第25回『理由を教えて』(脚本)
〇市場
フリートウェイ(チルクラシアは、この状況で最初に何をする?)
フリートウェイは何も言わずにチルクラシアの様子を見つめている。
今までは、チルクラシアにいくつかの選択肢を与えてきた。
だが、チルクラシアに少しずつ「意思」が出てきたことで、自分が余計な提案をしなくてもいいかもしれないと考え直した。
フリートウェイ(今は、『オレが何もしないこと』が一番良いんだろうなぁ)
第25回『理由を教えて』
チルクラシアドール「ねぇ、ねぇ」
チルクラシアが他人のためにここまでするのは初めてだ。
なので、「他人」のために「何」をすればいいかを知らないわけで・・・
チルクラシアドール「とりあえず、巻いてみた」
フリートウェイ「巻く?」
人間のことをよく知らないチルクラシアは、皇女の身体をリボンでぐるぐる巻きにしていた。
ミイラのように頭以外をグルグルに複雑に巻かれており、身動きは取れない状態になっている。
リボンの裏側に棘や毒の存在が無かったことと、チルクラシアに『攻撃の意思』が少なかったことだけは救いだ。
チルクラシアドール「レクトロが、『人間は寝れば大体何とかなる』って言ってたのを、思い出した」
・・・どこからツッコミを入れていけばいいのやら。
頭がほとんど空っぽのチルクラシアに、『情報』を与えていると言っていたレクトロだが、
どうやら、チルクラシアの倫理観が欠落している原因にもなっているようだ。
フリートウェイ「いいかい? レクトロの言うことを真に受けてはいけないよ」
フリートウェイ「人間はオレ達と違って、治りが遅いんだ。寝ているだけでは回復しない!」
フリートウェイ「あと、身体の痛みにもとても弱いんだ。 もう少し大事に扱ってくれ」
チルクラシアドール(不便な身体だなぁ・・・)
チルクラシアドール(そんなもの、だったか)
フリートウェイから『人間の常識』を聞いたチルクラシアは、リボンの力を少し緩める。
緩めたリボンは、皇女の身体から離れ、フリートウェイの右腕に絡まった。
チルクラシアドール「この能力は、あまり使わない方が良かったり?」
フリートウェイ「人間・・・生物を相手に使うのは避けた方がいいぜ」
フリートウェイ(すぐに死ぬからな)
半透明のリボンが自立して蛇と同じ奇妙な動き方をするのを、フリートウェイは確かに見ていた。
右腕に絡まるリボンを指先で撫でると、それはあっさり消えた。
フリートウェイ(オレからは後押し程度でいいか・・・)
擦り傷だらけだった皇女の両腕は、チルクラシアのリボンによって最初から怪我をしなかったかのように綺麗になっていた。
頬にあった切り傷も、
ドレスの僅かな解れも損傷の全てが綺麗に無くなっている。
チルクラシアはただ、フリートウェイの言うことに従っただけである。
その割には、異様なほど綺麗過ぎるのだ。
フリートウェイ(今までは表に出なかっただけで、 良心のようなものはあるかもしれない)
フリートウェイ(本当は優しかったりするか・・・?)
