第24回『遠い興躁心理』(脚本)
〇貴族の部屋
フリートウェイ「・・・お前かよ」
ドアを開けたフリートウェイは、ため息をつきそうになった。
シリン・スィ「あら、何を期待してたのかしら?」
シリン・スィ「私、シリン・スィでは何か不満?」
腕を組み、右足で壁を軽く踏んで身体の重心を傾けた姿勢でシリンに対応することにした。
フリートウェイ「別に不満はない」
フリートウェイ「・・・そうだな、ドアをノックしたのはお前ではなくチルクラシアかと思ったよ」
シリン・スィ「ストレートだなぁ・・・・・・ 言葉もオブラートに包んでくれる?」
シリン・スィ「貴方、相当チルクラシアが好きなのね」
フリートウェイ「・・・・・・」
シリン・スィ「そんなあんたにね、良いお知らせがあるの」
シリン・スィ「チルクラシアドールが、『あんたと二人きりで外出したい』って言っているわ」
シリン・スィ「漸く自力で歩けるようになったから、人間としての『身体』も新調したみたい」
フリートウェイ「マジで? すぐ支度するぜ」
シリンに背を向けクローゼットを開けたフリートウェイは、自身を守る黒色の装甲の煤を雑にはらい始めた。
シリン・スィ(案外扱いやすかったりするのかしら?)
──第24回『遠い興躁心理』
〇市場
──ロアの城近く
フリートウェイ「何かやりたいことでもあるのかい?」
漸く歩けるようになったチルクラシアドールは、それを自覚するとすぐにレクトロに外出許可を求めた。
自分を維持してくれる黒い装甲を着たフリートウェイはチルクラシアからの遠回しなデート発言が嬉しかった。
チルクラシアドール「ない」
チルクラシアドール「ただ、フリートウェイと一緒が良いだけ・・・だと思う」
かなりの間を開けて、チルクラシアはフリートウェイの質問にテレパシーを使って答えた。
『何かをしたい』、という欲求は無く、『誰かのとなりにいたい』とだけは思ったようだ。
フリートウェイ「そっか」
フリートウェイ「それでも良いと思うぜ、オレは」
フリートウェイはチルクラシアの『行動する理由』のひとつを肯定する。
フリートウェイ(・・・それで『動こう』と思えるなら、今はいいか)
それがどれだけ漠然としていようが、
それがどれだけ先行き不透明なものであろうが、
『ただ生きていく』ことに十分な理由なら、フリートウェイはそれで今は良いと思っていた。
フリートウェイ「さて、何か食べることにしないか? まだ朝食は取っていないだろう?」
チルクラシアドール「ご飯・・・確かに食べてはいないけど・・・・・・」
外食嫌いなチルクラシアは、食後の腹痛を恐れている。
フリートウェイは『食後の腹痛のせいで外出を控えているのか』と思っており、それが的中するだろうと予想していた。
チルクラシアドール「何か寝たい。 眠くなってきちゃった」
この一言で、チルクラシアが外出しない理由を察したフリートウェイだが、欠伸をする彼女を見て流石に
フリートウェイ「ここで寝るつもりか?!」
と、ツッコミを入れた。
チルクラシアドール「寝ない・・・つもり、だけど・・・」
フリートウェイ「もう寝そうだな・・・ やっぱり、何か食べようか」
眠くてどこかふらふらしているチルクラシアの身体を支えて、歩き出す。
フリートウェイ(こりゃ、外には出れないわけだ)
〇市場
飲食店を探すことになったフリートウェイが一歩進んだ瞬間、雨が降ってきた。
フリートウェイ「雨か」
普通なら、雨に当たらぬように、慌てて建物の中に入ったり走って家に帰ったりするだろう。
だが、フリートウェイは『雨が降っている』事実を淡々と受け入れただけで、驚くことは無く少し困惑するだけだった。
フリートウェイ「困ったな、傘は持っていないんだ」
フリートウェイ「それに・・・」
フリートウェイ「数分前は、周辺に人間がいたような・・・」
自分達以外の、生物全てがいない。
フリートウェイ(異空間の中か?)
