九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第23回『どうかどうか、早く醒めてしまえ』(脚本)

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〇森の中の沼
  第23回『どうかどうか、早く醒めてしまえ』
  気づけば、光のほとんど入らない真っ黒い沼の前に立っていた。
─────「~♪」
フリートウェイ「・・・誰だ?」
  自分に似た姿の人魚が沼から出てくる。
  似ている・・・とは言えど、両目は紫に似た色のリボンで隠し腹からは出血している、不気味な姿だ。
─────「オレは『お前』だ」
─────「さぁ、オリジナルじゃなくて、 このオレの手を取ってくれるかい?」
  チルクラシア・ドールがいつの間に隣にいた。
  黒い沼をじっと見つめているだけだが、いつか飛び込むかもしれない。
  それを危惧して、華奢なチルクラシアの腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。
フリートウェイ「どこへ連れて行くつもりだ?!」
─────「この中だが? 何、死にはしねぇよ」
  人魚はチルクラシアだけを沼に引きずり込むつもりだ。
─────「お前の許可など必要ない。 ここは『夢の中』だからな」
  人魚はチルクラシアの手を引く。
  フリートウェイを押して転倒させた隙に、彼女を引き寄せたまま沼に戻ってしまった。
フリートウェイ「返せ!!!」
  自分ではない者にチルクラシアをとられたくなかった。
  ただそれだけで十分すぎるほどの苛立ちを感じ、自分もその後を追った。

〇貴族の部屋
フリートウェイ「っは、」
  上体を起こす。
  心臓が軋むような感覚に思わず胸元を押さえるが、そんなことで不具合じみた不快感がなくなってくれるはずも無かった。
フリートウェイ(さっき、のは)
  先程の現象は悪夢だとを理解してもなお、
  思考回路がオーバーヒートしているのに神経回路は冷え切っているような嫌な感覚は解消できなかった。
  悪夢に関する記憶は後日削除するとして今はこの不快感をどうすべきかと脳の回路を動かしていると、
フリートウェイ(何か不吉な予感がする・・・)
  心臓が軋むような感覚と、強烈な不快感。
  これだけでも辛いのに。
  腹の奥から、何かがこみ上げてくるような感覚もしてきた。
フリートウェイ(急にどうしたんだろう、オレ・・・)
  今まで、『悪夢を見ること』も、
  『飛び起きる』ようなことも無かったのに。
フリートウェイ「────!」

〇黒

〇西洋風のバスルーム
フリートウェイ「・・・っ、はあっ、はあっ・・・」
フリートウェイ「・・・おかしいな」
フリートウェイ(今まで、こんなことにはならなかったのに)
  ナタクに感づかれるギリギリまで聞かれたからか、シャーヴからの贈り物のせいか・・・
  時間が経過して少しだけ落ち着いたため、
  鏡を見ようと顔を上げる。
─────「待ってたぜ、オリジナル」
  鏡に映っていたのは、夢の中にいた人魚だった。
  その姿だけは、嫌に鮮明に鮮やかに見える。
フリートウェイ「お前・・・」
─────「気づくのが遅いなぁ・・・ 『オレ』はいつでも見ているぜ?」
─────「それに、『大好きな』チルクラシアに早く会わねぇとなぁ?」
─────「彼女はお前の『心臓』だろ? 彼女しか『いない』んだろ?」
─────「置いて行かれるなんて、『あり得ない』。そうだろ?」
  ついに聞くに耐えなくなったのか、
  無言で鏡を殴って割った。
  出血する右手から、意外にも痛覚は感じなかった。
  力が抜けていくだけである。
─────「おぉ、怖い怖い」
  自分に似ている部分がある人魚は、全く怖気付かなかった。
  ・・・どこか面白がっているような気もする。
フリートウェイ「さっきから、色々と言ってくれるじゃねぇか・・・」
  詮索され過ぎて怒ったフリートウェイは、異形倒しと同じように攻撃態勢に入る。
─────「大丈夫だ、お前の『心臓』には手を出すことは、今のところは無いぞ」
─────「だが・・・ お前の中にだけある『心臓』はどうかな?」
  割れた鏡の向こう側から、自分の手が伸びてくる。
  人差し指で唇を軽く抑えられると同時に、焦燥感だけは少しずつ消えていく。
─────「そんなに苦しむくらいなら、溺れちゃえばいいだろ?」
  呼吸が浅くなる前に、フリートウェイは唇を抑える指を軽く払う。
フリートウェイ「・・・・・・うるさい。 まだ溺れはしないさ」
フリートウェイ「『チルクラシアはオレを置いていくことなど決して無い』」
フリートウェイ「お前もよく理解しているはずだ」

