第四拾四話 犯人は玲奈(脚本)
〇ハイテクな学校
月添咲与「ええ!?」
月添咲与は困惑した。
月添咲与「ホントなの、それ」
安曇紗那「うん、お兄ちゃんも、良いよって言ってくれた!!」
月添咲与(もう言ってる・・・)
紗那が、一哉との距離を縮めた。
只々驚くしかなかった。
元気な子だとは思っていたが、これほど積極的な子だとは思わなかった。
月添亜左季(喜んでいいのかな・・・)
紗那個人のことを考えれば、喜ぶべきことなのかもしれない。
だが、正直に言えば素直には喜べない。
敵と仲を深めるのは悲劇の始まりとなるのは、古今東西の歴史に枚挙に暇がない。
安曇紗那「なんだか元気が出てきた気がする」
安曇紗那「さ、帰ろ、咲与ちゃん、亜左くん」
紗那は先頭切って歩き出した。
訪れた時よりも生気を増し、足取りも心なしか軽やかになっているように見えた。
〇渡り廊下
辰宮玲奈「うーん・・・」
梶間頼子「どうしたの?」
何となくスッキリしていない様子の玲奈に気付いた頼子が声を掛けた。
辰宮玲奈「あれで良かったのかなあ・・・」
首を傾げる玲奈。
梶間頼子「あれって?」
辰宮玲奈「紗那ちゃんのことなんだけど、」
梶間頼子「ああ、アレね」
頼子はすぐに分かった。
玲奈の行動原理は単純だ。
梶間頼子「別にいいんじゃない?」
梶間頼子「カズに妹ができても、さ」
辰宮玲奈「んー・・・」
玲奈は釈然としない様子を見せる。
辰宮玲奈「何となく、ついノリで言っちゃったけどさ・・・」
一哉の知り合いの年下の女の子。
紗那が一哉を慕っているのは、玲奈・頼子・美鈴の誰の目から見ても明らかだった。
だが、どことなく距離感があるように見えて、その原因は紗那が一哉を呼ぶ時の呼び方にあるのではないかと思い至った。
『橘さん』。
その呼び方を変えてみてはどうかと思い立ち、玲奈が思いついたのが、
〇渡り廊下
辰宮玲奈「ねえ紗那ちゃん、」
安曇紗那「何ですか?」
辰宮玲奈「カズのこと、『お兄ちゃん』って呼んでみたらどうかな?」
〇渡り廊下
一哉を『お兄ちゃん』と呼ぶことだった。
そう。
紗那に一哉を『お兄ちゃん』と呼ぶように勧めたのは、他ならぬ玲奈自身だったのである。
その結果があれだ。
佐伯美鈴「ずいぶん弱気なのね」
美鈴が口を開いた。
佐伯美鈴「恋敵の登場に怖気づいたのかな?」
辰宮玲奈「恋敵だなんて、そんな」
紗那と一哉の距離感が近いとは思った。
二人の話す様子、特に一哉が紗那の頭を撫でたのを見た時、何故か苛立ちが募った。
不思議と心がざわついた。
佐伯美鈴「年下は結構手強いかもよ?」
辰宮玲奈「変なこと言わないでくださいよ」
考えたくもない。
梶間頼子(悩みの種が増えたかな・・・)
玲奈は単純明快だ。
いつも一哉が心の中心にいる。
基準は常に一哉だ。
頼子が玲奈と知り合った時から全くぶれていない。
『一哉に一番近いのは自分である』。
その状態を常に保ち続けようとしてきた。
そんな玲奈にとって、紗那へのアドバイスは間違いなく悪手だっただろう。
だが、自分が不利になろうとも相手に救いの手を差し伸べてしまう、それも玲奈の性分だった。
佐伯美鈴「私達にとっても妹分ができたと思って割り切りましょ、ね?」
美鈴の言う通りだ。
一哉という共通項でできた繋がり。
縁というのは大事にした方が良い。
そう思うことにした。
〇センター街
月添亜左季「そういえば姉さん、」
月添咲与「何?」
月添亜左季「良かったの?」
紗那を無事に家まで送り届け、月添姉弟は家路を歩いていた。
月添咲与「何が?」
月添亜左季「龍使いのこと」
平坂学園高等部。
八人の龍使いは、その全員が同校の生徒である。
月添亜左季「チャンスだったんじゃない?」
月添咲与「何の?」
月添亜左季「まとめて倒すには良かったんじゃないかな」
咲与は龍使い打倒を目標に据えている。
咲与の全力なら、倒すことは可能なはずだ。
月添咲与「いいのよ、今日は」
咲与は首を横に振った。
月添咲与「あんな浮ついた所で戦うのは気乗りしないわ」
学校という場所が悪いのではない。
文化祭という雰囲気が受け付けない。
浮ついた文化祭の雰囲気は、戦いとは正反対のものだ。
気持ちが切り替わらない。
それに、
月添咲与「浮ついた状態のあいつらを倒しても、何の名誉にもなりはしないわ」
お互いに全身全霊でぶつかり合い、そして勝つ。
完膚なきまでに叩きのめし、自身の完全勝利を達成しなければならない。
龍使いたちにも、こちらに集中してもらわねば困るのだ。
月添咲与「平坂学園に在籍しているということは、龍使いはこの街にいるということ」
