第48回『揺らげば最後』(脚本)
〇研究施設の守衛室前
──第48回『揺らげば最後』
シャーヴ「ネイの回収に来ましたよ」
ナタク・ログゼの言う通り、私は二日間待った。
ナタク「日付が変わった瞬間に来るとは、相当期待しているな」
シャーヴ「初期の依代に触れられる機会は滅多にありませんからね」
シャーヴ「それと、私の無茶なリクエストに応えてくれたお礼をしたかった」
細かい作業が得意なナタクならば、私の『ネイに多種類の声を搭載してほしい』という要望を難なく叶えると思っていた。
だが、顔色がかなり悪かった。
相当苦戦でもしたのだろう。
ナタク「あれは本当に大変だった・・・」
ナタク「資料があまりにも足りないせいで、天界まで行ったからな」
天人共が住まう、仕事だけで面白味の欠片の無い、下らない世界に?
シャーヴ「その時の話はとても気になります」
シャーヴ「気を悪くしないのならば、この私に何があったか教えてくれますか?」
ナタク「別に、気は悪くならないが・・・ あまり他人の過去を詮索するものでは無いぞ」
彼は自分の事はほとんど言わないから、個人的にすごく気になっている。
勿論、強制することは無いが、いつかは聞き出すつもりだった。
〇美しい草原
──優しいナタクは、過去の『僅かな断片』を話してくれた。
・・・本人は少し嫌そうでしたけどね。
ナタク(天界の土を踏むのは400年ぶりか)
普段は遊佐邸で生活しているナタクだが、天界の地形や仕事、日常などはすべて把握している。
かつては天界に住んでいた。
それなりに忙しかったし、友人はそれなりにいたし、一応幸せだったと思う。
それなりに嫌なことや違和感を感じた出来事もあったが、今は気にしないことにしよう。
ナタク(時間の流れがゆっくりに思えた風が、懐かしい)
ナタク(一番心安らかだったのは、何時か)
〇古民家の居間
──あの子が、療養目的で私の家に住んでいた頃だろうか。
『天界に生者を招き入れてはならない』。
実に古典的なタブーを破って、私は彼女を連れて来た。
下界より環境と空気は確実に良い。
ゆっくり体と心を休めて欲しかった。
だが、事情を知らない人間から見れば『神隠し』として認識されるだろう。
ナタク「気分はどうかな?」
『あの子』「・・・家にいるよりいいかも」
『あの子』「ありがとう、ナタクさん」
『あの子』「・・・大好き」
二人きりであることを良いことに、あの子は私に抱き着いてきた。
その華奢過ぎる身体に温もりはほとんど無かった。だが、心臓は確かに動き、呼吸も少し浅いが出来ている。
ナタク(落ち着いてきたようで、安心した)
ナタク(下界の空気は穢れているから、体調を壊してしまったんだろう)
天界の空気の方が、あの子の身体には絶対に良い。
・・・このまま二人で、永い時を生きるのも、悪くは無かったかもしれない。
『あの子』「学校には行かなくていいの?」
ナタク「体調が最優先だ。行かなくていい」
身体(と心)を壊すくらいなら、行かなくていい。無理はしないで欲しいものだ。
『あの子』「そっかぁ」
『あの子』「ずっとナタクさんの隣にいられるね!」
あの子はまだ言葉の重みを知らなかった。
私に言った事が『愛の言葉』であることに気づかないまま、自分の気持ちを精一杯に伝えていた。
ナタク(健気だなぁ・・・)
ナタク(ずっとこのままでいてほしいものだ)
〇美しい草原
ナタク(・・・追憶など、意味を成さない)
ナタク(もう無駄でしかないのに)
『過去』を本気で忌まわしいと思ったことは無い。
だが、『あの時こうすれば』と罪悪感ともうどうしようもない後悔に苛まれることはある。
それは時々の『悪夢』として自分を苦しめており、睡眠が浅い原因の一つになってしまっていた。
妖精「──?」
何を考えているか悟られないように、案内役の妖精の目の前で微笑む。
だが、その笑顔はどこか固く暗かった。
ナタク「反応が遅れて悪かったね・・・」
ナタク「朱紗に会わせてくれ。彼女と話がしたい」
──『朱紗』とは、ナタクの古い友人である。
彼女とは、定期的に生存確認という名の連絡をするくらいの薄い関係だ。
妖精「──!」
ナタク「『着いてこい』ということか」
ナタク「君がいてくれて助かったよ」
〇華やかな広場
朱紗「久しぶりね、元気にしてた?」
ナタク(・・・勿論)
友人・朱紗との再会は、素直にはとても喜べないものだった。
朱紗「何の用事があるのかは分からないけどさ・・・」
朱紗「・・・ここに来ちゃって大丈夫なの?」
──ナタクは、過去の行いが理由で天界から『追放』されている身である。
天界の主にこの『密会』が発覚したら、どうなるか分からない。
ナタク「あれだけのことをして、追放だけで済んでいるのが奇跡だな」
朱紗「それはそうね・・・」
ナタク「目的を達成したら、さっさと帰らせてもらうよ」
ナタク「天界との縁はとっくに切れている」
ナタク「君達は、私に関わらない方がいい」
朱紗(前よりも明らかに距離が遠くなったなぁ・・・)
穏やかさはあるがどこか突き放すような言動だった。
これは、昔のナタクがどんな人物だったかを知っている朱紗だから分かる。
朱紗(・・・下界で、何か嫌なことがあったのかしら)
〇皇后の御殿
朱紗「・・・・・・・・・」
朱紗(ナタク様・・・どうして)
「・・・・・・・・・・・・・・・」