フリートウェイはそれを『良心の出現』と解釈した。
フリートウェイ「君は素晴らしいことをやったんだ」
フリートウェイ「君のおかげで、お寝坊な皇女様が漸く目覚めるぜ」
〇市場
やはりフリートウェイがチルクラシアに選択肢と忠告と助言を与えながらの行動だったが、一人の命は確かに救われた。
皇女は目を開ける。
闇に濁った瞳が特徴の無表情が二つ、自分の顔を見つめているではないか。
フラム・ローア「きゃあ!!?」
驚きの声を上げて勢いよく上体を上げるが、身体に力が入らず、フラフラしてしまう。
フリートウェイ(チッ、余計なことしやがって)
フリートウェイ「覚醒したばかりだ、まだ動かない方がいい」
ふらつく身体を、フリートウェイは心の中で悪態を吐きながら支えた。
フリートウェイ「事情は城に戻ってから話した方がいいだろう。 さっさと帰るぞ、皇女様?」
フラム・ローア「え、でも、私」
フリートウェイ「帰 る ぞ 親が心配しているはずだ」
フラム・ローア「はい・・・」
フリートウェイの睨んだ顔に怯んだ皇女は、何かを言おうとして止めた。
フリートウェイ「分かればいいんだ、行くぞ」
皇女を軽く浮かせ、チルクラシアと手を繋ぐ。
やはり、フリートウェイはチルクラシアを1番に考えているようだ。
フラム・ローア「浮いて・・・!?」
フリートウェイ「安心しろ、落とさねぇよ」
フリートウェイ(軽いからな、落下死させることはないだろう)
チルクラシアドール「ねぇ、ご飯は?」
チルクラシアの抑揚のほとんど無い声が、フリートウェイに刺さる。
繋がっている手の力も強くなりつつあった。
空腹故に、機嫌が悪くなりつつあるのだろう。
フリートウェイ「・・・・・・悪りぃ、もう少し後だ」
〇貴族の応接間
フラム・ローア「助けてくれてありがとうございます!」
体調も良くなった皇女は、最初にフリートウェイに「感謝」の気持ちを告げた。
フリートウェイ「・・・別に、お前を助けたつもりはないんだ」
フリートウェイ「オレはチルクラシアの選択に身を委ねただけだ。お礼は気持ちだけ頂こう」
そう皇女に言うフリートウェイだが、もしあの時のチルクラシアの選択が『攻撃』だったなら、止めるつもりでいた。
フラム・ローア「チルクラシア・・・とは、こちらの女の子のことでしょうか?」
皇女はチルクラシアを見つめる。
彼女は猫のように床でゴロゴロ転がっていた。
フラム・ローア「猫みたいですね!」
フリートウェイ「・・・本当にな」
フリートウェイ(空腹のあまりちょっとおかしくなっちまったか・・・?)
朝ごはんを食べるつもりで外に出たのに、異形を1体倒したり皇女に会ったり、と本来の目的からどんどん逸れているではないか。
フリートウェイ「・・・・・・さて、オレは君に聞きたいことが2つ」
フラム・ローア「!」
フリートウェイ「何怖がってるんだよ? そんなに身構えなくていいだろ?」
皇女が身構えたことで、フリートウェイは初めて自分が強烈な圧を彼女に向けていたことに気づいた。
無表情から目が笑ってない笑顔に顔つきを変えてみる。
うん、幾分かマシになっただろう。
フラム・ローア「あっ、ごめんなさい! ちょっとビックリしちゃいまして」
フリートウェイ「──? 『びっくり』、だと?」
ほぼ貼り付けたような微笑みはそのままに。
声色も変えずに。
それは、フリートウェイにとって疲れることだった。
フラム・ローア「一度、城の廊下で会いましたよね?」
フリートウェイ「・・・会っていたか? オレにそんな記憶は無いのだが・・・」
何度記憶を辿っても、目の前の皇女に関するものは一つも無い。
1日のほとんどをチルクラシアと共にしているため、『眼中に無かった』という表現の方が相応しいだろう。
フリートウェイ「・・・オレの名前を知っているか?」
フラム・ローア「はい。 フリートウェイさん、ですよね!」
まさかの即答に、フリートウェイは眉をひそめる。
フリートウェイ「・・・何故知っている?」
警戒しながらも、フリートウェイは皇女に次の質問をする。
フラム・ローア「レクトロ様が教えてくれたのです」
フリートウェイ「あいつか・・・」
フリートウェイ(レクトロのことだ、『友人』としてオレのことは教えたのだろう)
『レクトロならやりかねない』。
そう思えば、警戒心は消えていった。
〇貴族の応接間
フリートウェイ「・・・本題に入らせてもらうぞ」
フリートウェイ「あの時、どうして君は倒れていたんだ? 何かに襲われたのか?」
チルクラシアの機嫌が悪くなって、皇女に攻撃する可能性も考え、フリートウェイは話題を切り替える。
フラム・ローア「・・・えっと、確か」
