウェイ「アイスクリームは食うか?」
小さな冷蔵庫から取り出したバニラアイスを見せれば、彼女はそちらに目が行った。
チルクラシアドール「食べる食べる~!」
レクトロを助けに行くのは、数分後になりそうだ。
〇劇場の舞台
──レクトロは自分の影と静かに立ち向かっていた。
レクトロ「・・・僕の影が強敵だとは思わなかったよ」
Lectro「・・・へぇ、本当にそう思ってるの?」
ふわり、と2m越えの身体を難なく浮かし余裕ように一人呟き、指パッチンをする。
『影』から適度な距離を取りつつ、会話を楽しむ。
相手が異形体でないと分かってからは、心が少しだけ晴れたような気がした。
罪悪感が無くなったからかもしれない。
レクトロ「うん、ここで嘘をついても意味は無いからね」
レクトロ「・・・というより、君に嘘はつけないし」
『影』は自分の闇が光に照らされることで出てくるものだと思っているレクトロは、
勝つことより『影』をあるべき場所に戻すことを考えていた。
レクトロ「だから、君のことは倒さずにずっと僕の中にいてもらおうと思ってる」
『あるべき場所』。
それは、レクトロの心の闇。
Lectro「・・・今のお前に、僕は受け入れられるか?」
Lectro「・・・・・・いつかの『僕』から目を逸らすのは止めろ」
Lectro「本当は、全部破壊したいくせに!」
──適度な距離を保っていたはずの影が、目の前にいた。
レクトロの眉間に大きな手を置き、頭を吹き飛ばすつもりだ。
レクトロ(────しまった!)
──気づいた時には、既に遅し。
『影』の黒い手は、レクトロの眉間と目の上半分を覆っていた。
顔文字に久々のバトル、チルクラシアの言動が楽しかったです。
次回も楽しみです。