フリートウェイ(もしここが異空間ならば、入口の扉があるはずだが・・・)
『知らぬ間に異空間に迷い込んでしまったのか』、と考えたが『扉』が出現しなかったので恐らく違うだろう。
フリートウェイ「寒くもないな・・・ 本当に雨か?これ・・・」
雨に濡れた後には寒気を感じるはずだが、そんな感覚も無ければ、そもそも濡れてすらいない。
フリートウェイ(どうするのが一番いいんだろ・・・)
首を傾げて立っていても、何の解決策も浮かばない。
それなら。
フリートウェイ(まずは、ただ様子を見るか・・・)
フリートウェイ(時間の経過で何かが変わるかもしれないし)
〇市場
様子が変わることを期待して待ってみること、40分。
徐々に強まる雨脚に、フリートウェイは苛立ちが混じった焦りの表情を浮かべていた。
フリートウェイ(何が起きているかは分からないが・・・ これ以上此処にいるとチルクラシアが風邪を引く)
フリートウェイ(──これ以上は留まっていられない)
形だけの微笑みを作り、チルクラシアの右隣で両手を広げて『実体化』の能力を発動する。
その小さく華奢な身体を覆うようにバスタオルをかけ、バリアを張った。
そして、外出中に寝てしまうほど無防備なチルクラシアを庇うように一歩前に出る。
チルクラシアに顔が見えなくなったからか、形だけの微笑みはすぐにしかめっ面に戻る。
ついに臨戦状態になったフリートウェイは、懐から刀を取り出し、赤紫色の刀身を作り出す。
目を閉じ規則正しい呼吸をするだけだったチルクラシアは、フリートウェイに何かあったのかと赤い目を開けた。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
チルクラシアドール(髪色、違う)
よくフリートウェイを見てみると、髪の先がいつもの金色ではなく、紺色になっているではないか。
チルクラシアドール「・・・?」
〇市場
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
バリアの壁をじっと見つめるだけで、それは空気に溶け込むように消えた。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・?」
次に大雨を降らす天をぼんやり見たチルクラシアは立ち上がり、
髪色が完全に紺色になっていたフリートウェイを後ろから抱き締める。
”ちゃんと”驚いたフリートウェイは、それをチルクラシアに悟られないように口の端を持ち上げ、弧を描いてから
──振り返って、彼女と自分の視線を合わせた。
フリートウェイ「おいおい、どうしたんだ?」
自身の背にある彼女の腕の温もりに、何とも形容しがたい心地よさを感じながら目を細める。
フリートウェイ「大丈夫だ。 ・・・ちょっと寝不足なだけだから」
それはチルクラシアにとって『もっと欲しい』という認識だったらしく、
フリートウェイの背中をトントン優しく叩く。
フリートウェイ「・・・・・・・・・・・・」
フリートウェイ「・・・すまん」
チルクラシアドール「?」
フリートウェイ「嘘をついた」
背中を一定のリズムで優しく叩かれたことで、本心の一部が溢れる。
あの悪夢と、鏡の中の人魚に言われた内容が頭から離れない。
『ただの気にしすぎ』であってほしかったのに。
脳にその記憶はまだ焼き付けられたままだ。
フリートウェイ「でも、オレ『だけ』のためにありがとな」
チルクラシアドール「うん。 どういたしまして・・・?」
一ヶ所引っ掛かるところはあったが、チルクラシアはフリートウェイの言葉をそのまま受け取る。
フリートウェイ「もう少し」
フリートウェイ「もう少しだけ、このままでいてくれないか?」
〇市場
フリートウェイの揺らいでいた精神状態が少しずつ安定し始めたのを境に、天候はゆっくりと晴れていった。
フリートウェイ「雨が止んだ」
太陽の眩しさに掌を下に向けながら、空を見る。
数分前は雨が降っていたとはとても思えないほど晴れている。
フリートウェイ「・・・もしかして、オレが雨を降らせていたのか?」
フリートウェイ「信じられねぇくらい晴れているんだが」
あの謎現象のことは後でレクトロに聞くことにして、今はチルクラシアとの時間を楽しむために気持ちを切り替えた。
フリートウェイ「何をしていたかな・・・・・・ あぁ、そうだ」
フリートウェイ「・・・少しは、空腹になったか?」
チルクラシアドール「・・・?」
チルクラシアドール(お腹にモノは入れられる、とは感じるけど)
胃に食べ物を入れるスペースは(おそらく)あるのだが、『空腹』の感覚は無い。
