龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第四拾伍話 水怪(脚本)

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〇学校のプール
  文化祭も終わり。
  梅雨も明け。
  ついに。
  ついに、プール開き。
  気温も湿度も上がってきたこの時期、合法的に水浴びできる水泳の授業は全生徒待望の時間。
  平坂学園は生徒数が非常に多いため、複数のクラスや男女が同時に水泳の授業になるのも珍しくはない。
  それだけの人数を収容できる平坂高校のプールは、広い。
  そして今日は、晃大や一哉のクラスが男女同時に水泳の授業をやるのだが、
「うわ、すっげ・・・」
「相変わらず良い体格してるよね・・・」
  男子も女子も目を見張る生徒が居た。
  橘一哉である。
  身長は平均よりやや低い程度だが、筋肉質で均整の取れた身体つきは誰もが目を見張る。
  しかも、
橘一哉「ん、よ、っと」
  非常に柔軟な筋肉の持ち主でもある。
  体操か格闘技でもやっていそうな柔軟性。
  剣道部所属ではあるが、剣道ではそこまでの柔軟性は要求されない。
  がっしりした下半身に引き締まったウエスト、前腕と背中の発達した上半身。
  と、書いてしまうと大層立派な体躯に見えるが、その話には裏がある。
  実は、体脂肪率が極端に低いのである。
  故に筋肉の張りが非常に鮮明に見える。
  いわば相対的筋肉質なのであり、数字的には痩せ型なのである。
  それを一哉は気にしており、身体づくりのために筋トレを欠かさない。
  結果として、いわゆる細マッチョと言われる均整の取れた身体つきになった。
姫野晃大「いい身体してるな・・・」
  思わず晃大も唸る。
  一哉の強さの一端を垣間見た気がした。

〇学校のプール
飯尾佳明「テツはデカいなぁ」
古橋哲也「身長だけは、あるからね」
  身長だけではない。
  哲也の体躯は、得物の斧を自由自在に振り回すのに充分だ。
  意外と着痩せするタイプだが、肥満ではない。
  それぞれが初めて見る互いの身体を見比べてワイワイやっていると、
「お前らー、始めるぞー」
  担任の声が掛かった。

〇学校のプール
梶間頼子「わ、冷た」
  まだプールの水は冷たさを感じるが、日差しは強くプールサイドも熱を持っている。
  これが真夏となれば、プールの水はぬるま湯に変わってしまうだろう。
辰宮玲奈「早く入ろう、頼ちゃん」
  プール授業初日の今回は、泳法問わずコース往復、中途休憩も自由。
  実質自由時間と変わらない。
  適当に泳いでいれば、それで良いのだ。

〇学校のプール
穂村瑠美「うう・・・」
辰宮玲奈「瑠美ちゃん、どうしたの?」
穂村瑠美「な、なんでもないよ」
  ぎこちない笑みを浮かべ、ゆっくりとプールに入る瑠美。
穂村瑠美(水泳、苦手なのよね・・・)
  カナヅチではない。
  全く泳げないわけでは無いのだが、苦手意識がある。
  その傾向は、赤龍の宿主になってから強まったような気がする。

〇教室
草薙由希「いいなぁ・・・」
  窓の外を眺め、由希は心中呟いた。
  プールの方から声が聞こえる。
  どこかのクラスが水泳の授業をしているのだ。
  由希のクラスはまだ先になる。
草薙由希「早く泳ぎたいなぁ・・・」
  授業を聞きながらプールの方にも気を配っていた由希だったが、
草薙由希「・・・・・・」
草薙由希(・・・あら?)
  微妙な違和感に気付いた。
  だが、
草薙由希(瑠美ちゃんのせいかな・・・?)
  由希が感じたのは、水中の火気。
  水の中に、火の気配、熱の気配がする。
  生命の炎にしては大きすぎる。
  これだけの火の力を持つものといえば、赤龍を宿す瑠美くらいしか考えられない。
  となると、
草薙由希(カズのクラスか・・・)
  この時間の体育は、一哉のクラスだということだ。
草薙由希(余計に入りたくなってきたわ・・・)
  自分だけ仲間はずれにされているような気がして、余計にプールに入りたくなってきてしまった。