月添咲与「必ず行き合うし、その時に倒せばいい」
月添亜左季「そうだね」
急がず焦らず、二人はゆっくりと歩いていった。
〇学校の廊下
竹村茂昭(あの感覚・・・)
別れ際に一哉と拳を合わせた時の感覚が、どうしても忘れられない。
一哉の左拳から感じた、人ならざる大きな力。
それは、茂昭の内に宿っている人ならざる力に非常に似通っていた。
竹村茂昭(あれを微塵も表に出さずに、あいつは俺に勝った)
対して茂昭は、無意識の内に『力』を出してしまっていた。
勝負を捨てたその時に、不意に湧き上がってきたのだ。
だが、結果は茂昭の敗北。
力に流されて動き、負けた。
竹村茂昭(一体何者だ、橘一哉)
単なる武道好きではない何かがある。
「やつは『龍』だ」
竹村茂昭「!!」
身体の内から声がした。
脳裏に直接響くそれは、
竹村茂昭「どういうことだ、白虎」
茂昭の内に宿る神獣・白虎の声だった。
「やつは龍使いが内の一人、おそらく黒龍だ」
竹村茂昭「黒龍・・・」
「降魔の倶利伽羅剣、あれは中々に手強いぞ」
竹村茂昭「へえ」
茂昭の顔に笑みが浮かぶ。
不動明王が持つ降魔の利剣。
それを別名倶利伽羅剣といい、剣に黒龍が巻き付いた姿で現される。
竹村茂昭「あいつは破邪顕正の剣の使い手か」
それは正に、現代剣道における理想的精神の極致だ。
「龍が現れた以上、お前にも色々と話さねばなるまい」
白虎は語り始めた。
〇まっすぐの廊下
橘一哉「ふうー・・・」
今日の出番も終わり、時間の空いた一哉は校内を回っていた。
とはいっても、もう時間は昼下がり。
来場者も帰り始め、だんだんと人が少なくなってきている。
そんな中で、
橘一哉「ん?」
如月玄伍「・・・・・・」
一人の老人に目がいった。
首周りを見るに年の頃はもう還暦を過ぎたであろうか、しかし蓄えた総髪は豊かで未だに色を失ってはいない。
背筋もよく伸び、老いを感じさせない溌剌とした雰囲気の持ち主だ。
老人はゆっくりと周りを見渡しながら歩いていたが、
如月玄伍「おや?」
目が合った。
如月玄伍「この学園の生徒さんですか?」
しかも、老人の方から一哉に声を掛けてきた?
橘一哉「ええ、はい」
他に人がおらず、流石に無視はできない。
一哉は老人に歩み寄り、
橘一哉「ようこそ、平坂学園へ」
如月玄伍「随分と昔のことだが、私もここの卒業生でね」
老人は笑顔で語り出した。
如月玄伍「校舎も人も変わったが、雰囲気は全く変わっていない」
嬉しそうに外を見る。
中庭には、巨大なパネルが飾られていた。
各クラスで分割して作ったものを繋ぎ合わせたものだ。
如月玄伍「あれも大作だねえ」
如月玄伍「私は如月玄伍」
如月玄伍「君は?」
橘一哉「俺は橘一哉といいます」
如月玄伍「そうか、よろしくな、橘くん」
老人・如月玄伍は右を差し出す。
橘一哉「よろしく」
一哉も右手を出し、二人は握手をしたが、
橘一哉「!!」
握った瞬間、強烈な違和感が一哉を襲った。
橘一哉(こ、これは)
如月玄伍「おや、気付いたかね」
如月玄伍「中々聡いようだ」
玄伍は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
橘一哉(何だこれ)
重い。
そしてブレない。
巨大な岩に直接触れているようだ。
しかも、その岩が容赦なく此方の軸を崩しにかかってくる。
如月玄伍(・・・ほう、これは)
一方の玄伍も些か感心していた。
困り顔をしながらも、一哉は姿勢が崩れない。
もう種は知れている。
一哉も『軸』を作っているのだ。
如月玄伍「いや、失礼した」
玄伍は握った手を開き、引っ込めた。
如月玄伍「君が中々面白そうだったものでね」
橘一哉「もう、びっくりしたなぁ」
如月玄伍「縁があったら、また会おう、橘くん」
玄伍はそう言って歩き出したのだが、
橘一哉「!!!!」
すれ違いざまに聞いた言葉に一哉の目が見開かれる。
慌てて振り向くが、既に玄伍の姿は無かった。
橘一哉「・・・縮地・・・」
瞬間移動。
縮地だ。
橘一哉「魔族か、それとも神獣使いか・・・」
いずれにせよ、尋常ならざる使い手であることは間違い無い。
〇ハイテクな学校
如月玄伍「いやあ、今日は面白いものを見た」
校舎を振り返り、玄伍は満足気に呟いた。
如月玄伍「龍の少年と出会うとはな」
しかも、
如月玄伍「相当な武芸達者ときたものだ」
握手からの『崩し』を防がれるとは思わなかった。
如月玄伍「あの齢であれ程の腕前、余程苛烈な鍛錬を積んできたようだが・・・」
その割には武芸者にありがちな剣呑な空気がしなかった。
如月玄伍「さて玄武よ、お主はどう見る?」
誰に言うともなく玄伍は呟いた。