フラム・ローア「・・・・・・・・・」
フラム・ローア「・・・」
フラム・ローア「あれ? 何があったんだっけ・・・?」
皇女は、気絶していたからか、『異形の襲撃を受けた』記憶が無くなっていた。
フリートウェイ「・・・思い出せないのか?」
フリートウェイ(まぁいいさ。 出来れば、思い出したくもない記憶だろうし)
フラム・ローア(はぁ・・・これはどうしても)
フラム・ローア「すいません、思い出せないです・・・」
フリートウェイ「あぁ、別にいいさ」
フリートウェイ「無理をさせてすまなかった」
必死に思い出そうとする皇女を見たフリートウェイは、彼女に対して強制することは無かった。
その代わり──
フリートウェイ「もし何かあった時のために、名前だけオレに教えてくれないか?」
フリートウェイ「こうして会ったのも何かの縁だ、仲良くしようぜ、皇女様」
皇女の名前だけを聞くことにして、自分はチルクラシアを連れてさっさと離れることにした。
フラム・ローア「私、フラム・ローアと申します! これからもよろしくお願いしますね!」
フリートウェイ「よろしくな」
軽い挨拶をするフリートウェイ。
友好的な皇女を相手に、敬語を使わずいつも通りの姿勢を貫くようだ。
〇貴族の部屋
フリートウェイ「自分の部屋に戻らなくていいのかい? レクトロが血眼で探すぜ?」
チルクラシアドール「(頷く)」
1日のほとんどをフリートウェイとの時間に使っているチルクラシアは、彼の部屋に行くことが当たり前になっていた。
まだ時刻は昼だが、部屋の窓から見える景色は夜になっている。
これは、フリートウェイもチルクラシアも「光」を受け付けないためだ。
チルクラシアドール「んーなな(ご飯は?) んんーななあぁ(お腹空いた)」
ついに拗ねたのか、チルクラシアドールは不機嫌そうにしている。
フリートウェイ「ちゃんとあるから安心してくれ」
フリートウェイ「皇女様から「お礼」としてもらったんだ。 オレは食えないから、全部チルが食べな」
チルクラシアドール「!」
チルクラシアドール「~♪♪」
箱に入っている大量のドーナツを見たチルクラシアは、目を輝かせた。
彼女にしては珍しい、分かりやすい『喜び』の反応だ。
チルクラシアドール「~♪♬」
???「よかッタな、チルクラシア・ドール」
揚げドーナツを笑顔で頬張るチルクラシアだが、彼女は知らなかった。
微笑む隣のパートナーの、どこか虚ろな愛情に。
影が人魚になっていることも、
髪や瞳の色がまた変わったことも。
〇屋敷の門
──遊佐邸前
ナタク「協力してくれて、感謝する」
──『シャーヴ・ログゼ』
ナタクの右隣には、シャーヴがいた。
シャーヴ「いえいえ。お気になさらず」
シャーヴ「ネイに関することとチルクラシアドールに意思が出現し始めたことを把握しただけで、満足ですから」
シリンと戦った後に遊佐邸を訪れていたシャーヴに、能力の反動による疲労はもう見られなかった。
ナタク「・・・もう帰るのかい? せっかく来たんだ、2日くらいは泊まってもいいと思うが」
遊佐邸は、普通の人間ならば絶対に来れない場所にある。
シャーヴも迷いながら来たのだろう、と思ったナタクは2日間の宿泊を勧めるが
シャーヴ「いいえ、私の気が済んだのでさっさと帰ります それではまた今度」
それを丁寧に断ったシャーヴは言い残すと周りに不自然なノイズを出して気配を消した。
ナタクはシャーヴの気配が完全に消えたことを確認すると、
微笑みが消え、憂わしげな表情になった。
ナタク(相変わらずおっかないな・・・)
ナタク(彼の言う通りにすれば、大体は現実になってしまうのだから・・・)
ナタク「確か、 『ネイ・ログゼは高熱を出す』だったか?」
ナタク「・・・そんなわけ無いよな」
ナタクは予言を信じない男だ。
先程帰った者の言ったことも、今のところ信用できない。
ナタク「あのネイが高熱を・・・?」
ナタク「・・・・・・・・・」
それでも、何か思うことがあるのか、神妙な表情を浮かべながらナタクは遊佐邸に戻っていった。
〇屋敷の一室
遊佐景綱「・・・・・・・・・」
仕事中だった遊佐景綱は、突然かかってきた電話に少し苛立っていた。
遊佐景綱「・・・レクトロ?」
電話の相手を見て、景綱は違和感を抱く。
遊佐景綱(私の仕事中に電話をかけることなどないはずだが・・・)
遊佐景綱(緊急事態か?)
レクトロかその関係者に何かヤバいことが起きたのだろう、と身構えつつ、
──電話をつなげた。
遊佐景綱「──遊佐景綱だ」
『お願い、助けてくれませんか?』
今回も楽しく読ませて貰いました。
最後のアレは一体!?