〇貴族の部屋
フリートウェイ(まさか悪夢を見ただけであんなことになってしまうなんて・・・)
  口元を右手で隠し吐き気を無理やり抑え込みながらも、部屋まで戻ることは出来た。
  身体は脱力しているのに無理やり動かしているせいで、壁に左手を置いて何とか立てている。
フリートウェイ「──え?」
  再度寝かしつけたはずのチルクラシアが、ベッドの上に正座で姿勢よく座っているではないか。
  驚きの表情を見せるが、不調を悟られないようにすぐに微笑む。
フリートウェイ「・・・おう、どうした? 何かあったかい?」
  いつも通りに振舞おうとしたが、吐き気があるせいで口元を隠してしている。
  少しでも油断すると。
  少しでも腹圧をかけてしまうと。
  またブロットを大量に吐いてしまう。
  それは、今の彼が最も恐れ、現実にしたくないものだ。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
  そして、チルクラシアは
  「いつも通りに振る舞う」フリートウェイの身に『何かあったらしい』ことが何となく分かった。
  言うべきかを迷ったのか、間を開けて、
チルクラシアドール「・・・何か、あった?」
  と、遠慮がちに聞いた。
フリートウェイ「あぁいや、その・・・・・・」
  「何でもないんだ、すまない」と、
  「気にしないでくれ」と言いたかった。
  だが、オーバーヒートを起こし嫌に熱くなった思考回路が彼の発声を止めた。
  『何か言え』
  『何でもいいから、声を出せ』。
フリートウェイ(・・・悪夢を、そうだ、 ただの、悪い、夢を見たんだ)
  無言で俯きながら、
  チルクラシアに言うべきは何かを、酸素が少し足りない脳でぼんやりと考える。
フリートウェイ(現実では無いのに。 夢の中には深層心理が現れていると言うが・・・ どうしてこう・・・・・・)
  夢の内容がやけにリアルだったことが大きなショックだっただけでなく、解釈違いそのものだったせいで、思考がまとまらない。

〇貴族の部屋
  ふらつきながらも、フリートウェイは何とかベッドまで行くことが出来た。
  一度はチルクラシアの隣に倒れ込むも、すぐに起き上がり、彼女をギュッと抱きしめる。
フリートウェイ「頼む。 ──『好き』だと言ってくれ」
フリートウェイ(──嘘ではなく、本心からの『好き』が欲しいんだ)
  想定よりずっと情けない、縋るような声だった。
フリートウェイ(こんな懇願に何の意味がある。 何の価値がある)
フリートウェイ(ただの夢に苛まれて拒絶反応まで出てしまった今のオレに)
フリートウェイ(こんな懇願で愛の言葉を得たところで、それを心から信じられる筈もないというのに)
  ──それに、感情の伴わない言葉など無意味で空虚なだけだ。
  フリートウェイもそれは分かっている。
  ・・・だというのに
  まだ軋む心臓が
  冷めきって痛みを感じる神経回路が、
  それでもチルクラシアからの言葉を求めてしまう。
  ──だから、こんな醜態を晒してしまったのだ。
チルクラシアドール(・・・・・・何かいつもと違う)
チルクラシアドール(目に『恐怖』の色が浮かんでいる。 『怯えている』ようにも見えるし、不思議だなぁ)
  様子がおかしいのを隠しきれていないフリートウェイに、突然抱き締められたチルクラシアは片手を彼の背中に回す。
  もう1つの小さな手は、金色から紺色に変わった髪を撫でる。
フリートウェイ「オレを置いていく・・・なんてことはしないよな?」
  フリートウェイが耳元で囁く言葉に、彼女は否定もせず、また肯定もせずに小さく頷く。
フリートウェイ「──こんなことをいきなり言われて、困惑するのは分かっている」
フリートウェイ「だが・・・・・・」
  はぁ、と軽くため息をつきながらそっと体から引き剥がす。
  本当はずっと抱き合ったままでいたかった。
  だが、チルクラシアの迷惑になると考えることで漸く離れるつもりになれた。
フリートウェイ「・・・悪かったな」
フリートウェイ「ただの悪い夢を見ただけだ、そこまで気にしないでくれ」
フリートウェイ(あれを現実にするわけにはいかない・・・)
フリートウェイ「・・・ところで、チルクラシアは寝ないのか?」
  無理やり話題を変えた。
  『自分』から目を逸らしたかったからだ。
フリートウェイ「オレはともかく、君はちゃんと寝ないと体調が・・・」
チルクラシアドール「意外と平気・・・ 太陽がいない間は元気だよ」
  チルクラシアは、昼間は(ほぼ)寝ているため、夜は元気なことが多い。
チルクラシアドール「だから、大丈夫。 どこも痛くないよ」
  一つ欠伸をして毛布を肩までかけたチルクラシアはフリートウェイの片腕を弱い力で引っ張る。
チルクラシアドール「どうする? ・・・・・・もう起きる?」
フリートウェイ「・・・いや。 本当はもう少しだけ、君と眠っていたい」
  数分前まであれだけ彼を苦しめていた、
  胸の軋みも、脳の回路の乱れも、神経回路の冷えも、もうどこにも見られない。
  漸く落ち着けたせいか、心臓がぽかぽかとあたためられたような感覚に、薄い笑みを浮かべた。
チルクラシアドール「・・・・・・ちょっと待って」
チルクラシアドール「1つだけ、お願いを聞いてくれる?」