それをフリートウェイにどうやって答えようか、チルクラシアは少し悩んだ。
チルクラシアドール「食べないと、いけない?」
フリートウェイ「強制はしないさ。 けど、朝食抜きは勧めないな」
フリートウェイ「また具合悪くなるぞ」
チルクラシアドール「それは嫌だなぁ・・・」
食事を抜くことに抵抗が無かったチルクラシアだが、
チルクラシアドール「ちょっとだけ食べようかな」
少しは食事に積極的になろう、と思えた。
フリートウェイ「おっ、食べる気になったか」
フリートウェイ「それは良かったが、 仕事が出来てしまったんだ、食事はもう少し後だな」
フリートウェイとチルクラシアの前に、現実と異空間の境界が浮かび上がる。
フリートウェイ(・・・何も食っていないんだ、手短にすませるか)
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
チルクラシアは異形の気配を察したのか、手首から半透明のリボンを出す。
どうやら、フリートウェイの異形倒しを手伝うらしい。
フリートウェイ「お手伝いもしてくれるのか? 本当に、君は優しいな」
その優しさに救われていることは、まだ本人には言えなかった。
フリートウェイ「その気になっている間に、異形と戦うか!」
現実との境界を割り、異空間の入口である扉を見ても、見慣れたからか驚くことはなかった。
チルクラシアドール「次の異形はどんな姿で どんな色だろう・・・」
フリートウェイ「なーんか物騒なこと言って・・・」
フリートウェイ「まぁ、いいか・・・」
〇荒廃した教会
フリートウェイ「誰もいないのか?」
荒廃した教会の形相をしている異空間は、主である異形の存在を感じさせないほど静かだ。
チルクラシアドール「いる」
チルクラシアドール「隠れている」
だが、チルクラシアは異空間の主がいることに気が付いているらしく、リボンをチャーチチェアの間に伸ばし始める。
蛇のように動くリボンは、異形を捕まえようでチャーチチェアの下を滑らかに進む。
チルクラシアドール「見つけた!」
何かを見つけたらしいチルクラシアは、リボンで躊躇いなく刺した。
”それ”から流れる血が床に広がっていく。
フリートウェイ「・・・無慈悲だな」
異形の姿を見るべく血だまりを歩くフリートウェイは、血濡れたウエディングドレスを見つけた。
フリートウェイ「もしかして、その異形は人型で、ある程度の会話は出来るはずだったんじゃねぇか?」
チルクラシアドール「人間の形を保っていたとしても、倒さなきゃダメなんでしょ?」
チルクラシアドール「レクトロの『仕事』はこれだって、知ってるよ?」
チルクラシアの感情が極端に薄いこと。
そして、本人はそれをどうにも思っていないこと。
何故かレクトロの仕事内容を知っていることに、フリートウェイはまた記憶の引き抜きをしようと思ってしまった。
フリートウェイ「これ以上は知らなくていいぞ! そういうのはオレがやるから」
フリートウェイ(あいつ・・・ 余計なことを教えやがって・・・)
フリートウェイ(健全な情報しか与えていない、と言ってたよな)
フリートウェイ(帰ったら、詰問するか)
〇市場
フリートウェイ「漸く朝ごはんに有り付けるな・・・」
異空間から正面から脱出したフリートウェイとチルクラシアは今度こそ朝ごはんを食べるために飲食店を探すことにした。
フリートウェイ「・・・ん?」
視界の少し先に、誰かが倒れているのが見える。
無駄に派手で豪華なドレスを身にまとった少女──おそらく皇女だろう。
チルクラシアドール「・・・どうする? 助けたほうがいい?」
だが、フリートウェイやチルクラシアは身分のことは気にせず「一人の人間」として見ていた。
フリートウェイ「”普通の”人間ならすぐに助けるだろうな。 だが、オレ達は違う判断をするかもしれない」
フリートウェイ「自分のことばかり・・・と言われたらそれまでだが」
フリートウェイ「なぁ、今回は助けてやろうぜ?」
チルクラシアドール「この人間を助ける理由があるとは思えない・・・ 何も変わることなんて無いのに」
チルクラシアは人を助けるつもりは無いらしく、否定的な姿勢を崩さない。
顔も名前も知らない相手のために、自分の能力を使いたくないのだろう。
チルクラシアドール「でも、フリートウェイが言うなら助ける」
思考を捨て、フリートウェイの言うことにただ従う。
フリートウェイ(前みたいに雷を出さないだけ、マシにはなったか?)
フリチル回、堪能しました。
チルクラシアは容赦がないですなぁ。
次回も楽しみにしています。