エピソード11(脚本)
〇児童養護施設
翌朝、一夜を明かしたユキオとルシアの二人は村人達に見送られながらローゼルへの旅路を再開させた。
懸念の一つだった食料も村人達からの厚意によって、
羊の干し肉やチーズ等の保存食を分けて貰い、心配は解消されている。
もっとも、ルシアの話ではあと一日も歩けば、
この地方の幹線街道であるゴルドア街道に合流するということなので、そこまで食料に気を使う必要はないらしい。
ゴルドア街道は北部と南部を結ぶ王国の大動脈とも呼べる流通の要で、
およそ20㎞間隔で宿場街が完備されている。よって、野営の機会は今夜で最後と思われた。
〇原っぱ
ルシア「ユキオ、君の世界では・・・」
ルシア「剣や槍といった直接的に敵を攻撃する武器は廃れているということだったな?」
村を出て数時間、緩やかな下り坂が続いた道から平坦な道に移ったことで、
先頭を進むルシアが思い出したかのようにユキオに問い掛ける。
この話題は昨日の晩に、軽い雑談として語っていたが、
翌朝の出発が控えていたので大雑把な説明で終わらせていたのである。
道中に余裕が出てことで、ルシアは続きを促したのだった。
成崎ユキオ「そうですね、俺の世界では銃・・・これは筒状にした金属の棒で、」
成崎ユキオ「火薬の爆発力で鉛の弾を飛ばす武器なんですが・・・これをメインにして戦うのが一般的ですね・・・」
昨日のおさらいとしてユキオは銃の基本的な原理を説明する。
既にこの世界でも火薬が存在しているのは、ルシアに確認済みだ。
もっとも、魔法が実在する世界なので現代世界のように、その化学反応による圧倒的な力を利用する技術は発展していない。
燃やすと大きな音を立てる『面白い粉』その程度の認識だった。
このリーミアでは火薬を利用する手段を構築させるよりも、魔法を習得し、
その練度を上げる方が、はるかに効率が良く、更に様々な状況に対応出来るのである。
魔法以外の文明が一定以上に発展する余地があるはずもなかった。
ルシア「なるほど・・・魔法の素養がない者でも敵に近付くことなく遠距離から攻撃出来るわけか・・・」
ルシア「弓矢の強化版のような武器なのだな?」
成崎ユキオ「・・・ええ。俺は銃を撃ったことはないけど、」
成崎ユキオ「銃の発明で弓が廃れていったのは間違いないので、その認識で良いかと」
ルシアの考察にユキオはやや驚きながら頷く。
実物を見ていないのに関わらず、銃という武器の本質を見抜いた彼女の洞察力は非凡と言えたからだ。
ルシア「ふむ・・・ユキオには悪いが、銃とやらは私の好みではないな。戦いとは自分の命を賭けて望むべきだろう」
ルシア「やはり、自身の手や腕を通して直接、敵を攻撃する剣や槍、斧こそが戦士の武器だと思う!」
成崎ユキオ「・・・まあ、ルシアなら・・・そう言うと思っていましたよ」
持論を述べるルシアにユキオは苦笑で答える。
元々、彼に銃への思い入れはないし、良く言えば武人、悪く言うと脳筋である彼女が、
離れた場所から一方的に攻撃する類の武器を好まないのは容易に想像が出来たからだ。
ルシア「ふふふ。そうか・・・理解してくれたか!」
ルシア「それと、ユキオの世界では騎兵も廃れているのだったな?」
ユキオの返答にルシアは喜色を浮かべると、更なる質問を繰り出した。
〇原っぱ
成崎ユキオ「とうとう降ってきちゃいましたね・・・」
道が平坦になってからは雑談、正確にはルシアの現代世界の兵器事情に関する質問に回答していたユキオだったが、
鼻先を掠めた大粒の水滴に気付くと空を仰ぎながら呟いた。
しばらく前から急に雲行きが怪しくなっていたのだが、
正午を過ぎたタイミングで本格的に雨が降り出したのである。
ルシア「ああ・・・。農民にとっては恵みの象徴だが、」
ルシア「旅路を急ぐ者にとっては厄介な存在だな、雨は・・・」
こればかりは仕方がないとばかりに、ルシアは溜息を吐きながらマントのフードを目深く被る。
彼女のマントは防寒だけでなく、今回のように急な雨には雨具となり、野営時は毛布となる万能の装備だった。
バックパックキャンパーであるユキオはそんなマントの使い勝手の良さに感心しながらも、
自身も雨に対応するため背中からレインウェアを取り出す。
雨具にも様々な種類があるが、ユキオは上下に別れたセパレートタイプを使用していた。
更に彼のレインウェアは、水は通さないが水蒸気は透過させる特殊な科学繊維で縫製されており、
登山等の運動時に着用しても内部の蒸れをかなり軽減してくれる、かなりの良品だ。
ルシアのマントのように普段から身に纏うことはないが、緊急時には防寒具としての役割も担っており、
想定外の寒さに襲われたキャンプ地で、ユキオを何度か低体温症の危機から救っていた。
ルシア「ほう・・・」
そんなレインウェアに身を包んだユキオを、ルシアは感心とも羨望とも取れる視線で見つめる。
彼女のマントは目の細かい羊毛で織られているので、ある程度の撥水効果があると思われるが、
完全な防水仕様ではないし、足元はカバーされていない。
本格的に降りだした雨の中でレインウェアに固めたユキオの姿は羨ましく見えたはずだった。
成崎ユキオ「なんか・・・俺だけ、すいません・・・」
特に責められているわけではないが、ユキオはルシアに申し訳ないと告げる。
ルシア「いや、それは君の装備だ。気にすることはない」
ルシア「しかし、凄いな・・・水を完全に弾く布もそうだが・・・細かい縫製も・・・」
完全に身体を覆うだけでなく、ユキオに降り掛かった雨粒が、
そのまま流れ落ちる様を見たルシアは信じられないとばかりに呟く。
これはユキオがルシアの持つ無尽蔵の水袋に抱いた感情と全く同種のものだ。
慣れた者にとっては当たり前の道具であっても、
原理を知らない異なる文明圏の者からすれば、驚愕の代物に値するのである。
成崎ユキオ「俺からすると、魔法や・・・あの水袋の方が凄いんですが・・・」
ユキオもルシアが昨日の自分と状態にあると気付くと、素直に自分の気持ちを告げる。
ルシア「そうなのか・・・なるほど・・・」
成崎ユキオ「ええ・・・」
二人は互いを育んだ文明体系が異なること、そしてそのそれぞれに優れた分野があることを改めて納得する。
ルシア「まあ・・・それはそうとして、まずは旅を続けよう!」
ルシア「ユキオ、雨の間は君に先頭を歩いてもらいたい」
成崎ユキオ「え、ええ・・・わかりました!」
しばらく相手を見つめていた二人だが、ルシアが提案を告げ、ユキオも同意する。
雨に対しては完全武装と言える彼が先頭に立てば、
その後に続く彼女に降り掛かる雨の量は少なくなる。合理的な判断だ。
こうして突然の雨に見舞われた二人だったが、ローゼルへの旅路を再開させたのだった。