〇貴族の部屋
  チルクラシアの頼みは、フリートウェイの黒い装甲の下を見ることだった。
チルクラシアドール「・・・スーツの下は人間と一緒なんだ」
チルクラシアドール「初めて見た」
  いつもは隠されている首筋と手元が風に晒されているからか、寒く感じる。
フリートウェイ「そもそも、見せるのも初めてだ」
フリートウェイ「・・・急にどうした? 何がしたいんだ?」
チルクラシアドール「フリートウェイの、『人間的なところ』が見たかっただけ」
フリートウェイ「『人間的』か。 その『要素』があるとだけ、言っておこう」
  この身体を流れる血は人間と同じく、赤色だ。
  だが、血の色と外見以外に、『人間』の要素は無いだろう。
チルクラシアドール「この姿は、他の人には見せないの?」
フリートウェイ「・・・見せないつもりだ。 装甲が無い状態だと、戦うのが面倒になるんだ」
フリートウェイ「君だけだぜ? ここまで無防備になってもいいと思えるのは」
  フリートウェイは装甲を着ることで、異形から身を守っている。
  『チルクラシアにだけは危害を加えない』
  ──それを『自ら能力を使えなくする』ことで体現する。
  あの忌まわしい内容の悪夢を現実にしないために。
  チルクラシアだけは永遠に手元に置くために。
チルクラシアドール「・・・もったいないなぁ」
  何を思ったのか、チルクラシアはフリートウェイの両手を握る。
フリートウェイ「なに、を」
  握られたところからじんわりと温もっていっていることに気が付いた、気づいてしまったせいで、また声が詰まってしまった。
チルクラシアドール「・・・何か、いつもと違うなぁ」
チルクラシアドール「雰囲気も、影の形も、髪色も違う」
  少々眠たげかつ色々言っているが、きっと彼女は心配しているのだろう。
  そう思ったフリートウェイは、握られた手を離さない。
フリートウェイ(これは隠し事など出来ないな)
フリートウェイ(・・・でも)
フリートウェイ「髪色・・・も、雰囲気も、影も すぐに元通りになるから」
  ──だから。
  『置いていかないで』。
  何て、とても言えなかった。
  震えた声でこれ以上は言いたくなかった。
フリートウェイ「・・・このまま寝ようか」
チルクラシアドール「・・・・・・いいの?」
フリートウェイ「いいんだ。 オレが目覚めるまではこのままでいさせてくれ」

〇貴族の部屋
  フリートウェイが寝たことを確認したチルクラシアは、窓から太陽が徐々に上がっていく様子を見つめていた。
  転送用のギミックを指で描き、
チルクラシアドール「レクトロ」
  呼び出す者の名前を呟く。
レクトロ「お呼びかい?チルクラシアちゃん」
  レクトロは部屋の扉の真横に転送されることで、姿を現した。
チルクラシアドール「あのさ・・・・・・」
チルクラシアドール「フリートウェイに、変なことしないでくれる?」
レクトロ「どうして、僕がフリートウェイにわざと悪夢を見させたことを知ってるの!?」
チルクラシアドール「どうせ、自分のためだけでしょ?」
  質問を質問で返すチルクラシア。
  彼女に『怒り』の感情は見られなかったが、圧が強烈だ。
チルクラシアドール「『自分のためならば、誰かが泣くことは厭わない』の?」
レクトロ「そ、そんなつもりは無いんだけど・・・」
  レクトロは、チルクラシアのことは何かと気にかけている。
  だが、フリートウェイのことは少々雑に扱っているかもしれなかった。
レクトロ「彼が起きたら謝るよ・・・ そして、二度とこんなことしない」
  チルクラシアが怒り(という名の雷)で人を殺めた事実があるため、自分が黒焦げにならないようにしようと決意した。

〇貴族の部屋
  ──午前8時40分
  目を開けたフリートウェイは、上体を起こすことなくまばたきを繰り返す。
フリートウェイ(まだ夢を見ているのだろうか)
  天井をじっと眺め続けて数分経つ。
  彼の視線は小綺麗な部屋の天井に釘付けになっていた。
フリートウェイ「オレは正常だ、特に問題は無いはず・・・」
  髪色はいつもの金色に戻り、不具合じみた不快な感覚も完全に消えていた。
  それに安心しながら上体を起こし、背筋を伸ばすと
  どんな内容の夢からも醒ましてくれる音が聞こえてくる。
フリートウェイ「チルクラシアか? もう少し待ってくれ」

次のエピソード:第24回『遠い興躁心理』

コメント

  • 何してるんすかレクトロさんw
    今回はチルが積極的に動いた回でしたね。
    弱ったフリートウェイも何だか新鮮でした。
    次回を楽しみにしてます!

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