〇華やかな広場
朱紗(貴方はあの時、私たちの──)
朱紗が思い出してしまったのは、トラウマそのものだ。
その出来事は数百年前に起きたのにも関わらず、未だに心の中では受け入れられていない。
朱紗(私が見た貴方は、もういない)
──朱紗は、ナタクに恐怖じみた感情を抱いていた。
ナタク「考え事の途中、隣に失礼する」
朱紗「・・・ちょっと待って!」
ナタクの手元を見て驚愕する。
一瞬、呼吸することを忘れる程に。
朱紗「そ、それって、まさか」
──封筒の中身の書類は、全て『依代』に関係のある事だが、朱紗が知る術は無い。
彼女は察することしか出来ないし、ナタクはそれ以外の選択肢を与えていない。
朱紗「天界の技術が必要なほどの、由々しき事態が起こっているの?」
ナタク「ただの個人的な問題だ。 何も気にしなくていい」
シャーヴ・ログゼからのリクエストは、出来るだけ叶えたかった。
ただそれだけである。
ナタク「私がここにいる理由は無くなった。 帰らせてもらう」
目的のものは手に入った。
後は、下界で依代の改造をするだけである。
朱紗「それは良かったわ。向こう(下界)でも元気でね」
朱紗「また会えたら、会いましょうね・・・」
一人残されたナタクは、朱紗が走り去った方向をじっと見つめた。
彼女の中にある『恐怖心』を察したのか、ハイライトの無い半目開きになって、
ナタク「・・・記憶も消しておけばよかっただろうか」
〇集中治療室
下界に降りてからすぐに、天界から持ってきた(盗んだ?)資料を片手に依代の改造手術を始めた。
ナタク「誰の声を入れようか・・・」
シャーヴに『依代に搭載する声』にこだわりは無いのだろうか。
ただ『多種類の声』としか言っていなかった。
ナタク(決まらないから、顔に合う声にするか・・・)
初代・依代の一体、ネイは童顔である。
その事実だけで、彼に搭載する声はほとんど決まってしまうだろう。
ナタク(一種類だけでは人間と一緒だ。 4つほど搭載しておこう)
依代の良いところは、改造が簡単に出来ることと人間よりもはるかに頑丈であることの2つだ。
ナタク(あの男は『面白味』を求める悪癖がある。 あれはどうにかならないのか?)
ナタク(私も、他人の事は言えないか・・・)
〇研究施設の守衛室前
ナタク「・・・というわけで、君の要望は半分だけ叶えた」
ナタク「ネイの声がどうなるかは分からない。 軋んだりノイズが起きたら、私に言ってくれ」
生身だろうが初期の依代だろうが、声帯を改造した際の侵襲度は規格外である。
最悪の場合、失血死してしまうこともある、危険な『手術』である。
シャーヴ「いつか不具合が出ると確信するほど、搭載してくれたんですか?」
シャーヴ「最高ですね」
シャーヴはご満悦のようだが、
ナタク「半分”だけ”と言っただろう? 正直、出来に納得はしていないんだ」
ナタクはかなり不服らしい。
ナタク「・・・しばらく天界には行きたくないな」
シャーヴ「貴方の天界嫌いは相変わらずですね」
シャーヴ「そんなに天使が嫌いなんですか?」
『嫌い』や『苦手』というよりも、
ナタク「最早『憎悪』だな」
ナタク「あれはとても受け付けん」
〇ホールの広場
シャーヴ「キリをつけるなら、ここでしょうか」
シリン・スィ「まさかナタクの過去まで知れるとは思わなかったわ・・・」
フリートウェイ本人に自覚は無いが、ナタクの存在がかなり大きいようだ。
シリン・スィ(余計に謎が深まったような気がするけど)
シリン・スィ(これはあえて言わないようにしているわね)
一番面白いところだけを言わないようにしているのだろうか。
都合か事情で言えない箇所は丁度良くカットして、シリアスになり過ぎないように調整する。
・・・これって、実はすごく難しいのでは?
シリン・スィ(私も、いつかシャーヴみたいに上手く話せるようになりたいわ)
シリンは、珍しく純粋な憧れと感動を感じていた。
シリン・スィ「あんたって、何の辞書を使ってるの?」
シャーヴ「ふふふっ、それはですね──」
シャーヴ「──続きは後にしましょうか」
──先程の話の主人公が、貴方を待っているので。
シリン・スィ「漸く私の出番かしら」
シリン・スィ「この時を、待っていたわよ」
シリン・スィ「行ってきまーす!!」
〇ホールの広場
フリートウェイ「主役はシリンだ。オレじゃない」
シャーヴ「その割には大乱闘だったじゃないですか」
何度も爆発音と壁が破壊されるような『崩れる音』がしていたのを思い出す。
シャーヴ「無傷で帰ってくるなんて、誰も思いませんよ」
今のフリートウェイに、掠り傷すらない。
血の匂いも返り血もなかった。
だが、レクトロの攻撃は身体のどこかに直撃しているはずだ。
負った傷は再生したのだろう。
シャーヴ「レクトロ・ログゼの『いつかの姿』は、気に入りましたか?」
フリートウェイ「あれはお前の仕業か」
シャーヴ「はい。道化が少し気に食わなかったので、ちょっとした嫌がらせをしました」
フリートウェイ「・・・あれは本当にただの『嫌がらせ』?」
間を開けたフリートウェイの一言に、シャーヴは真顔になってしまう。
フリートウェイ「オレには、一種の延命処置のように見えたんだが」
フリートウェイ「オレからの視点だが、嫌がらせにはとても見えなかったな」
ナタクさんの声が、声がっ⋯