〇教室
  水泳とは、全身運動である。
  浮力のおかげで重力の負荷が軽減するために、関節への負荷が低くなる。
  その上で水の抵抗があったり、常時冷却されている状態のために発汗による消耗は軽減されてもいる。
  平たく言って、全力を出しやすい割に消耗が大きい。
  そんなことをやった後は、
姫野晃大「zzz・・・」
穂村瑠美「ちょっと、コウ、起きて」
  こうなる。
辰宮玲奈(あ、これダメかも)
  一哉もかろうじて起きてはいるが、目が据わっている。
古橋哲也(よく寝るなぁ)
  哲也は特に眠気に襲われることもなく、普通にしていた。
飯尾佳明(体力オバケのテツに負けてられるか!!)
飯尾佳明(ここで寝るほどオレは弱くねえぞ・・・)
  佳明も佳明で哲也に妙な対抗心を燃やしつつ、眠気と戦っていた。

〇学校のプール
  夜。
  誰もいないプール。
  風もないのに、水面が波立っている。
  ざわ、ざわ。
  ざわ、ざわ、ざわ。
  波は次第に激しくなり、
  飛沫が噴き上がる。
  そして、
  怪物が、姿を現した。
  鱗をまとった人型の怪物と、蛇か龍のような形をなしたもの。
  二体の怪物は、動くことなくしばしそのままでいたが、
  飛沫とともに姿を消した。

〇学校のプール
草薙由希「よっしゃ、プール!!」
  小さくガッツポーズをする由希。
  待ちに待った水泳の授業だ。
  といっても、水泳自体は得意ではないが下手でもない。
  が、青龍の宿主になって以来、水に対する忌避感が薄れて親しみを強く持つようになった気がしている。
「ねえ由希、知ってる?」
  クラスメイトが話しかけてきた。
草薙由希「何を?」
「この学校のプールに河童が出る、って話」
草薙由希「はあ?」
  噂では、近所の沼から夜な夜なプールに遊びに来るのだとか。
「だから、この学校のプールって水が汚れやすいんだって」
草薙由希「そんな、まさか」
  プールが広ければ、そこに何かが落ちる確率も高くなる。
  河童が出るとは非科学的な。
草薙由希(いや、そうでもないかも)
  龍がいるのだ。
  河童がいても不思議ではない。
  見たことはないが。
草薙由希「それはそれとして、」
  今日は一定回数の往復をすれば良いことになっている。
草薙由希「さ、泳ぎましょうか」
  水の中に足を入れる由希。
草薙由希「!!」
「どーしたん?」
  横にいたクラスメイトが由希の様子に気付いて声を掛けてきた。
草薙由希「な、なんでもないわ」
  頭を振る由希。
草薙由希「冷たくて、驚いちゃった」
  愛想笑いを浮かべ、由希はプールに入った。
草薙由希(さすがに言えないわね)
  水に違和感を感じたなどと。

〇道場
草薙由希(なんだったのかしら、アレ)
  体育の授業の時、プールに足を入れた時の違和感。
  ただの水ではなかった。
  温度とか、肌触りとか、そんなありきたりな話ではない。
草薙由希(あんな瘴気、初めてかも・・・)
  『瘴気』。
  簡単に言えば、『良くない気』である。
  場合によっては、触れただけで体調不良などの被害が出る。
  今回はうっすらと感じられる程度だったが、どこから流れ込んできたのだろうか。
竹村茂昭「どうしたんすか、部長」
  考え込んでいる由希に、茂昭が声を掛けてきた。
草薙由希「いえ、何でもないわ」
  由希は号令をかけ、練習を開始した。

〇ハイテクな学校
草薙由希「やっぱり気になるわね・・・」
  深夜。
  由希は家を出て学校に来ていた。
  僅かに感じた瘴気。
  それが学校に入り込んでいるとなれば、放ってはおけない。
  魔族と関わりがあるかどうかは分からないが、生活が脅かされるのであれば対処が必要だ。
草薙由希「いいよね、青龍」
青龍「水の安寧は我が司るところだ」
青龍「穢れや瘴気があるのなら、祓わねばなるまい」
草薙由希「ありがとう、青龍」
  何があるか分からない。
  青龍の答えに心強さを感じた由希は、薙刀を携えて校内に入った。

