第10話 稲荷神社と狐(脚本)
〇説明会場(モニター無し)
遠山陽奈子(満弦のやつ、何考えてるんだろ・・・)
昨日の大蜘蛛事件のあと、まだ満弦とは話せずにいる。
満弦は私が眠ってから家に戻ってきて、私が起きる前にまた出て行ったようだった。
遠山陽奈子(作り置きのご飯は食べていったみたいだったけど・・・)
遠山陽奈子(もう無理って、キッパリ断ったらからさすがに怒って出て行っちゃったのかな)
そう考えると、何故か胸がチクリと痛くなった。
遠山陽奈子(って、何で私が感傷に浸らなきゃいけないわけ!?)
遠山陽奈子(満弦との結婚なんてお断わりなんだから都合いいじゃん!)
遠山陽奈子(もう考えるのヤメヤメ! それより講義に集中しなきゃね!)
気を取り直して、教室前方の黒板に視線を向ける。
すると、「狐」という文字が飛び込んできてドキリとした。
次いで、今までまったく耳に入ってこなかった史学科の教授の言葉が急にクリアに聞こえてきた。
教授「稲荷神社の象徴といえばお狐様だけれど、彼らは神様じゃない」
教授「正しくは、狐は神様の眷属・・・つまり神様の御使いのことで、神様は別にいるんだ」
遠山陽奈子(え・・・?)
教授「だから、稲荷神社の社殿(しゃでん)の前には狛犬(こまいぬ)のように狐の像が祀られているんだよ」
その後も教授は、狐にも位があって・・・などと話を続けていたが、私はまったく別のことを考えていた。
遠山陽奈子(それじゃあ満弦は? 満弦も神様ではないってことになるの?)
遠山陽奈子(でも、満弦は自分で自分のことを「神」だって言ってたよね?)
遠山陽奈子(あれは嘘?)
遠山陽奈子(まさか、いくらなんでもそんなこと・・・!)
もしもそうなら、満弦はとんでもない嘘つきで、私を騙していることになる。
遠山陽奈子(でもなんのためにそんな嘘つくの?)
──そんなの決まっている。
満弦が私に近づいたのは、足りない霊力を補うためなのだ。
遠山陽奈子(ってことは、満弦は他の妖怪同様、私を食べて霊力を奪うつもりで──!?)
背筋がゾクリと冷たくなって、心臓が早鐘を打つように音をたてはじめる。
遠山陽奈子(待って落ち着いて)
遠山陽奈子(確かにそう考えるとつじつまは合うけど、だったらとっくに食べられてるはずだ)
遠山陽奈子(それに、満弦の神社には狐像なんてあったかな・・・?)
記憶の糸を手繰り寄せようとしたところで、私はハッとした。
遠山陽奈子(そんなこと思い出したからって、どうすんの?)
遠山陽奈子(満弦が本当の神様かどうかなんて、私には関係ないじゃん)
どちらにせよ、私は満弦とどうこうなる気なんてないのだから。
しかし、とも思う。
もしも満弦の正体が神様などではないとしたら、それを理由に彼との関係を完全に解消することができるかもしれない。
遠山陽奈子(満弦がこれからどうする気か知らないけど、調べて損はない・・・よね)
〇図書館
遠山陽奈子(地元史のコーナーって、この辺だったよね)
講義を終えた私は、満弦の神社の成り立ちを調べるために大学の図書館を訪れていた。
満弦の神社が建てられていたのは、大学の裏山の中。
神社建立のきっかけや祀られている神についての情報が、きっとどこかに残っているはずだ。
遠山陽奈子(と、思ったのに、裏山どころかこの辺りの稲荷神社に関する情報なんて、全然見つからないんですけど!?)
遠山陽奈子「インターネットで調べたほうが早かったかな・・・」
早速挫折しかけた時だった。
???「郷土史の調べ物?」
遠山陽奈子「わっ!」
突然肩を叩かれて、飛びあがる。
振り返ると、私以上に驚いた顔の烏丸くんが立っていた。
烏丸陸人「ご、ごめん。 そんなに驚かれると思ってなくて」
遠山陽奈子「ううんっ、こっちこそなんかごめん!」
遠山陽奈子(最近、妖怪がらみの事件が多いからつい・・・とは言えない)
遠山陽奈子「それより、どうしたの? 烏丸くんも、調べ物?」
烏丸陸人「あ、いや・・・」
そう言って、烏丸くんは実にバツが悪そうな顔になってしまう。
何か言いたげな顔に、ピンとくるものがあった。
遠山陽奈子「もしかして、梨花のこと探してた!?」
烏丸陸人「えっ・・・?」
遠山陽奈子「良かったら、メールしよっか?」
遠山陽奈子「今日は梨花、バイトだって言ってたからすぐには会えないけど夜遅くなら──」
烏丸陸人「い、いや違うんだ!」
人気のない図書館内に烏丸くんの裏返った声が響きわたり、思わず目を見開いた。
遠山陽奈子(び、びっくりした・・・烏丸くんも、あんな大きな声とか出せるんだ)
自分で自分に驚いたのか、当の烏丸くんは少し恥ずかしそうに顔を赤くして、言葉を続けた。
烏丸陸人「あー・・・その、実は僕も郷土史について調べたいと思ってたところだったんだ」
遠山陽奈子「そうなの?」
烏丸陸人「うん。今日の講義で教授が稲荷神社の話をしてたのが印象的だったからね」
烏丸陸人「この辺りにも稲荷神社がないかなと思ってさ」
烏丸陸人「だから、一緒に調べない?」
遠山陽奈子「ぜ・・・ぜひ!!」
遠山陽奈子(1人じゃ調べるのに限界ありそうだったけど、成績優秀な烏丸くんがいれば、満弦の神社のことくらいすぐわかりそう♪)
しかし、現実はそう甘くはなかった・・・。
〇名門の学校
烏丸陸人「こんな遅くまで付き合わせてごめんね」
遠山陽奈子「いや、こちらこそだよ。 しかも、結局何の収穫もなかったし」
すっかり陽が暮れるまで図書室で粘ったにも関わらず、それらしい資料を見つけることはできず・・・。
私と烏丸くんは、少々ガックリしながら図書館を後にしたところだ。
遠山陽奈子(はぁ・・・これで少しは満弦のこともわかると思ったのになぁ)
烏丸陸人「残念だったよね」
遠山陽奈子「へっ!?」
烏丸陸人「ため息出てたから」
遠山陽奈子(やだ、無意識にため息ついてた!?)
烏丸陸人「僕、もう少し他の媒体でも情報検索してみるよ」
烏丸陸人「何かわかったら、遠山さんにも共有するね」
遠山陽奈子(や、優しい~~~!)
遠山陽奈子(何もう、烏丸くん頭いいし優しいなんて反則じゃない!?)
穏やかそうな笑顔も好印象である。
遠山陽奈子(こんな人に好かれてるなんて、梨花が羨ましいなぁ)
などと考えていると、烏丸くんがまたもや言いにくそうに視線を伏せながら、こんなことを聞いてきた。
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