〇学校のプール
草薙由希「さて、と」
  薙刀を利用してフェンスを乗り越え、由希はプールサイドに足を踏み入れた。
草薙由希「こういう時に得物が長物だと便利よね」
草薙由希「何も無ければいいんだけど・・・」
  水面を見つめる由希。
  月明かりや街灯の光を反射して時折光る水面は、時折吹く微風で僅かに波打つ。
草薙由希「そうでも無さそうね・・・」
  由希の眼光が鋭くなる。
  通常ではない何かを感じ取った。
  ただの『水』ではない。
  『何か』が、『在る』。
  と、その時。
草薙由希「!!」
  水面が不自然に泡立ち始め、
  飛沫が上がる。
草薙由希「せいっ!」
  薙刀を振るって水の帯を前方に発生させ、飛沫がかかるのを防いだ。
  異変である。
  飛沫を浴びて何が起こるか分からない。
  そして、由希の判断は正解だった。
  水の帯に当たった飛沫は、シュウシュウと音を立てて蒸発した。
  由希が薙刀を振るって作り出した水の帯は、青龍の神気が宿った聖なる水。
  それと混じり合うことなく消えたということは、間違い無い。
草薙由希(瘴気の混じった、穢れ水・・・!!)
  これで由希も確信した。
  今、このプールには、
草薙由希「魔物が、いる・・・」
  魔族ではない。
  陰気を操る魔族ではなく、穢れた瘴気を持つ『魔物』。
草薙由希「・・・」
  出てこい、とは言わない。
  人語を解するかも分からないのだ。
  しかも時間は深夜である。
  近所迷惑になるし、土足でプールに侵入したと知られるのもまずい。
  速やかに、密やかに、片付けなければならない。
  水の帯が消え、水しぶきの向こうにいたのは、
  二体の怪物だった。

〇学校のプール
草薙由希「そう、あんた達が瘴気の主ってワケね」
草薙由希「何をどうやってここに紛れ込んだかは知らないけど、ここはみんなのプールなの」
草薙由希「大人しく退散するなら見逃してあげる」
草薙由希「でも、」
草薙由希「ここを縄張りにする気なら、容赦しないわよ」
水蛇「・・・」
鱗人「・・・」
  二体の怪物は答えない。
  由希の言葉が通じているのか、人の言葉を操れるのか、抑々それが分からない。
  だが、『言霊』というものがある。
  表情、声音、感情。
  発し得る全てで、由希は己の意志を示したつもりだ。
  そこに宿る意志を、二体の怪物も感じたはずだ。
  まだこちらは薙刀を引っ提げているだけで構えてはおらず、明確な戦意は示していない。
  明確な敵ではないと相手に示している。
鱗人「・・・・・・」
水蛇「・・・・・・」
草薙由希「?」
  怪物たちの目線が動いた。
  由希の顔から、そのやや斜め下。
草薙由希「え、何?」
  思わず由希もその目線を追い、
草薙由希「!!」
  驚いた。
草薙由希「あなた達、まさか、青龍を・・・!?」
  二体が見つめていたのは由希の右腕。
  より正確に言うならば、右前腕。
  青龍の痣を、二体は見つめていた。
草薙由希「なんのつもり?」
  怪物たちは答えない。
  ただジッと、青龍の痣を見ている。
草薙由希「青龍に用があるの?」
  薙刀を右手から左手に持ち替え、右前腕をゆっくりと掲げると、
「──────!!!!!!!!」
草薙由希「ちょ!!」
  怪物は同時に由希目掛けて襲い掛かってきた。
草薙由希「ええい!」
  薙刀を振るって攻撃を払い除け、間合いを取り構える。
草薙由希「用は用でも、そっちとはね!」
  青龍を狙ってくるとは。
青龍「由希、此奴らは水怪の類いだ」
草薙由希「水怪?」
青龍「水に住まう妖魔だ」
青龍「宿主のお前を討ち、私の力を奪うつもりだろう」
草薙由希「そんなことが、」
青龍「できてしまうのだよ、今の状態では」
青龍「今の私は宿主のお前に負担が掛からぬように、出せる力を抑えている」
草薙由希「私だけで奴らを叩き潰すのは難しい」
草薙由希「お前が傷つかぬように盾になるのがギリギリだ」
青龍「おそらく、お前が傷つき弱った所を狙う気だ」
草薙由希「つまり、やられる前にやれ、ってことね!!」
  深呼吸をして心身を調え、
  神  気  発  勝
  青龍の神気を全身に満たす。
  時間がない。
  早めに決着をつける。

〇普通の部屋
橘一哉「んあ?」
  妙な『匂い』を感じて一哉は目を覚ました。
  『匂い』だけではない。
  肌が粟立っている。
黒龍「ふむ、妖魔の気配だな」
橘一哉「久々だなぁ・・・」
  人外の、しかもこれほど強い存在を感じたのは久方ぶりだった。
  魔族以外の存在は、林間学校以来だろうか。
橘一哉「まあ、眠いからどうでもいいや」
  布団を被り直し、一哉は目を閉じた。

〇学校のプール
草薙由希「河童の方が、余っ程可愛いかもね⋯!」
  二体の妖魔と向かい合い、由希は呟いた。
  魔族とは何度も戦ってきた。
  しかし、自然の負の力が形をなしたような妖魔との戦いは初めてだ。
水蛇「syahh!!」
  水蛇が体を伸ばして由希に喰らい掛かる。
草薙由希「このっ!」
  由希は刃に水の渦を纏わせた薙刀を、開かれた水蛇の口目掛けて突き出す。
草薙由希「ええ!?」
  驚く由希。
  水蛇は怯むことなく薙刀に食らいつき、その中程までを己の口の中に収めた。
青龍「怯むな!」
  青龍が叱咤する。
青龍「奴は水が力の源、我も力の源は水だ!」
青龍「気力で負ければ力を奪われるぞ!」
草薙由希「ええい!」
  気力を振り絞り、由希は念じた。
草薙由希「逆巻き千切れ!」
  薙刀の纏う渦が勢いを増し、大きくなっていく。
草薙由希「このおっ!!」
  刃を返し、真上に切り上げる。
水蛇「aaahhhh!!!!」
  強すぎる勢いに鋭さが加わった水流に上顎を割り千切られ、水蛇は絶叫する。
草薙由希「とどめ!」
  苦しみを少しでも短く終わらせるべく二の太刀を浴びせようとする由希に、
鱗人「gaa!!」
  もう一体の妖魔、鱗の魔人が襲いかかる。
草薙由希「っ!!」
  その両手の爪を、
草薙由希「このっ!」
  身を翻しながら石突で弾く。
草薙由希「そうよね、あんたもいたのよね!」
  上顎を潰された水蛇は、由希を手強しと見たか、痛みのためか、プールの中ほどまで引いて動く様子がない。
青龍「油断するなよ、あの水蛇、傷が癒えればまた動く」
草薙由希「どういう事?」
青龍「さっきも言ったろう、此奴らの力の源は水だ」
  つまり。
草薙由希「あいつは傷の回復中ってこと?」
青龍「そうだ」
草薙由希「なら早く片を付けないとね」
青龍「そういうことだ」
  薙刀を握る手に力が入る。
草薙由希「まずはアンタよ!」
  鱗人に向けて由希は薙刀をふるうが、
  相当硬いのだろう、鱗で刃を受け止めた。
草薙由希「まだまだ!」
  当たったということは、此方の攻撃の入る間合だということだ。
草薙由希「せい!」
  間髪入れず、横薙ぎに石突を繰り出す。
  しかしそれも鱗人は手で受け止め、石突をしっかりと握った。
  こちらの動きを封じたと思っているのだろう、鱗人の顔にニヤリと笑みが浮かぶ。
草薙由希「笑ってる余裕は無いわよ!」
  妖魔と言えど、人のように感情はあるのだろうか。
  だが、そんなものを気にしている余裕はない。
  この戦いは、食うか食われるかの生存競争。
  青龍の言葉と水蛇の行動から、由希は直感的に悟っていた。
  だからこそ、鱗人の見せた感情に対して微塵も揺らぐことはない。
鱗人「!!!!」
  鱗人の顔が笑みから驚きに変わる。
  柄を握る手の隙間から水が噴き出す。
草薙由希「そらっ!」
  勢いよく柄を引く由希。
  意外なほどあっさりと、柄は鱗人の手から抜けた。
草薙由希「さあ、畳み掛けるわよ!」
  刃に水を纏った薙刀を、息もつかせぬ速さで次々と繰り出していく。
  水の帯が幾重にも重なり、鱗人の眼前を覆う。
  そして、
草薙由希「──────!!!!」
  かつて青龍から教えられた必殺の呪文を唱える。
  発せられれば言葉になる前に力となる最強の呪言は、
  鱗人を中に閉じ込めた巨大な氷塊となった。
  その氷塊を、
草薙由希「破!!」
  全力の一閃。
  氷は文字通り粉々に砕け散り、
  中にいたはずの鱗人は消滅し、無数の光の粒子が散っていく。
  勝ったのだ。
  同じ水の力でも、負の力を有する妖魔の力よりも、正の力を持つ龍の力と由希の意志の力が勝ったのだ。
草薙由希「さあ、次はアンタね」
  薙刀を水蛇に突き付ける由希。
水蛇「grrr・・・」
  上顎が形を取り戻した水蛇は、唸りを上げて由希を睨みつけた。

次のエピソード:第四拾陸話 仮初の顕現

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